2022年8月20日土曜日

ストレス脳

 彼らのライフスタイルの何が、うつから守ってくれているのか。(中略)。その「何か」とは、私は何よりも「運動」と「仲間と一緒に過ごすこと」だと思う。
(引用)ストレス脳、著者:アンデシュ・ハンセン、新潮新書、2022年、213

大ベストセラー「スマホ脳」の著者であり、精神科医のアンデシュ・ハンセンによる最新刊、「ストレス脳」が刊行された。ハンセンによると、私たちの4人に1人が人生において、うつや不安といった精神的な不調を経験しているという。この25%という数字は、我が国にも当てはまり、今もなお、多くのかたが苦しんでいる。

どうして、豊かになった我が国においても、うつなどを抱えるかたがみえるのか。それは、よく指摘される資本主義や競争社会における貧富の格差がもたらしているものなのだろうか。それとも、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴う現代病ともいうべき現象なのであろうか。その要因はともかく、それよりもまず、私たちの身近となった精神的不安にどう立ち向かうべきなのか。いろいろなことが頭をよぎり、ハンセン氏による最新刊を拝読させていただくことにした。

ハンセン氏による話は、ヒトの起源に遡る。ヒトが狩猟採集民であった時代から、ヒトは「適者生存」を求めてきた。つまり、野獣に襲われることを防いだり、感染症から見を守ったりするということで、ヒトは強い警戒心を持っていると言える。そして、この警戒心によって、私たちの祖先は、生き延び、今を生きる私たちに生命を繋いだ。ハンセン氏によれば、高度文明社会を迎えた現在においても、ヒトは様々な脅威(ストレスなど)から身を守ろうとして精神的不安に陥ってしまうということだ。それは、脳が今でもまだサバンナにいるとの思い込みから、ストレスを感じると、感染リスクが高まったと解釈してしまうことに起因する。なぜなら、脳が最優先するのは、「健康で幸せ」に生きるためではなく、「生き延びること」が使命だからだ。その弊害によって、現代人も精神的不安にかられるのだと理解できた。

では、精神不安やうつになったとき、また予防するために、私たちはどのように行動すればよいのか。ハンセン氏は、その対処法についても、医学知識が全くない私たちに対して、わかりやすく解説してくれている。
その解は、一言で言えば、冒頭に記したとおり、「運動」することと、「孤独にならない」ことだ。そして、ハンセン氏による指摘で興味深かったのは、“スマホなどの使いすぎ”による警告ではなく、スマホの使用によってヒトとヒトとのコミュニケーションが不足することに対して警告を発している。いま、私たちの職場は、新型コロナウイルスによって、リモートワークが進む。しかし、リモートワークの欠点は、リモートワーク中でしかコミュニケーションが図られないということではなかろうか。フェイス・トゥ・フェイスが当たり前の時代、会議の前後には雑談をしたり、同僚に相談に乗ってもらったりした。しかし、リモートワークは、そうしたコミュニケーションの時間が“ムダ”とも捉えられているかのように排除され、上辺だけの人間関係の上に成り立ったものであるように思える。

以前、ある脳科学者の本を読んでいたとき、「うつ病は、本人がそう思いこんでいるから長引く」みたいな記述があった。確かにハンセン氏の書籍にも同様の記述があり、「診断内容に自分自身を見出し、『私は精神状態の悪い人』と自覚するようになる(本書229)」と指摘している。しかし、ハンセン氏は、そんな患者には必ず、「不安障害やうつは脳が正常に機能している証拠でもある」とフォローすることも忘れていない。こうした精神状態の悪いときに限らず、負のスパイラルに陥る時がある。そのとき、健全であれば、「うつ病は、あなたが思いこんでいるだけだよ」と、言いっぱなしのドクターの話でも納得できるときがあるだろう。しかし、負のスパイラルの最中にドクターからも冷たく言い放たれたとき、聞き手はどう思うのだろう。ハンセン氏によれば、精神状態が不安定なとき、睡眠と休養を優先すること、そしてリラックスして、いろいろな「やらなければならないこと」を最低限に抑えるようにするという指摘を忘れていない。一時期、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」のように、積極的思考を進める書籍が書店を賑わせたことがある。確かに、健全な心身状態であれば、ナポレオン・ヒルなどの書籍に書かれていることを実行すればよいのかもしれない。しかし、時に人はネガティブになるときもある。そのようなときは、精神論ではなく、休むことも必要ではなかろうか。そして、人間は、潜在的な回復できる力を持ち合わせている。そのために、睡眠や休養も必要であると、ハンセン氏に教えていただいた。

資本主義の進展による格差社会の歪は、「幸せでなければ人間ではない」という観念を人々に植え付けてきたように思う。競争社会にもまれ、人々は疲弊し、精神的不安を抱える人が一向に減らない。人々の意見に耳を傾けすぎたり、学校では成績アップだけを目標にしたりして、人生の意義に気づかない人が精神的な病に倒れていくようにも思える。

しかし、いちばん大切なことは、ハンセン氏も指摘するように「長期的に人生に意義を感じていられるかどうか」であると思う。幸福でなければならないという固定観念に縛られず、他人とも比較せず、自分の人生の意義を感じるように努めていくこと。そのほうが、結果的に幸せな人生につながっていくと思われる。

一人ひとりの人生は、他人のものでも、固定観念に縛られるものでもない。自分のペースで自分らしく、自分の人生に意義を感じるように生きる。そうすることで、豊かな時代においても人間らしく過ごしていくファクターであると感じた。

心が健全であれば、人生が充実する。そのための予防法を含めた処方箋が、ハンセン氏によるこの書籍、「ストレス脳」に書かれている。多くの現代人におすすめしたい一冊であった。

2022年8月7日日曜日

付加価値の法則

 本来なら国のリーダーは、「私はこれが正解だと思うからこれを実行する。その代わり、間違えたら責任をとる」と国民に宣言するべきなのです。
(引用)社長がブランディングを知れば、会社が変わる! 付加価値の法則、著者:関野吉記、発行所:株式会社プレジデント社、2021年、59

新型コロナ感染症の最初の患者が中国の武漢で原因不明の肺炎を発症した2019年12月から、早2年半という月日が経過した。未だ終息が見えない新型コロナウイルス感染拡大は、世界を一変させた。新型コロナウイルスの蔓延とともに、50歳を過ぎた私は、自分の新人時代と比較し、働き方やトップの考え方、そして企業のあり方を変えていかないと肌で感じている。つまり、リモートワークを導入する企業が増加しているが、社内のコミュニケーションが不足する中、これからの働き方とはどのようなものか。また、新たな環境下において、どのようにイノベーションを起こし、企業を創造していくのか。その解を模索すべく、株式会社イマジナの代表取締役社長であり、最近では地方自治体や伝統工芸にまで活躍の場を広げるブランドコンサルティングの第一人者、関野吉記氏の「付加価値の法則(株式会社プレジデント社、2021年)を拝読させていただくことにした。

著者の関野氏は、コロナ禍における世界の変容に対して、「ブランディング」という切り口で新たな時代の企業戦略を提案する。大学時代、私はマーケティングを学んできたが、「ブランディング」とは、言うまでもなく、その企業の商品やサービス、そして企業自体に対する消費者のイメージを高め、他社と差別化を図る戦略のことである。トヨタは、従来のブランドから脱して、新たに高級・革新的なレクサスブランドを立ち上げた。では、なぜ、いま「ブランディング」なのだろうか。

一気に読み終えた感想として、本書は、社長向けに書かれた書籍であるが、企業や自治体の管理職が読んでも大いに役に立つ内容だと感じた。そして、この書籍は、単なるブランド戦略のものではないと気付かされる。なぜかというと、ブランドには社内に向けた「インナーブランディング」と、社外に向けて行う「アウターブランディング」がある。インナーブランディングといえば、本書でも稲盛和夫氏のエピソードなどが登場するが、稲盛流に言えばフィロソフィー(哲学)、つまり企業の「ビジョン」「ミッション」「バリュー」を構築し、社内に浸透させることが重要であると感じた。と同時に、全員が創業の原点に立ち返ったうえで、時代と社会に沿っていることが大切であると関野氏は指摘していたことは、同感であった。

時代に即したというのは、コロナ禍において、従来のように、会議室に集まり、「声の大きい」社員の意見が通る時代は、終焉を迎えつつある。かつて私は、小学校の授業参観に訪れた際、ある先生から次のようなことを伺った。「今までは、手を挙げる子の意見で授業が進んでいました。しかし、一人1台のタブレット端末が導入されたことにより、瞬時にクラス全員の児童の意見が端末上に出てきます。これにより、手を挙げられなかった子たちの意見も把握することができて、より子どもたちの理解力を知ることができるようになりました」。リモートワークも学校と同様であり、ただ「声の大きい」社員ではなく、「自ら価値を生まない」社員は、要らなくなる。

冒頭、リーダーのあるべき姿を引用した。失敗を恐れ、支持率が下がることばかり考えていれば、政権はもたない。コミュニケーションが取りづらく、大きな転換期を迎えた現代においては、トップの内外に向けた説明責任が重要になってくるのではないだろうか。そのためには、「ブランディング」を用い、「付加価値」作りを目指しながら、企業や自治体を進化させていく。本書の後半には、具体的なビジョンマップの作成手順も紹介されている。私は、本書にも登場する大前研一氏が指摘するように、「自分が社長であれば、この先どのように事業展開するか」といったことを踏まえながらビジョンを構築していきたいと思う。関野氏の書籍を拝読し、これからの時代は、「ブランディング」、そして「付加価値」づくりを意識した経営が求められるのだということを理解した。そして私は、日々の仕事でおざなりになりがちなブランディングについて、企業や自治体の“未来への投資”だと意識することから実践していこうと感じた。