2021年4月24日土曜日

Numbers Don't Lie

 物事は深く、同時に広く、見なければならないということだ。たとえ、かなり信頼が置けるものであろうと、それどころか、申し分がないほど正確なものであろうと、数字はかならず多角的な視点から見なければならない。
(引用)Numbers  Don't  Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!、著者:バーツラフ・シュミル訳者:栗木さつき・熊谷千寿、発行所:NHK出版、2021年、332

私は、本書(Numbers  Don't  Lie)を読み始めていくうちに、世界的なベストセラーである「FACTFULNESS(日経BP社)」を思い浮かべた。FACTFULNESSのサブタイトルは、「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」とある。このたびの「Numbers  Don't  Lie」も「人々」「国々」「食」「環境」「エネルギー」「移動」そして「機械」という7つの分野について、ほぼ全て1次資料から引用した”数字”を根拠としている。本書では、その数字を基に、カナダのマニトバ大学特別栄誉教授であるバーツラフ・シュミル氏によって、「世界の今」と地球規模の「全体像」を知ることができる。

本書を読み進めていくうちに、どうしても私達が住んでいる日本のことが気になってくる。著者のバーツラフ氏は、日本にも縁が深い。この10年ほどは、年に1度必ず東京を訪問しているし、東京大学で客員教授を務めた経験もあると言われる(本書9)。本書では、15番目に「日本の将来への懸念」のトピックが登場する。我が国の課題が”少子高齢化”と言われて久しい。バーツラフ氏によれば、2050年には、日本の80歳を超える人口が子供の人口を上回ると予想されているとしている(本書85)。このようにバーツラフ氏によって、いままで漠然としか捉えていなかった課題が、数字をエビデンスとして姿を現す。本トピックの最後には、我が国の少子高齢化の課題解決が困難な理由を列記しているが、バーツラフ氏による指摘は的を得ていて何も返すことができない。私は、政府、自治体、そして我が国に住む誰もが、今すぐ、真剣に移民政策などについて考えていかなければならないと感じた。また、トピック26では、クロマグロについても触れられている。大量のクロマグロ消費国である我が国にとって、このトピックも頭が痛い課題である。本書でクロマグロ(我が国では本マグロと言われることが多い)の現実に触れるとき、私達は、今一度、食についても考え直さなければいけないと感じた。

しかしながら、我が国は、世界切っての長寿国だ。トピック30では、「長寿国日本の食生活の秘訣」が紹介されている。長寿国日本と食の相関関係については、フードバランスや糖(人工甘味料を含む)などについて比較している。数字を多角的に分析し、我が国の食と長寿の秘密に迫った本トピックは、日本人として納得できるものがあった。

あと個人的には、トピック57「電気自動車は本当にクリーンか?」が面白かった。現在、欧州車は、脱炭素化を謳い、積極的に電気自動車(EV)市場に攻勢をかけている。確かにEVは、クリーンなイメージが付きまとう。事実、私も今度車を買い換えるときは、EVにしようと思っていた。しかし、「本当に電気自動車はクリーンか?」というバーツラフ氏からの問いかけは、自分自身も考えさせられた。真に地球環境保護を進めていくためには、イメージに踊らされてはいけない。バーツラフ氏が言われるとおり、”数字”を多角的に捉え、物事を深く洞察していかなければならないと感じた。

このほかにも、本書では、増え続けるメガシティの課題などにも言及している。こちらも興味深い内容だ。新型コロナウイルス感染拡大により、世界最大のメガシティ東京の人口は、2020年7月から21年2月まで8ヵ月連続の転出超過である。昨年から、テレワークの推進などにより、都市の姿も変わりつつある。今後は、バーツラフ氏が着目しているメガシティの巨大化がコロナ禍においてどのように変化していくのか。そのことは、私自身も推移を見守っていきたいと思った。

本書では、「真のイノベーションとは」という71番目のトピックで終りを迎える。巷はイノベーションという言葉で溢れかえっている。しかし、イノベーションというのは、何も特別なものではない。私達の暮らしを少しでも豊かに、そして便利なものにしていくことがイノベーションではなかろうか。バーツラフ氏は、イノベーションの失敗を2つに分類し、本書では、真のイノベーションについて論じている。失敗は失敗と認め、世の中に役に立つ身近なイノベーションから取り組む。私は、このことが大切であろうと感じた。

本書で示された7つの分野による実像。信頼できる数字を多角的に分析していくことは、世界を知り、日本を知り、そして家庭を知ることである。そして、私は、現代の課題を正確に把握し、未来を創造していかなければならないと感じた。

そのことを教えていただいたバーツラフ氏に感謝を申し上げたい。

2021年4月10日土曜日

NEVER STOP

 ミネルバの梟(ふくろう)は黄昏に飛び立つ。
                                                ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

(引用)NEVER STOP イノベーティブに勝ち抜く経営、著者:フィリップ・コトラー、古森重隆、発行:日経BP、日本経済新聞出版本部、2021年、54

 これは、贅沢な本だ。”近代マーケティングの父”と呼ばれるフィリップ・コトラーと富士フィルムホールディングス代表取締役会長兼CEOの古森重隆氏がタッグを組み、イノベーティブに勝ち抜く経営について語ってくれる。富士フィルムといえば、やはり”写真”だ。私も写真撮影が好きで、フィルム時代からお世話になっている。緑の箱に入った富士フィルムのリバーサルフィルムである”ベルビア”や”プロビア”は、デジタル写真のように撮影後の露出変更ができない。そのため、同じカットの撮影でも、通常、マイナス1、プラス1といったように変更しながら最低3カットを撮影したことを思い出す。しかし、今やフィルムで写真を撮影する人たちは、殆ど皆無に近い。私も一眼レフカメラをデジタルに変えて、十何年経つ。

当時、世界で40社あったフィルム会社は、デジタル化の波に押され、4社となり、さらに2社となり、最後に1社だけが残ることとなる。この1社は、言わずとしれた富士フィルムである。すでに、チャールズ・A,オライリーやマイケル・L.タッシュマンらによる「両利きの経営(東洋経済新報社、2019年)によって、富士フィルムの勝ち抜く経営は、ハーバードビジネススクールでも高い評価を得ている。本書では、なぜ、富士フィルムが迅速に自社の技術を生かし、新たな医療画像診断事業、再生医療事業、化粧品事業へと多角的に展開して成功できたのか。また、コトラー教授が提唱してきたマーケティング4.0とは何なのかを知ることができる。さらに本書では、「ケイパビリティ」という単語が頻繁に登場する。ケイパビリティとは、直訳すれば「能力」や「才能」である。そして企業経営に当てはめると、一般的には、企業成長の原動力となる組織的能力や強みのことを指す。まさに、富士フィルムの多角経営は、本書にも登場する四象限マトリックスによって整理されている。これは、富士フィルムの古森氏が技術の棚卸しをし、強み×強みで新たな新規市場への参入を可能にした。これは、古森氏が正しい方向を示し、企業のケイパビリティがそれに応えたからできたのだと理解した。

かつて、ピーター・F・ドラッカーは、企業の成長には、イノベーションとマーケティングが必要だとした。コトラーによれば、このたびの富士フィルムの事例により、マーケティングとイノベーションは、別個の独立したものとみなすべきでないと結論づけている(本書240)。そして、私はリーダーシップ、マーケティング、イノベーションの根幹をなしているのは、「人間力」であると感じた。危機的状況を共有し、プライオリティをつけ、ダイナミックに、スピード感を持って、進化した。そこでは、危機を理解し、素早く進化を遂げることができた大きな要因の一つとして、人間力の総和によるものであると感じざるを得ない。

富士フィルムの先進研究所のシンボルは、ミネルバという女神と梟(ふくろう)だ。古森氏によれば、ローマ神話の女神ミネルバは、技術や戦の神であり、知性の擬人化とみなされた。そしてミネルバは一つの文明、一つの時代が終わるとき、梟を飛ばしたという。それまでの時代がどのような世界であったのか、そしてどうして終わってしまったのかを梟の大きな目で見させて総括させたと言われている(本書64)。

時代の流れは速い。イーロン・マスクの盟友ピーター・ディアマンディスが著した「2030年 すべてが『加速』する世界に備えよ(株式会社ニューズピックス、2020年)」では、情報科学技術の進展により、自動運転技術や家事ロボットなどが進展し、私達の生活が激変し、より豊かに暮らせるようになることを示唆している。特にこれからの時代、量子コンピュータの普及は、これからの私達の日常生活を覆すものになるだろう。それとあわせ、現在、第4波と言われる新型コロナウイルスの影響、持続可能な世界を構築するSDGsなど、私達を取り巻く社会変化も目まぐるしい。そのなかで、私達は、古森氏が言われる梟になって、まず何が起こっているのかという現状分析からスタートし、次の時代に備える。今の時代だからこそ、コトラー・古森ウエイが必要であると感じた。

二人の巨人が辿り着いた、どんな状況下に置いても勝ち抜く経営の奥義。本書では、この二人の巨人により、如何なる状況下においても勝ち抜くことができる経営の真実が明らかとなった。


2021年3月20日土曜日

書経(しょきょう)

 天工(てんこう)は人其(そ)れ之(これ)に代(かわ)る。

(引用)書経講義録、著者:田口佳史、発行者:藤尾秀昭、発行所:致知出版社、令和3年、141

東洋思想研究家による田口佳史さんの最新刊は、「書経講義録」だ。サブタイトルは、「組織を繁栄に導くためのトップと補佐役の人間学」である。まず、「四書五経」といえば、儒家の思想の典籍で特に重要とされる四書と五経の総称である。その五経の一つが「書経(しょきょう)」である。正直申し上げ、今まで私は「書経」と馴染みが薄かった。しかし、田口さんの「まえがき」には、「『書経』は、人生書にして経営書、歴史書にして、政治書、リーダーシップ論にしてフォロワー論、まさに『人間学』の教科書であります(本書1)と書かれている。この言葉に惹かれ、私は、田口さんから書経の世界へと誘(いざな)われた。

書経を読んで感じたことは、田口さんが「まえがき」で書かれていたとおりであったということだ。書経の世界においても、例えば王となった舜が何をしたのか。そして、民の心をつかみ、どのようにリーダーシップを発揮したのか。書経の中で展開されるストーリーから、私たちは、舜と一緒になって行動するなかで、政治やリーダーシップ、フォロワーシップについて学ぶことができる。こうした王の振る舞いは、長い年月を経ても色褪せることなく、現代でも通用することばかりだ。

その書経の中で、一番心に残った言葉は、冒頭に記した言葉だ。本来、政治は天が行うべきことなのだが、人間が天の代理として政治を司るポジションについている。つまり、リーダーは、天の代理人であることを忘れてはいけないという戒めの言葉である。では、天はどのような人間を代理人として選ぶのか、また選ばれた人間は、どのように行動すべきなのか。書経では、宇宙域にも達する壮大なスケールの中、王たちの物語を通じて、具体的に分かりやすく教えてくれる。今一度、いまを生きる私たちは、リーダーとして、どれほどの人が天の代理人として仕事をしているのだろうかと考えたい。この言葉は、私の座右の銘となった。

書経を読み、政治であり、企業であり、リーダーであり、フォロワーであり、最後問われるのは”人間力”であると感じた。書経は、その”人間”の本質に迫り、人間に寄り添い、地球における幸福な社会を築くための手法を教えてくれる。現在、モノがあふれ、情報科学技術が進展している。豊かな時代だからこそ、今一度、人間にとっての幸福、本来の政治やリーダーとしてのあり方を考え直すときがきているのではないだろうか。その意味で、今この時代に書経に触れることは、大変意義があることだと思えた。私自身、久しぶりに、学ぶべきことが多い一冊に出会えた。私たちに書経を分かりやすく御講義いただいた田口佳史氏に感謝申し上げたい。

2021年3月6日土曜日

地域創生と未来志向型官民連携

 DBJでは、3年ほど前に、水道料金の将来シミュレーションを実施し、「約30年後には、日本全体の水道料金を、現状よりも6割以上値上げしなければならないこととなる可能性がある」という試算結果を公表した。

(引用)日本政策投資銀行Business Research 地域創生と未来志向型官民連携、 PPP/PFI20年の歩み、「新たなステージ」での活用とその方向性、編著:日本政策投資銀行、日本経済研究所、(一財)日本経済研究所、価値総合研究所、発行:ダイヤモンド・ビジネス企画、発売:ダイヤモンド社、2020年、37

「もう、20年以上が経ったのか」というのが、今の私の心情である。1999年にPFI法が施行され、2019年は20周年という節目を迎えた。PFI法が施行されてすぐ、私も自治体の立場から、法に基づいたある施設建設・運営の案件に携わった。現在のような解説本もなく、全てが手探りであったように思う。その当時、私がPFIや官民連携で思ったことは、財政の平準化であった。民間資金を活用し、建設後に施設整備費を割賦払いする。従来の公設公営であれば、建設整備の前段階から一気に自治体予算が膨らむ。しかし、民間資金を活用できるということは、自治体財政の平準化がはかられ、単年度予算主義のデメリットを解消することができる。もう一つ、黎明期のPFIに携わって感じたことは、民間ノウハウの活用だ。言い換えれば、公共サービスがより”民”に近づいたことである。行政だけでは決して考えられないことが、行政サービスとして提供が可能となる。そこに、今までタブーとさえ思われた部分にまで、民間事業者が入り込んでくる。当時から、私はPFI手法が画期的なものに思えた。

このたび、ダイヤモンド社から、「地域創生と未来志向型官民連携」という書籍が刊行された。この書籍のサブタイトルには、「PPP/PFI 20年の歩み、『新たなステージ』での活用とその方向性」とされている。PFI法が施行されてから20年を振り返ると同時に、今後のPPPのあり方を提言しようと試みているものだ。

特に、本書では、東洋大学経済学部教授・PPP研究センター長の根本祐二氏が「インフラ老朽化問題とPPPの役割」について論じているのが興味深い。根本氏の話は、インフラ老朽化の処方箋から人口減少時代のまちづくりまで話が及ぶ。特に学校プールを廃止して市内の民間スポーツクラブを利用して水泳授業を実施したり、昼は学校、夜は地域住民のための施設として複合化し、タイムシェアの発想で「共用化」することなどの事例は参考になる。学校施設は、公共施設の4割近くを占めるといわれている。そのため、公立小中学校の集約・複合化は、主要なターゲットになってくると思う。そのプロセスに官民連携手法を加えると、新たな解決策が導き出されるようになることが理解できた。

PFIの大きな転換期は、2011年の法の改正だ。このPFI法改正によるコンセッション方式(公共施設等運営権)が導入されたことが大きい。昨今、各自治体は、インフラ長寿命化や公共施設等総合管理計画策定などにより、経営・マネジメント力が問われてくる。莫大なコストがかかるインフラを維持していくためには、本書で指摘するとおり、「トップラインの伸長」と「ボトムライン悪化」の緩和が求められてくる。冒頭に記した水道料金の値上げについては、まさに「ボトムライン」の悪化だ。そこに至らないようにすべく、民間の新しいアイデア・技術導入による新たな取り組みなどが必要となる。

総務省のホームページによると地方公務員数は、令和2年4月1日現在、276万2,020人で、平成6年をピークとして対平成6年比で約52万人減少しているという。また、これからの時代は、コロナ禍におけるまちづくり、AIやIoTなどの情報科学技術の進展など、さらに住民ニーズは多様化し、急速な社会構造変化をもたらす。公務員が減少する中、新たな情報技術革新に対応し、ますます多様化する行政ニーズに応えていくには限界がある。本書を読み、”官民連携”は大きな解をもたらすと感じた。

今後の課題を一つあげるとすれば、全地方公共団体1,788団体のうち、約85%の1,527団体でPFIが実施されていない(本書、70)ということだ。とりわけ、人口20万人未満の市区町村は、その9割が未実施である。私も感心させられたことがあるのだが、比較的人口規模の小さい自治体職員は、一人で何役もこなすことが多い。今後、その多忙を解消し、民間による専門性を取り入れ、多様化・複雑化する行政サービスを提供する。そのために、”官民連携”は大きなキーワードになると感じた。

PPP/ PFIは20年という節目を迎えた。また、未来志向型官民連携も理解できる。しかし、一方で課題もある。「どうすれば、地方公共団体をマネジメントし、多様化する住民サービスに応えることができるのだろうか。」この問いに対して、これからはどの地方公共団体も新たなステージに突入した”官民連携”手法を視野に入れて、政策を展開していかなければならないと感じた。

2021年2月21日日曜日

1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書

 マザーは即座に、「あの人たちは乞食ではありません」とおっしゃるので、私は驚いて「えっ、あの人たちが乞食でなくていったい何ですか?」と聞くと、「イエス・キリストです」とお答えになったのです。私の人生を変えるひと言でした。

          マザー・テレサへの質問 上甲晃 志ネットワーク「青年塾」代表

(引用)1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書、監修者:藤尾秀昭、発行所:致知出版社、2020年、82

私が「致知」を読みはじめて、もう何年経つだろう。「致知」は、一代で一兆円企業を築き上げた京セラ名誉会長の稲盛和夫氏らが推薦する月刊誌だ。稲盛さんがご推薦されている雑誌ならと購読し始めたが、今では月初に「致知」が郵送されてくるのが待ち遠しくなった。「致知」では、登場されるかたの”人生ドラマ”を見ながら学ばさせていただくことが多い。

このたび、致知出版社から「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」が出版された。監修された致知出版社代表取締役社長の藤尾秀昭氏によると、「ここに『致知』42年の歴史を振り返り、その出会いの中から365人の言葉を選び出し、1冊の本にまとめさせていただいた(本書410)」と言われる。私は、書店で本書に出会ったとき、「なんて贅沢な本だ」と感じた。「致知」は書店で販売されていない。そんなプレミアム感が漂う「致知」のベストアルバムともいうべき本書が気軽に書店で手に入る。本書をパラパラめくってみると、登場される人物は稲盛和夫氏をはじめ、茶道裏千家前家元の千玄室氏、指揮者の佐渡裕氏、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏、京都大学IPS細胞研究所所長山中伸弥氏など錚々たる顔ぶれが出揃った。当時、月刊誌で読んだことのある記事も多かったが、本書を読んで、逆境の乗り越え方、人生哲学、リーダーシップ、そして運命の師から学んだことなどのエピソードが鮮やかに蘇ってきた。これを”贅沢”と呼ばずになんと言うべきだろう。

また、「致知」では、マネジメントの神様ピーター・F・ドラッカーの教えも数多く登場する。本書では、ドラッカー本の翻訳で有名であり、ドラッカー自身からもっとも親しい友人、日本での友人とされてきた上田惇生氏やドラッカー学会理事の佐藤等氏らが登場する。本書の中で、上田氏は、ドラッカーによる7つの教訓を紹介している(本書、31)。その教訓の一つ、「何を持って憶(おぼ)えられたいか」を考えることについては、私も地元中学校のPTA会長を務めたとき、卒業生への餞(はなむけ)の言葉としたものだ。ドラッカーの名著「非営利組織の経営」の中に、このエピソードが登場する。1)

かつてドラッカーも13歳のとき、宗教の先生が、「何によって憶えられていたいか」と聞かれた。そのとき、ドラッカーを始め、周りの友人達は誰も答えられなかったという。すると、宗教の先生は、「答えられるとは思っていない。でも50になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ」といわれたという。そしてドラッカーは、いつもこの問い「何によって憶えられたいか」を自らに問いかけてきたと言われる。また、運の良い人は、宗教の先生であったフリーグラー牧師のような導き手に、若い頃そう問いかけられ、一生を通じて自ら問いかけ続けていくことになるとドラッカーは言われる。「何によって憶えられていたいか」という質問は、私の人生においても、常に問いかけていきたい重要なものだ。改めて、本書は、そのことを思い出させてくれた。

また、職場などには、自分と合わない人も多数存在する。私の尊敬する一人の(株)ブリヂストン元CEOの荒川詔四氏は、「『人間関係は悪いのが普通』と達観する」と言われる。2)当然のことだが、職場の中では、育った環境も、年代も、考え方も異なった人たちが共存し、所属している企業や公的機関などのミッションを遂行する。私も歳を重ねるにつれ、荒川氏がおっしゃるとおり、自分に合わない人に対しても「相手の生き方、考え方を変えようとしない」と思うに至った。つまり、自分が変わるしかないと思うようになっていった。

そんなことを思いながら本書を読んでいたら、冒頭に紹介した志ネットワーク「青年塾」代表の上甲晃氏の言葉が掲載されていた。タイトルは「マザー・テレサへの質問」となっていて、上甲氏がマザー・テレサに会いたいと思い、インドのカルカッタ(現コルカタ)へ渡ったときのエピソードが綴られている。そして、上甲氏はカルカッタの礼拝堂でマザーに面会したとき、「どうしてあなた方は、あの汚い、怖い乞食を抱きかかえられるのですか?」と聞いたという。そのときのマザーからの回答は、冒頭に記したとおりだ。この言葉のあとにマザーテレサが「なぜイエス・キリスト」と仰ったのか、本書ではその理由が述べられている(詳しくは本書をご一読あれ)。このマザー・テレサの言葉には、正直、”やられた”と思った。マザーの言葉は、私の想像を遥かに超えたものだったからだ。そして、マザー・テレサは、なぜそこまで人間を愛し、貢献してきたのかという理由の一端が理解できたように思えた。上甲氏を通じてマザー・テレサの言葉に触れたとき、まだまだ私は未熟であると思うに至った。これからは、私に関係する人たちは、どんな人でもすべて「イエス・キリスト」であると思えるよう、私も努力していきたいと思った。

このように、本書で紹介されている”偉人”たちの珠玉の言葉たちは、私たちに勇気と希望を与えてくれる。本書のタイトルの一部に「読めば心が熱くなる」という言葉がある。まさにそのとおりだと感じた。私は、いつも本書を手元に置いておきたい。久々にそう思える一冊であった。

1)ドラッカー名著集4 非営利組織の経営、著者:P.F.ドラッカー、訳者:上田惇生、発行所:ダイヤモンド社、2007年、219-220

2)参謀の思考法 ートップに信頼されるプロフェッショナルの条件、著者:荒川詔四、発行所:ダイヤモンド社、2020年、246

2021年2月11日木曜日

2030年 すべてが「加速」する世界に備えよ

 これからの10年が劇的なブレークスルーと世界を一変させるようなサプライズに満ちたものになるのはまちがいない。(中略)私たちの想像を超えて加速する未来、かつてないほどの勢いで空想が現実化する世界が到来する。

(引用)2030年 すべてが「加速」する世界に備えよ、著者:ピーター・ディアマンディス&スティーブン・コトラー、訳者:土方奈美、発行所:株式会社ニューズピックス、2020年、18-19

この本を読み終えて、私は、台湾デジタル担当政務委員のオードリー・タンの言葉を思い出した。「『社会におけるAIの普及』について想像するのであれば、ドラえもんがいい例だと思います。ドラえもんはAIの一つであると言えます。1)」そして、オードリー・タン氏は、のび太君(人間)とドラえもん(AI)との関係を説明し、これからの私たちの生活におけるAIの役割というのを考える場合、一つの好例であるとしている。例えば、「空飛ぶ車」が現実になったり、「老化」が克服されたりする。また、「買い物」や「教育」のスタイルが劇的な変化を遂げる。まさにドラえもんの世界で起きていたことが現実になりつつある。あのイーロン・マスクの盟友、ピーター・ディアマンディスらが描く10年後の世界(2030年)は、私が子供のころに憧れていたドラえもんの世界が現実になるのだと感じた。ディアマンディス氏らは、進化するテクノロジー(たとえば人工知能、AI)が、同じく進化する別のテクノロジーと合わさったとき、ビジネス、産業、ライフスタイルに大きな変化が起こるといわれる。まさに、シュンペーターが唱えた「創造的破壊」だ。現在、このコンバージェンス(融合)が加速度的に起きている。そして、今後10年以内に、かつてないほどの勢いで空想が現実化する世界が到来する。

著者のディアマンディス氏らが示す2030年の世界は、空想だけで終わらない。本書ではそれぞれ広告やエンターテイメント、教育、食料などの”近未来”について述べている。この”近未来”については、私の想像していたものより遥かに先を行くものだった。ディアマンディス氏らは、”最先端のテクノロジー”をもとに”近未来”を予測している。そのため、本書は単なる絵空事ではなく、10年後の世界の到来を正確に示してくれる。

例えば、ウーバーの目標として、「2023年にはダラスとロサンゼルスで空のライドシェアを完全に事業化すること(本書25)」としている。空であれば、交通事故も減少し、渋滞に悩まされることもない。既に中国では、ドローンを駆使して、喫茶デリバリーや医療現場(郊外の診療所)で検体を採取して都心の検査機関に運んでいる。現在、日本では、ドローンについて200グラム未満の小型機なら航空法の申請が不要である。しかし、ドローンを飛行させる場合、航空法に基づき、人口集中地区は規制対象になる。また同様に、高さ150メートル以上についても規制対象となり、特別な許可が必要となる。さらに私有地であれば、その上空にも所有権が発生する。そのため、他人の敷地にドローンを飛ばすときは、その土地所有者の許可が必要となる。我が国では、物流など”空の道”を作る際、個々に土地所有者から空中権の許可を取得し、”空の道”としてつないでいかなければならない。一方、先ほどの中国においては、人口密集地域においてもドローンの操縦が可能である。また、中国において不動産は所有者に権利があるが、空中の権利は国が管理している。そのため、ドローンを飛ばす際、国に許可を申請するだけで良いとされている2)。以上により、テクノロジーの融合によって、”空の道”が実現に向かいつつあるが、我が国では、その整備に伴う規制緩和が必要であると感じた。

特に私が興味をもった”近未来”は、「食の未来」である。本書では、近未来の各家庭のキッチンの姿を紹介されている。それは、食材をアマゾンのドローンが運んできて、ロボシェフが調理をするといったものだ。ディアマンディスらは、「2020年の時点で、ここに登場する技術要素はすべて実現している(本書299)」としている。総務省による「平成28年社会生活基本調査」では、6歳未満の子供を持つ夫・妻の家事関連時間として、夫は1時間23分、妻は7時間34分(いずれも週全体)としており、女性の家事関連時間は20年前とほぼ変わっていない(20年前の平成8年は7時間38分)。ちなみに家事関連とは、家事、介護・看護、育児、買い物から構成されている。また、内閣府による「平成30年版男女共同参画白書」によれば、平成9年以降は、共働き世帯数が男女雇用者と無業の妻からなる世帯数を上回っているとしている。家事関連時間を減少させることは、女性の社会進出につながり、労働生産人口を確保するための有効な手段になる。その意味で、食の未来、そして家事負担軽減は、未来の私達の暮らしに希望が持てるものだと感じた。

本書のタイトルとなっている2030年といえば、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)の達成期限である。本書においても地球温暖化などのテーマにも踏み込んでいる。そのSDGsの達成期限である2030年まで、あと10年を切った。また、今後10年は、テクノロジーの融合によって、さらに世界の進化が加速していく。ディアマンディスは、少々荒っぽいドライブであったが、本書を通じて10年後の新たな世界へと誘ってくれた。そして、たどり着いた新たな世界は、ドラえもんとのび太との関係のとおり、私たち人間の暮らしを豊かにしてくれるのと同時に、持続可能な世界を築いていくものであった。

1)オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る、著者:オードリー・タン、発行所:株式会社プレジデント社、2020年、58
2)テレビ東京系 2021年1月26日放映 「ガイアの夜明け」



2021年1月31日日曜日

デザイン思考の教科書

 毎朝目を覚ますたびに、世界が変わりつつあるという健全な不安を抱きます。そして「競争に勝ち抜くには誰よりも早く変化を遂げ、機敏にならなければならない」という信念を胸に刻み込むのです。

                       ペプシコ会長兼CEO インドラ・ヌーイ
(引用)ハーバード・ビジネス・レビュー デザインシンキング論文ベスト10 「デザイン思考の教科書」、編者:ハーバード・ビジネス・レビュー編集部、訳者:DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部、発行所:ダイヤモンド社、2020年、214

この「デザイン思考の教科書」の表紙カバーには、「デザイン・シンキングの真髄を『ハーバード・ビジネス・レビュー』の名著論文で習得する!」と書いてある。本書を読み終えて、そのとおりだと実感した。本書には、IDEOのデイビッド&トム・ケリー、「Jobs to Be Done」の論文を書き上げたクレイトン・M・クレイトン・M・クリステンセン、ペプシコ 会長兼CEOのインドラ・ヌーイなど、錚々たるメンバーが登場する。

クリステンセンといえば、「イノベーションのジレンマ」が有名だ。先日、拝読させていただいた「両利きの経営」にもクリステンセンが登場する。イノベーションのジレンマとは、巨大企業が新興企業の前に力を失う理由を説明した企業理論である。1)この「デザイン思考の教科書」では、偉大な企業は、すべて正しく行うがゆえに失敗する」と提唱したクリステンセンによる「Jobs to Be Done」という論文を拝読することができる。このクリステンセンの論文と接することができるだけでも、私にとって、大変刺激的なことだった。何十年にもわたり、いわゆる”大企業病”を観察してきたクリステンセンらは、本当に狙いを定めるべきこととして、ある状況下で顧客が進歩を遂げようとしていること、つまり、彼らが達成したいと望んでいることとしている。これをクリステンセンらは、”Jobs to Be Done”(片付けるべき用事)と呼んでいる(本書、107-108)。この、「片付けるべき用事」というキーワードは、非常に的を得ているものだと感じた。人々は商品などを購入する際、その動機として「片付けるべき用事」がある。この「片付けるべき用事があるか」ということを問い続け、「顧客が求める進歩を支援する」ことを実践していく。そうすることによって、真のイノベーションが生まれる。クリステンセンは、「片付けるべき用事」が万能のキャッチフレーズではないとしながらも、”大企業病”に立ち向かうべく武器を与えてくれる。その武器を使いこなすためには、デザイン思考が大いに有効だということが理解できた。

そもそも、「デザイン思考」とはなんだろうか。うん十年前、当時、大学の商学部に在籍してた私は、デザインといえば、商品のパッケージングの一部ぐらいしか考えられていなかった。しかし、近年、「デザイン思考」なるものが流行ってきた。この「デザイン思考の教科書」に掲載されている、IDEOによる「デザインシンキング」、「創造性を取り戻す4つの方法」、「実行する組織のつくりかた」などの論文を拝読すると、おぼろげながら「デザイン思考」の輪郭がはっきりしてくる。私は、「デザイン思考」の必要性として、大きく3つあげれると思う。まず、現代は、あらゆる商品やサービスの市場が飽和状態になりつつあり、人々はモノやコトに満たされ、豊かな生活を享受できつつある。そのような状況下において、いかに人々の感性に訴えることが必要かが問われる。その感性に訴えることは、まさにデザインの力を駆使した「デザイン思考」が有効であると言えるだろう。2点目は、機能や性能だけでは、顧客に選んでもらえなくなったということだ。これは、ペプシコの会長兼CEOのインドラ・ヌーイ氏も言われている。より「顧客の視点に迫る」ことは、デザイン的要素が必要不可欠なものになる。3点目は、従業員や職員の働き方にもデザイン思考は有効だということだ。働く人たちも、当然ながら人間である。非効率的でルール化されていなかった仕事の仕組みがデザイン思考によって効率的なものになる。そこには、新しいサービスやプロセス、IT技術などを駆使した総合的なデザイン力によって、全体最適化を目指し、働く人達に快適さをもたらす。本書を読んで、私はデザインについて、従来の”戦術的”な一つの役割に過ぎなかったものではなく、もはや”戦略的”な役割を果たす、その戦略的なポジションの中でも、さらに上位に位置づけられるものだと感じた。

今回の論文では、HBSのエドモンドソン教授による「失敗に学ぶ経営」も掲載されている。少し、デザイン思考とかけ離れている気もしたが、この”失敗学”に触れるとき、いつも私は、松下幸之助氏の次の言葉を思い出す。

「失敗したところでやめてしまうから失敗になる。」

それよりもひどいのは、最初から”チャレンジ”しないことである。私の尊敬する武田信玄は次のようにいう。

「為せば成る 為さねば成らぬ 成る業(わざ)を成らぬと捨つる 人の儚(はかな)き」

デザイン思考では、プロトタイプ(試作)という言葉がよく登場する。「片付けるべき用事」をプロトタイプしていくことで、関係者同士の具体的なイメージがしやすく、モチベーションを上げていくという。ただ、気をつけなければならないのは、本書では触れていないが、集団の意思決定は、極端な方向に振れやすいということだ。集団が堅実さを忘れてリスクをとる方に大きく振れるときは、リスキー・シフトが起きたといわれる。2)リスキー・シフトが起きる原因の代表的なものが「責任の分散」である。事業の規模が大きくなればなるほど、集団での意思決定がなされ、責任の分散がなされ(集団でいるとリスクに鈍感になる)、リスキー・シフトが起きやすくなる。事業化には、健全な失敗が必要だが、リスキー・シフトに注意しつつ、エドモンドソン教授がいわれる「フロンティア領域での知的失敗」を繰り返していくことこそが、偉大なイノベーションの誕生につながっていくのだと感じた。

その意味では、冒頭に紹介したペプシコ会長兼CEO インドラ・ヌーイの言葉を胸に刻みたい。「両利きの経営」では、進化論を唱えたダーウィンの言葉、「唯一生き残ることができるのは、変化できるものである」が紹介されていた。インドラ・ヌーイも同じことをいわれている。生物の進化と深化、そして企業等の深化と探索は、スピードが勝負だ。変化を遂げるには、誰よりも早く着手することだ。そこには、失敗がつきものである。その失敗を乗り越えるため、私達が従来より考えていた「デザイン」が持つ潜在的な能力を最大限に生かし、顧客や従業員のために変化を遂げ、イノベーションを生み出して行く必要があると感じた。

1)出典:フリー百科事典「ウィキベディア(Wikipedia)」

2)2021年1月21日 朝日新聞「経済季評」危機の時代の意思決定 責任の分散が招く鈍感さ 竹内幹