2020年12月31日木曜日

2020年の終わりに

「ピアノ・ソナタ第14番 月光(ベートーヴェン作曲)」について、モデルの市川紗椰は次のように言われる。
「この曲って、聞くときによってすごく静かで安らかに聞こえるときがあれば、すごく憂鬱で不安で悲しく感じるときがあって…。」1)

あと、30分あまりで今年(2020年)も終わりを告げようとしている。今年は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの生誕250周年であった。この喜ばしき年に、1年ほど前、中国湖北省武漢市で最初に報告された新型コロナウイルスは、瞬く間に世界中に広がり、人々の暮らしを一変させた。そして、2020年の最後となる本日、東京都では過去最多となる1,337人、全国でも4,519人のかた(20:20現在)が新たに新型コロナウイルスに感染された。私たちは、未だに猛威を振るう新型コロナウイルスにほとんど対応することができず、年を越すことになる。

このような不安を抱くとき、私は、経営の神様と称される松下幸之助氏の言葉を思い出す。
それは、日本が敗戦した昭和20年8月、社員に対してスピーチした言葉である。

「眼前の破局は天の啓示であり、天訓である。」2)

私は、敗戦を経験していないが、2011年3月11日に発生した東日本大震災は経験した。そのときと同じような心境でいる。あのとき、私は被災地に赴き、津波によって何もかも流された場所に立ちつくし、三陸の海を眺めた。被災地では、かつて人々は本当にここで生活していたのだろうかと疑うほど、異様な静けさだけが漂っていた。そして、人間は自然の猛威に対して何もできないという無力感だけ残った。しかし三年ほど前、再び被災地を訪ねたとき、東日本では、人々が立ち上がり、再び希望が戻りつつあった。

冒頭に紹介したが、NHKの番組で市川さんが話されるのを聞いて、ゾクッとした。実は、私も月光に対して同じことを思っていたからだ。あの静かなメロディは、自分の心境によって、表情を変える。いま「月光」を聞けば、私は不安で、憂鬱な気分になる。

このコロナ禍を天訓とみなし、私たちは乗り越えていかなければならない。
過去においても私たち日本人は、敗戦や東日本大震災などの大危機を乗り越えてきた。
そして、私たちは、そのたびに強くなってきた。

いつの日か、明日に希望が持てるように、前夜に「月光」を聞けば心が踊るようになりたい。
そしてベートーヴェンは、最後の交響曲でシラーの詩を書き直し、「歓喜の歌」を遺した。その歌詞を噛み締めながら、「これも天訓であった」と思い、来年の年末こそ「歓喜の歌」を歌いたい。

その日を迎えるため、私たちは、勇気を持って前進しなければならない。

新しい年が、日本中、いや世界中の人々にとって、素晴らしい年になりますように。

そう願わずにはいられない大晦日となった。

                         2020年 大晦日の日に。

                                 宮本佳久

1)2020年12月11日放映 NHKEテレ「ららら♪クラシック」
2)「致知10月号(通巻543号)」、致知出版社、2020年、51頁 


2020年12月27日日曜日

デジタルとAIの未来

 これから世界を開くカギになるのは「AI」「5G」「クラウド」「ビッグデータ」などの技術ではありません。すべては「持続可能性」を実現するために何が必要なのかという視点から見ていくべきでしょう。
(引用)オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る、著者:オードリー・タン、発行所:株式会社プレジデント社、2020年、183

2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担ったオードリー・タン氏による世界初の自著ということで、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」を興味深く読まさせていただいた。現在、オードリー・タン氏は、台湾のデジタル担当政務委員(閣僚)である。IQ180以上とも言われるオードリー・タン氏は、コロナ禍においてどのように国民を守るのか、そしてテクノロジーを活用した近未来をどう描いているのか。この一冊で、一人の若き天才が台湾の人々を新たな時代へ誘う姿を知ることができる。

新型コロナウイルス対策におけるオードリー・タン氏の功績といえば、まず頭に浮かぶのは、マスク在庫管理システムを構築し、台湾の感染拡大防止に大きな貢献を果たしたことだ。しかし、本書を読むと、台湾の新型コロナウイルス対策は、至ってシンプルだということに気づかされる。オードリー・タン氏によれば、ウイルスを防ぐ最良の方法は、石鹸を使って手を洗うこと、アルコール消毒をすること、ソーシャルディスタンスを確保すること、マスク着用することである。新型コロナという目に見えぬ小さな強敵と対峙するなかで、デジタル技術という武器は埋もれているようにみえる。なぜなら、オードリー・タン氏が指摘することは、普段からの私達の知識で、新型コロナウイルスを封じ込めできるということだ。この簡単な感染防止を国民にスムーズに促すため、台湾は上手にデジタル技術を駆使した。そこには、高齢者などに対してのデジタルデバイドは存在しない。Fast(早く)、Fair(公平に)、Fun(楽しく)といった台湾における新型コロナウイルス対策である「3つのF」を実践するなど、防疫対策では、高齢者にも使いやすく設計をするところにオードリー・タン氏の凄さがある。

オードリー・タン氏の施策には、いつも「人」がいる。オードリー・タン氏のような天才なら、全て一人で政治決断をしているのかと思ったら、違った。オードリー・タン氏は多くの人たちから話を聞き、共通の価値観や解決策を導き出す。これを「傾聴の民主主義」と呼ぶ。あと、感心させられたのは、子どもたちの勉強に対する考え方だ。オードリー・タン氏は、子どもたちが「何に関心を持っているか」に注目する。そして、その「子どもたちの関心ごとを破壊してはならない」と言われる。確かに、私も父親として、経験がある。私の長男は、小学校4年生のとき、漢字に興味を持った。そのとき、私は、子どもに小学校の漢字辞典を買い与えた。息子は、貪るように漢字辞典を読破した。次第に息子は、自分が知っている漢字を、早く学校で学びたいと思うようになっていった。そして、息子は、国語が好きになった。

それと同じように、デジタル技術やAIが進歩しても、そこに「人」がいなければ使い勝手の悪いものになる。そして、「人」中心に考えなければ、開発者の自己満足に終わる。人々の意見を聞き入れ、政策に生かす。そして、「傾聴の民主主義」は、台湾に新型コロナウイルスを封じ込めることに成功した。また、「傾聴の民主主義は」、オードリー・タン氏によって、テクノロジーを活用した近未来への創造にも生かされていく。

冒頭、私は、オードリー・タン氏の言葉を引用した。現在、私達の暮らしの中で「5G」「AI」などの言葉が踊る中で、オードリー・タン氏は、「持続可能性」を強調する。そして、誰も取り残さない姿勢やイノベーションも重視する。あくまでもデジタル技術は、多くの人々が一緒に社会や政治のことを考えるツールであり、誰でも使えることが重要であるということだろう。本文中、近未来のAIと人間との関係性の中で、ドラえもんとのび太の関係に似ていると指摘があった。あくまでもデジタル技術はツールであり、今後も「人」が主役でありつづけること。そのことが健全な民主主義を育み、より人々の生活を豊かにすると同時に様々な脅威から守り、持続可能な社会を創造していくのだと感じた。

いま、テクノロジーの進展は凄まじいものがある。それは、人間にとって”脅威”ではなく”希望”だ。これからも、時代の世界を担う若きリーダー、オードリー・タン氏の活躍に注目していきたい。

2020年12月19日土曜日

公民共創の教科書

 ESG投資やエシカル消費といった、公共を意識した経済活動がより一層求められてくる今後の世界においては、民間の本来の活動であるビジネス視点から見たとしてもさまざまなメリットにつながってくるはずだと考えます。
(引用)公民共創の教科書、著者:河村昌美・中川悦宏、発行:学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学出版部、2020年、252

近年、公民が連携・共創していく機運が高まりつつある。その背景として、一つめは、AIやIoTなどSociety5.0の到来を受け、行政が有する知見のみでは社会的課題の解決を図ることが困難になってきていること。二つめは、少子高齢化社会の時代を迎え、限りある資源を最大限に活かし、課題解決につながる新たな価値をもつ活動を生み出していく必要に迫られてきているということであると考えられる。

「公民共創の教科書」の著者である河村氏と中川氏はともに横浜市の共創推進室に所属されている。近年、「公民連携」を謳った部署が各自治体においても出現し始めてきた。公民連携といえば、真っ先にPPPやPFIによる運営手法を思い浮かべる。しかし、本書では、PFIによる事例などは、一切触れていない。それよりも株式会社セブン-イレブン・ジャパンと社会福祉法人横浜市社会福祉協議会、横浜市の三者が協定を締結した「閉店・改装するコンビニの在庫商品を地域のために活用する」など、本来の公民が連携をし、共創していく事例が紹介されいて興味深い。

ここで感心させられたのは、公民が連携・共創することで、国連によるSDGs(持続可能な開発目標)を意識した新たな公共価値が創出できるということだ。今後の地方創生には、SDGsが最重要テーマであり、ESG投資が引き込めるかがポイントになるだろう。横浜市におけるセブン-イレブン・ジャパンとの取組みは、本来廃棄されていた閉店・改装するコンビニの在庫商品を有効活用するという観点から、SDGs目標12「つくる責任 つかう責任」達成を目指す。また、コンビニから寄贈された商品は、地域の福祉施設や非営利団体を通じ、それらを必要とする地域の方々に届くようになる。これは、SDGs目標2「飢餓をゼロに」を目指すものだ。この関係は、行政、民間、社会ともに良しとする「三方良し」、つまりWIN-WIN-WINが得られる形となり、従来には存在しない、新たな価値を創造して解決を図るイノベーションとなる。これが公民共創の意義であろう。

従来から、行政と民間は連携していた。政策過程で市民の意見や提案を集めるパブリックコメント、また民間事業者に意見を伺うサウンディング手法もその一つであろう。かつて、私も防災部署に所属していたが、災害時における応援協定もその一つかもしれない。災害時には、市内の大規模小売店が炊き出し用の食材を提供してくれる。それも立派な公民連携である。しかしながら、これらの事例は、公民共創のレベルにまで達していない。私は、真の意味で公民が連携をし、新たな公共価値を創造する域にまで達しなければ公民が連携し共創する意味がないと感じた。特に本書では、フレームワーク、「公民共創版リーンキャンバス」の活用や、リーンキャンバスによって仮設を立てた共創事業アイデアをより詳細にし、全体を俯瞰できる「公民共創版ビジネスモデルハウス」というフレームワークも紹介されている。これらのフレームワークは、今後の公民共創に取り組む上で、とても有用なものだと感じた。

公民共創という言葉を聞いて、私は「企業は社会の公器」という松下幸之助氏の言葉を思い出した。従来から企業や各種法人、NPO、市民活動、大学や研究機関等の多様な民間主体は、社会が求める仕事を担い、新たな社会を創造してきた。まさに「公民」という言い方をするが、ともに事業目的は「公」である。民間主体と行政主体が連携し、新たな価値を共創していくことは、劇的に社会構造が変化する中で必然的な流れであると感じた。本書では、公民共創のフロントランナーである横浜市が得た形式知と実践知が惜しげもなく披露されている。まだ公民共創の分野は各自治体で手探りの状態が続いているところも多い。本書は、そのタイトルのとおり、教科書的な存在として、一つの解をもたらしてくれた。


2020年12月5日土曜日

地方創生×SDGs×ESG投資

それは、先進国、開発途上国を問わず、経済、社会および環境の三側面において、持続可能な開発を統合的取組として推進するものであり、その市場規模は、2030年まで4つの経済システム(エネルギー、都市、農業、保健)でグローバル目標を達成すると、12兆ドル(約1,320兆円)と3億8千万人の新規雇用が発生するとされている。
(引用)地方創生×SDGs×ESG投資 ー市場規模から見た実践戦略で甦る地方自治体と日本ー、著者:赤川彰彦、発行所:学陽書房、2020年、332

かつて、私も三菱総合研究所のかたたちと産業振興の分野でご一緒に仕事をさせていただいたことがある。その際、研究所のかたたちとともに過ごした時間は、建設的な意見を交わすことができ、とても有意義であった。このたびの「地方創生×SDGs×ESG投資」の著者、赤川氏も三菱総合研究所の客員研究員を務められている。「地方創生」、「SDGs」そして「ESG投資」とホットな話題を掛け合わせた本書のタイトルにも惹かれ、赤川氏の著された本を読ませていただくこととした。

本書は、「戦略的地方創生とSDGs」、「SDGs・ESG投資」の2篇から構成されている。序章から地方自治体の人口減少と超高齢化、財政状況や地方創生政策の推移など、現在の我が国の課題を浮かび上がらせている。そして、環境、観光、健康産業におる戦略的地方創生ということで、各分野の現状と市場規模を詳説している。特に、観光分野については、訪日外国人と国内旅行を2つに区分し、それぞれの旅行者数と消費額規模を明らかにして地方への誘客を図るための対策が述べられている。これらの対策については、今までの国の動向統計データなどエビデンスに基づいた提言がなされていて、読み手としても理解が深まる。

本書で紹介されている観光分野における事例の一つに「広域連携型地方創生(せとうちDMO)」がある。このせとうちDMOは、ニューツーリズム(旅行先での人や自然のふれあいを重視した新しいタイプの着地型旅行)の事例として紹介されている。その中で、ドイツ人地理学者のフェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンが瀬戸内の美しさに驚嘆したときの言葉が本書で紹介されている。「広い区域にわたる優美な景色で、これ以上のものは世界の何処にもないであろう(本書194)」と。

かつて、私もしまなみ海道をサイクリングしたことがある。その際、出会ったのは、リヒトホーフェンが言う「美しい景色」であった。そして、「至る所に生命と活動があり、幸福と繁栄の象徴」があった。当時私は、広島県尾道市からフェリーで渡り、自転車に乗りながら、向島、因島、生口島へと進んだ。天候にも恵まれ、島から島へと渡る橋の上から瀬戸内海に浮かぶ島の景色を見ると、言葉では言い表せない絶景が広がっていた。また、大三島では、大山祗神社に参拝したときの清々しさを忘れることができない。しまなみ海道の旅は、美しい自然、風習、味などに触れることとなり、生涯忘れられない旅となった。

もう一度、本書の原点に立ち返ると、しまなみ海道の事例でも上手く組み合わさっていた環境・観光・健康の3K産業は、莫大な市場規模がある。そして、それぞれの分野が持つプラットフォームを組み合わせ、SDGs、ESGを重視した事業として展開していく。そうすることによって、持続可能な次世代型戦略的地方創生が構築できるということだろう。

本書を読み、私はアメリカデューク大学の研究者であるキャシー・デビッドソン教授の言葉を思い出した。
「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時、今は存在していない職業に就くだろう」
では、これからを生きる若者は、そして衰退する地方の活性化はどうしたら良いのか。それは、いくらAIなどの情報科学技術が進展したとしても、SDGsやそれにつながるESGに関わる産業・事業に求めることが一つの解となってくる。それが牽いては地方創生にも繋がっていくことに、私は改めて気づかされた。

本書は、これからの「働く人や地域の未来」を考える上で、水先案内人となり得る。何度でも読み返したい良書である。