2020年11月7日土曜日

ワイズカンパニー

 われわれの研究では、形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分であることが示されている。リーダーはもう一つ別の知識も使わなくてはいけない。それはしばしば忘れられがちな実践知である。実践知とは、経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、価値観とモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識である。
(引用)ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル、著者:野中郁次郎、竹内弘高、訳者:黒輪篤嗣、発行者:駒橋憲一、発行所:東洋経済新報社、2020年、39

野中氏によって著された「知識創造企業」からおよそ四半世紀、ついに待望の「ワイズカンパニー(東洋経済新報社、2020年)が刊行された。サブタイトルは、「知識創造から知識実践への新しいモデル」とある。本書では、知識創造の世界から実践を繰り返し、知恵にまで高めることの重要性を示している。

野中氏が提唱し、もはや知識創造・実践モデルとして世界でも受け入れられている「SECI(セキ)モデル」。本書では、新しいSECIモデルが示されている。そこには、個人から始まり、チーム、組織、そして環境という要素を加え、存在論的な次元で生じる相互作用を加えた。そして、いまや伝説となっている京セラの創業者である稲盛和夫氏によるJALの再建を事例として、本書ではSECIモデルをやさしく説明してくれる。当時、私は、稲盛氏が難なくJALを経営再建していく姿を目の当たりにし、まさに、稲盛氏の「実践知」の凄さに感銘を受けた。と同時に、本書を読み、稲盛氏によって、JALの再建がSECIモデルに沿って実行されたこと、またSECIモデルの有効性が実証されたのだと感じた。

SECIモデルでは、共同化、表出化、連結化そして内面化のスパイラルを発生させることにより、拡大していく。最近、私は、シティプロモーション関連の本を読んだが、そこにもSECIモデルが紹介されていた。なにもSECIモデルは、企業だけのものではない。私は、まちづくりやNPO、行政など、様々な組織で活用ができると感じた。

本書の前半で「知識実践の起源」が紹介されていることも興味深い。時代は、アリストテレスの時代まで遡る。そのアリストテレスが唱えた「フロネシス(実践的な知恵(実践知)(本書、59)」は、2400年の時を経ても色褪せることがない。普段、私も仕事をしていて感じることは、「何事も実践してみること」だと思う。ときには、失敗を繰り返すこともある。しかし、実践を繰り返さなければ、「実践知」を得ることはできない。本書には、YKKの創業者、吉田忠雄氏の語録も紹介されている。

「何しろ、私は理屈抜きにして働かない人を好きじゃないですね。どれだけ頭がよくてもね(本書、172)」

この言葉に、私は強く共感する。いま、私が自分の仕事を通じて感じることは、「働きたくても働けない人」がいるということだ。それは、吉田氏が言われる「頭のよさ」に関係しない。私が言う「働けない人」というのは、今までの自身の仕事で、実践を繰り返さず、実践知が足りないということだ。ときには、「綱渡り的な仕事」も存在する。この仕事が失敗すれば、自分の地位を失うと感じ、チャレンジを諦める人たちがいる。私から言わせれば、「もったいない」の一言だ。新型コロナウイルス感染拡大時において、北海道や大阪府の知事が脚光を浴びた。これは、その危機から逃げず、前面に立ち、道民や府民を守るというリーダーの姿を見せたからであろう。私は、「ピンチはチャンス」だと思う。その危機的な状況においては、さらに貴重な「実践知」が得られると私は思う。そして、リーダーとしての自信にもつながるのではないかと思う。

少し脱線したが、本書では、私の敬愛するピーター・F・ドラッカー氏や稲盛和夫氏をはじめ、ホンダの創業者の本田宗一郎氏、ユニクロの柳井正氏、トヨタの豊田章男氏などが登場する。本書を読み進めると、「どこかで聞いたエピソードだな」と思うところが随所に出てくる。そのため、この1冊で、ビジネススキルの要点が網羅されているような感じも受けた。それらのエピソードは、ワイズ(Wise)リーダーになるための心得にもつながる。

今後、SECIモデルを用いて自身の事業や公共的な施策などを拡大していきたいかた、また一流のリーダーシップを学ばれたいかたに、本書をオススメしたい。