自然災害の発生を正確に予測することは難しい。そこを認めた上で、迫りくる災害や刻一刻と変わっていく状況を把握し、短期的なシミュレーションを随時アップデートしていくことで、人々の生命と安全を守る、「リアルタイム防災」という考え方にシフトしていくべきではないでしょうか。
(引用)シン・危機管理 企業が“想定外”の時代を生き抜くには?、著者:根来諭、発行:みらいパブリッシング、2023年、190
近年、リスクに対する考え方は、どの民間事業所、どの行政機関においても高まっている。まず、発生が懸念される南海トラフ地震については、関東から九州にかけての「太平洋ベルト地帯」に位置することから、経済損失額は、被害額が最大で220兆3千億円に上る(2013年内閣府専門家作業部会)とされている。また、風水害についても、地球温暖化の影響からか、毎年のように、各地で深刻な被害が発生している。さらに、新型コロナウイルスの影響により、私たちの暮らしは、3密(密閉、密集、密接)を避けた行動様式が推奨され、働き方も含めて一変した。そのほか、地政学リスクも際立っていることから、私たちは、日々、不安に怯えながらも、暮らしているというのが実情であろう。
一方、これまでの防災対策は、国や行政が主体で動き、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災(兵庫県南部地震)からは、自助・共助の重要性も叫ばれるようになってきた。ただ、それ以降においても、防災分野に関しては、民間事業者の参入が乏しかったという印象がある。理由として、防災という分野は、“官”の領域が強く、マーケットとして成り立ちにくかったのではないだろうか。しかしながら、近年は、災害時におけるドローンの活用をはじめ、様々な企業が防災分野に参入しつつある。
Specteeという会社もその一つだろう。防災に携わっている方なら分かるが、Specteeといえば、SNSによる情報集約システムが有名だ。端的に説明すれば、住民がSNSに投稿した情報を地図上に表示させるということだろうか。具体的には、SpecteeのCOO根来氏が著された「シン・危機管理(みらいパブリッシング、2023年)」に記載がある。例えば、2021年6月18日に発生した札幌の住宅街でのクマ出没時には、住宅地ということもあり、住民らがスマートフォンでクマを捉えてSNSに投稿する人が多くいた。そこで、Specteeの利用客は、リアルタイムでクマの出没位置を把握することができた(本書、168)という。当然、大雨のときは、どこが冠水し、どこで土砂災害が発生しているかといった情報を、市民がアップしたSNSにより、速やかに自治体の防災担当者やマスコミ、そして住民らは災害情報を得ることが可能となる。根来氏によれば、SNSの情報を危機管理に活かす特性として、次の2点を掲げる。1点目は、「カバーの網羅性」ということだ。スマホが進化した現在、住民らは現場で写真を撮影し、SNSで情報発信している。つまりは、各個人が“監視カメラ”を持ち歩いているような感じだということであろう。2点目は、「事象の網羅性」ということだ。テレビやインターネットでニュースになりにくい事象についても、小規模な事象を捉えることが可能になる。
本書「シン・危機管理」は、危機管理について、分かりやすく解説されている。特に本書の大半は、BCP(業務継続計画)から構成されている。以前、私もBCPを作成した経験があるが、本書では、完全なBCP作成まで到達しないのかもしれない。しかしながら、本書では、BCPの意義から始まり、BCPの策定については、多くの紙面を割いている。そのため、初めてBCPを作成される方でも、BCPのイメージを掴みやすい工夫がなされている印象を受けた。また、以前のBCPの主流は、東日本大震災の影響を受け、主として地震対策に絞って策定されているケースも多かったのではないだろうか。根来氏は、オールハザード型(どのようなリスクにも対応できるもの)のBCP策定を訴えかけており、既にBCPを策定されている事業所においても有用となることが書かれていた。さらに近年、PDCAから、危機に対処するため「OODA(ウーダ)ループ」が注目されつつある。その記載も興味深かった。
本書の後半部分は、これからの防災対策についてである。サイバーフィジカルシステム、デジタルツイン、そしてSociety5.0との言葉が並ぶ。そこには、Specteeが考える新しい防災システムの紹介も掲載されていた。本書でも紹介されているが、私も国土交通省が公開している3D都市モデル「Project PLATEAU」に注目している。3D都市モデルによる浸水シミュレーションについては、私も大いに期待するところだ。ただ、私は、「シン・危機管理」については、3つの観点が必要だと考える。
1つ目は、各自治体の防災担当者が避難指示等を発令する際、「いかに今までの勘に頼らないか」といった点。
2つ目は、防災担当者の災害従事業務が合理化できるかといった点。
3つ目は、国の指摘する「避難しない人をどう避難させるか」という点である。
1点目については、例えば風水害時、一般的に河川が氾濫しそうなところを注視し、上流の今後の雨量を気にしながら避難指示等を発令すると思う。その際、各自治体では、あの場所で時間50㎜の雨量が観測されたから、河川のここの個所が危ないだろうといった「勘」に頼るケースが多いのではないだろうか。この「勘」が雨量計などのデータにより、確実な予測に繋がってくれることが必要だと考える。
2点目については、各自治体において、避難指示を発令するエリアを特定し、その世帯数(人口数)を算出し、記者発表資料を整えると同時に、避難所の開設準備にと多忙を極めると思う。その際、防災DXの推進により、少しでも災害対策本部の業務が合理化され、従事者の負担が減ることを望む。
3点目については、「自分は助かる」と勝手に思ってしまう正常性バイアスによる要因が大きいと考える。そのため、私は、本当に河川上流に位置するここの場所で、これだけの降雨が観測されたから、今自分たちの近くを流れている河川が氾濫するかもしれないといった情報に根拠を持つことが必要だと考える。迫りくる災害を「わが身のこと」として捉えられるようになれば、住民による自発的避難が促進されるのではないだろうか。
つまり、私は、住民、民間事業者、そして行政がともに”Win”の関係にならなければ、防災DXを駆使した「シン・危機管理」は、成り立たたなくなると考える。
冒頭、Specteeの根来氏の言葉、「リアルタイム防災」の個所を引用した。リスクが多様化、複合化、そして激甚化する時代に突入したからこそ、従来のリスクマネジメントでは、通用しない。新たな時代に即したツールを駆使することにより、従来存在しなかった新たな危機管理が誕生する。それにより、例えば、線状降水帯などによる局地的な豪雨については、刻々と状況が変化する。その際においても、自治体職員の負担が軽減されつつ、冷静に避難情報の発令がなされると同時に、住民も災害情報を見ながら自主的に避難行動を開始することが可能となる。そして、シン・危機管理に備えた民間事業者は、業務を継続することにより、被害を最小限に抑えることができる。私は、本書を拝読し、シン・危機管理の意義について、そう考えるに至った。
民間事業者や住民にとっても、国や行政にとっても、有益となる「シン・危機管理」。本書は、その幕開けを宣言するものだと感じた。