自治体が失敗を許容できるかというマインドセットの転換が求められている。重要なのは、このマインドセットの転換を自治体職員のメンタリティの問題に帰着させるのではなく、失敗を許容できるシステムをつくることである。
(引用) 公民連携まちづくりの実践 公共資産の活用とスマートシティ、著者:越直美、発行所:株式会社学芸出版社、2021年、156-157
このたび、2012年から2020年まで大津市長を務められた越直美氏が本を出版された。越直美氏といえば、大津のいじめ問題が真っ先に思い浮かぶ。その後、いじめ再発防止として、2013年度から市立小中学校にいじめ対策担当教員を配置したり、いじめまたはその疑いを発見した場合には、24時間以内に「いじめ事案報告書」を24時間以内に教育委委員会に提出したりすることとした(本書、175)ことは記憶に新しい。そんな越氏は、市長最後となる記者会見において、「自己評価は100点で、やりきったという思いだ」と語っていた。その記者会見の中において、確か、民間を活用したまちづくりの成果についても触れられていたと思う。越氏は、なぜ公民連携のまちづくりを進めたのだろうか。またどのような成果をもたらしたのだろうか。さらには首長としてどのようなリーダーシップを発揮したのだろうか。疾風のごとく、2期8年という短い在任期間において、大津の市政に変革をもたらしたとされる越氏の行政手腕が知りたくなり、越直美氏による「公民連携まちづくりの実践 公共資産の活用とスマートシティ(学芸出版社)」を拝読させていただくことにした。
恐らくだが、地方自治体のトップの座に就くと、誰もが共通の課題に頭を抱える。
それは、人口減少、少子高齢化、施設老朽化という難問が立ちはだかるからだ。越氏も市長在任期間中は、この3点の課題解決のため奔走した。これらの課題解決には、当然、相応の予算確保をしなければならない。越氏は、その解決策を公民連携という形で見出した。
大津市では、1950年から続いていた「おおつびわこ競輪場」が2010年度末に廃止された。この広大な跡地の利活用については、自治体にとって頭が痛い課題である。特に、公共のみで単独予算を確保し、新たな公共施設を建設したり公園整備したりすることは、住民や市議会の同意が得られるかなど、ハードルが高い。そこで、大津市は、競輪場跡地について、定期借地による民間事業者主導の施設・広場整備を実施した。そして、2019年、公園と一体化した複合商業施設「ブランチ大津京」がオープン。「ブランチ大津京」では、まちづくりスポットやママスクエア、ボルタリング施設、スポーツと飲食の複合施設などを兼ね備える空間が創り出された。
この公民連携手法により、市民は賑わい・憩い・集いの場が得られ、大津市は解体費を支出せず、公園や借地料が得られ、事業者や社会も潤う構図が生まれた。これは、越氏も触れているが、近江商人の商売の心得、「売り手良し、買い手良し、社会良し」の「三方良し」に繋がる。この三方良しは、民間資金を用いるため、自治体の予算軽減が主目的に思えるが、そうでもない。行政の政策は、時として、独りよがりなものになってしまうこともある。そこで「民」と連携することにより、市民ニーズ(顧客ニーズ)に敏感な「民間ノウハウ」を「公の政策」として取り入れることが可能となる。つまり、行政思考の限界を突破し、新たなアイデアによってまちが創り上げられていく。公共だけでは成しえない、民間アイデアを公共政策に持ち込むことこそ、公民連携の醍醐味があるのだと感じた。
越氏が本気だなと思ったのは、リノベーションによるまちづくりである。リノベーションスクールは、かつて、私も仕事で関わったことがある。私は、その第一人者である木下斉氏が「補助金は麻薬」と言われたことが頭から離れない。つまり、地方自治体は、まちづくりをしようと地元と連携するために「補助金」を支出する。しかし、地元は、継続的な自治体からの補助金を当て込み、本格的なまちづくりに繋がらなくなる。その負のスパイラルを脱すべく、公共空間のリノベーションについては、民主導で実施し、行政は側面支援することが求められる。その中で、私が本気だと思ったことは、まちづくりの担当部署である都市再生課を、リノベーションが進む街中の町家に移転させたことだ。
これは、越氏がリノベーションに関する書籍で「まちづくりの部署は、街にあるべき」という見出しに触発されたことによる。自治体の首長が市の行政組織の一部を切り離し、空洞化した市の中心市街地に配置するのは相当の勇気がいる。その組織の管理はどうするのか、市として無駄な組織配置になっていないかなど、行政の一挙一投足について、住民や議会に対して説明責任を問われることになるからだ。幸いにも、大津市では、都市再生課を街中に配置したことは、功を奏したようだ。この件から私は、まちづくりについて、民に近いところにいることの重要性を教えていただいた。
最近、私は、「MaaSが地方を変える(森口将之著、学芸出版社)」を読んだばかりだが、大津市もMaaSや自動運転の取り組みをしていたのは、意外であった。MaaSとは、Mobility as a Serviceの略で、「地域住民や旅行者1人ひとりのトリップ単位での移動ニーズ対比に対応して、複数の公共交通やそれ以外の移動サービスを最適に組み合わせて検索・予約・決済等を一括で行うサービスである(本書、149-150)」。大津市も移動の利便性向上と地域経済の活性化を目的とし、MaaSアプリ「ことことなび」をリリースした。この事業ももちろん、民間である京阪バスなどとともにアプリを配信している。また、バス運転手の不足から、自動運転バスにも果敢に挑戦している。弁護士でもある越氏は、自動運転バスの事故が発生した際の許容をどのように定めていくのかと指摘する。高齢化社会を迎え、免許返納など、住民の「足」確保がより深刻な課題となってくる。限られた資源で、どのように公共交通(場合によっては自家用有償旅客運送登録制度等も含む)を確保していくのか、またストレスなく人々が移動できるようにしていくのかは、各自治体の喫緊の課題であろう。特に、高齢者は、街中に出向くと医療費が減少したという自治体もある。生活だけではなく、健康を維持させていくためにも、各自治体にとって、交通政策は、大きな課題と言える。その意味で、公民連携をしながら、新たな自動運転やMaaSにも力を入れた越氏の功績は大きいと感じた。
冒頭、越氏の言葉を引用した。行政は、税金を使う以上、失敗が許されない。しかし、松下幸之助氏など、民間の優れた経営者は、失敗を推奨する。最近では、後発ながらビール事業などを軌道に乗せてきたサントリーの「やってみなはれ」精神も注目されている。失敗して、次に活かす。また、チャレンジしてみないとわからないという精神が難局に立った自治体にも求められるのだろう。その意味で、滋賀県は、近江商人発祥の地ということもあり、行政のトップの資質にもよるが、民間的な感覚で行政運営しているようにも見受けられる。越氏は、行政が失敗しても説明できるような具体策も本書で紹介している。そのキーワードも「公民連携」である。
自治体の長として、2期8年で成果を出すことは難しい。それは、あまりにも行政の動きが遅いことも起因している。議会や住民説明など、スローに進む行政サイクルに抗し、民間による“スピード”を取り入れたことも「公民連携」の優れた点と言えるのではないだろうか。
市政を率いてきた越氏は、「公民連携」することの意義について、市長時代の実績をもとにエビデンスを示してくれた。今後、「公民連携」は、各自治体にとって益々広がりをみせていくのだろうと感じた。