2024年9月10日火曜日

渋沢栄一が求めた経済士道「先義後利の経営」を読む


企業経営において利益の追求は欠かせません。


大学時代、私も経営学を学びましたが、20世紀初頭にフレデリック・ウィンズロー・テイラー(Frederick Winslow Taylor)によって提唱された管理手法、つまり科学的管理法(Scientific Management)では、労働者を「歯車」のように扱い、作業を科学的に分析し、生産性を向上させることを目的としています。このテイラーの科学的管理法に代表されるように、いかにムダを省き、効率よく生産するか。また、マーケティングや広告論では、いかに人々のニーズをリサーチし、ドラッカーの言う顧客創造を行い、消費者の心に訴求し、ヒット商品を生み出すかに注力されました。


しかし、大学卒業後、一冊の本を読んで、学生時代に学んだ経営学を根本から見つめ直さなければならないと衝撃を受けました。それは、京セラを創業した稲盛和夫氏の「生き方(サンマーク出版)」です。

まず、他人を思いやる利他の精神を持って企業経営をすること。また、経営者の本にしては道徳について書かれており、人間として何が正しいかを基に行動することが強調されていることに驚かされました。

それ以来、パナソニックを創業した松下幸之助氏も同様のことを言っており、私は常に「利益が先か、それとも他者への奉仕が大切か」という問いが頭にありました。その中で、渋沢栄一の「論語と算盤」にも影響を受けました。なぜ道徳が一流の経営者の指針となりうるのか。やはり、稲盛氏や松下氏が言っていたことも同様だったのか、と。


渋沢栄一が唱える「道徳経済合一説」、つまり道徳と経済の両立は果たして可能なのか。そのテーマは私の中で永遠のテーマでした。この度、有斐閣から「先義後利の経営―渋沢栄一が求めた経済士道(2024年)」が出版され、まさにこのテーマを扱っています。迷わず本書を手に取り、読み進めました。


まず、本書の著者、田中一弘氏の知見の広さに驚かされます。孔子、孟子、荀子といった中国古典をはじめ、松下幸之助、稲盛和夫、自動車王ヘンリー・フォード、ピーター・ドラッカーなど様々な偉人の言葉が登場します。これらの言葉は、すべて私が尊敬すべき人たちばかりです。

本書では、終始一貫して「公益第一、私利第二」、つまり「先義後利」がテーマです。この「先義後利」の典拠は、田中氏によれば「荀子」にあるといいます。つまり、道義を先に考え、利益を後にする者には栄誉があり、その栄誉ある者は順調にいく。また、反対の順序でいく者は恥辱があり、恥辱を受ける者は困窮するとあります(本書107頁)。そして本書においても、渋沢栄一にとって事業活動と利益・富の実現に不可欠なことは「公益の追求」と位置付けています。


本書の面白いところは、中国の古典をそのまま引用するだけでなく、時として孔子と稲盛や渋沢が少し異なった解釈をしていたのではないかという箇所もあることです。例えば、論語にある孔子の言葉「君子は争うところなし、必ずや射か(君子は人と争わないものだ。しいて争う場面をあげれば弓の競技ということになろうか)」という下りです。一方、渋沢や稲盛は道徳を第一としながらも争うことも重視していました。この部分は大変興味深く読みましたが、孔子の言葉が本当に弓の競技程度の争いという意味で言ったのか、さらには深層的な解釈があるのかを知りたくなりました。また、本書では孟子の言葉に対しても渋沢流の解釈が述べられていて面白いです。このように偉人たちの言葉に触れ、その言葉を解釈し、血肉として自分の行動に落とし込んでいった渋沢氏や稲盛氏は、私たちも見習うべき点が多いと感じました。


本書の最後には、聖書の「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな添えて与えられる」というイエスの言葉を紹介しています。そしてこの聖句をビジネスのあり方に結びつけたヘンリー・フォードの実業哲学が紹介されています。

このように、西洋問わず「先義後利」の考え方は、まず公共の利益を最優先し、その結果として莫大な利益を得るというものです。東洋で言えば「天」、西洋で言えば「神」というべきでしょうか。道徳心を持って人々に奉仕すること。本書は、この追求こそが最終的には自身の成功につながることを多角的に、そして多層的に分析し、位置付けています。


道徳を忘れた競争心のみで自分だけ這い上がろうとする人がなんと多いことか。また、自分だけ儲かればいいとする経営者もなんと多いことか。しかし、社会で成功するために言えることは一つ、「先義後利」を実践すること。本書を読み終えて、自分の思いが確信に変わりました。そう、理不尽なことも多々ありますが、最後には義のある人間が勝つのです。


それを信じて。また、明日も。


 

2024年7月27日土曜日

論語と算盤

 「論語と算盤」を読んで、もう何十年が経つのでしょうか。当時、私は人間の生き方や倫理、道徳を説く「論語」と商業を意味する「算盤(そろばん)」がなぜ結びつくのか理解できませんでした。

しかし、新一万円札の顔となった渋沢栄一氏が、道徳を重んじながら商売を行ったこと。また、WBCで侍ジャパンの監督を務めた栗山英樹氏が「論語と算盤」から得た知見が大いに役立ったと言われることを知りました。私も近年では「論語」も嗜むようになりました。なぜ、一流と言われる経営者や監督が中国古典の教えを大切にするのか。そして、なぜ道徳とも言うべき「論語」があらゆる分野の、しかも一流の人たちの指針となりうるのか。この度、守屋淳氏の訳・注解による渋沢栄一氏の「詳解全訳 論語と算盤(筑摩書房、2024年)」が刊行されました。私は、守屋氏による註解も期待しながら拝読させていただくことにしました。


まず、道徳とも言うべき「論語」の教えがなぜあらゆる分野で必要かということです。渋沢栄一も「孔子でさえ富は必要だと言った。必要であるなら、当然追い求めても良いものだ。ただし、その追い求め方には、正しい/正しくないがある(本書178頁)」と述べています。「論語」に対する渋沢栄一の解釈もありますが、企業活動をすることについては、社会に貢献することになります。この社会貢献は、世の中を治め人々を救うという「経済」の語源である「経世済民(けいせいさいみん)」に繋がります(江戸時代、経世済民は「政治」「統治」「行政」という広い意味で使われていました)。そのため、正しい富の追い求め方は、世の中の進展に役立つ商品やサービスを提供することになり、雇用が生まれ、人々の豊かさと幸せに繋がります。結果的に富むことになり、さらにお金を生かした使い方をして、より良い社会を築き上げていくことが必要であると感じました。


次に、道徳とも言うべき「論語」があらゆる分野の、しかも一流の人たちの指針となりうるのかということについてです。渋沢栄一も本書において、「もしそれが自分のためにはならないが、道理にもかなう、国家や社会の利益にもなるということなら、わたくしはきっぱり自分を捨て、道理のあるところに従うつもりである(69頁)」と述べています。つまり、偉大な経営者や監督たちは、天を意識し、天命を意識していました。さらに、まずは道理によって物事を進めれば、天が自分に徳を授けてくれると信じていたのではないでしょうか。松下幸之助氏は、それを「運の強い人」と表現しました。京セラを創業した稲盛和夫氏も自己の利益よりも他人の利益を優先させる「利他(りた)」の精神を大切にされました。つまり、自分を磨き、人格を磨くことで、他人に対して貢献することが可能となります。さらに、天の道理にかなったとき、私たちが世の中の進展に寄与し、運に恵まれると考えられます。


では、具体的にどのように自分を磨けば良いのでしょうか。中国の古典には、「自分の行いを正しくし、よき家庭をつくり、次に国家を治め、天下を平和にする」とあります。そして、渋沢栄一によれば、我が国の中国古典の教育を受けた者たちは、まず親や目上の人を大事にし、論語にある「仁(愛を広げる)」「義(みんなのためを考える)」「礼(礼儀を身につける)」「智(物事の内実を見通す)」「信(信頼される)」という5つの道徳を押し広げることで自分を磨き、常に天下国家を心配するようになったというのです。そのような人たちが増えれば、国家も進展し、栄えるということがわかっていたのでしょう。


「論語と算盤」には、最後に天命について触れられています。天からは、人間が意識しなくとも四季が自然に巡り、すべての物事に降り注ぎます。そして、この運命に対して「恭(礼儀正しくする)」「敬(うやまう)」「信(信頼する)」という3つの態度で臨むべきだと。これができて初めて、「人事を尽くして天命を待つ」という本来の意義が理解できると渋沢は言います。

渋沢によれば、成功は一時的なものに過ぎません。しかし、人の価値はどれだけ財産を積み上げたかではなく、どう生きたかで測られます。本書の冒頭には、渋沢栄一による「5つの格言」が掲載されています。これと合わせて、本書に紹介されている徳川家康公の遺訓も、論語の要素で成り立っています。


喧騒で時間に追われる現代。つい、私たちの直面する仕事の本質を見失ってしまうことがあります。しかし、論語に書かれた道理に従い、人格を高め、天命を知ることにより、すべてが私たちの仕事の拠り所になることを知りました。大谷翔平も「論語と算盤」を愛読書にしているということです。中国の古典や偉大な経営者から学ぶことは、今の私たちにとって非常に重要です。

「論語と算盤」は、ただのビジネス書ではありません。それは、私たちがどのように生き、どのように他者と関わり、どのように社会に貢献するかを教えてくれる人生の指南書です。渋沢栄一の言葉は、時代を超えて私たちの心に響き、私たちの行動を導いてくれます。この本を通じて、私たちは自分自身を見つめ直し、より良い未来を築くための力を得ることができるのです。