2021年7月10日土曜日

WE HAVE A DREAM

 「命は贈り物。だから決してあきらめてはいけないよ。」
昔、父にそう言われたとき、私にはその意味が理解できませんでした。(引用)WE HAVE A DREAM 201カ国202人の夢×SDGs,編:WORLD DREAM PROJECT、Director:市川太一、Co-Director:平原依文、発行所:いろは出版、2021年、492


地球は、「命の惑星」である。
改めて、そう感じさせられる1冊に出会った。
その本の名前は、「WE HAVE A DREAM 201カ国202人の夢×SDGs」である。本書では、人種、言語、文化が異なる世界201カ国、202人の若者たちが夢を語っている。

“WE HAVE A DREAM”と聞いて、私は、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの演説を思い出した。1963年8月28日、職と自由を求めた「ワシントン大行進」の一環として25万人近い人々がワシントンDCに集結し、デモ行進をした。この日最後の演説者であったキングの行った「私には夢がある」(I Have a Dream)の演説は、独立宣言にも盛り込まれている「すべての人間は平等に作られている」という理念を網羅するものだった。あらゆる民族、あらゆる出身 のすべての人々に自由と民主主義を求めるキングのメッセージは、米国公民権運動の中で記念碑的な言葉として記憶されることとなった。1)

未だ、人種平等と差別の終焉を訴えたキングの夢は実現していない。それどころか、気候変動により、海水温が上昇し、住むところが海に沈むかもしれないと脅かされている島国。貧困などの原因で、適切な教育の場が子どもたちに与えられていない国々。そして、内戦やデモによって平和が維持できていない国々など、私たちの住む「命の惑星」が危機に瀕している。2015年、国連サミットにおいて、持続可能な開発目標が採択された。この17のゴールを定めたSDGsは、参加国が史上最大の規模となり、全世界共通の目標となった。いま、世界は、SDGsに対して、どのように考え、行動しているのだろうか。

朧気ながら、そう考えていたときに、WE HAVE A DREAMの本を手にとった。この本では、若者たちが、持続可能な世界を構築すべく、将来の国に、そして世界に対して夢を語っている。多くの若者たちが真剣に自分の国や世界を考え、行動している。読み進めていくうちに、胸が熱くなるのを覚えた。

ウルグアイ代表のソル・スカビノ・ソラーリ(29)さんは、「あらゆる命が共感の上に成り立っている世界について学び、その実現を夢見ている」(本書、307)と語っている。私は、さりげない若者の一言であるが、とても意義深い言葉だと思った。彼女は、社会学者として、飢餓撲滅の取り組みなどもしてきた。彼女は、共感することにより、人々とつながり、憎しみと恐れを思いやりに変えるのを助けると考えている。そのことにより、世界は、心身ともに苦しむ人々が減少していくと主張する。まさに、そのとおりだと感じた。私は、経済成長を目指し、人々は競争社会に揉まれながらも、物質的な豊かさを求めるが故に、代償としてかけがえのないものを失ってきた気がしている。彼女の主張を聞いて、いま、人間のエゴを捨て、共感しながら、思いやり、配慮に基づいた行動をするときがきているのだと感じた。

冒頭に記したのは、北朝鮮代表のヨンミ・パク(27)さんの言葉だ。北朝鮮で生まれ育った過酷な環境を赤裸々に述べている。いま、彼女は、母になり、お父さんから言われた「命の大切さ」の意味が理解できるようになったと言う。彼女は、遠く離れた異国の地から、いまでも母国のことを思い、夢を語っている。一人の女性の夢に触れ、ここまで人間は、強くなれるのかと思った。

若者たちの夢を、単なる夢として終わらせてはいけない。キング牧師の演説では"I"であったが、この本は"WE"となった。彼ら、彼女らの夢は、一言で言えば、この地球上が持続可能なものであり、そこに住む人達が共感しあうものにすることではないだろうか。
国境を超えた若者たちの夢が共感しあうことで、再び、『命の惑星』の輝きを取り戻さなければならないと感じた。

1)Website:AMERICAN CENTER JAPAN 


2021年7月3日土曜日

SXの時代

先入観にとらわれず、最前線の生の情報を知り、先々を見通すために、経営トップは社員とどんどん対話すべきだ。(中略)対話によって世界中の社員とサスティナビリティ経営に関する情報と危機意識を共有し、変化を先取りしていかないと変化の激しい時代に生き残ることはできない。サステナビリティこそ経営戦略そのものだ。
           新浪 剛史氏 (サントリーホールディングス 代表取締役社長)
(引用)SXの時代 究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営、著者:坂野俊哉、磯貝友紀(PwC Japanグループ)、発行者:村上広樹、発行:日経BP、発売:日経BPマーケティング、2021年、328

私は、「SX」という言葉に初めて出会った。
SXとは、サステナビリティ・トランスフォーメーションのことだ。今、世界で急速に広がっているという。サステナビリティの先進企業は、次々とCO2(二酸化炭素)排出ゼロ(ゼロ・エミッション宣言)を目標に打ち出している。それは、取引先を含めたサプライチェーン全体で、事業ポートフォリオやビジネスモデルを根本から見直し、事業自体を再創造しようとしているという(本書、4)。
SDGsの動きなどもあり(「SXの時代」の筆者らは、SDGsが示唆する迫りくるリスクとその背後にある大きな機会を真剣に考えてみることが重要と説く)、サステナビリティ経営が注目されている。
では、なぜ事業者は、サステナビリティ経営を目指さなければならないのか。
また、サスティナビリティ経営を導入するだけのメリットが得られるのか、といった疑問が湧いてくる。
坂野氏と磯貝氏が所属するPwC Japanグループによる「SXの時代(日経BP,2021)」を読んでみることとした。

まず、そのとおりだなと感じたことは、本書の冒頭に紹介されている親亀、子亀、孫亀の話である。
親亀は、環境価値。
子亀は、社会価値。
孫亀は、経済価値を表す。
親亀の上に子亀が乗り、さらにその上に孫亀が乗る。必然的に、親亀(環境)がコケたら、みんながコケてしまう。特に孫亀だけを可愛がる企業は、親亀と子亀の過剰な負担を軽視しているため、長寿命化を図ることができないと感じた。

そのなかで、Appleを取り上げた事例は、非常に共感した。私も最近、iPhoneを買い替えたのだが、初めてiPhoneをネットで買うこととした。その際、Appleは、今まで使用していたiPhoneの下取りにも積極的であることに気づかされた(Apple社のサイトは、購入のみならず下取りの案内も親切であった)。事実、Appleは、「100%(完全循環型)リサイクルの実現」と「サプライチェーン全体でCO2排出量ゼロとすること」を宣言している。そのため、Appleは、将来的にすべての製品とパッケージを100%リサイクルされた素材と再生可能な素材を使ってつくる開発を進めている。それは、Appleが限りある資源を用いて製造している以上、サスティナビリティを無視して事業継続を行った場合、最後は自分で自分の首を絞めることを知っているからだ。少しなら環境に悪いことをしてもいいという考え方で事業を行った場合、最後は、ブーメランのように自分に返ってくる。サスティナビリティ経営をしていく上では、少しぐらいなら許されるだろうという気持ちを排除し、徹底的に地球に優しい経営をしていく心構えから始めなければならないと感じた。

また、サステナビリティ経営には、4つの型がある。その中で、本書で勧めているのが「ミッション・ドリブン型」と言われるものだ。これは、その企業が掲げるミッション・ビジョンそのものが「環境・社会に関わる課題の解決」であり、企業トップが「このような社会の課題を解決したい」という強い信念を持ち、トップのリーダーシップを原動力に、事業を推進している型のことだ(本書、148-149)。
しかし、目の前には、企業の”利益追求”という永遠の課題が突きつける。A(環境)を実現しようとするとB(利益)が犠牲になるという、いわゆる「トレードオフ」に囚われていては、前に進めない。本書では、トレードオンを阻む5つの壁も紹介されているが、例えばライトグリーン層を狙うなど、トレードオンに方向を変えていかなければならない。そのため、トレードオンに方向を変えるためには、事業者の発想の転換が求められる。目先の利益ばかり追求していれば、中・長期的な利益を損失することになると感じた。

そのために、本書では、事業者らが、自分自身の長期到達点である北極星を見つけることを提案する。もはや、環境や社会の問題は、地球に住む誰もが避けて通れない最重要課題に位置づけられる。事業者は、ビジネスの変革やイノベーション創出を成し遂げ、親亀と子亀と共存しながら利益を生み出す北極星へと向かう。それと同時に、消費者も、例えば、商品購入時に環境に優しい製品の選択をする。つまり、一人ひとりが「グリーンコンシューマー」であるという意識を持たなければならないのだと感じた。

本書では、各国の豊富な事例とともに、経営者らも登場する。冒頭に紹介したサントリーホールディングスの新浪代表取締役社長もその一人だ。新浪社長は、近年の世界各国による異常気象や自然災害の激甚化を危惧されている。そして、かつて在籍されていたローソンでは、気温の変化に連動して商品を販売することが難しくなったことから、「これは地球からのメッセージだと感じた(本書、322)」と言われる。これからの時期(2021年7月に本ブログを執筆)、梅雨も本格化し、出水期と言われる時期に突入した。毎年、各地で豪雨災害のニュースが流れる。すでに異常気象が当たり前という意識では、未来に地球を残せない。

そんな中、スズキをトップとして40年以上率いてきた鈴木修会長が2021年6月25日の定時株主総会後に相談役に退かれるというニュースが流れた。かつて、鈴木修会長も次のように言われていた。
「地球温暖化の問題は、差し迫った危機だ。スズキとしても脱炭素に向けて協力しなければならない。できるかどうか分からないが挑戦する。」1)
その後、鈴木会長は、限りある任期の中、脱炭素への対応を盛り込んだ中期経営計画づくりを急ピッチで推し進めた。
地球上で、なにか事業を行うには、地球に優しくしなければならない。また、地球からの恵みも無駄にしないことも必要だ。そうしなければ、サステナビリティな経営は不可能である。当たり前の答えだが、本書を読み終えて、そう、感じた。

最後に、かのレイチェル・カーソン女史の「沈黙の春」に登場するシュヴァイツァーの言葉を思い出す。

「未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。そのゆきつく先は、自然の破壊だ。」
このような警告を噛み締めながら、今を生きる私たちは、サステナビリティ経営を実践していく義務があるのだと思うに至った。

1)2021年6月25日付 日本経済新聞朝刊(取材は2021年2月)、中部経済 39面

「伝える力」

本書は、「伝える力」を世界で一番簡単に習得できることを目指しています。
(引用)1分で話せ、著者:伊藤羊一、発行所:SBクリエイティブ株式会社、2018年、9

職場では、常に「伝える」ことが求められる。
これは、職階が上がるにつれ、「伝えること」が減るかと言われたら、大間違いだ。逆に、歳を重ねるごとに、上層部に伝えなかればならない機会が増えてくる。
しかも、上層部は忙しい。短時間で、しかも的確に、論理的に伝えることが求められる。
中間管理職であれば、部下からの伝え方を参考に、自分は、上層部にこのように伝えようと学習する。しかし、それには、限界があることに気付かされた。そんなとき、一冊の本に出会った。ヤフー株式会社 Yahoo!アカデミア学長である伊藤羊一氏による「1分で話せ(SBクリエイティブ株式会社、2018年)だ。

まず、本書を読み終えて感じたことは、「読みやすい」ということだ。冒頭にも引用したが、伊藤氏は、本書で「伝える力」を世界で一番簡単に習得できることを目指していると言われる。読み始めたら、時間も経つのも忘れ、2時間もあれば全て読み終えてしまった。

そんなに早く読み終えてしまったならば、内容的にどうであろうか。
一言で言えば、「参考になった」ということだ。
世には、ロジカルシンキングの本も数多く出版されている。しかし、伊藤氏は、ピラミッドストラクチャーを用い、短時間で、しかも的確に、論理的に伝えることを提案する。簡単かつ実用的なこのピラミッドストラクチャーは、自分自身も”使える”と感じた。常にピラミッドストラクチャーを自分のフォーマットとして、頭に入れておこうと思った。

これだけではない。
ピラミッドストラクチャーは、さらに応用が効く。
よく、相手からの「予期せぬ質問」によって、頭が真っ白になることがある。
そのときにも、ピラミッドストラクチャーは、有効であると感じた。
この「予期せぬ質問」は、職階が上位になればなるほど、遭遇する機会が増える。
常に、自分の”武器”として、ピラミッドストラクチャーを活用していこうと感じた。

一方、伊藤氏は、プレゼンの仕方などの解説もしてくれる。
パワーポイントの作り込みの仕方などもわかりやすい。
また、実際にプレゼンするときの態度なども参考になる。
伊藤氏は、ほかにもプレゼン関連の書籍を出版されているようである。
後日、拝読させていただきたいと思った。

「1分で話せ」というのは、まさに的を得ている。
伊藤氏も「人は、相手の話の80%は聞いていない(本書、17)」と言われる。
私も経験上、部下は「上層部に話しておきました」と言っても、上層部からは「聞いていない」と言われることも多々ある。
短時間で、しかも的確に、論理的に。
本書を読み、伊藤氏から、その答えを得ることができた。



2021年6月19日土曜日

なぜ、脱成長なのか

 脱成長は、「強欲なのは自然なこと」「多いほうがよいこと」という常識を受け継がない。「多くを分かち合い、不足を少なくする」「ほどほどで満足する」といった認識を、共通の分別(コモンセンス)として育てていきたいのだ。
(引用)なぜ、脱成長なのか 分断・格差・気候変動を乗り越える、著者:ヨルゴス・カリス、スーザン・ポールソン、ジャコモ・ダリサ、フェデリコ・デマリア、訳者:上原裕美子、保科京子、解説:斎藤幸平、発行所:NHK出版、2021年、38

 新自由主義的改革は、人々にウェルビーイング(幸福)をもたらしたのであろうか。世界各国では、未だ経済成長を競い、自分たちの力を誇示する傾向が見受けられる。我が国においても、経済成長を謳い、GDPの成長を目指してきた。事実、2016年に閣議決定した「ニッポン一億総活躍プラン」で打ち出した新三本の矢においては、「戦後最大の名目GDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」という強い大きな目標を掲げた。しかし、現状はどうだろうか。我が国の現状は、非正規雇用者が増加し、一段と格差が広がっている。また、2019年の人口動態統計によれば、出生率も1.36で4年連続減少している。さらに、世界的に見て後れを取っていた地球温暖化対策については、2020年10月26日、第203回臨時国会の所信表明演説において、菅内閣総理大臣は、「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言した。この本のテーマである、分断、格差、そして気候変動は、どれも地球に住む私たちにとって、待ったなしの状態となっている。これからも、「成長」を追求することが、正しいことなのだろうか。そんな思いから、「なぜ、脱成長なのか(NHK出版)を読ませていただくことにした。

私は、本書を読み進め、「幸福の逆説」という言葉を思い出した。米国の学者リチャード・イースタリン氏が「幸福の逆説」を唱えたのは1974年である。「幸福の逆説」とは、1人あたりの国内総生産(GDP)が増えても、国民の幸福感が高まるとは限らないという意味であった。新自由主義的改革では、トリクルダウンが期待された。トリクルダウンとは、長く経済学の世界で語られてきた言葉だ。経済成長することにより、水が上から下へと滴り落ちるが如く、経済成長の恩恵が富裕層である上層から下層へ、広く受けられることを意味する。

しかし、実際は、どうであっただろうか。

例えば、我が国では、子どもの貧困が進む。2019年国民基礎調査によれば、「子どもの貧困」は、2018年調査では13.5%にのぼる。つまり、7人に1人が貧困家庭という結果だ。そのため、我が国では、子どもの貧困対策の推進に関する法律まで存在する。また、最近、ヤングケアラーという言葉が新聞などに頻繁に登場する。厚生労働省によると、ヤングケアラーとは、法令上の定義はないが、一般に、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どもとされている。2021年、国の調査によると、ヤングケアラーは、中学校2年生の17人に1人、つまり中学生の約5%が家族の世話をしていることになる。

筆者らに言わせれば、1980年代から、英米をはじめとする様々な経済圏において、富裕層のために成長を活性化させることを意図した新自由主義的改革では、労働および資源の搾取・収奪量・市場における消費量、そしてGDPの成長維持を支えるようになった。利潤はもっぱら富裕層のなかで再分配され、国内及び国家間の不平等を広げた(本書、53)と指摘する。まさに、社会学者ロバート・マートンが言われた「マタイ効果」が起きているのではないだろうか。つまり、「もてるものはさらに与えられ、もたざる者はさらに奪われる」と記されている新約聖書マタイ福音書に倣い、政策や制度が格差を縮小できず、逆に広げてしまう現象が生じていると言えよう。

 では、なぜ、脱成長なのだろうか。筆者らは、脱成長には、互いのケア、そしてコミュニティの連帯が必要だと説く。本書では、主としてバルセロナの事例を掲げる。その中でも「連帯経済ネットワーク(XES)」の取り組みが興味深い。約11万人が加わり、6000人の雇用を創出し、400種類の活動を支援している。個々の事例は、本書に譲るが、バルセロナでは、2020年1月に「気候非常事態宣言」を発表している。その宣言において、「地球の生態学的バランスを危機に陥れているこの経済システムは、同時に、経済格差も著しく拡大させている(本書、206)としている。実質的な脱成長宣言により、XESは、ポストコロナをも見据え、世界的に注目される取り組みをしている。そこには、脱成長を基本とした、持続可能なまちづくりへの姿勢が見受けられる。そして根底には、新自由主義的改革で忘れ去られようとしている、バルセロナ市民の「分かち合い、助け合い」の精神があるのだと感じた。

 本書では、脱成長における改革案も忘れていない。脱成長のための5つの改革を提言しているが、その中で「所得とサービスの保障」は興味深い。生活を維持する基本的なサービスと所得を一律に保障することの重要性を説き、その原資として富裕税の導入を提案する。ゼロ成長時代には、経済成長でトリクルダウンさせるのではなく、意図的な制度(累進課税制度等)の導入でトリクルダウンさせることが必要なのだと感じた。

 本書を読み終えて、ブータンを思い出す。ブータンは、先代の第4代国王がGDPではなく、GNH(国民総幸福)を提唱した。今では、世界一幸せな国とも言われている。本書でも指摘されているように、「脱成長」を目標に掲げて行動することは、勇気のいることだ。しかし一方、成長によって、様々な課題がもたらされたのも事実だ。

いま、「脱成長」社会が到来している。新たな環境に適応すること、変化に対応できるものだけが、今後の世界を生き残ることができる。コロナ禍によって、一層、脱成長は加速すると思われる。新たな時代で、人々が幸福に暮らしていくためには、何が必要か。本書は、脱成長時代に、真の持続可能な社会を築き、人々にウェルビーイングをもたらす重要なヒントが記載されている。いま、私たちは、脱成長時代における新たな政策について、真剣に議論を始めるときがきているのだと思う。

 

LIMITLESS 超加速学習

 教育の真の目的は、絶えず問いを問う状態に人を置くことである。
                  マンデル・クレイトン主教
(引用)LIMITLESS 超加速学習 人生を変える「学び方」の授業、著者:ジム・クウィック、訳者:三輪美矢子、東洋経済新報社、2021年、89

「超加速学習」。
このタイトルに惹かれて、ジム・クウィック氏の本を拝読した。
まず、私が気にしたことは、「この本は、学生(受験生)向けのものなのか?」ということだ。つまり、社会人の私にも、本書は役に立つかどうかということだった。
次に私が気にしたことは、「この本は、本当に超加速で学ぶことができるのか?」ということだった。いま、ジム・クウィックさんの本を読み終えて、この2つの質問は、ともに「YES」と言える。

確かに、本書は、数多くの「学び方」について、触れられている。
例えば、ノートのとり方や、読書の仕方など。
確かに本書では、超加速学習をする上でのスキルを多く学ぶことができる。

しかし、本書のサブタイトルは、「人生を変える『学び方』の授業」となっている。
「人生を変える」とは、少し大袈裟な気もしたが、冒頭に引用した言葉に出会ったとき、私は、ハッとさせられた。
今まで私は、教育の真の目的について、考えたことがなかった。
確かに、人生は、「問い」の連続かもしれない。
いま、私が本を読み続けていることも、ほかの習慣についても、自分自身の「支配的な問い」が存在しているからに他ならない。
この「支配的な問い」を問い続け、実行することで、物事の理解が深まり、超加速学習が可能となる。人生の目的とも言うべき、「支配的な問い」は、学生や社会人に関係なく、学び続ける意義の根幹であると感じた。

本書では、3つのM、すなわちマインドセット、モチベーション、メソッドが存在する。この3つのMが重なるところに「リミットレス」があり、そこで初めて「統合」の状態、つまり全ての条件が満たされた状態になる(本書、37)。
その中で、私が重視したいのは、学習することによって、「その経験にやりがいを感じる」ことだ。本書では、瞑想や呼吸法についても触れている。まず、ストレスを排除し、気持ちを落ち着かせ、モチベーションを上げる。そして、自分の「支配的な問い」に基づき、学習することにやりがいを感じていくことが重要であると思った。このことは、社会人でも、大いに役に立つかということだ。

ジム・クウィック氏も「世界の成功者は一生を通じて勉強している」と断言している(本書、265)。いま、私は、自分の仕事でも、学ぶことが多い。それは、一見、専門外と思われる仕事内容も、リンクしてくることも多い。また、最新の情報や知見を得るべく新聞や書籍を読み、さらに他の分野にも広げながら、応用し続けている。

学生の皆さんも忙しいとは思うが、社会人も多忙を極める。
私も知識や学ぶことは、休日の限られた時間になることが多い。
そのような状況において、超加速学習のスキルを学ぶことは、社会人にとっても意義のあることであった。

リミットレスな人になろう。

本書を読んで、そう、思った。






2021年6月12日土曜日

貧困・介護・育児の政治

 これからの社会民主主義がどのような普遍主義を実現するのか、人々に何を保障していくことを目指すのかと考えたとき、「ベーシックアセット」は有力な回答の一つとなる。
(引用)貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ、著者:宮本太郎、発行所:朝日新聞出版、2021年、299

 我が国においては、多様な福祉課題が存在する。その中においても、「貧困」「介護」「育児」といった3つの課題は、我が国において喫緊であり、最重要の課題として位置付けられるものであろう。

 先日、「アンダークラス化する若者たち(明石出版、2021年)」を拝読した。本書では、主として貧困家庭に育ち、まともな学校教育が受けられず、正規雇用に就くこともできない多くの若者の存在を知った。そこには、満足な収入が得られない中で、「新たな生活困難層」として位置付けられ、従来の家庭・会社・行政という三重構造で成り立っていた社会保障の狭間でもがき苦しむ若者たちの姿があった。「アンダークラス化する若者たち」を編著された宮本太郎氏は、同書の中で、「ベーシックアセット」の必要性を提言していた。ちなみに、アセットとは、ひとかたまりの有益な資源という意味である。その点では給付も公共サービスもアセットである(本書、22)。

 これからの福祉政策は、なぜ、いま、AIの進展により、再び注目されつつあるベーシックインカムでもベーシックサービスでもなくベーシックアセットであるのか。また、ベーシックアセットという考えをどのように福祉政策に取り入れていくのか。その解を得るべく、福祉政治論の第一人者である宮本太郎氏による「貧困・介護・育児の政治(朝日新聞出版社)」を拝読させていただくこととした。

 まず感じたことは、福祉政策は政治的影響を受けやすいということだ。本書では、我が国における、貧困政治、介護政治、育児政治を通して、「社会民主主義」、「経済的自由主義(新自由主義)」、「保守主義」の3つの政治潮流の対抗を明らかにする。

中曽根政権による「増税なき財政再建」や小泉政権による「聖域なき構造改革」において、筆者は、財政的制約を第一条件とする「磁力として」の新自由主義という表現を用いる。この「磁力としての経済的自由主義」は、政治が安定すると復調してくる。この「磁力としての経済的自由主義」では、例えば、介護保険については、低所得層が制度から排除される傾向が強まるなどが発生する。また、小泉政権を引き継いだ麻生政権が自民党政治の揺ぐ中、「例外的状況」として社会民主主義的な提起が制度として実現することとなった。本書では、準市場や社会的投資をとおして、人々を社会参加可能とする最低限のアセットとつなぐ。そして、ポスト「第三の道」として、社会民主主義の再生を試みているところに興味を惹かれた。

 政治潮流を背景とし、筆者は、ベーシックインカム、ベーシックサービスの対比を試みながら、ベーシックアセットへの道を提言する。このベーシックアセットという言葉を聞いて、次の言葉を思い出した。

「Collective Impact」

直訳すれば、「集まることによる力」となる。社会が抱える課題を、行政、企業、NPOなど役割の違う組織が、それぞれの特徴を生かして解決を探る考え方である。朝日新聞記事では、東京都文京区における児童扶養手当、就学援助を受ける世帯に「こども宅食」を届ける例が紹介されている。1)
ベーシックアセットの意義として、宮本氏は、一人ひとりに最適なサービスや所得保障のとの組み合わせについて、当事者が専門家とも相談し、協議しながら選択できて、場合によっては試行錯誤できる仕組みが必要であると説く。(本書306)

 私は、「アンダークラス化する若者たち」と「貧困・介護・育児の政治」という一連の福祉政策の書籍からは、何よりも省庁や行政の縦割りの打破と関係機関との連携、そしてその考えを含めたベーシックアセットという考え方が必要であろうと思うに至った。それは、多様な支援機関の資源を活用するとともに、個々のニーズに即した、きめ細やかな施策が可能となることを期待するからだ。

現在、国では、こども庁の創設が進む。
新しく創設されるこども庁が情報を横断的に集約・分析し、強い総合調整機能を持ちながら、アンダークラス化する若者たちに対しての政策を展開してほしいと真に思う。そして、NPOや企業、各自治体とも連携しながら、国民に根差したものにしてほしいと思う。このことは、各自治体においても、同様のことが言えよう。

 コロナ禍において、さらなる分断な社会が進む。「貧困」は、さらなる複雑化・多様化する様相をみせる。政治潮流にも左右されやすい福祉政策であるが、「新たな生活困難層」が置き去りにされないことだけは、強く求められると感じた。例えば、「待機児童の解消」だけでは、少子化対策につながらない。ベーシックアセットという考えを常に意識し、福祉政策を進めるまちには、幸福感が増し、人々が集う。具体的なベーシックアセットの政策例については、本書においてはあまり触れられていないが、筆者によって、3つの重要性を示している。それらの重要性を考慮しながら、政策を立案していく必要があるのだろうと感じた。そして、少子高齢化や貧困化が顕在する現代において、新たなまちづくりは、まず、福祉政策の徹底にあるのではないだろうか。そうすることで、私たちのまちは輝きを取り戻し、少子高齢化や貧困といった社会課題の解決の糸口を探すことが可能となる。

いま、日本の、そして地域の”福祉力”が何より問われていると強く感じた。

1)朝日新聞、波聞風問「子どもの貧困対策 企業ノウハウ未来への投資」、編集委員:多賀谷克彦、2017年9月19日朝刊

2021年6月5日土曜日

アンダークラス化する若者たち

 アンダークラスとは、不安定な雇用、際立つ低賃金、結婚・家族形成の困難という特徴を持つ一群であり、従来の労働者階級とも異質なひとつの下層階級を構成する社会階層である。
(引用)アンダークラス化する若者たち ー生活保障をどう立て直すか、編著者:宮本みち子・佐藤洋作・宮本太郎、発行所:株式会社明石書店、2021年、15

我が国は、少子高齢化が叫ばれて久しい。内閣府の「少子化対策白書」による「令和2年度 少子化の状況及び少子化への対処施策の概況」によれば、2019年の出生数は、86万5,234人となり、過去最小(「86万ショック」)となった。また、同年の合計特殊出生率は、1.36と、前年より0.06ポイント低下している。さらに、2021年6月4日、厚生労働省が発表した2020年の人口動態統計調査によると、合計特殊出生率は1.34と、前年より0.02ポイント低下したことが明らかとなった。少子化対策白書では、少子化対策による重点課題として、まず真っ先に待機児童解消などの「子育て支援施策の一層の充実」を掲げる。次に、若者の雇用安定など「結婚・出産の希望が実現できる環境の整備」としている。

少子化の根本的な原因はどこにあるのか。男性の育児参加や待機児童をなくすことも勿論、大切なことであろう。また、昨今の新型コロナウイルス感染拡大の影響により、結婚が疎遠がちになりつつあることも拍車をかけているのだろう。しかし、最大の要因は、多くの若者たちが将来に希望を持てず、家庭や子どもを持つことを諦めてしまっているのではないかと思う。それは、私が2009年に「子ども・若者育成推進法」が成立した背景に興味を持っているからだ。
「なぜ、国は、子ども・若者の支援に力を入れるのか。」
「いま、子どもや若者たちに何が起きているのか。」
その真意を確かめるべく、私は、「アンダークラス化する若者たち(明石書店、2021年)」を読み始めた。

まず、「アンダークラス」という言葉が存在することに驚いた。アンダークラスとは、生活水準が下級階層であることを指す。子供の貧困が増大している背景には、家族の崩壊、親の長期の失業、一人親(特に母子家庭)の増加などがある。その結果、不登校や高校中退といった早期の学習機会が奪われ、就労に至らないケースが増加する。我が国では、雇用によって成り立っていた若者の生活が保障できなくなっている。それとあわせて、国家による古い生活保障制度が若者たちを排除することが浮かび上がってくる。
本書では、アンダークラス化が進む若者たちに、様々な観点から厳しい現実を突きつける。
では、現代を生きる若者たちに”救いの手”はあるのだろうか。悲観論が続くが、その中においても私が本書で見出した”希望”を3点述べたい。

1点目は、「つなぐ」ということだ。
「コミュニティー・オーガナイジング」という言葉がある。若者支援は、行政、民間事業所、地域、家庭などが関わってくる。その際、縦割り行政では、制度のはざまで生きる子どもたちに、支援の手が及ばない。まず、地域社会の資源を結集した「コミュニティ・オーガナイジング」というアプローチにより、各支援者を「つなぐ」ことが必要だと感じた。そのために、私はまず、子どもの抱えている”異常”は、学校で把握するなどの対策も必要ではと感じじている。そして、学校で把握した要支援の子どもたちは、福祉へと引き継がれる体制づくりが急務である。

また、若者を切れ目なく支援機関につなげる回路も必要だということを理解した。学校からの情報がサポステなどの若者支援機関に届くことは少ないため、来所者の捕捉率は低いという。その中で、高知県の「若者はばたけネット」に希望を見出した。高知県では、中学卒業時及び高校中退時の進路未定者をサポステにつなげ、就学や就労に向けた支援を行うことでひきこもりやニートにならないように予防している。各機関が連携をし、情報を「つなぐ」ことで、若者支援に対して強力なものになる。

2点目は、「生活保障を立て直す」ことだ。
我が国の社会保障制度は、一定期間の拠出履歴を前提とした失業保険に基づく社会保険が中心であることが前提となる。社会保険であることから、非正規雇用などの雇用歴が不安定になりがちな若者にとって、失業給付からの脱落に直結してしまう。そのほか、最後のセーフティネットと言われる生活保護においても、審査基準が厳しいと言われている。これらの古い社会保障制度からの脱却が問われる。本書の最後で、宮本太郎氏は、「若者にベーシックアセット」を提唱している。アセットとは、ひとかたまりの有益な資源であり、資源として重要になるのは、支援サービス、現金給付、そして帰属先のコミュニティであるとしている(本書、292)。本書では、ベーシックアセットについて詳述されていないが、宮本太郎氏は、「貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ(朝日選書、2021年)」を上梓されている。今後、読んで理解を深めたいと思った。

3点目は、まだ私たちの周りに「奉仕する心」、「福祉の心」を持ったかたがいることだ。
まず、各自治体では、再優先課題として、子ども・若者支援対策に取り組むべきではなかろうか。少子化の時代、一人ひとりの貴重な子ども・若者たちが希望を持てるまちづくりを進める必要があると感じた。
その上で、本書では、「静岡方式」が取り上げられている。静岡の取り組みは、国家、企業、家族でない第四の拠り所として「地域」を位置づけ、これを足がかりにして、若者のライフチャンスを高めようという取り組みである(本書、130)。静岡の事例を見ると、支援される側には、多様なサポーター(ボランティア)が登場する。NPO法人青少年就労支援ネットワーク静岡の取り組みは、地域全般の雇用のありようを変え、地域の「包摂力」をあげることに成功している。この地域の「包摂力」をあげることは、今後のまちづくりにおける根幹となるべき要素ではないだろうか。そのまちには、多様なサポーターたちの「奉仕する心」や「福祉の心」によって支えられていることが必須条件となる。そして、幸いにも、私達の周りには、特に国が危機的な状況(例えば大規模震災時など)に襲われたときに感じるのだが、そのような方が多く存在する。

アンダークラスの若者たちは、何も好んで、そうなった訳ではない。多くは、大人の理由によることも多い。
「人間」は「人間」でしか助けられない。
そのため、いま、私たちは、それぞれ”今いる場所”で、アンダークラス化する若者たちに寄り添い、結びつき、支援をしていく責務があるのだと感じた。それがひいては、少子化を克服する一つの処方箋にもなるし、自分たちのまちを持続可能なものにしていくことだろうと思った。