2021年11月23日火曜日

公民連携 まちづくりの実践

 自治体が失敗を許容できるかというマインドセットの転換が求められている。重要なのは、このマインドセットの転換を自治体職員のメンタリティの問題に帰着させるのではなく、失敗を許容できるシステムをつくることである。
(引用) 公民連携まちづくりの実践 公共資産の活用とスマートシティ、著者:越直美、発行所:株式会社学芸出版社、2021年、156-157

このたび、2012年から2020年まで大津市長を務められた越直美氏が本を出版された。越直美氏といえば、大津のいじめ問題が真っ先に思い浮かぶ。その後、いじめ再発防止として、2013年度から市立小中学校にいじめ対策担当教員を配置したり、いじめまたはその疑いを発見した場合には、24時間以内に「いじめ事案報告書」を24時間以内に教育委委員会に提出したりすることとした(本書、175)ことは記憶に新しい。そんな越氏は、市長最後となる記者会見において、「自己評価は100点で、やりきったという思いだ」と語っていた。その記者会見の中において、確か、民間を活用したまちづくりの成果についても触れられていたと思う。越氏は、なぜ公民連携のまちづくりを進めたのだろうか。またどのような成果をもたらしたのだろうか。さらには首長としてどのようなリーダーシップを発揮したのだろうか。疾風のごとく、2期8年という短い在任期間において、大津の市政に変革をもたらしたとされる越氏の行政手腕が知りたくなり、越直美氏による「公民連携まちづくりの実践 公共資産の活用とスマートシティ(学芸出版社)」を拝読させていただくことにした。

恐らくだが、地方自治体のトップの座に就くと、誰もが共通の課題に頭を抱える。

それは、人口減少、少子高齢化、施設老朽化という難問が立ちはだかるからだ。越氏も市長在任期間中は、この3点の課題解決のため奔走した。これらの課題解決には、当然、相応の予算確保をしなければならない。越氏は、その解決策を公民連携という形で見出した。

大津市では、1950年から続いていた「おおつびわこ競輪場」が2010年度末に廃止された。この広大な跡地の利活用については、自治体にとって頭が痛い課題である。特に、公共のみで単独予算を確保し、新たな公共施設を建設したり公園整備したりすることは、住民や市議会の同意が得られるかなど、ハードルが高い。そこで、大津市は、競輪場跡地について、定期借地による民間事業者主導の施設・広場整備を実施した。そして、2019年、公園と一体化した複合商業施設「ブランチ大津京」がオープン。「ブランチ大津京」では、まちづくりスポットやママスクエア、ボルタリング施設、スポーツと飲食の複合施設などを兼ね備える空間が創り出された。
この公民連携手法により、市民は賑わい・憩い・集いの場が得られ、大津市は解体費を支出せず、公園や借地料が得られ、事業者や社会も潤う構図が生まれた。これは、越氏も触れているが、近江商人の商売の心得、「売り手良し、買い手良し、社会良し」の「三方良し」に繋がる。この三方良しは、民間資金を用いるため、自治体の予算軽減が主目的に思えるが、そうでもない。行政の政策は、時として、独りよがりなものになってしまうこともある。そこで「民」と連携することにより、市民ニーズ(顧客ニーズ)に敏感な「民間ノウハウ」を「公の政策」として取り入れることが可能となる。つまり、行政思考の限界を突破し、新たなアイデアによってまちが創り上げられていく。公共だけでは成しえない、民間アイデアを公共政策に持ち込むことこそ、公民連携の醍醐味があるのだと感じた。

越氏が本気だなと思ったのは、リノベーションによるまちづくりである。リノベーションスクールは、かつて、私も仕事で関わったことがある。私は、その第一人者である木下斉氏が「補助金は麻薬」と言われたことが頭から離れない。つまり、地方自治体は、まちづくりをしようと地元と連携するために「補助金」を支出する。しかし、地元は、継続的な自治体からの補助金を当て込み、本格的なまちづくりに繋がらなくなる。その負のスパイラルを脱すべく、公共空間のリノベーションについては、民主導で実施し、行政は側面支援することが求められる。その中で、私が本気だと思ったことは、まちづくりの担当部署である都市再生課を、リノベーションが進む街中の町家に移転させたことだ。

これは、越氏がリノベーションに関する書籍で「まちづくりの部署は、街にあるべき」という見出しに触発されたことによる。自治体の首長が市の行政組織の一部を切り離し、空洞化した市の中心市街地に配置するのは相当の勇気がいる。その組織の管理はどうするのか、市として無駄な組織配置になっていないかなど、行政の一挙一投足について、住民や議会に対して説明責任を問われることになるからだ。幸いにも、大津市では、都市再生課を街中に配置したことは、功を奏したようだ。この件から私は、まちづくりについて、民に近いところにいることの重要性を教えていただいた。

最近、私は、「MaaSが地方を変える(森口将之著、学芸出版社)」を読んだばかりだが、大津市もMaaSや自動運転の取り組みをしていたのは、意外であった。MaaSとは、Mobility as a Serviceの略で、「地域住民や旅行者1人ひとりのトリップ単位での移動ニーズ対比に対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスである(本書、149-150)」。大津市も移動の利便性向上と地域経済の活性化を目的とし、MaaSアプリ「ことことなび」をリリースした。この事業ももちろん、民間である京阪バスなどとともにアプリを配信している。また、バス運転手の不足から、自動運転バスにも果敢に挑戦している。弁護士でもある越氏は、自動運転バスの事故が発生した際の許容をどのように定めていくのかと指摘する。高齢化社会を迎え、免許返納など、住民の「足」確保がより深刻な課題となってくる。限られた資源で、どのように公共交通(場合によっては自家用有償旅客運送登録制度等も含む)を確保していくのか、またストレスなく人々が移動できるようにしていくのかは、各自治体の喫緊の課題であろう。特に、高齢者は、街中に出向くと医療費が減少したという自治体もある。生活だけではなく、健康を維持させていくためにも、各自治体にとって、交通政策は、大きな課題と言える。その意味で、公民連携をしながら、新たな自動運転やMaaSにも力を入れた越氏の功績は大きいと感じた。

冒頭、越氏の言葉を引用した。行政は、税金を使う以上、失敗が許されない。しかし、松下幸之助氏など、民間の優れた経営者は、失敗を推奨する。最近では、後発ながらビール事業などを軌道に乗せてきたサントリーの「やってみなはれ」精神も注目されている。失敗して、次に活かす。また、チャレンジしてみないとわからないという精神が難局に立った自治体にも求められるのだろう。その意味で、滋賀県は、近江商人発祥の地ということもあり、行政のトップの資質にもよるが、民間的な感覚で行政運営しているようにも見受けられる。越氏は、行政が失敗しても説明できるような具体策も本書で紹介している。そのキーワードも「公民連携」である。

自治体の長として、2期8年で成果を出すことは難しい。それは、あまりにも行政の動きが遅いことも起因している。議会や住民説明など、スローに進む行政サイクルに抗し、民間による“スピード”を取り入れたことも「公民連携」の優れた点と言えるのではないだろうか。

市政を率いてきた越氏は、「公民連携」することの意義について、市長時代の実績をもとにエビデンスを示してくれた。今後、「公民連携」は、各自治体にとって益々広がりをみせていくのだろうと感じた。


2021年11月14日日曜日

MaaSが地方を変える

 どこがMaaSの本なんだ。本書を読んでいただいた方の中には、そんな感想を抱いた人がいるかもしれない。

(引用)MaaSが地方を変える 地域交通を持続可能にする方法、著者:森口将之、発行所:株式会社学芸出版社、2021年、198

私は、森口さんの「MaaSが地方を変える」を読んで、正直、MaaSの定義がわからなくなってしまった。MaaS(Mobility as a Service)の定義は、「ICTを活用して多様なモビリティをシームレスに統合し、単一のサービスとして提供すること(本書、198)」である。MaaSを語るなら、先進であるフィンランドなどの事例が参考となることだろう。しかし、本書にも先進自治体の事例が紹介されているが、我が国のMaaSは、未だ完全に定義を満たしていないものも存在する。

森口氏によれば、我が国のMaaSの先進事例は、富山市であると言われる。富山市のコンパクトシティと交通政策については、あまりにも有名だ。森雅志前市長の強力なリーダーシップのもと、「お団子(地域拠点)と串(公共交通)のまちづくり」をすすめ、2006年、日本初の本格的LRTとして運行を始めた。現在、富山市は、公共交通を基軸にコンパクトなまちづくりをすすめている。
2020年には、ハード整備が一段落したこともあり、公共交通のソフト整備に重きをおいている。ここで興味深いのは、筆者の森口氏が「アナログMaaSの代表『おでかけ定期券』」という言葉を使っていることである。MaaSとは、冒頭に述べたICTを活用して多様なモビリティをシームレスに統合することである。しかしながら、富山市の「おでかけ定期券」は、市内65際以上のかたが市内各地から中心市街地へおでかけになる際、公共交通期間を1乗車100円で利用できる定期券である。森口氏によれば、フィンランドでMaaSの概念が誕生する前から、複数の交通で割引が受けられ、沿線の商店や施設との連携を果たし、定額制を導入した富山市の事例は先進的であるとし、「アナログMaaS」と名付けた(本書、50)と言われる。

確かに、富山市の事例もMaaSに通じている。では、アナログでもMaaSを活用した事例から得られるメリットは何であろうか。その解も富山市から得ることができる。さきほどの富山市の「おでかけ定期券」によって、高齢者が外に出歩くことが増えたという。そして、「おでかけ定期券」を所持していたかたたちは、所持していないかたたちと比較して、約8万円、医療費が安く済んでいるという(本書、52)。

その後、富山市では、モビリティやまちづくり関連の政策として、「とほ活」というスマートフォンのアプリを開発した。現在、我が国は、高齢化社会を迎え、免許返納などの課題が生じている。しかし、自家用車を運転しなければ生活できないかたたちもいる。まず、まちづくりとは、高齢者にあまり負荷をかけず、必要な生活物資が揃うことが必要なのだろう。また、自然に街にでかけて生きたくなる仕掛け作りをする中で、人々の幸福と安心感、健康が実現できるのだろう。その結果として、中心市街地に人が集うようになることが必要なのだろうと感じた。富山市の事例から、私は、この正のスパイラルが公共交通政策を活用しながら生み出していくことが大事ではないかと考えるに至った。

そのほか、森口氏による「MaaSが地方を変える」には、様々な各自治体の取り組みが紹介されている。私が興味を持ったのは、京都府の最北端に位置する京丹後市の公共交通の取り組みである。こちらは、高速バスの運行などで知られるWILLER(ウィラー)グループが京都丹後鉄道の運行を始めたり、自家用有償旅客運送制度とUberのアプリを活用した「ささえ合い交通」を導入したりしている。外資の資金力やノウハウを取り入れ、それぞれ地方の特性にあったMaaSを構築していく。このたび、初めて私も知ったのだが、自家用有償旅客運送とは、公共交通の整備が行き届いていない過疎地域に自家用車を用い、一般ドライバーの運転で旅客の移動を支えるサービスのことだ。普通、乗客(旅客)を運ぶ目的で、旅客自動車を運転するときには、2種免許が必要となる。しかし1種免許保有+自家用有償旅客運送の種類に応じた大臣認定講習の受講により、他にも条件があるが、一般運転ドライバーの運転で旅客を乗車させることが可能になった。1)しかし、この自家用有償旅客運送についても、限定的なものしか認められないことに留意しなければならない。

京丹後市の事例は、WILLERやUberなどの外資とノウハウが上手く取り入れられた格好だ。本ブログの冒頭に記したが、著者は、「どこがMaaSの本なんだ」と思われる読者もみえることを想定していた。それは、MaaSの歴史が浅いこと、また必ずしも先進諸外国の事例を真似しなくてもよいことが理由として挙げられるのではないだろうか。我が国の、我が地域の公共交通政策があっていい。それが結果的に地方版のMaaSといえるようになっていくのだと感じた。本書では、先進自治体の事例も豊富に紹介されている。これらの事例を参考に、各自治体は、自分たちのまちに即したMaaSを構築してくことになるといえる。高齢化社会を迎え、どの自治体も交通政策は、早急に解決したい課題である。より一層、私たちの住むまちを便利であり、幸福であり、健康的であるものにしていくために各自治体は、知恵を絞って自分なりのMaaSを構築していかなければならないと感じた。

1)自家用有償旅客運送ハンドブック(平成30年4月、令和2年11月改定、国土交通省自動車局旅客課)