2022年10月30日日曜日

論語と孫子

 彼を知り己を知れば、百戦して殆(あや)うからず(謀攻篇)
(引用)世界のビジネスエリートが身につける最高の教養 論語と孫子、著者:守屋洋、発行所:株式会社PHPエディターズ・グループ、2022年、191

著述家、中国文学者の守屋洋氏の最新刊が刊行された。私は、洋氏の息子、淳氏による「最高の戦略教科書 孫子(2014年、日本経済新聞出版)」を拝読したことがある。なぜ、孫子の兵法がビジネスに役立つのか。当時、感銘を受けたことを覚えている。

その淳氏も大いに影響を受けたであろう父親の洋氏による「論語と孫子(2022年、株式会社PHPエディターズ・グループ)」は、サブタイトルに「世界のビジネスエリートが身につける最高の教養」とある。今年90歳になられる洋氏(1932年生まれ)が、中国古典を通じて、私たち現役のビジネスマンに伝えたいこととはどんなことであろうか。私は、心して、拝読させていただくことにした。

本書は、そのタイトルどおり、「論語」と「孫子」のエッセンスを抜き出してまとめたものと言えるだろう。まず、「論語」とは、洋氏によれば、「あっさり言うと孔子という人物の言行録(本書、1)、」であり、「孫子」は、「孫武(そんぶ)という名将によってまとめられた兵法書(本書、2)」である。数ある中国古典から洋氏がこの2冊を選んだということは、大変興味深い。そして、本書の構成は、第1章として、「論語の人間学」、第2章として「孫子の兵法学」から成る。

本書は、すぐに読み終えることができる。それは、「論語」や「孫子」を読んだことがない人でも、まず、わかりやすい現代語訳が載っているからだ。

第1章の論語では、私の好きな言葉、「弘毅(こうき)」が登場する。これは、論語に登場するが、孔子の弟子である曾子(そうし)の言葉であり、あまりにも有名な「士は以って弘毅ならざるべからず」という一句である。洋氏は、「弘毅」という言葉を「広い視野と強い意志力」と訳す。この「弘毅」は、指導的な立場にある人物が持つべきものだ。なぜならリーダーは、「任重くして道遠し(責任が重いし、道も遠いからである)」と続いている。これは、徳川家康公の遺訓とされる「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。」を彷彿させる。

また、論語では、弟子たちが孔子について語っていることも興味深い。孔子は、1.主観だけで憶測していないか、2.自分の考えを押し通していないか、3.一つの考え方にこだわっていないか、4.自分の都合しか考えていないかという4つの欠点を免れていたという。この4つは、私も反省すべき点が多いと感じた。リーダーになればなるほど、自分の考えを求められる。しかし、私は、リーダーになっても、自分の考えを押し通そうとすると間違えることも知っている。そのため、私は、「自分はこう考えるが、どう思う?」と周りの人たちに聞くことが肝心だと思っている。また、自分の考えを押し通そうとすることは、どこかに私利私欲があるということだ。私の尊敬すべき、故稲盛和夫氏は、大きな役職を引き受けたり、また新たな事業を進めたりするとき、次の言葉を自問自答したという。「動機善なりや、私心なかりしか」。自分の都合ではなく、社会全体の公益を考える。そこに自分の都合(私利私欲)がなく、利他の心で行うこと。その考えのもとは、論語にあったのではないかと思うほど、世の中の成功法則は、長い間不変のものであり、共通しているものであると感じた。

第二部は、「孫子」である。本ブログの冒頭には、孫子の有名な句を引用した。この句は訳すまでもないが、守屋流に訳すと「敵を知り、己を知った上で戦えば、絶対に負けることはない」となる。では、敵を知り、己を知るとは、具体的にどのようにすることだろうか。守屋氏によれば、調査不足、希望的観測、思い込みなどの原因が重なり合って、判断を誤ることが多いと言われる。この句に触れるたび、私は、SWOT分析を思い浮かべる。SWOT分析は、自社の事業の状況等を、強み(Strengths)、弱み(Weaknesses)、機会(Opportunities)、脅威(Threats)の4つの項目で整理して、分析する方法である。これは、自社のみならず、自分自身、そして他社にも使えるものであり、「敵」と「己」を知るのに有効であると感じている。また孫子には、「敵も知らず、己も知らなければ、必ず敗れる」ともある。なにか物事を決断するとき、新規事業を立ち上げるとき、そして他社と競うとき、「敵」と「己」を事前に知っておく必要の大切さを改めて孫子は教えてくれる。

また、「孫子」には、武田信玄が好んで旗印として使用した「風林火山」が登場する。「疾(はや)きこと風の如(ごと)く、その静かなること林の如く、侵略すること火の如く、動かざること山の如し」。この風林火山について、守屋氏は、作戦行動における「静」と「動」の対比にほかならないと説く。つまり、「林」と「山」は「静」、「風」と「火」は「動」ということであろう。「孫子」では、短期決戦を目指せとある。その短期決戦の中においても、「天の時」と「地の利」を得る必要がある。まさに「天の時」という好機が訪れたとき、一気に疾風のように行動し、燃え盛る火のように攻撃をしかける。その「天の時」と「地の利」は、現在のビジネスにおいても、リーダーはしっかり見極めなければならない。かつて、私のリーダーであったかたも多数の前で挨拶をする時、「天の時」「地の利」という言葉を多用していた。なにごとにも「勝つ」には、時機があることを改めて認識させられた。

論語において、孔子は「年長者から安心され、友人からは信頼され、年少者からは懐(なつ)かれる、そんな人間に私はなりたい」と弟子に言っている。この一文に触れ、私は、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を思い出してしまった。孔子と宮沢賢治に共通することは、人に対して謙虚であり、尽くすことであり、信頼を得ることであると思う。「雨ニモマケズ」も最後は「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」と締めくくられている。私も、人生の行き着く先として、孔子のような人間に少しでも近づきたいと思った。

本書の「はじめに」に書かれているが、守屋氏は人生の締めくくりをつける時期にきたと言われる。その長きにわたる中国古典の研究のなかから守屋氏が選んだのは、「論語」と「孫子」であった。つまるところ、この洋氏がセレクトした2冊のエッセンスを学ぶことができることは、読者として、なんと幸せなことであろう。生き方、リーダーシップ、君主たるものの心構え、そして兵法から導き出される戦略。現代は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムによって開かれるsociety5.0の時代と言われている。しかし、このたび「論語と孫子」を拝読して、AIとかIoT、メタバースといわれる現代社会においても、中国古典は私たちビジネスマンが身につけるべき最高の教科書であり、時代の流れに左右されることのない、不変の教えであると改めて感じた。

2022年10月16日日曜日

エフォートレス思考

 知識はチャンスの扉を開いてくれる。
自分だけのユニークな知識は、永続的なチャンスを与えてくれる。
(引用)エフォートレス思考 努力を最小化して成果を最大化する、著者:グレッグ・マキューン、訳者:高橋璃子、発行所:株式会社かんき出版、2021年、221

「エフォートレス」とは、直訳すれば「努力を要さない」ことである。マーケティングや経営戦略に精通している人ならば、「エフォートレス」とは、CX(顧客体験価値)を高め、顧客満足度を向上させる要素のひとつとして注目されているキーワードだと思うことだろう。例えば、お客様がパソコン関連の商品を購入した際、その購入者が専門知識を有さずとも、努力を要さず(簡単な手順で)、接続させて利用できることを指す。また、コールセンターの社員は、いかにお客様がエフォートレスに問題を解決するかが求められる。

しかし、このたび発刊された「エッセンシャル思考(かんき出版、2014年)」で有名なグレッグ・マキューンによる「エフォートレス思考(かんき出版、2021年)」は、私たち個人が努力を最小化して、成果を最大化することに焦点をあてる。昨今、「働き方改革」やコロナ禍における「リモートワーク」の推進など、ビジネスシーンでは、いかに労働時間を短縮させ、効率化が求められるように感じる。しかも、今までの質をキープし、いやそれ以上の質向上を求められる成果を意識しながら。この反比例とも言えるテーマは、ビジネスシーンにおいて、永遠のテーマともいうべきものであろう。
では、このグレッグ・マキューンが提唱する「エフォートレス思考」を身につければ、どのように自分自身が変化し、最小の努力で最大の成果が得られるのか。私は、惹きつけられるように「エフォートレス思考」を拝読させていただくことにした。

本書は、まず、PART1「エフォートレスな精神」から始まる。
戦後、我が国が奇跡的な経済成長を遂げたのは、私たちの祖父や父の世代の活躍。つまり、高度経済成長期には、会社への忠誠心が高く、私生活は二の次でガムシャラに働く社員、いわゆる「モーレツ社員」の存在が大きかったのではないだろうか。本書では、「頑張りすぎは失敗のもと」と言い切り、「もっといいやり方を探し、余裕で成果を出す」ことに終始している。

エフォートレスな精神は、「どうしたらもっと簡単になるのだろう?」と考えたり、仕事と遊びを共存させたりすることによって養われる。そして、「感謝」の力によって、ネガティブな感情から力を奪い、ポジティブな環境が広がりやすいとしている。不満を一つみつけたら、感謝を一つ見つけるといった、グレッグ・マキューンが提唱する手法は、とても実践的だ。さらには、彼の日課、すなわち1静かな場所を見つけ、2体の力を抜き、3頭を落ち着かせ、4心を解放し、5感謝の呼吸することは、マインドフルネス的な実践法にもつながる。以前、私が読んだある書籍では、感謝の心を持って瞑想すると、脳波がアルファ波になると書かれていた。我が国では、「平常心(びょうじょうしん)」という言葉がある。アップルの創始者であるスティーブ・ジョブズが“禅(ZEN)”に魅せられたように、本書を読み勧めていくうちに、エフォートレスな精神とは、まさに「平常心」を養うものだと気づかされた。

PART2は、「エフォートレスな行動」である。ゴールを明確にイメージし、はじめの一歩を身軽に踏み出す。そして、手順を“限界まで減らす”ことを忘れない。そして、この章で参考になるのは、「早く着くために、ゆっくり進む」ということだ。よく知られたことわざに「急がば回れ」がある。このことわざの真意は、「物事は慌てずに着実に進めることが結果としてうまくいく」ということであろう。本書でも1911年イギリスとノルウェーのチームによる南極点到達レースの様子が描かれている。具体的には、天気が良い日は進めるまで進む、天候が悪ければ休むというチームと、天候に左右されず毎日正確に15マイル進むチームの特徴があった。私は、がむしゃらに働けるときは、しっかり働いてしまうため、前者のチームが優勢だと思っていた。しかしながら、毎日着実に、休息を取りながら進んでいったチームが最後には、勝った。これは、自分の仕事の進め方、つまりエフォートレスになっていなかったと、反省せざるを得なかった。この着実なペースを作るには、「下限値と上限値を決めると良い」という、グレッグ・マキューン氏のアドバイスにつながっていた。例えば、毎日読書をするには、「1日5ページ以上(下限値)、1日25ページを超えない(上限値)」といった目標を決めるのは、とても有効であると感じた。

そしてPART3は、「エフォートレスの仕組み化」である。
この仕組み化では、学習化して一生モノの知識を身につけることを勧める。独自の知識を持つものは、信頼され、人もチャンスも集まってくる。まさに、本ブログの冒頭に記したとおりである。この知識を身につけるといったとき、本書に紹介されているテスラ社等の創業者、イーロン・マスク氏の言葉が深い。知識を一種のセマンティック・ツリー(意味の木)として捉える。そして、枝葉や詳細を見る前に、まず幹や枝、つまり土台となる原理を理解することだと。いま、私たちが得ようとしている知識は、木の根幹部分であるのか、それとも枝葉なのか。枝葉ならば、まず、根幹(土台)を理解しなければ、知識となり得ないということであろう。

突然であるが、私は、テニスが好きだ。私が40代に差し掛かったとき、中学校時代から続けてきたソフトテニスを捨て、硬式テニスに完全に移行した。そのとき、私は、恥も外聞もなく、初心者向けのテニススクールに通った。そのとき、コーチからは、硬式テニスの基礎(土台)を嫌なほど叩き込まれた。現在も私はテニススクールに通っており、中級クラスも脱するレベルに達してきたが、当時の土台がなければ、ここまで硬式テニスも上達しなかったであろうと思う。このような実体験からも、私はイーロン・マスク氏の言葉について、妙に納得させられた。さらには、一生モノの知識を身につけるということは、マネジメントの父であるピーター・ドラッカーが言われていた「強みを生かすことにエネルギーを費やす」ことにもつながっていると感じた。

そのほか、仕組み化で大事なことは、「自動化」することである。勝手に回る仕組みをつくるには、「自動化」が大切だ。例えば、慣れた仕事でもチェックリストを作るなど、自身の健康管理や家庭においても、応用できる自動化が本書には書かれている。まさに、ローテクとハイテクとの融合によって、エフォートレスな仕組みは出来上がっていくと感じた。


最終章では、グレッグ・マキューン氏の娘であるイヴさんについて書かれている。彼女は、神経の病に侵され、マキューン氏も相当心配されたことであろう。発病から2年経っているが、まだ完治はされていない。しかし、マキューン氏は、どんな困難に遭遇しようとも、今何かを選択する力が大切であると説く。それがひいては、エフォートレス思考につながるとしている。

仕事において、そして家庭において、困難はつきものである。しかし、どんなに大きな困難に遭遇しようとも、私たちは選択によって、よりシンプルで簡単な道を選ぶことができる。

エフォートレス思考とは、単なる仕事の省力化させるためではない。もっと人間らしく思考し、行動し、成果を上げる。この本来の「人間らしく」成果を上げるために、私はエフォートレス思考について、これからのビジネスシーンにおいて、最大の武器になると思うに至った。

2022年10月8日土曜日

終止符のない人生 反田恭平

 チェーホフ(ロシアの劇作家)はこう言ったそうだ。
「芸術家の役割は問うことであり、答えることではない」
(引用)終止符のない人生、著者:反田恭平、発行所:株式会社幻冬舎、2022年、208

本書は、今をときめくピアニスト、反田恭平氏の自叙伝である。反田氏は、テレビの露出なども多く、クラシック音楽ファン以外にも幅広い支持を得ている。

2021年10月、反田氏は、第18回ショパン国際コンクール第2位を獲得したことも記憶に新しい。既に知名度の高い彼は、なぜ、敢えてショパン国際コンクールに挑戦したのか。なぜなら、コンクールへの挑戦は、入賞を逃すと、ピアニストとしてのダメージを負うかもしれないというリスクを負う。
そんな「反田恭平」という一人の人間としての素顔が知りたくなり、反田氏による「終止符のない人生(株式会社幻冬舎、2022年)」を拝読させていただくことにした。

本書では、冒頭からショパン国際コンクールのシーンから始まる。そこには、ショパンに出会えたという感謝の気持を持って、ステージに立つ反田氏の姿があった。サッカーが好きだった反田少年は、右手首の骨折をきっかけに、サッカー選手になる夢を断念してしまう。そして、まるで人生のシナリオが最初から描かれていたかのように、反田少年は、ピアノ道へと進むことになる。

日本音楽コンクールで1位を獲ってから、反田氏は、モスクワへ留学する。時々断水のあるモスクワ留学のエピソードは、若いからこそ乗り越えられたエピソードで綴られている。我が国のように、モスクワでは水や電気が当たり前に使えることが叶わない。極寒の異国の地においての経験は、反田氏がピアニストとしても、また人間的にも大きく成長していったのだと感じた。

本書での読みどころは、何と言ってもショパン国際コンクールについてであろう。やはり、気になることは、なぜ反田氏がハイリスクを負ってまで、ハイリターンのコンクールに挑戦したかである。

本書の中で、反田氏は、「誰もが生涯を通じて、真剣に対峙するべき大事な試練が10年に一度は訪れると僕は思っている(本書、80)」と記している。ちょうど、コンクールの時期は、反田氏が人間的に次のステージに進むべき時期と合致したということであろう。そして、亡き祖父の「人生でやり残したことがないように」といった言葉にも押され、反田氏は、ショパン国際コンクールという大舞台に果敢に挑む決意した。

面白かったのは、ショパン国際コンクールにおける反田氏の“戦略”である。審査員を飽きさせないようにするための秘策やプログラム構成は、単なる芸術家ではなく、反田氏のビジネス的センスをも感じた。

実は、私が人生で初めてクラシック音楽のCDを購入したのは、スタニスラフ・ブーニンである。1990年前半、私は、当時1万円もするブーニンのコンサートチケットを幸運にも入手でき、初めてクラシック音楽のコンサートに出向いた。そこには、1台のピアノと“弾き手”しか存在していない。しかし、圧倒的なテクニックと表現力、そして時に力強く、時に繊細なまでの音色。ブーニンの奏でるショパンの前奏曲作品28の第15番“雨だれ”では、静かに降り続く雨の音が次第に重くなり、ショパンが作曲時に抱えていた不安な心境を見事に表現していた。ブーニンのコンサート以来、私は、クラシック音楽も趣味の一つに加わった。

本書では、反田氏がショパン国際コンクールの第3次予選を通過した際、そのブーニンが反田氏にエールを送っているシーンが登場する。しかも、ブーニンのエールは、反田氏に20世紀最高のピアニストとも言われる「リヒテルの演奏を思い出した」という最高の賛辞も添えて。

また、反田氏の幼なじみであり、良きライバル的な存在のピアニスト小林愛実氏が本書にしばしば登場する。小林氏は、反田氏と同じショパン国際コンクールに出場し、第4位入賞を果たしている。本書を読むと、反田氏が幼なじみの小林氏をいかに尊敬しているかがわかる。それは、反田氏と違って、「小林さんは耳で聴いた瞬間たちまち譜面を記憶してしまう(本書、202)」という一文からも感じ取れる。そして、本書では、もう一人の天才、反田氏より一つ年上でパリのロン=ティボー=クレスパン国際コンクールで2位、エリザベート王妃国際音楽コンクールで3位に輝いた務川慧悟氏も登場する。反田氏の凄さは、他人の才能を素直に認めるところにもある。

冒頭に記した一文は、クラシック音楽にも通用する。同じ演目であっても、それぞれの演奏者の曲の解釈によって、聞き手は演奏者の“問い”を知ることになる。

だから、芸術家は、いつもその作曲者に対して、そして聴衆者に対して“問うている”のではないだろうか。この”問い“があるからこそ、クラシック音楽は、同じソナタ、同じコンチェルト、同じシンフォニーでも、私たち聴衆者をいつまでも飽きさせることなく、現代に引き継がれている。私は、芸術の真価がまさに”問い”にあるのだと気づかされた。

本書は、反田恭平という一人の素顔に迫ったものであったと同時に、クラシック音楽への理解がさらに深まるものであった。そして何より、反田氏がショパン国際コンクールに挑んだように、挑戦することへの意欲を駆り立てる一冊であった。

ここにきて、今一度、反田氏の祖父の言葉が思い起こされる。

「人生やり残したことがないように。」

そう。一人ひとりの人生が、本書のタイトルにもなっている「終止符のない人生」だということの重みをも感じさせる一冊であった。

2022年9月7日水曜日

「生き方」 ~稲盛和夫氏を偲んで

 ですから、「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は迷いもてらいもなく、生まれたときより少しでもましな人間になる、すなわちわずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいくためだと答えます。
(引用)生き方、著者:稲盛和夫、発行所:株式会社サンマーク出版、2004年、15-16

2022年(令和4年)8月24日、また一人、偉大な経営者が天国へと旅立たれた。「経営の神様」と呼ばれ、京セラ・第二電電(現・KDDI)を創業された稲盛和夫氏である。

30年ほど前、私は大学でマーケティングや経営学を学んだ。当時、経営者(創始者)といえば現パナソニックホールディングスの松下幸之助や本田技研工業の本田宗一郎であった。

私が稲盛氏を知るようになったのは就職してからのことであり、2004年当時、書店の店頭で「生き方(株式会社サンマーク出版)を見つけたからだと思う。すぐに私は、ベストセラーになっていた「生き方」を購入し、貪るように何度も読みふけった記憶がある。

なぜ、私は、稲盛氏の世界に惹き込まれていったのか。
それは、今までの経営書とは、明らかに一線を画すものであったからだ。

では、何が違ったのか。
稲盛流の経営とは、利益を追求することを主眼に置くのではなく、「人間として一番大切なこと」を説いてあったからだ。

つねに前向きで建設的であること。感謝の心を持つこと。善意に満ち、思いやりがあること。努力を惜しまないこと。
学校の道徳の授業を受けているかのような稲盛流の経営学は、「これが上手くいく経営の本質であったか」といったものであった。

その偉大な「経営の神様」の訃報に接し、私は、稲盛和夫氏の「生き方」を改めて拝読させていただくことにした。当時、私は何度も拝読させていただいたので、内容はほとんど頭に入っている。しかし、改めて読ませていただくと、新たな発見が多いことに気付かされた。

稲盛氏と同じく、私は日本の実業家・思想家の中村天風氏の書籍も多く拝読している。その稲盛氏も中村天風氏を尊敬しており、例えば稲盛氏は「有意注意」の大切さを説く。「有意注意」とは、目的を持って真剣に意識や神経を対象に集中させることである。稲盛氏といえば、「一日、一日を『ど真剣』に生きなくてはならない」という言葉があまりにも有名だが、恐らく、その言葉は、中村天風氏の影響を受けていたのではないだろうか。

その中村天風氏も、「有意注意の人生でなければ意味がない」と言われている(本書、75)。このことは、後に稲盛氏が著した「京セラフィロソフィ(サンマーク出版、2014年、218)」にも触れられている。このことから、稲盛氏が「有意注意」について、いかにリーダーとして大切にしてきたかを窺い知ることができる。

それとあわせて、稲盛氏は、自分に起こるすべてのことは、自分の心が作り出しているという根本の原理を大切にされてきた。利他の心、愛の心を持ち、一日一日をど真剣に生きていければ、宇宙の流れに乗って、すばらしい人生を送ることができるとも言われている。そのために、稲盛氏は、「よい思い」をすさまじく思うことの大切さを説く。「生き方」の中では、「ひたむきに、強く一筋に思うこと。(本書43)」というフレーズが登場する。このフレーズからも、稲盛氏が中村天風氏の影響を受けていることが理解できる。

「新しい計画の成就はただ不屈不撓(ふとう)の一心にあり。さらばひたむきにただ想え、気高く、強く、一筋に(中村天風)」

中村天風、そしてその遺志を引き継いだかのように稲盛氏は、生涯を通じて、利他の精神を持って、事業家としての生涯を貫き通した。そして、この二人の生き様は、経営の本質、そして人間にとっての哲学を証明してみせた。

その証明の一つとして、日本航空(JAL)の再建がある。2010年1月、日本航空は、2兆3,000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えた。日本航空を再生させるべく、稲盛氏は日本航空の会長職に就任する。高齢であった稲盛氏がこの大役を引き受けたのは、日本航空が破綻すると日本経済への影響が大きいこと、残された社員が路頭に迷うのを防ぐためだと言われている。そして、ここでも稲盛氏の哲学を日本航空の社員に叩き込み、見事、2012年9月、日本航空は再上場を果たし、復活を遂げた。

なぜ、日本航空は短期間で再上場を果たすことができたのか。それは、京セラ、そして日本航空の経営理念から読み解くことができる。

(京セラの経営理念)
全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する

(日本航空の経営理念)
JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、
一、お客さまに最高のサービスを提供します。
一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。

これらは、どの事業所にも共通する経営理念ではないだろうか。まず、その企業で働く従業員の幸福を追求する。そして、社会の進歩発展に寄与する。そこに、企業として一番大切な「利益を追求する」という言葉はない。人間として、正しい行動をしていれば、利益は後からついてくる。まさに、稲盛氏の経営に対する考え方、そして人間としての生き方が、さらには哲学が、この短い経営理念に集約されている。

稲盛氏は、本書の中で、人間としての生き方が死生観についても触れられている。稲盛氏は65歳を迎え、真の信仰を得るべく、得度をして仏門にも入られている。稲盛氏は、死について、「現世での死とはあくまでも、魂の新しい始まり(本書228)」と言われている。
本ブログの冒頭でも『死』についての言葉を引用したが、稲盛氏は、自分の魂を来世につなぐべく、利他の心を持ちながら、「いま」を真剣に生きてこられた。

2004年に刊行された「生き方」は、稲盛氏の遺書であり、今を生きる私たちへのメッセージでもある。今後の人生において、今度は私たちが稲盛氏の哲学を実践し、よりよい社会を築いていなかければならないと感じた。

私の尊敬する稲盛和夫氏のご冥福を、心よりお祈りいたします。

2022年9月3日土曜日

何もない空間が価値を生む

 『道徳経』には、「粘土をこねて器を作る。そこに空洞があるから、器としての役目を果たす」とあります。
(引用)何もない空間が価値を生む AI時代の哲学、語り:オードリー・タン、著:アイリス・チュウ、文藝春秋、2022年、10

私は、新型コロナウイルス対策で一躍有名になった、台湾のIT相であるオードリー・タン関連の書籍について、今までに何冊か拝読させていただいた。しかし、今回刊行されたオードリー・タンの語りによる「何もない空間が価値を生む(文藝春秋、2022年)」は、その中でもベストといえる一冊であった。

それは、オードリー・タンが幼少の頃から培ってきた哲学を知ることができるからだ。オードリー・タンは、5歳のときに読んだ老子の「道徳経」に影響を受けている。通常、生まれてから6歳までとされる人間形成期において、オードリー・タンが老子の書籍を読みふけっていたというのも驚きである。しかし、それ以上にオードリー・タンが「道徳経」から得られた「知識」を持ち続け、現在の自身の仕事に生かしていることは、さらなる驚きであった。

この「知識」については、オードリー・タン氏も本書の中で触れている。「知識は必ず自分の創造の道のりを通して生まれたものである(本書、69)」と。知識は蓄積されるものでもなく、新しい状況に直面したときに「作られる」ものである。この一文に触れたとき、かの松下幸之助氏の言葉を思い出す。

「失敗することを恐れるよりも真剣でないことを恐れたい。」

失敗するということは、その新しい状況に対して挑戦したということだ。その挑戦によって、得られる知識は膨大であり、いつかは自分が創造した成功にたどり着く。

この書籍の良いところは、オードリー・タンの哲学と仕事の実践法がリンクしているところにある。本ブログの冒頭、私は、器の空洞について触れた。オードリー・タンによれば、「道徳経」を著した老子は、この器の空洞は一見無駄に見える。しかし、その一見無駄に思える空間感こそが価値を生み出すのであり、有用なものが生まれる(本書、10)としている。その教えをもとに、オードリー・タンは、20歳の頃、オンライン・コミュニティで一つの空間を作るなどしている。

また、本書で紹介されているオードリー・タンの読書術は、勉強になる。その読書術とは、自分に興味を持ったキーワードを絶えず理解、収集、点検を繰り返す。そして、効率化を図りながらも知識を増やし、それを実践していく。実際、自分も読書をしていて感じるのだが、読書をする際、自分に関心のある「キーワード」や心に残った文章が自分の知識になる。その効率的ともいうべき、オードリー・タンの読書術は、理にかなったものだと感じた。

さらに、本書では、会議の議長のあり方も参考になる。ビジネスの場では、会議の議長を務めることが多い。また、議長を意識して、会議の組み立てを考えることは、会議自体を意義あるものにすることができる。本書では、オードリー・タンがORID(オリッド)討論法を教えてくれる。このORIDは、会議のプロセスの頭文字をとったものだ。このORIDに従って会議を進めれば、参加者のコンセンサスが得られやすいのだろうと感じた。ぜひ、今後、自分の仕事に生かしていきたい。

そして、本書の真骨頂は、第5章「AI時代の哲学」であろう。オードリー・タンが「道徳経」の翻訳として、一番よく引用するアメリカの作家ル・グウィン氏のものを紹介している。
このル・グウィン氏の手にかかれば、老子の「道徳経」は、詩的で叙情的なものになる。読み手は、すっかり「道徳経」の世界に魅せられ、その奥深さ、謙虚さ、自分を律することの大切さ、優しさ、そして女性の強さを感じることができた。まさにトランスジェンダーとして生きるオードリー・タンに影響を与えた「道徳経」は、性別や人種を超えた、AI時代を生きる全てのビジネスマンにも通用する哲学であった。

そのほか、本書では、台湾の聖巌法師による12文字の箴言(しんげん)も紹介されている。物事を進める道理を説いた箴言は、逃げずに、困難を認め、行動したら最後に手放すといった、宇宙の力に任せるような表現で終わっている。確か、中国の「書経」には、天に代わって人間が政治を司るという言葉がある。人間は、全てやりきったあと、宇宙(天)の力に任せるように手放して委ねる。私は、オードリー・タンの哲学を通じ、壮大な宇宙に潜む無限の力、そして人間と宇宙の関係を感じざるを得なかった。

本書は、改めて、天才オードリー・タンの人間性に迫れるとともに、多くの知恵を授かる一冊であった。



2022年8月20日土曜日

ストレス脳

 彼らのライフスタイルの何が、うつから守ってくれているのか。(中略)。その「何か」とは、私は何よりも「運動」と「仲間と一緒に過ごすこと」だと思う。
(引用)ストレス脳、著者:アンデシュ・ハンセン、新潮新書、2022年、213

大ベストセラー「スマホ脳」の著者であり、精神科医のアンデシュ・ハンセンによる最新刊、「ストレス脳」が刊行された。ハンセンによると、私たちの4人に1人が人生において、うつや不安といった精神的な不調を経験しているという。この25%という数字は、我が国にも当てはまり、今もなお、多くのかたが苦しんでいる。

どうして、豊かになった我が国においても、うつなどを抱えるかたがみえるのか。それは、よく指摘される資本主義や競争社会における貧富の格差がもたらしているものなのだろうか。それとも、スマートフォンやタブレット端末の普及に伴う現代病ともいうべき現象なのであろうか。その要因はともかく、それよりもまず、私たちの身近となった精神的不安にどう立ち向かうべきなのか。いろいろなことが頭をよぎり、ハンセン氏による最新刊を拝読させていただくことにした。

ハンセン氏による話は、ヒトの起源に遡る。ヒトが狩猟採集民であった時代から、ヒトは「適者生存」を求めてきた。つまり、野獣に襲われることを防いだり、感染症から見を守ったりするということで、ヒトは強い警戒心を持っていると言える。そして、この警戒心によって、私たちの祖先は、生き延び、今を生きる私たちに生命を繋いだ。ハンセン氏によれば、高度文明社会を迎えた現在においても、ヒトは様々な脅威(ストレスなど)から身を守ろうとして精神的不安に陥ってしまうということだ。それは、脳が今でもまだサバンナにいるとの思い込みから、ストレスを感じると、感染リスクが高まったと解釈してしまうことに起因する。なぜなら、脳が最優先するのは、「健康で幸せ」に生きるためではなく、「生き延びること」が使命だからだ。その弊害によって、現代人も精神的不安にかられるのだと理解できた。

では、精神不安やうつになったとき、また予防するために、私たちはどのように行動すればよいのか。ハンセン氏は、その対処法についても、医学知識が全くない私たちに対して、わかりやすく解説してくれている。
その解は、一言で言えば、冒頭に記したとおり、「運動」することと、「孤独にならない」ことだ。そして、ハンセン氏による指摘で興味深かったのは、“スマホなどの使いすぎ”による警告ではなく、スマホの使用によってヒトとヒトとのコミュニケーションが不足することに対して警告を発している。いま、私たちの職場は、新型コロナウイルスによって、リモートワークが進む。しかし、リモートワークの欠点は、リモートワーク中でしかコミュニケーションが図られないということではなかろうか。フェイス・トゥ・フェイスが当たり前の時代、会議の前後には雑談をしたり、同僚に相談に乗ってもらったりした。しかし、リモートワークは、そうしたコミュニケーションの時間が“ムダ”とも捉えられているかのように排除され、上辺だけの人間関係の上に成り立ったものであるように思える。

以前、ある脳科学者の本を読んでいたとき、「うつ病は、本人がそう思いこんでいるから長引く」みたいな記述があった。確かにハンセン氏の書籍にも同様の記述があり、「診断内容に自分自身を見出し、『私は精神状態の悪い人』と自覚するようになる(本書229)」と指摘している。しかし、ハンセン氏は、そんな患者には必ず、「不安障害やうつは脳が正常に機能している証拠でもある」とフォローすることも忘れていない。こうした精神状態の悪いときに限らず、負のスパイラルに陥る時がある。そのとき、健全であれば、「うつ病は、あなたが思いこんでいるだけだよ」と、言いっぱなしのドクターの話でも納得できるときがあるだろう。しかし、負のスパイラルの最中にドクターからも冷たく言い放たれたとき、聞き手はどう思うのだろう。ハンセン氏によれば、精神状態が不安定なとき、睡眠と休養を優先すること、そしてリラックスして、いろいろな「やらなければならないこと」を最低限に抑えるようにするという指摘を忘れていない。一時期、ナポレオン・ヒルの「思考は現実化する」のように、積極的思考を進める書籍が書店を賑わせたことがある。確かに、健全な心身状態であれば、ナポレオン・ヒルなどの書籍に書かれていることを実行すればよいのかもしれない。しかし、時に人はネガティブになるときもある。そのようなときは、精神論ではなく、休むことも必要ではなかろうか。そして、人間は、潜在的な回復できる力を持ち合わせている。そのために、睡眠や休養も必要であると、ハンセン氏に教えていただいた。

資本主義の進展による格差社会の歪は、「幸せでなければ人間ではない」という観念を人々に植え付けてきたように思う。競争社会にもまれ、人々は疲弊し、精神的不安を抱える人が一向に減らない。人々の意見に耳を傾けすぎたり、学校では成績アップだけを目標にしたりして、人生の意義に気づかない人が精神的な病に倒れていくようにも思える。

しかし、いちばん大切なことは、ハンセン氏も指摘するように「長期的に人生に意義を感じていられるかどうか」であると思う。幸福でなければならないという固定観念に縛られず、他人とも比較せず、自分の人生の意義を感じるように努めていくこと。そのほうが、結果的に幸せな人生につながっていくと思われる。

一人ひとりの人生は、他人のものでも、固定観念に縛られるものでもない。自分のペースで自分らしく、自分の人生に意義を感じるように生きる。そうすることで、豊かな時代においても人間らしく過ごしていくファクターであると感じた。

心が健全であれば、人生が充実する。そのための予防法を含めた処方箋が、ハンセン氏によるこの書籍、「ストレス脳」に書かれている。多くの現代人におすすめしたい一冊であった。

2022年8月7日日曜日

付加価値の法則

 本来なら国のリーダーは、「私はこれが正解だと思うからこれを実行する。その代わり、間違えたら責任をとる」と国民に宣言するべきなのです。
(引用)社長がブランディングを知れば、会社が変わる! 付加価値の法則、著者:関野吉記、発行所:株式会社プレジデント社、2021年、59

新型コロナ感染症の最初の患者が中国の武漢で原因不明の肺炎を発症した2019年12月から、早2年半という月日が経過した。未だ終息が見えない新型コロナウイルス感染拡大は、世界を一変させた。新型コロナウイルスの蔓延とともに、50歳を過ぎた私は、自分の新人時代と比較し、働き方やトップの考え方、そして企業のあり方を変えていかないと肌で感じている。つまり、リモートワークを導入する企業が増加しているが、社内のコミュニケーションが不足する中、これからの働き方とはどのようなものか。また、新たな環境下において、どのようにイノベーションを起こし、企業を創造していくのか。その解を模索すべく、株式会社イマジナの代表取締役社長であり、最近では地方自治体や伝統工芸にまで活躍の場を広げるブランドコンサルティングの第一人者、関野吉記氏の「付加価値の法則(株式会社プレジデント社、2021年)を拝読させていただくことにした。

著者の関野氏は、コロナ禍における世界の変容に対して、「ブランディング」という切り口で新たな時代の企業戦略を提案する。大学時代、私はマーケティングを学んできたが、「ブランディング」とは、言うまでもなく、その企業の商品やサービス、そして企業自体に対する消費者のイメージを高め、他社と差別化を図る戦略のことである。トヨタは、従来のブランドから脱して、新たに高級・革新的なレクサスブランドを立ち上げた。では、なぜ、いま「ブランディング」なのだろうか。

一気に読み終えた感想として、本書は、社長向けに書かれた書籍であるが、企業や自治体の管理職が読んでも大いに役に立つ内容だと感じた。そして、この書籍は、単なるブランド戦略のものではないと気付かされる。なぜかというと、ブランドには社内に向けた「インナーブランディング」と、社外に向けて行う「アウターブランディング」がある。インナーブランディングといえば、本書でも稲盛和夫氏のエピソードなどが登場するが、稲盛流に言えばフィロソフィー(哲学)、つまり企業の「ビジョン」「ミッション」「バリュー」を構築し、社内に浸透させることが重要であると感じた。と同時に、全員が創業の原点に立ち返ったうえで、時代と社会に沿っていることが大切であると関野氏は指摘していたことは、同感であった。

時代に即したというのは、コロナ禍において、従来のように、会議室に集まり、「声の大きい」社員の意見が通る時代は、終焉を迎えつつある。かつて私は、小学校の授業参観に訪れた際、ある先生から次のようなことを伺った。「今までは、手を挙げる子の意見で授業が進んでいました。しかし、一人1台のタブレット端末が導入されたことにより、瞬時にクラス全員の児童の意見が端末上に出てきます。これにより、手を挙げられなかった子たちの意見も把握することができて、より子どもたちの理解力を知ることができるようになりました」。リモートワークも学校と同様であり、ただ「声の大きい」社員ではなく、「自ら価値を生まない」社員は、要らなくなる。

冒頭、リーダーのあるべき姿を引用した。失敗を恐れ、支持率が下がることばかり考えていれば、政権はもたない。コミュニケーションが取りづらく、大きな転換期を迎えた現代においては、トップの内外に向けた説明責任が重要になってくるのではないだろうか。そのためには、「ブランディング」を用い、「付加価値」作りを目指しながら、企業や自治体を進化させていく。本書の後半には、具体的なビジョンマップの作成手順も紹介されている。私は、本書にも登場する大前研一氏が指摘するように、「自分が社長であれば、この先どのように事業展開するか」といったことを踏まえながらビジョンを構築していきたいと思う。関野氏の書籍を拝読し、これからの時代は、「ブランディング」、そして「付加価値」づくりを意識した経営が求められるのだということを理解した。そして私は、日々の仕事でおざなりになりがちなブランディングについて、企業や自治体の“未来への投資”だと意識することから実践していこうと感じた。