2022年8月7日日曜日

付加価値の法則

 本来なら国のリーダーは、「私はこれが正解だと思うからこれを実行する。その代わり、間違えたら責任をとる」と国民に宣言するべきなのです。
(引用)社長がブランディングを知れば、会社が変わる! 付加価値の法則、著者:関野吉記、発行所:株式会社プレジデント社、2021年、59

新型コロナ感染症の最初の患者が中国の武漢で原因不明の肺炎を発症した2019年12月から、早2年半という月日が経過した。未だ終息が見えない新型コロナウイルス感染拡大は、世界を一変させた。新型コロナウイルスの蔓延とともに、50歳を過ぎた私は、自分の新人時代と比較し、働き方やトップの考え方、そして企業のあり方を変えていかないと肌で感じている。つまり、リモートワークを導入する企業が増加しているが、社内のコミュニケーションが不足する中、これからの働き方とはどのようなものか。また、新たな環境下において、どのようにイノベーションを起こし、企業を創造していくのか。その解を模索すべく、株式会社イマジナの代表取締役社長であり、最近では地方自治体や伝統工芸にまで活躍の場を広げるブランドコンサルティングの第一人者、関野吉記氏の「付加価値の法則(株式会社プレジデント社、2021年)を拝読させていただくことにした。

著者の関野氏は、コロナ禍における世界の変容に対して、「ブランディング」という切り口で新たな時代の企業戦略を提案する。大学時代、私はマーケティングを学んできたが、「ブランディング」とは、言うまでもなく、その企業の商品やサービス、そして企業自体に対する消費者のイメージを高め、他社と差別化を図る戦略のことである。トヨタは、従来のブランドから脱して、新たに高級・革新的なレクサスブランドを立ち上げた。では、なぜ、いま「ブランディング」なのだろうか。

一気に読み終えた感想として、本書は、社長向けに書かれた書籍であるが、企業や自治体の管理職が読んでも大いに役に立つ内容だと感じた。そして、この書籍は、単なるブランド戦略のものではないと気付かされる。なぜかというと、ブランドには社内に向けた「インナーブランディング」と、社外に向けて行う「アウターブランディング」がある。インナーブランディングといえば、本書でも稲盛和夫氏のエピソードなどが登場するが、稲盛流に言えばフィロソフィー(哲学)、つまり企業の「ビジョン」「ミッション」「バリュー」を構築し、社内に浸透させることが重要であると感じた。と同時に、全員が創業の原点に立ち返ったうえで、時代と社会に沿っていることが大切であると関野氏は指摘していたことは、同感であった。

時代に即したというのは、コロナ禍において、従来のように、会議室に集まり、「声の大きい」社員の意見が通る時代は、終焉を迎えつつある。かつて私は、小学校の授業参観に訪れた際、ある先生から次のようなことを伺った。「今までは、手を挙げる子の意見で授業が進んでいました。しかし、一人1台のタブレット端末が導入されたことにより、瞬時にクラス全員の児童の意見が端末上に出てきます。これにより、手を挙げられなかった子たちの意見も把握することができて、より子どもたちの理解力を知ることができるようになりました」。リモートワークも学校と同様であり、ただ「声の大きい」社員ではなく、「自ら価値を生まない」社員は、要らなくなる。

冒頭、リーダーのあるべき姿を引用した。失敗を恐れ、支持率が下がることばかり考えていれば、政権はもたない。コミュニケーションが取りづらく、大きな転換期を迎えた現代においては、トップの内外に向けた説明責任が重要になってくるのではないだろうか。そのためには、「ブランディング」を用い、「付加価値」作りを目指しながら、企業や自治体を進化させていく。本書の後半には、具体的なビジョンマップの作成手順も紹介されている。私は、本書にも登場する大前研一氏が指摘するように、「自分が社長であれば、この先どのように事業展開するか」といったことを踏まえながらビジョンを構築していきたいと思う。関野氏の書籍を拝読し、これからの時代は、「ブランディング」、そして「付加価値」づくりを意識した経営が求められるのだということを理解した。そして私は、日々の仕事でおざなりになりがちなブランディングについて、企業や自治体の“未来への投資”だと意識することから実践していこうと感じた。

2022年7月23日土曜日

国防/感染症/災害 リスク大国 日本

 日ごろからの防災・減災の取り組みが必要となる。加えて知災・備災も含めた「4つの災」(防災・減災・知災・備災)が、生命を守るうえでは必要となってくるだろう。

(引用)国防 感染症 災害 リスク大国日本、著者:濱口和久、発行所:株式会社グッドブックス、2022年、36

2022年の梅雨は、全国的に早く明けたが、その後の“戻り梅雨”は、全国で大気が非常に不安定になり、各地で浸水被害が多発している。この時期(7月上旬)の雨は、地球温暖化の影響からか、昨年の熱海市伊豆山土石流災害のとおり、各地で甚大な被害をもたらすようになってきた。
また、ロシアによるウクライナへの軍事侵攻は、我が国においても対岸の火事ではなくなってきた。
さらに新型コロナウイルスについては、新規感染者が全国で5ヵ月ぶりに10万人を超すなど(2022.7.16)、第7波ともいうべき状況になっている。

これらの脅威をどのように理解し、私たちは行動すべきか。私たちの身に迫りくる3つの大きな危機(国防、感染症、災害)をどのように乗り越えていくべきなのか。そう考えていたときに、書店で拓殖大学大学院教授の濱口和久氏による「国防 感染症 災害 リスク大国日本(グッドブックス、2022年)」というタイトルの書籍に出会った。

私も仕事で防災に携わっている一人であるが、濱口氏による書籍の「はじめに」から感銘を受けた。「戦後、日本国内では戦争による日本人の犠牲者は1人も出していないが、自然災害による犠牲者は5万人を超えている(本書、2)」。

なるほど。

冒頭から説得力のある言葉であり、書籍では我が国のおかれた災害リスクとともに暮らしていかなければならないということが実感できる。
特に、戊辰戦争の敗北だけで徳川幕府が終焉したわけではなく、幕末期に日本を襲った地震や風水害、感染症の流行などのくだり(本書、26)は参考になる。我が国の歴史においても、国家を脅かす危機が一度に襲い、幕府の財政が逼迫してしまったことは、私たちも過去の歴史から学ぶべきことであろう。事実、本書では、平成30年に土木学会が公表した「首都直下地震や南海トラフ巨大地震が起きた後の長期的な経済被害の推計」の数字を紹介している。その経済被害は、最悪の場合1410兆円にものぼるという衝撃的な数字であった。

本書では、災害対策の分野に限っても、我が国のおかれた現状、災害の歴史から学ぶ行動原理、ハザードマップは万全か、消防団や自衛隊、そして政府・自治体の危機管理の現状など、多岐にわたる角度から学ぶことができる。この内容は、とてもベーシックなものであり、国民であれば最低限知っていなければならない内容であろう。

また、書籍は、自治体防災担当者にも役に立つものである。例えば、本書には、「日本の避難所環境は世界最低レベル」という項目が登場する。国では、平成25年8月に「避難所における良好な生活環境の確保に向けた取組指針」を公表している。しかし、近年の災害による避難所の実態は、どうであろうか。相変わらず、学校の体育館や公民館が圧倒的に多い。また、昨今の新型コロナウイルス感染拡大により、避難所における3密を避けなければならない(自治体によっては、新型コロナウイルス陽性者専用の避難所を設けているところもある)。この避難所の項目では、イタリアの事例とともに、国際基準の「スフィア基準」が紹介されている。この基準では、1人あたりの居住スペースは3.5平方メートル以上、天井の高さは2メートル以上などが示されている。

国家や自治体は、防災対策に予算を費やすことが少ない。しかし、これだけの災害大国日本において、避難所は、国による指針のみならず、ベッドやトイレを充実させたものにしていくべきではないだろうか。特に近年、災害が甚大化し、避難生活も中・長期化する傾向にある。たしかに、中・長期的には仮設住宅を建設すれば済む話かもしれないが、それよりも頻度の高い、短期の災害にも備えた、真の良好な避難所のあり方を国や自治体は真剣に考えていくべき時期が来たのだと感じた。

また、本書では、サブタイトルにあるように、自然災害のほか、国防、感染症についても話が及ぶ。特に国防については、中国の国防動員法の危うさが勉強になった。果たして、我が国は、国防を強化する近隣諸国に対して、守ることができるのだろうかと不安になった。

本書では、1854年の安政南海地震のとき、今の和歌山県で村の高台に住む濱口梧陵(はまぐちごりょう)は、海の遠方に見える津波の来襲に気づく。そして、村人たちに危険を知らせるため、自分の田にある刈り取ったばかりの稲の束(稲むら)に松明(たいまつ)で火を付けた。火事と見て、消火のために高台に集まった村人たちの眼下で、津波は猛威を振るう。この実話は、「稲むらの火」として有名である。本書の著者である濱口和久氏は、最終章においても濱口梧陵について触れており、その功績をたたえている。

濱口梧陵は、「稲村の火」にまつわるエピソードのみならず、ヤマサ醤油7代目当主ということもあってか、私財をなげうって堤防建設を行ったり、村の存亡をかけた救済策(人口流出対策、緊急雇用対策など)をしたりしている。そして、オールハザード型(自然現象や感染症、自己、紛争などすべてを含む概念)防災の先駆者として活躍された。

本書では、濱口梧陵が著した「支那経営論」についても紹介されている、平常時には、得意の地理学を活かし、あらゆるリスクに備え、そして先見性のある分析をして、その後の日本の行く末を分析していた。

いま、国や各自治体を始め、自主防災組織などの地域においても、濱口梧陵のような共助の精神を持ち、あらゆるリスクを予見し、我が国の進むべき道を示し、行動し続けた、オールハザード型のリーダーが求められていると感じた。

冒頭では、防災の4つの「災」。つまり、著者の濱口氏による防災・減災・知災(災害を知る)・備災(災害に備える)の言葉を引用した。この4つの「災」は、リスク大国日本に住む私たちに必要な「災」である。私たちヒトは、自然の脅威や感染症の発生を抑えることができない。しかし、これらのリスクに日頃から知って備えることで、リスクを減らすことができる。本書を読み終え、このリスクを減らすことは、私たち日本人の使命なのかもしれないということに、思い至った。






2022年7月10日日曜日

ディストピア禍の新・幸福論

 心はないー。心はすべて、幻想である。

(引用)ディストピア禍の新・幸福論、著者:前野隆司、発行所:株式会社プレジデント社、2022年、48

まず、本のタイトルに惹かれた。

「ディストピア禍」。そうか、今の時代は、ディストピアなんだということに、改めて気付かされた。ディストピアは、ユートピアの反対語であり、暗黒世界という意味がある。資本主義による格差拡大、新型コロナウイルス感染拡大、紛争、そして失敗が許されない(セーフティネットが用意されていない)社会の構築は、まさにディストピアともいうべきであろうか。「幸福論」といえば、私は真っ先にアランの「幸福論」を思い浮かべる。一見、不運に思えることも積極的に考えるといったアランの世界とは異なり、慶應義塾大学SDM教授の前野隆司氏が描くディストピア禍の新幸福論とは、どのような世界なのであろうか。早速、拝読させていただくことにした。

本書は、一気に読み終えることができる。そして、読んだ感想としては、「50歳を過ぎた私にとって、知りたかったことが書かれていた」ということだ。

まず、本書では、人間が避けて通れない「死」についても多くのページを割いて紹介されている。著者による深い死生観から得られるものは、死の不安を「生」のエネルギーへと反転させる手がかりを探るためである。そして、冒頭に記した著者の「心は全て幻想」ということから、過去も未来も全て「幻想」というこが理解できる。そのため、著者は言われる。「いまを幸せに生きると決めれば、幸せに生きることができる」と。その一言が、死を意識して今を生きる私たちに最適な言葉だと感じた。

著者、幸福学を提唱し、個人と人類の幸せを追求していると言う。その著者が発見した幸せの4因子は、実に興味深い。具体的に4因子とは、

第1因子「やってみよう!」自己実現と成長の因子、

第2因子「ありがとう!」つながりと感謝の因子、

第3因子「ありのままに!」独立と自分らしさの因子、

第4因子「なんとかなる!」前向きと楽観の因子

である。

人と自分を比べない、自己決定できる、楽観的である、なにかを成し遂げるなど、この4つの因子に全てが詰まっている。

幸福かどうかは、往々にして私たちを取り巻く人間関係で決まる。興味深かったのは、著者と著者の息子のエピソードである。これは、人間関係において必要となる手法、つまり相手を信じて「対話」するときに役立つ「アコモデーション」が紹介されている。ゲームばかりしている著者の息子に対して、著者は息子に対して「健康には悪いと思うが、それも自分の責任だ」と話し、息子に伝えていた。そして、息子の価値観を認めながら信頼関係を築き、人間関係を構築していく。このエピソードは、スティーブン・コヴィーによる名著「7つの習慣」でも似たようなことが論じられており、説得性のあるエピソードであった。

イギリスのシューマッハ・カレッジには、「Deep time walk」というワークがあるという。それは、地球が生まれてから46億年の歴史を4.6キロメートに例えて歩く活動だという。そうすると、私たちが100年生きたとしても、たった0.1ミリに過ぎないという。

壮大な宇宙の歴史の中で、私たち人間がそれぞれ一瞬しか存在しない。その儚き時間の中で、私たちは、いがみ合うのではなく、個人や世界が協調し、幸せを追求すべきではないだろうか。

本書の最終章には、Ikigai(生きがい)ペン図なるものが登場する。この円の中心に存在する「Ikigai」を全ての地球人が広げる活動をすれば、まさに世界で勃発する紛争などのリスクもなく、幸せな世界が築けることだろう。

奇しくも、このブログを書いているとき、安倍晋三元首相が選挙の応援演説中に銃弾で命を奪われたという報道に接した。安倍氏は生前、2007年に長崎市長が暴力団組員に拳銃で撃たれてなくなった際、「これは民主主義に対する挑戦であり、断じて許すわけにはいかない」と語った。まさに、我が国においても、本書で言う「すべての人を愛すること」はできていない。この本では、最後に最も述べたいこととして、「世界人類を愛そう」ということである。その前野氏の理想郷は、いつになったら到達できるのだろうか。

今を生きる私たちにとって、生きがいとはなにか。そして幸福とはなにか。ディストピア禍とも言える現代において、私たちがどのように幸福を追求して生きるべきかを教えてくれる一冊であった。今後は、この教えてに従い、私たちが生きがいを持って、真の幸福を掴む実践をしていかなければならないと感じた。

2022年6月16日木曜日

賢者の目は頭の中にあり

 『自助論』は「賢者の目は頭の中にあり」と言います。

(引用) ビジネスの名著を読む「リーダーシップ編」、著者:高野研一、編者:日本経済新聞社、発行:株式会社日経BP,日本経済新聞出版、発売:日経BPマーケティング、2022年、92

働き方改革、Z世代の採用、非正規雇用の増加…。私は、働き始めて30年が経過しようとしているが、その間、職場環境が激変したと思う。それに加え、新型コロナウイルスの感染症拡大による影響により、テレワーク、郊外への移住などにより、社会環境も激変した。

そのような不透明な時代だからこそ、新たなリーダーシップを謳った書籍が店頭に並んでいる。しかしながら、いつの時代においても、リーダーシップの考え方の根底にあるものは、古来より、不変ではないだろうか。その根底にあるものは何か。それが知りたくて、本屋に出向いたら、一冊の本に出会った。その書籍は、「ビジネスの名著を読む リーダーシップ編(株式会社日経BP、日本経済新聞出版、2022年)である。この本を数ページめくってみると、単なるビジネスの名著を紹介しただけではなさそうだ。本の「まえがき」には、「本書の中では、こうしたカリスマ経営者ならではのモノの見方や、そのカリスマ性が発揮された経営判断の場面を題材として取り上げ、エクササイズに仕立てています」とある。これは面白いと思い、早速、拝読させていただくことにした。

まず、目次を見ると、本書には、20冊のビジネス書が紹介されている。その中身は、デール・カーネギーの「人を動かす」や、サミュエル・スマイルズの「自助論」、スティーブン・コヴィーの「7つの習慣」や稲盛和夫の「アメーバ経営」、松下幸之助の「道をひらく」に至るまで、贅沢とも言える名著がずらりと並ぶ。そういえば、私の大好きなトム・ピーターズも登場する。かつて、私は、この20冊のうち9冊を読んだことがある。

本書に登場するデール・カーネギー著の「人を動かす」は、PwC Japan 執行役常務の森下幸典氏が紹介している。本書では、「人を動かす3原則」から始まり、デール・カーネギーによる人を動かすための極意が森下氏の視点を踏まえて紹介されている。そしてケーススタディとして、「もし、上司が誤った発言をしたら」との質問が用意されていた。皆さんなら、この質問にどう回答されるのだろう。この回答は、「人を動かす」を何度も読んで見えたかたなら、すんなりとできるようになっている。このように本書では、ずらりと並ぶ名著の理解を深めるためにケーススタディが用意されているのみならず、20冊の名著を紹介する一流の経営者らがどのように読み、どのように理解し、どのように感じたのかといったことが理解できる。名著を紹介するカリスマ経営者の視点は、自分と異なっていたところもあり、さらに名著の奥深さを知ることになる。

冒頭の引用文は、英国の作家、サミュエル・スマイルズが著した「自助論」からである。「自助論」といえば、「天は自ら助くる者を助く」という序文があまりにも有名である。この序文の印象があまりにも強く、精神論的な意味合いが強い書籍だと思いがちである。しかしながら、本書で「自助論」を紹介しているベイン・アンド・カンパニー・ジャパンの日本法人会長である奥野慎太郎氏は、「自助論」をビジネスへの活用事例を組み合わせ、分かりやすく解説してくれる。その中で、私が印象に残った言葉は、冒頭に引用した言葉だ。奥野氏によれば、「賢者の目は頭の中にあり」とは、「思慮の浅い人間には何も見えなくても、聡明な洞察力を持つ人、独力で活路を開こうと努力を続ける人は、目の前の事物に深く立ち入り、その奥に横たわる真理にまで達し、好機を手にできる(本書、92)」と言われます。

私は、困難に出会ったとき、諦めるのではなく、しっかりと現実を見て、受け入れ、その出来事が起こった真理まで達したとき、解決策が見つかるといったことを過去に経験したことがある。奥野氏によって、自分の経験とスマイルズとの言葉を重ねたとき、私は「自助論」の理解がさらに深まったことを認識した。

不安定でありながら、世の中のスピードが加速していく現代社会。しかし、私も改めて読み直したが、過去の名著には、不変とも言うべきリーダーシップの原則が根底にある。いつの時代においても変わらない一流の教えは、現代を生きる私にも有益なものであった。私は、これからの時代を生き抜く、新しいリーダーたちにこそ、本書をおすすめしたいと思った。

2022年5月21日土曜日

だから僕たちは、組織を変えていける

 すべてのものにはクラック(ヒビ)があり、そこから光が差し込む。
There is a crack in everything and that's how the light gets in.
(引用)だから僕たちは、組織を変えていける、著者:斉藤徹、発行:株式会社クロスメディア・パブリッシング、2021年

長年、自分が働いて思っていることは、「チーム」の重要性である。特に、自分が管理職になるにつれ、「チーム」としての成果が求められるようになってきた。

なぜなら、私は、「チーム」の中に大谷翔平選手のようなスター選手がいても、他の球団に移籍(人事異動)してしまったことを経験している。その際、残されたメンバーで、今までどおりの水準を維持し、さらなる向上を目指していくために、何が必要だろうと考えたことがあるからだ。

私が考える良い「チーム」とは、
部下たちが自由闊達な意見を言ってくれること、
「チーム」内でメンバーが協力しあい、成果をあげていけること、
その「チーム」を率いていくリーダーは、トップダウン型ではなく、サーバントリーダーシップ型であることだと感じていた。

では、今までの経験から、良い「チーム」の条件は、これで良いのだろうか。また、より良い「チーム」を築き上げていくために、何が足りないのだろうと思い、斉藤徹氏による「だから僕たちは、組織を変えていける」を拝読させていただくことにした。

本を読み終えた感想としては、
著者の斎藤氏は、自分と嗜好が似ているなということ、
また斎藤氏は、とても親切な人だなということである。

まず、自分と嗜好が似ているということは、指揮者を置かないオルフェス管弦楽団からはじまり、サイモン・シネックの「WHYから始めよ!」、ガンジー、「7つの習慣」のスティーブン・コヴィー、さらには野中郁次郎のSECI(セキ)モデルに至るまで、幅広いビジネス書を読み、クラシック音楽に親しんでいることがわかる。これは、今までの自分の嗜好と合っていた。そして、斎藤氏はこれらの豊富な知見を、組織論のエビデンスとして用い、読者にわかりやすく解説してくれていた。
また、著者の斎藤氏が親切であるというのは、本書の巻末にQRコードが掲載されており、本書の章ごとのサマリーやイラスト・図などがダウンロードできることである。本書を振り返り、もう一度読み直すとき、サマリーなどは役に立った。

本書では、グーグルが発見した5つのチーム成功因子が紹介されている。その中で、「心理的安全性」というキーワードが登場した。この「心理的安全性」というタイトルの書籍も数多く存在している。良いチームを築き上げるには、メンバーが「心理的安全性」の上に置かれた状態にいることが重要であると再認識した。
そして本書には、このメンバーの「心理的安全性」の確保を前提として、リーダーはどうあるべきか、組織のモチベーションをどのようにあげていくのか、更には組織をどのように良い方向に持っていくべきなのかが書かれている。

そのためには、人と支えあいたいという関係性、自分自身の行動は自分で選択したいという自律性、そして最適な課題に挑戦し、達成感を味わいたいという有能感。これら3つの心理的欲求を同時に満たしていくことがメンバーの「意味のある人生」につながることを意識しなければならない。
そして、自分は1990年代にギャラップ社が実施した組織の生産性を測る「12の質問(本書245)」がとても役に立った。私は、自身の組織構築のため、この12の質問をメンバーの気持ちになり、そして投げかけ、組織を変えていきたいと感じた。

本ブログの冒頭の言葉は、カナダのシンガソングライター・レナード・コーエンの名曲「Anthem」の一節である。その言葉を新型コロナ対策で一躍有名になった台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンは大切にしていて、本書でも最初と締め括りに紹介されている。

もし、自分がなにかの正義に焦り、怒っているのなら、それを建設的なエネルギーに変えてみる。こんなおかしいことが、二度と起きないためにできることはなんだろうと自問自答を続ける。そうすれば、新しい未来の原型をつくる道にとどまることができる。自分たちが見つけたクラックに他の人達が参加し、そこから光が差し込む。


一見、理不尽と思える出来事にも意味がある。その出来事に、意味を置き換え、前向きに、そして建設的に取り組んで行けば未来が開ける。閉塞感に愚痴をこぼすのではなく、自分たちが組織を変えていき、社会を変えていく。本書を読み、私は、オードリ・タンが大切にしている言葉を噛み締めながら、組織を、そして社会を変えていこうと思うに至った。


本書は、自分が自身の仕事を通じて感じていた良いチームの考えについて、エビデンスを持って説明してくれた。今までの自分のメンバーに対する態度を振り返り、組織を見直す良い機会にもなった。


2022年4月30日土曜日

町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト

 オガールプロジェクトの斬新さは、「稼ぐインフラ」という異名をとるほどのファイナンスの構造にある。
(引用)町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト、著者:猪谷千香、発行所:株式会社幻冬舎、2016年、106

皆さんが町長なら、10年間も塩漬けにされ、一銭も生み出していない町有地をどのように活用していくだろうか。岩手県盛岡駅から電車に揺られること20分ほどで紫波中央駅に着く。まだ、自動改札機が導入されていない駅をくぐり抜け、目の前の信号を渡ると、眼前に「オガール」が広がる。

「オガール」とは、紫波(しわ)の言葉で「成長する」を意味する「おがる」と、紫波中央駅前(紫波の未来を創造する出発駅とする決意)とフランス語で駅を意味する「Gare」(ガール)を合わせた造語だ。私がオガールを知ったのは、10年ほど前になるだろうか。既にオガールの存在は、全国のまちづくり関係者に知られる存在であった。なぜ、オガールは、まちづくりの成功事例として注目されるのだろうか。当時、私は、オガールプロジェクトのキーパーソン、岡崎氏の講演を拝聴したことがある。講演の内容を聞いて、衝撃を受けたことは、「行政からの補助金に頼らない施設運営」であった。その衝撃から10年ほど経ったが、未だ、オガールは全国から注目されている。今一度、何故オガールが注目されているのか。改めて、猪谷氏による「町の未来をこの手でつくる 紫波町オガールプロジェクト(幻冬舎)」を拝読させていただくことにした。

本書を読んで、まず気づかされるのは、「公民連携」である。行政は、公平性・公正性の立場から民間との連携に後ろ向きであった経緯がある。しかし、現在はPPP、つまり行政(Public)が行う各種行政サービスを、行政と民間( Private )が連携( Partnership )し、民間の持つ多種多様なノウハウ・技術を活用することにより、行政サービスの向上、財政資金の効率的使用や行政の業務効率化等を図ろうとする考え方や概念が主流となっている。

その公民連携の先駆けとして、当時の藤原町長をはじめ、オガールのキーパーソンである岡崎氏は、他の自治体に先んじて、いち早く行政と民間との連携に目をつけた。そして、紫波町の職員とともに、岡崎氏は東洋大学大学院経済学研究科に通うことになった。その東洋大学で、岡崎氏は、「恩師」と呼ぶ人物と出会うことになる。客員教授の清水義次(よしつぐ)氏である。そして、紫波町にオガールが誕生するに至ることになる。

以前、私は、清水氏にもお会いしたことがある。お会いしたのは、東京の千代田区にある3331 Arts Chiyoda。ホームページによると、この施設は、旧千代田区立練成中学校を改修して誕生したアートセンターである。2010年の開館以来、現代アートに限らず、建築やデザイン、身体表現から地域の歴史・文化まで、多彩な表現を発信する場として、展覧会やトークイベント、ワークショップなどを定期的に開催している。また、地域住民や近隣の子どもたちとのアートプロジェクトの実践や地域行事への参加なども当館の重要な活動のひとつとなっている。実際、3331 Arts Chiyodaを訪れてみると、中学校の手洗い場などを残しつつ、懐かしさと新しさが同居するような、新たな空間が誕生していた。その清水氏から、私は「リノベーション」という言葉を教わった。「リノベーション」とは、既存の建物に対して新たな機能や価値を付け加える改装工事を意味し、単なる「改築」とは異なる。清水氏は、リノベーションにこだわったまちづくりを進め、当時から行政の補助金に頼らない運営をしてきた。

当時、紫波町におけるオガールプロジェクトは、議会を始め、公民連携手法で町の広大な空き地を活用していくという理解が得られなかったという。しかし、潮目が変わったのは岩手県フットボールセンターの誘致ではなかろうか。当初、岩手県サッカー協会からは、盛岡市、遠野市などが手を挙げており、紫波町は5番目であった。しかし、岡崎氏と当時の藤原氏の戦略により、最終的に紫波町に誘致することができた。その誘致は、人を呼び込むことによって賑わいをもたらし、「エリア価値」を高めることにつながる。そう、清水氏や岡崎氏らは、「エリア価値を高める」ことを最重要視する。

冒頭、オガールが「稼ぐインフラ」と異名をとると紹介した。「稼ぐインフラ」とは、これまでの補助金ありきだった公共事業をファイナンス主導に切り替え、公共インフラに「稼ぐ機能」を付加して、公共サービスの充実を図るという新しい考え方だ。

本書では、ファイナンスのスキームについても一部紹介されているが、私が感心したのは、絶対家賃の考え方であった。絶対家賃とは、どんなに立派な建物を造っても、借り手側はこれだけしか払わないという基準だ。紫波町の絶対家賃は、市場調査により、共益費込みで坪単価6,000円であった。そこで岡崎氏らは、坪単価6,000円の家賃で10年以内に配当金を出せる投資額を見つけること。そして6,000円以内の家賃ではじき出される建設単価が税込で1坪38万円。つまり、38万円以内で建物を造ることを目指したという。よく公共の事例では、そこまで計算できていないケースが多々見受けられる。例えば、オガール紫波の隣の県、青森市の青森駅東口前に立地する複合施設「アウガ」の経営破綻は、私達の記憶に新しいところだ。公民連携とは、単なる民間資金を活用することではない。私は、民間マインドを取り入れ、民間スキームや資金を活用し、新たな公共的サービス価値を生み出すものだと再認識させられた。

以前、オガール紫波にも携わった日本の社会起業家、まちづくり専門家の木下斎氏に言われたことがある。その言葉とは、「補助金は麻薬」であるということだ。つまり、行政からの補助金頼みでは、まち全体が“甘え”に走り、上手くいかない。財政難で多くの自治体が苦しむ中、あまりにも先駆的な取り組みであったオガールプロジェクトは、まちづくりをする上で、他の自治体にも認知されはじめ、ようやく一つのスタンダードに成り得た。

実際、紫波中央駅の北上・一ノ関方面のホームに佇んでみると、八角形屋根の形をした駅舎のシンボル越しにオガールが見える。まさに、オガールの名の由来のとおり、ここから紫波の未来を創造し、出発するのだという決意を感じることができる。いつかまた、訪れてみたいと思った。

2022年4月9日土曜日

この国の危機管理 失敗の本質

 防災対策とは、人々の命や財産、地域を守る対策のことだ。議論の余地もないくらい自明のことだが、国や自治体の防災対策の実態を見ると、この自明のことがなされているとはとても言えない。
(引用)この国の危機管理 失敗の本質 ドキュメンタリー・ケーススタディ、著者:柳田邦男、発行2022年3月、毎日新聞出版、309-310

不安定な国際情勢、新型コロナウイルスによる感染拡大、多発する自然災害・・・。我が国を取り巻く環境は、常に「危機」に晒されている。この危機に対して、私たちは、日頃から備えをすることができるのだろうか。その答えは、かつての寺田寅彦氏が指摘したとおり、私たちの祖先が経験してきた「過去の危機」から学ぶことができているかである。では、敗戦や東日本大震災における福島の原発事故など、我が国の危機管理は、過去の経験からどの程度、活かされてきたのだろうか。
このようなことを思っていたとき、私は一冊の本に出会った。災害や事故、戦争や生死、言葉と心の危機などの問題について積極的に発言している作家、柳田邦男氏による「この国の危機管理 失敗の本質 ドキュメンタリー・ケーススタディ(毎日新聞出版)」である。手にとって見ると400ページを超える厚さの本であるが、一読の価値がありそうなので、拝読させていただくことにした。

本書は、序章から惹き込まれていく。そのタイトルは「欠陥遺伝子の源流-ミッドウェー海戦、虚構の戦略」である。私の尊敬する野中郁次郎氏らによる「失敗の本質 日本軍の組織論的研究(ダイヤモンド社、1984年)」なども紹介されているが、日米戦史研究をビジネスに活用していくことは、とても興味深い。序章では、ミッドウェー海戦における5つのシーンから、山本司令官を始めとした日本軍の”失敗の本質”に迫る。柳田氏によれば、ミッドウェー海戦における日本側の作戦失敗の要因として、情報戦の問題と慢心の問題を掲げる。特に、山本長官が自分たちの都合の良い想定をし、内なる慢心に勝てなかったところは興味深かった。大にして、危機管理の備えをするとき、私たちは、「自分たちは助かる」といった勝手な思いから、中途半端なものになっていないだろうか。このミッドウェー海戦の事例からも、危機管理の要諦をしっかりと学ぶことができる。

本書にて、柳田氏は、5つの危機管理の原理を掲げている。第一の原理は、「平常時において最悪の事態をリアルな形で想定し、その事態を乗りきる具体的な対策に全力をあげて取り組む」ことだ。この5つの原理は、危機管理をしていく上で、とても参考になる。第一の原理の中で、私は、この「最悪の事態」という表現を用いていることに着目した。先程のミッドウェー海戦における楽観論では、どうしても自分の都合の良いように解釈をしてしまう。東日本大震災では、「想定外」という言葉が使われた。しかし、東日本大震災は、本当に「想定外」であり、あの惨烈な福島の原発事故は避けられなかったのだろうか。

このことについて柳田氏は、様々な公的な議事録などから検証を試みている。そして、財政的理由や、(被害を矮小化して)国民を安心させることなどが優先され、東京電力福島第一原発に対して、日頃から万全な対策を講じてこなかったことが浮き彫りになる。つまり、科学者や学識有識者らが予見した甚大なる東日本大震災の被害想定が見事に消され、ご都合主義の防災対策になってしまったといっても過言ではなかろう。その結果、東日本大震災と東京電力福島第一原発事故に伴う福島県外への避難者数は、2012年年5月時点で、16万4865人にまで上り詰め、多くの福島県民の方々が長期間、故郷を離れざるを得なくなった。

一方、本書では、様々な過去の危機事例とともに、m-SHEL(エム シエル)モデルなどの危機管理分析手法も紹介している。私も初めてm-SHELモデルを知ったのだが、このモデル分析方法では、わかりやすく、使いやすく、事故の構造的な問題点を浮かび上がらせるのに有効であると感じた。具体的に、本書では福島第一原発の発電所対策本部である吉田所長の判断と行動などについて、m-SHELモデルを用いて分析を試みている。そこから浮かび上がることは、福島原発事故が「組織事故」であるということだ。詳細は本書に譲るが、分析結果から、個人のヒューマンエラーというだけでは片付けられない事案であるということが理解できた。

冒頭、本書で印象に残った言葉を記した。この言葉は、今もなお、過去の災害からの反省が活かされていないことを意味する。そして、本書では、災害直後の危機管理のみならず、「災害関連死」についても多くのページを割いている。ややもすれば、災害関連死対策は、各自治体において希薄になっているのではないだろか。それは、各自治体の防災担当者は、震災発災時の対策に忙殺され、震災後の心のケア対策まで至らないことが考えられる。しかし、柳田氏が指摘するとおり、せっかく震災で助かった命が、その後のケアの悪さで亡くなっていく。私は、あまり防災対策として着目されにくい災害関連死対策について、これからの自治体の防災対策として、力を入れていくべきテーマであると感じた。

最後に、本書では、安倍元首相や菅前首相のなど、リーダーの言葉について触れている。私は、柳田氏が提唱した危機管理の5つの原理に加え、リーダーの“コトバ“を第6の原理としても良いのではと感じた。
それは、まさに今、世界に目を向けると、自国の民を救おうと、必死に声を上げ、国民を勇気づける若きリーダーが奮闘している。そして、そのリーダーは、自身の危険を顧みず、諸外国に向け、自国の現状を切実に訴えかけている。今もなお、終息の見えない危機に立ち向かい、ある時は防弾チョッキを着用しながら惨状と化した現場に出向き、またある時は世界に向けSNSで発信し続けるリーダーの姿に、国民は励まされ、世界中の多くの人たちが感銘を受けていることだろう。危機が発生した際、リーダーがどのように立ち振る舞い、周囲の人達と難局を乗り越えていくことができるのか。本書に書かれている、危機に立ち向かう真の政治家、真のリーダーのあるべき姿は、まさにこの若きリーダーのことを言うのだと思うに至った。勇敢に「危機」に立ち向かっていくために、本書では、危機管理の原理、そしてリーダーとしてのあるべき姿を学ぶことができた。