2022年12月3日土曜日

ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる 

 「マネジャーが、組織の成功のカギである。」これが、この本の一貫した主張です。
                               訳者:古屋博子

(引用)ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる、著者:ジム・クリフトン、ジム・ハーター、訳者:古屋博子、発行:株式会社日経BP、日本経済新聞出版、発売:株式会社日経BPマーケティング、2022年、383

 私は、ドラッカーが企業の目的を端的に表した次の言葉が好きだ。「有効な定義はただひとつ、顧客を創造することである」。例えば、Apple社製のIpadなどは、顧客の要求を取り入れたのではなく、顧客を作り出す(創造する)という発想から設計されているとも言われる。しかし、このたび発刊された「ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる(株式会社日経BP、日本経済新聞出版、2022年)では、新しい企業の目的、そして「これからの働き方」には、この「顧客の創造」というドラッカーの定義に加え、人間の潜在能力を最大限に発揮させることが含まれなければならない(本書、15)という。
では、ドラッカーの時代から何が変化し、これからの新しい企業の目的として何が求められるのか。私自身、大変興味が湧き、本書(ザ・マネジャー 人の力を最大化する組織をつくる)を拝読させていただくことにした。

まず、ドラッカーの時代と比較し、現代はどのように職場文化が変化したのだろう。本書の訳者である古屋氏が本書の「訳者あとがき」で指摘するとおり、著者のジム・クリフトン、ジム・ハーターは、ポストコロナを見据えている。本書は、新型コロナ前に書かれたというのにも関わらず。既に、今では働き方の主流となりつつあるリモートワークをはじめ、フレックスタイム制、ギガワーカー(伝統的な雇用主と従業員の関係ない人たち)、働く女性が直面する課題、そして定年を迎えてもなお働かれる再雇用社員に至るまで、本書は、新たな組織文化が求められている社会的背景を予見し、広くカバーしている。

本書では、現代の、そしてこれからの社会的背景をもとに、どのように新たに組織文化を変えていくかが試みられている。本書を読み、私が憂慮すべき点としては、日本人の94%が仕事に「エンゲージ(組織と従業員のつながり、「愛着心」の強さ)していない」または「まったくエンゲージしていない」という結果が出ている(本書、21)ということだ。これからは、従業員のエンゲージメントを高めるべく、我が国の企業文化や組織にも適合する、新たな時代に即したマネジャーが求められているのだと感じた。

本書は、CEO(最高経営責任者)、CHRO(最高人事責任者)、マネジャーに向けた参考書だ(本書、9)という。しかし、本書は、先ほどのエンゲージメントを高めるべく、我が国の管理職に広くオススメしたい内容であった。なぜなら、例えば本書では、「ボスからコーチへ」という章が登場する。その章のなかで、特に「コーチング 5つの会話」の中に登場する「クイックコネクト」は、重要ではないかと思った。このクイックコネクトは、メールや電話、廊下の立ち話でもいいのだが、マネジャーが様々な手段で短時間(1~10分)のやりとりを少なくとも週1回行うものだ。日本人の管理職は、部下などに対して、このような頻繁に「声がけ」することを苦手としているのではないだろうか。本書も触れているが、従業員は「自分が無視されている」と感じさせないためにも、クイックコネクトは有効であると感じた。ただ、私の尊敬する稲盛和夫氏は、部下から立ち話で報告を受け、その報告がおざなりになってしまった経験を活かし、それ以降、立ち話では、絶対報告を受けないようにしていたと言われる。クイックコネクトの手段については、真剣に部下と向き合うため、それぞれのマネジャーが自分のスタイルで、時間を確保していく必要があると感じた。

そして、部下との意思疎通については、マネジャーによる意思決定する際にもつながる。本書では、意思決定を下す場合の3つのポイントに触れられているが、私は、「自分の限界を知る」というポイントが好きだ。どうしても、自分の強み、弱みがある。そのなかで、部下なり、周りから意見を求めながら判断を下すのは、至極当然のことであろう。その際、部下とのコミュニケーション、そしてエンゲージメントが高い部下が周りにいなければ、的確な判断が下せず、マネジャーは裸の王様になってしまう。かつて私は、平成30年7月豪雨の際、総社市長として災害対応の最前線に立って指揮した片岡市長の講演を拝聴したことがある。そのなかで、片岡市長は、「決断は1分以内にすること」と言われていた。つまり、リーダーが迷って判断が遅れれば市民の命は失われると心に決めていたと言われる。その際の判断基準としては、「いま、自分の決断が市民のためになるかどうか」であった。危機管理においても、エンゲージメントの高い部下を周りに集め、そして意見を求め、最終的にリーダーは、自分の指針をもとに迅速に決断を下す。総社市がここまで災害対応で注目されたのは、片岡市長が企業で言うところのCEO的な役割を果たしたからであろう。

本書では、意思決定、コーチング、マネジャーの特性などが学べる。さらに本書では、自分や周囲の人たちの強みを活かすべく、能力開発の起点となる「クリフトン・ストレングス」が紹介されている。本書には、34の資質について概略が紹介されており、この資質は「実行力」「影響力」「人間関係構築力」そして「戦略的思考力」がわかるという。これを眺めているだけで、自分の強みや弱みが理解できる。

そして、優れたマネジメントを実現するため、チームを成功に導く12の質問が本書の途中と巻末に登場する。特に巻末では、12の質問の意図と、この質問を受けて最高のマネジャーは何をしているのかが詳細に解説してある。私は、12の質問中のQ4「この1週間の間に、良い仕事をしていると褒められたり、認められたりした」という問いが気に入った。我が国において、管理職は、部下を口に出して褒めたり、認めたりすることが苦手ではないだろうか。しかし,この行為は、冒頭の従業員のエンゲージメントを高めるためには有効であると感じる。あのディズニーでは、リコグニッション活動といって、キャストがお互いの良いところを認め、称えるメッセージをおくりあう活動があると聞く。また、キャストが自身を向上させる努力をしているときや、優れたパフォーマンスを発揮したとき、マネジメントの方が「Good Jobカード」を手渡しすると言う。このような習慣は、従業員のエンゲージメントを高めるために、とても有効な活動であると感じた。

本書の訳者の古屋氏は、『組織として本気で「マネジャーの成功」を後押しできているかが私たちに問われている』(本書、383)と言われる。それができなければ、ポストコロナにおける、新しい時代の組織文化は構築できず、マネジャーの役割も果たせなくなる。

ポストコロナも然りだが、我が職場においてもミレニアル世代(1980~1996年生まれ)やZ世代(1997~生まれ)が増えてきた。彼らの価値観を理解し、どのように潜在能力を発揮してもらい、人の力を最大化する組織をつくっていくのか。そのための解は、本書に書かれていた。現在の、そしてこれからのマネジャーに、是非本書をオススメしたい。特に、日本では、冒頭に記したとおり従業員のエンゲージメントが低く、新たなマネジャーの果たす役割が大きいと感じているから。