2023年3月21日火曜日

シン・危機管理

 自然災害の発生を正確に予測することは難しい。そこを認めた上で、迫りくる災害や刻一刻と変わっていく状況を把握し、短期的なシミュレーションを随時アップデートしていくことで、人々の生命と安全を守る、「リアルタイム防災」という考え方にシフトしていくべきではないでしょうか。
(引用)シン・危機管理 企業が“想定外”の時代を生き抜くには?、著者:根来諭、発行:みらいパブリッシング、2023年、190

近年、リスクに対する考え方は、どの民間事業所、どの行政機関においても高まっている。まず、発生が懸念される南海トラフ地震については、関東から九州にかけての「太平洋ベルト地帯」に位置することから、経済損失額は、被害額が最大で220兆3千億円に上る(2013年内閣府専門家作業部会)とされている。また、風水害についても、地球温暖化の影響からか、毎年のように、各地で深刻な被害が発生している。さらに、新型コロナウイルスの影響により、私たちの暮らしは、3密(密閉、密集、密接)を避けた行動様式が推奨され、働き方も含めて一変した。そのほか、地政学リスクも際立っていることから、私たちは、日々、不安に怯えながらも、暮らしているというのが実情であろう。

一方、これまでの防災対策は、国や行政が主体で動き、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)からは、自助・共助の重要性も叫ばれるようになってきた。ただ、それ以降においても、防災分野に関しては、民間事業者の参入が乏しかったという印象がある。理由として、防災という分野は、“官”の領域が強く、マーケットとして成り立ちにくかったのではないだろうか。しかしながら、近年は、災害時におけるドローンの活用をはじめ、様々な企業が防災分野に参入しつつある。

Specteeという会社もその一つだろう。防災に携わっている方なら分かるが、Specteeといえば、SNSによる情報集約システムが有名だ。端的に説明すれば、住民がSNSに投稿した情報を地図上に表示させるということだろうか。具体的には、SpecteeのCOO根来氏が著された「シン・危機管理(みらいパブリッシング、2023年)」に記載がある。例えば、2021年6月18日に発生した札幌の住宅街でのクマ出没時には、住宅地ということもあり、住民らがスマートフォンでクマを捉えてSNSに投稿する人が多くいた。そこで、Specteeの利用客は、リアルタイムでクマの出没位置を把握することができた(本書、168)という。当然、大雨のときは、どこが冠水し、どこで土砂災害が発生しているかといった情報を、市民がアップしたSNSにより、速やかに自治体の防災担当者やマスコミ、そして住民らは災害情報を得ることが可能となる。根来氏によれば、SNSの情報を危機管理に活かす特性として、次の2点を掲げる。1点目は、「カバーの網羅性」ということだ。スマホが進化した現在、住民らは現場で写真を撮影し、SNSで情報発信している。つまりは、各個人が“監視カメラ”を持ち歩いているような感じだということであろう。2点目は、「事象の網羅性」ということだ。テレビやインターネットでニュースになりにくい事象についても、小規模な事象を捉えることが可能になる。

本書「シン・危機管理」は、危機管理について、分かりやすく解説されている。特に本書の大半は、BCP(業務継続計画)から構成されている。以前、私もBCPを作成した経験があるが、本書では、完全なBCP作成まで到達しないのかもしれない。しかしながら、本書では、BCPの意義から始まり、BCPの策定については、多くの紙面を割いている。そのため、初めてBCPを作成される方でも、BCPのイメージを掴みやすい工夫がなされている印象を受けた。また、以前のBCPの主流は、東日本大震災の影響を受け、主として地震対策に絞って策定されているケースも多かったのではないだろうか。根来氏は、オールハザード型(どのようなリスクにも対応できるもの)のBCP策定を訴えかけており、既にBCPを策定されている事業所においても有用となることが書かれていた。さらに近年、PDCAから、危機に対処するため「OODA(ウーダ)ループ」が注目されつつある。その記載も興味深かった。

本書の後半部分は、これからの防災対策についてである。サイバーフィジカルシステム、デジタルツイン、そしてSociety5.0との言葉が並ぶ。そこには、Specteeが考える新しい防災システムの紹介も掲載されていた。本書でも紹介されているが、私も国土交通省が公開している3D都市モデル「Project PLATEAU」に注目している。3D都市モデルによる浸水シミュレーションについては、私も大いに期待するところだ。ただ、私は、「シン・危機管理」については、3つの観点が必要だと考える。

1つ目は、各自治体の防災担当者が避難指示等を発令する際、「いかに今までの勘に頼らないか」といった点。

2つ目は、防災担当者の災害従事業務が合理化できるかといった点。

3つ目は、国の指摘する「避難しない人をどう避難させるか」という点である。

1点目については、例えば風水害時、一般的に河川が氾濫しそうなところを注視し、上流の今後の雨量を気にしながら避難指示等を発令すると思う。その際、各自治体では、あの場所で時間50㎜の雨量が観測されたから、河川のここの個所が危ないだろうといった「勘」に頼るケースが多いのではないだろうか。この「勘」が雨量計などのデータにより、確実な予測に繋がってくれることが必要だと考える。

2点目については、各自治体において、避難指示を発令するエリアを特定し、その世帯数(人口数)を算出し、記者発表資料を整えると同時に、避難所の開設準備にと多忙を極めると思う。その際、防災DXの推進により、少しでも災害対策本部の業務が合理化され、従事者の負担が減ることを望む。

3点目については、「自分は助かる」と勝手に思ってしまう正常性バイアスによる要因が大きいと考える。そのため、私は、本当に河川上流に位置するここの場所で、これだけの降雨が観測されたから、今自分たちの近くを流れている河川が氾濫するかもしれないといった情報に根拠を持つことが必要だと考える。迫りくる災害を「わが身のこと」として捉えられるようになれば、住民による自発的避難が促進されるのではないだろうか。

つまり、私は、住民、民間事業者、そして行政がともに”Win”の関係にならなければ、防災DXを駆使した「シン・危機管理」は、成り立たたなくなると考える。

冒頭、Specteeの根来氏の言葉、「リアルタイム防災」の個所を引用した。リスクが多様化、複合化、そして激甚化する時代に突入したからこそ、従来のリスクマネジメントでは、通用しない。新たな時代に即したツールを駆使することにより、従来存在しなかった新たな危機管理が誕生する。それにより、例えば、線状降水帯などによる局地的な豪雨については、刻々と状況が変化する。その際においても、自治体職員の負担が軽減されつつ、冷静に避難情報の発令がなされると同時に、住民も災害情報を見ながら自主的に避難行動を開始することが可能となる。そして、シン・危機管理に備えた民間事業者は、業務を継続することにより、被害を最小限に抑えることができる。私は、本書を拝読し、シン・危機管理の意義について、そう考えるに至った。

民間事業者や住民にとっても、国や行政にとっても、有益となる「シン・危機管理」。本書は、その幕開けを宣言するものだと感じた。


2023年3月11日土曜日

未来をつくる パーパス都市経営

 ウェルビーイングが高いまちとは「人々が助け合い、暮らしやすく、社会インフラや経済も維持でき、ずっと幸せが続くための好循環があるまち」です。
(引用)未来をつくるパーパス都市経営 健康、交通、観光、防災…新たなビジネスを生み、ウェルビーイングを高める方法、著者:西岡満代、発行:株式会社日経BP、2023年、74

最近、私は「幸福学」という言葉をよく耳にする。幸福学の第一人者、前野隆司氏(慶応義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授)らが昨年、「ウェルビーイング(日経文庫、2022年)」を出版されたのは、存じていた。世界で一番幸せな国・ブータンは、世界で始めて、国の発展を図る指針として、GNP(国民総生産)ではなくGNH(国民総幸福量)を取り入れたことで有名だ。我が国は、人口減少、インフラの老朽化、地域公共交通の撤退や縮小など、人口減少による悪循環に陥ろうとしている。その我が国で、果たして「幸せが続くまち」の実現可能性はあるのだろうか。その解に挑戦すべく、一冊の書籍が発刊された。その書籍のタイトルは、「未来をつくるパーパス都市経営(日経BP、2023年)」である。本書には、前述の前野隆司氏も登場しているという。また、「パーパス」は、直訳すると「目的」だが、最近注目されている「パーパス経営」とは、社会における企業の「存在意義」や「あるべき姿」を活動の指針に据え、この指針に基づいて経営戦略や事業戦略を立て、各種の事業活動を推進するというもの(本書、92)である。
では、「ウェルビーイングが高いまち」を目指すためには、なぜ「パーパス都市経営」を目指すべきなのだろうか。その解を紐解いていくことにした。

この書籍は、主として、著者の国際社会経済研究所の西岡満代氏を始め、前述の幸福学の第一人者の前野隆司氏、そして前富山市長の森雅志氏という三人がタッグを組んで展開されていく。まず、西岡氏が全体を監修し、前野氏とのコラボによってウェルビーイング都市とは、どのようなものかを定義づけていく。そして、パーパス都市経営が目指すウェルビーイング都市とは、少子高齢化を迎えても、「いつもさりげなく心身の健康を見守ってもられるまち」や、「ロボットやドローンが身の回りや社会インフラを支えてくれるまち」、さらには「地域の人たちとつながり、必要なときに助け合えるまち」ということが明らかになっていく。

そこで、前野氏の登場である。前野氏は、端的に幸せの4因子を次のように提唱される。この4因子とは、「やってみよう」「ありがとう」「なんとかなる」そして「ありのままに」である。さらに、2020年にデジタル庁らが公表した地域生活のウェルビーイングを探るために開発したLWC指標に話が及んでいく。この指標では、「異地域生活のウェルビーイング指標」における8個の「幸せ要因」と2個の「不幸せ要因」な要因から成り立つ。ブータンのGNHにも似通う新たな指標の誕生によって、成熟した我が国においては、経済成長ではなく、新たな国民生活の質の追求を目論んだ新たな都市基準の指標が誕生したことになる。

そして、本書では、ウェルビーイングの高い都市経営を目指すべく、課題を解決する手段として、スマートシティを提唱する。スマートシティは、デジタル技術を活用した新しい街の姿のことを指す。パーパス都市経営とは、「まちの運営に経営の概念を持ち込み」、「その経営には自治体だけではなく、住民や企業も参画し」、「データを活用して課題の解決を図る」というものだ(本書、80)。

いま、私は、ソーシャル・インパクト・ボンド(以下SIB:Social Impact Bond)という手法に注目している。これは、2010年に初めてイギリスで始まった官民連携による社会課題解決のための投資スキームであり、官民連携のための仕組みの一つである。前述のとおり、各地方公共団体は、少子高齢化やインフラの老朽化と言った課題を抱える一方、税収の増加が望めないという悪循環に陥りつつある。そのため、SIBのようなスキームは、これから主流になっていくのだろうと考える。しかしながら、このスキームには、本書で言うパーパス都市経営にも言えることなのだが、「民間企業にとってもWinが必要」である。行政の資金繰りが苦しいから、民間企業に資金提供を頼るといった「一方的な行政側だけのWin」では、公民連携は、頓挫することになるだろう。いかに、民間資金も活用した「投資」や「回収」といった概念を公共セクターに持ち込むのかが鍵になると感じた。

本書では、西岡氏、前野氏に続き、前富山市長の森氏も登場する。森氏は、富山市において「コンパクトシティ」を掲げ、特徴的なまちづくりを推進したことで知られ、地方自治の世界では著名なかただ。森氏は、「データを活用すればまちを変えられる」としているが、その背景には、データに基づき政策を立案・検証する「EBPM(証拠にもとづく政策立案)」という考えがあると気づかされた。一見重要でないデータも収集し、データをどう使っていくかを考える。そして、そのデータ活用について、できる限り客観的に測定可能なアウトカム指標を設定し、実際の効果を検証することが感じた。私は、森氏の紹介する富山市の事例において、今後の私の仕事の参考になるものがあった。データは、このように使うべきなのだと、改めて感じさせられた場面であった。

私は、縁あって、昨年、宮城県山元町を訪れた。その際、地元のかたから「ミガキイチゴ」の話を伺った。このイチゴは、2012年1月に設立した農業ベンチャーであるGRAによるブランドイチゴだ。山元町のかたのお話だと、「一番高いランク『プラチナ』は高級店で1粒1,000円にもなる」とのことであった。現地でこの話をお伺いし、2011年の東日本大震災の爪痕が残る東北の地で、私は、このまちで一筋の光を見た気がした。本書においても、パーパス都市経営の先端事例として、この「ミガキイチゴ」も紹介されている。そのほか、まちの経営事例としては、せとうちDMOや柏の葉スマートシティコンソーシアム(千葉県柏市)なども紹介されている。さらには、書籍「Smart City 5.0 地方創生を加速する都市 OS(インプレス、2019年)でも詳述されている会津地域スマートシティ推進協議会の事例も紹介されるなど、先進的な事例が数多く紹介されている。

全てが好循環になってウェルビーイングを目指すパーパス都市経営について、私は先進事例なども目の当たりにし、その必要性を認識せざるを得なかった。人口減少や老朽インフラ問題など、地方都市の未来は、よく暗いと言われている。しかし、本書は、このようなネガティブな状況にさらされている地方都市に、新たな”希望”を見出していた。今後、本書は地方における、新たなまちづくりの経営教科書的な役割を果たしていくことになるだろうと感じた。

これからも、我が国に住むすべての人たちが、幸福感を味わいながら暮らしていくために。