困っている市民に 手を差し伸べるのが 行政の使命・役割
(引用)社会の変え方 日本の政治をあきらめていたすべての人へ、著者:泉 房穂、株式会社ライツ社、2023年、268
明石市は、全国の地方公共団体にとって、“未来への希望”なのかもしれない。
2014年、日本創生会議(座長:元総務大臣増田寛也)が提出したいわゆる「増田レポート」は、地方公共団体関係者のみならず、日本全体に大きな衝撃を与えた。この「増田レポート」では、896の市町村が「消滅可能性都市」であるとした。つまり、市町村全体の49.8%,つまり半数近くの市町村が「消滅」と名指しされたことになる。
少子高齢化は、もはや我が国の最重要課題だ。その状況下において、明石市は、10年連続人口増(中核市中人口増加率は全国1位)、市民満足度91.2%と驚異の数字を叩き出している。その結果、明石市では、子ども施策から始めることで若い世代にも安心が得られ、人口が増加し、にぎわいが創出され、結果的に財源が増加(明石市は税収8年連続増、地価7年連続上昇)するという好循環が創出されている。
その好循環を生み出すべく、奮闘されてきたのが明石市長の泉房穂氏だ。「強行」というイメージが強い泉氏でもあるが、なぜ明石市において好循環を生み出すことができたのだろうか。その秘密を探るべく、泉氏による最新刊「社会の変え方 日本の政治をあきらめていたすべての人へ(株式会社ライツ社、2023年)」を拝読させていただくことにした。
本書は、序章から惹き込まれていく。泉氏の明石市における政策の根底にあるもの。それは、「一生起立不能」と言われた泉氏の弟さんの存在が大きいことが分かる。つまり、泉氏は、幼少期から弟さんの成長を支えることで経験した、社会に対する様々な”違和感“を排除すべく、明石市において様々な政策打ち出してきた。また、その弟さんの成長を見守ってきた泉氏は、ある日、次のことに気づく。それは、泉氏が「弟のため」と言いながら、弟を支えている自分自身が周りから笑われたくないがために、弟の行動を制限してしまいそうなことがあったことだ。ただ、当の本人は、自分の意志で、健常者と同じように行動したいこともある。そのことに気づいた泉氏は、「本人の幸せを決めるのは、他の誰でもなく、本人」と言われる(本書、29)。そのことを理解することにより、真の「寄り添う」ことができるようになる。市民一人ひとりに「寄り添う」ことを理解して、政策に結びつけることは、当然ながら、市民の満足度向上にもつながる重要な視点だ。では、泉氏は、明石市でどのように、市民に「寄り添う」政策を実行してきたのだろうか。
まず、明石市は、18歳までの医療費無料化を始め、第2子以降の保育料など、5つの無料化を実施してきた。中核市規模の地方公共団体において、ここまで子ども施策に力を入れているケースは、正直、珍しいと思う。しかし、泉氏は、「(これらの施策の実施が)遅すぎてごめんなさい」と言われる。その理由として、ほとんどの日本以外の他の国では、これらの施策が当たり前のように実施されているからだとしている。では、子育て支援は、国の施策であるべきなのだろうか。事実、泉氏も「ベーシックな子育て施策ぐらいは、国が全国一律で実施すべき(本書、66)」と主張されている。
我が国の少子化問題では、20代の人口が2025年ごろから急減すると言われている。政府も異次元の少子化対策を実施すると言われ、児童手当の拡充や学費軽減などが期待される。これは、雇用の不安定化や賃金が伸びないなどの理由があると考えられる。最近では、民間企業においても少子化対策の動きがある。トヨタ自動車は2023年3月15日、2023年度の年春闘で賃上げや一時金の要求に満額回答し、妥結したと発表した。また、伊藤忠は、朝型勤務の導入などにより、「1.97(日本全体では1.30)」という数値を公表(2021年度)した。国のみならず、働き方改革や賃金向上などにより、出生率を上げていこうとする企業が増加してきている。そのとき、国や地方公共団体は、民間の動きとあわせ、一体的な施策も考えていかなければならないと思う。
泉氏は、弁護士のみならず、社会福祉士の資格も取得されている。また、各々の施策も、ただ、無償化すれば良いという考えではない。明石市では、「おむつ定期便」という子育て経験のある配達員が、0歳の子どもがいる家庭を月1回訪問して、おむつ(ミルクや離乳食も選択可能)を届ける行政サービスを実施している。これは、単なるバラマキではない。実は、児童虐待で亡くなる子どもの半数は、0才児であるという。その「おむつ」を配布することは、あくまでも「きっかけ」であって、訪問先で子どもが生まれたばかりの親を「孤立させない」ことが目的であるとする。また、泉氏は、どの無料化施策にも「所得制限なし」にこだわる。国においても2023年3月31日、少子化対策の「たたき台」として、児童手当の所得制限撤廃を公表した。先行していた明石市の政策に、国が追いついてきた形だ。
本ブログの冒頭には、国が新型コロナによる緊急事態宣言発出時(2020年4月16日)に、明石市独自の支援策を発表した際、その報道発表資料の最後に添えられていた泉氏による文章を紹介した。このとき、明石市は、市の独自支援策として、個人商店にすぐに100万円、ひとり親家庭にさらに5万円など、3つの緊急支援策を実施した。まさに、危機対応時においても、泉氏は、市民に寄り添っている。
本書では、泉氏が率いてきた明石市の数々の施策から、その行政の果たすべき使命と役割について、学ぶことができた。特に明石市では、市民に寄り添い、行政と市民の距離を縮め、特に困ってみえる市民に対して、手を差し伸べる姿勢が随所に見受けられた。本書では、まちに好循環を生み出すだすヒントだけではなく、泉氏からは、行政の本質を教わることができた。
地方自治法の第一条の二には、「 地方公共団体は、住民の福祉の増進を図ることを基本として」とある。私は、少子高齢化の今だからこそ、地方公共団体が地方自治の原点に立ち返るときが到来しているのだと感じた。泉氏による著書には、地方自治の“原点”が詰まっている。本書は、そう思わせる、一冊であった。