2021年4月24日土曜日

Numbers Don't Lie

 物事は深く、同時に広く、見なければならないということだ。たとえ、かなり信頼が置けるものであろうと、それどころか、申し分がないほど正確なものであろうと、数字はかならず多角的な視点から見なければならない。
(引用)Numbers  Don't  Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!、著者:バーツラフ・シュミル訳者:栗木さつき・熊谷千寿、発行所:NHK出版、2021年、332

私は、本書(Numbers  Don't  Lie)を読み始めていくうちに、世界的なベストセラーである「FACTFULNESS(日経BP社)」を思い浮かべた。FACTFULNESSのサブタイトルは、「10の思い込みを乗り越え、データを基に世界を正しく見る習慣」とある。このたびの「Numbers  Don't  Lie」も「人々」「国々」「食」「環境」「エネルギー」「移動」そして「機械」という7つの分野について、ほぼ全て1次資料から引用した”数字”を根拠としている。本書では、その数字を基に、カナダのマニトバ大学特別栄誉教授であるバーツラフ・シュミル氏によって、「世界の今」と地球規模の「全体像」を知ることができる。

本書を読み進めていくうちに、どうしても私達が住んでいる日本のことが気になってくる。著者のバーツラフ氏は、日本にも縁が深い。この10年ほどは、年に1度必ず東京を訪問しているし、東京大学で客員教授を務めた経験もあると言われる(本書9)。本書では、15番目に「日本の将来への懸念」のトピックが登場する。我が国の課題が”少子高齢化”と言われて久しい。バーツラフ氏によれば、2050年には、日本の80歳を超える人口が子供の人口を上回ると予想されているとしている(本書85)。このようにバーツラフ氏によって、いままで漠然としか捉えていなかった課題が、数字をエビデンスとして姿を現す。本トピックの最後には、我が国の少子高齢化の課題解決が困難な理由を列記しているが、バーツラフ氏による指摘は的を得ていて何も返すことができない。私は、政府、自治体、そして我が国に住む誰もが、今すぐ、真剣に移民政策などについて考えていかなければならないと感じた。また、トピック26では、クロマグロについても触れられている。大量のクロマグロ消費国である我が国にとって、このトピックも頭が痛い課題である。本書でクロマグロ(我が国では本マグロと言われることが多い)の現実に触れるとき、私達は、今一度、食についても考え直さなければいけないと感じた。

しかしながら、我が国は、世界切っての長寿国だ。トピック30では、「長寿国日本の食生活の秘訣」が紹介されている。長寿国日本と食の相関関係については、フードバランスや糖(人工甘味料を含む)などについて比較している。数字を多角的に分析し、我が国の食と長寿の秘密に迫った本トピックは、日本人として納得できるものがあった。

あと個人的には、トピック57「電気自動車は本当にクリーンか?」が面白かった。現在、欧州車は、脱炭素化を謳い、積極的に電気自動車(EV)市場に攻勢をかけている。確かにEVは、クリーンなイメージが付きまとう。事実、私も今度車を買い換えるときは、EVにしようと思っていた。しかし、「本当に電気自動車はクリーンか?」というバーツラフ氏からの問いかけは、自分自身も考えさせられた。真に地球環境保護を進めていくためには、イメージに踊らされてはいけない。バーツラフ氏が言われるとおり、”数字”を多角的に捉え、物事を深く洞察していかなければならないと感じた。

このほかにも、本書では、増え続けるメガシティの課題などにも言及している。こちらも興味深い内容だ。新型コロナウイルス感染拡大により、世界最大のメガシティ東京の人口は、2020年7月から21年2月まで8ヵ月連続の転出超過である。昨年から、テレワークの推進などにより、都市の姿も変わりつつある。今後は、バーツラフ氏が着目しているメガシティの巨大化がコロナ禍においてどのように変化していくのか。そのことは、私自身も推移を見守っていきたいと思った。

本書では、「真のイノベーションとは」という71番目のトピックで終りを迎える。巷はイノベーションという言葉で溢れかえっている。しかし、イノベーションというのは、何も特別なものではない。私達の暮らしを少しでも豊かに、そして便利なものにしていくことがイノベーションではなかろうか。バーツラフ氏は、イノベーションの失敗を2つに分類し、本書では、真のイノベーションについて論じている。失敗は失敗と認め、世の中に役に立つ身近なイノベーションから取り組む。私は、このことが大切であろうと感じた。

本書で示された7つの分野による実像。信頼できる数字を多角的に分析していくことは、世界を知り、日本を知り、そして家庭を知ることである。そして、私は、現代の課題を正確に把握し、未来を創造していかなければならないと感じた。

そのことを教えていただいたバーツラフ氏に感謝を申し上げたい。

2021年4月10日土曜日

NEVER STOP

 ミネルバの梟(ふくろう)は黄昏に飛び立つ。
                                                ゲオルク・ヴィルヘルム・フリードリヒ・ヘーゲル

(引用)NEVER STOP イノベーティブに勝ち抜く経営、著者:フィリップ・コトラー、古森重隆、発行:日経BP、日本経済新聞出版本部、2021年、54

 これは、贅沢な本だ。”近代マーケティングの父”と呼ばれるフィリップ・コトラーと富士フィルムホールディングス代表取締役会長兼CEOの古森重隆氏がタッグを組み、イノベーティブに勝ち抜く経営について語ってくれる。富士フィルムといえば、やはり”写真”だ。私も写真撮影が好きで、フィルム時代からお世話になっている。緑の箱に入った富士フィルムのリバーサルフィルムである”ベルビア”や”プロビア”は、デジタル写真のように撮影後の露出変更ができない。そのため、同じカットの撮影でも、通常、マイナス1、プラス1といったように変更しながら最低3カットを撮影したことを思い出す。しかし、今やフィルムで写真を撮影する人たちは、殆ど皆無に近い。私も一眼レフカメラをデジタルに変えて、十何年経つ。

当時、世界で40社あったフィルム会社は、デジタル化の波に押され、4社となり、さらに2社となり、最後に1社だけが残ることとなる。この1社は、言わずとしれた富士フィルムである。すでに、チャールズ・A,オライリーやマイケル・L.タッシュマンらによる「両利きの経営(東洋経済新報社、2019年)によって、富士フィルムの勝ち抜く経営は、ハーバードビジネススクールでも高い評価を得ている。本書では、なぜ、富士フィルムが迅速に自社の技術を生かし、新たな医療画像診断事業、再生医療事業、化粧品事業へと多角的に展開して成功できたのか。また、コトラー教授が提唱してきたマーケティング4.0とは何なのかを知ることができる。さらに本書では、「ケイパビリティ」という単語が頻繁に登場する。ケイパビリティとは、直訳すれば「能力」や「才能」である。そして企業経営に当てはめると、一般的には、企業成長の原動力となる組織的能力や強みのことを指す。まさに、富士フィルムの多角経営は、本書にも登場する四象限マトリックスによって整理されている。これは、富士フィルムの古森氏が技術の棚卸しをし、強み×強みで新たな新規市場への参入を可能にした。これは、古森氏が正しい方向を示し、企業のケイパビリティがそれに応えたからできたのだと理解した。

かつて、ピーター・F・ドラッカーは、企業の成長には、イノベーションとマーケティングが必要だとした。コトラーによれば、このたびの富士フィルムの事例により、マーケティングとイノベーションは、別個の独立したものとみなすべきでないと結論づけている(本書240)。そして、私はリーダーシップ、マーケティング、イノベーションの根幹をなしているのは、「人間力」であると感じた。危機的状況を共有し、プライオリティをつけ、ダイナミックに、スピード感を持って、進化した。そこでは、危機を理解し、素早く進化を遂げることができた大きな要因の一つとして、人間力の総和によるものであると感じざるを得ない。

富士フィルムの先進研究所のシンボルは、ミネルバという女神と梟(ふくろう)だ。古森氏によれば、ローマ神話の女神ミネルバは、技術や戦の神であり、知性の擬人化とみなされた。そしてミネルバは一つの文明、一つの時代が終わるとき、梟を飛ばしたという。それまでの時代がどのような世界であったのか、そしてどうして終わってしまったのかを梟の大きな目で見させて総括させたと言われている(本書64)。

時代の流れは速い。イーロン・マスクの盟友ピーター・ディアマンディスが著した「2030年 すべてが『加速』する世界に備えよ(株式会社ニューズピックス、2020年)」では、情報科学技術の進展により、自動運転技術や家事ロボットなどが進展し、私達の生活が激変し、より豊かに暮らせるようになることを示唆している。特にこれからの時代、量子コンピュータの普及は、これからの私達の日常生活を覆すものになるだろう。それとあわせ、現在、第4波と言われる新型コロナウイルスの影響、持続可能な世界を構築するSDGsなど、私達を取り巻く社会変化も目まぐるしい。そのなかで、私達は、古森氏が言われる梟になって、まず何が起こっているのかという現状分析からスタートし、次の時代に備える。今の時代だからこそ、コトラー・古森ウエイが必要であると感じた。

二人の巨人が辿り着いた、どんな状況下に置いても勝ち抜く経営の奥義。本書では、この二人の巨人により、如何なる状況下においても勝ち抜くことができる経営の真実が明らかとなった。