2021年2月21日日曜日

1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書

 マザーは即座に、「あの人たちは乞食ではありません」とおっしゃるので、私は驚いて「えっ、あの人たちが乞食でなくていったい何ですか?」と聞くと、「イエス・キリストです」とお答えになったのです。私の人生を変えるひと言でした。

          マザー・テレサへの質問 上甲晃 志ネットワーク「青年塾」代表

(引用)1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書、監修者:藤尾秀昭、発行所:致知出版社、2020年、82

私が「致知」を読みはじめて、もう何年経つだろう。「致知」は、一代で一兆円企業を築き上げた京セラ名誉会長の稲盛和夫氏らが推薦する月刊誌だ。稲盛さんがご推薦されている雑誌ならと購読し始めたが、今では月初に「致知」が郵送されてくるのが待ち遠しくなった。「致知」では、登場されるかたの”人生ドラマ”を見ながら学ばさせていただくことが多い。

このたび、致知出版社から「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書」が出版された。監修された致知出版社代表取締役社長の藤尾秀昭氏によると、「ここに『致知』42年の歴史を振り返り、その出会いの中から365人の言葉を選び出し、1冊の本にまとめさせていただいた(本書410)」と言われる。私は、書店で本書に出会ったとき、「なんて贅沢な本だ」と感じた。「致知」は書店で販売されていない。そんなプレミアム感が漂う「致知」のベストアルバムともいうべき本書が気軽に書店で手に入る。本書をパラパラめくってみると、登場される人物は稲盛和夫氏をはじめ、茶道裏千家前家元の千玄室氏、指揮者の佐渡裕氏、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏、京都大学IPS細胞研究所所長山中伸弥氏など錚々たる顔ぶれが出揃った。当時、月刊誌で読んだことのある記事も多かったが、本書を読んで、逆境の乗り越え方、人生哲学、リーダーシップ、そして運命の師から学んだことなどのエピソードが鮮やかに蘇ってきた。これを”贅沢”と呼ばずになんと言うべきだろう。

また、「致知」では、マネジメントの神様ピーター・F・ドラッカーの教えも数多く登場する。本書では、ドラッカー本の翻訳で有名であり、ドラッカー自身からもっとも親しい友人、日本での友人とされてきた上田惇生氏やドラッカー学会理事の佐藤等氏らが登場する。本書の中で、上田氏は、ドラッカーによる7つの教訓を紹介している(本書、31)。その教訓の一つ、「何を持って憶(おぼ)えられたいか」を考えることについては、私も地元中学校のPTA会長を務めたとき、卒業生への餞(はなむけ)の言葉としたものだ。ドラッカーの名著「非営利組織の経営」の中に、このエピソードが登場する。1)

かつてドラッカーも13歳のとき、宗教の先生が、「何によって憶えられていたいか」と聞かれた。そのとき、ドラッカーを始め、周りの友人達は誰も答えられなかったという。すると、宗教の先生は、「答えられるとは思っていない。でも50になっても答えられなければ、人生を無駄に過ごしたことになるよ」といわれたという。そしてドラッカーは、いつもこの問い「何によって憶えられたいか」を自らに問いかけてきたと言われる。また、運の良い人は、宗教の先生であったフリーグラー牧師のような導き手に、若い頃そう問いかけられ、一生を通じて自ら問いかけ続けていくことになるとドラッカーは言われる。「何によって憶えられていたいか」という質問は、私の人生においても、常に問いかけていきたい重要なものだ。改めて、本書は、そのことを思い出させてくれた。

また、職場などには、自分と合わない人も多数存在する。私の尊敬する一人の(株)ブリヂストン元CEOの荒川詔四氏は、「『人間関係は悪いのが普通』と達観する」と言われる。2)当然のことだが、職場の中では、育った環境も、年代も、考え方も異なった人たちが共存し、所属している企業や公的機関などのミッションを遂行する。私も歳を重ねるにつれ、荒川氏がおっしゃるとおり、自分に合わない人に対しても「相手の生き方、考え方を変えようとしない」と思うに至った。つまり、自分が変わるしかないと思うようになっていった。

そんなことを思いながら本書を読んでいたら、冒頭に紹介した志ネットワーク「青年塾」代表の上甲晃氏の言葉が掲載されていた。タイトルは「マザー・テレサへの質問」となっていて、上甲氏がマザー・テレサに会いたいと思い、インドのカルカッタ(現コルカタ)へ渡ったときのエピソードが綴られている。そして、上甲氏はカルカッタの礼拝堂でマザーに面会したとき、「どうしてあなた方は、あの汚い、怖い乞食を抱きかかえられるのですか?」と聞いたという。そのときのマザーからの回答は、冒頭に記したとおりだ。この言葉のあとにマザーテレサが「なぜイエス・キリスト」と仰ったのか、本書ではその理由が述べられている(詳しくは本書をご一読あれ)。このマザー・テレサの言葉には、正直、”やられた”と思った。マザーの言葉は、私の想像を遥かに超えたものだったからだ。そして、マザー・テレサは、なぜそこまで人間を愛し、貢献してきたのかという理由の一端が理解できたように思えた。上甲氏を通じてマザー・テレサの言葉に触れたとき、まだまだ私は未熟であると思うに至った。これからは、私に関係する人たちは、どんな人でもすべて「イエス・キリスト」であると思えるよう、私も努力していきたいと思った。

このように、本書で紹介されている”偉人”たちの珠玉の言葉たちは、私たちに勇気と希望を与えてくれる。本書のタイトルの一部に「読めば心が熱くなる」という言葉がある。まさにそのとおりだと感じた。私は、いつも本書を手元に置いておきたい。久々にそう思える一冊であった。

1)ドラッカー名著集4 非営利組織の経営、著者:P.F.ドラッカー、訳者:上田惇生、発行所:ダイヤモンド社、2007年、219-220

2)参謀の思考法 ートップに信頼されるプロフェッショナルの条件、著者:荒川詔四、発行所:ダイヤモンド社、2020年、246

2021年2月11日木曜日

2030年 すべてが「加速」する世界に備えよ

 これからの10年が劇的なブレークスルーと世界を一変させるようなサプライズに満ちたものになるのはまちがいない。(中略)私たちの想像を超えて加速する未来、かつてないほどの勢いで空想が現実化する世界が到来する。

(引用)2030年 すべてが「加速」する世界に備えよ、著者:ピーター・ディアマンディス&スティーブン・コトラー、訳者:土方奈美、発行所:株式会社ニューズピックス、2020年、18-19

この本を読み終えて、私は、台湾デジタル担当政務委員のオードリー・タンの言葉を思い出した。「『社会におけるAIの普及』について想像するのであれば、ドラえもんがいい例だと思います。ドラえもんはAIの一つであると言えます。1)」そして、オードリー・タン氏は、のび太君(人間)とドラえもん(AI)との関係を説明し、これからの私たちの生活におけるAIの役割というのを考える場合、一つの好例であるとしている。例えば、「空飛ぶ車」が現実になったり、「老化」が克服されたりする。また、「買い物」や「教育」のスタイルが劇的な変化を遂げる。まさにドラえもんの世界で起きていたことが現実になりつつある。あのイーロン・マスクの盟友、ピーター・ディアマンディスらが描く10年後の世界(2030年)は、私が子供のころに憧れていたドラえもんの世界が現実になるのだと感じた。ディアマンディス氏らは、進化するテクノロジー(たとえば人工知能、AI)が、同じく進化する別のテクノロジーと合わさったとき、ビジネス、産業、ライフスタイルに大きな変化が起こるといわれる。まさに、シュンペーターが唱えた「創造的破壊」だ。現在、このコンバージェンス(融合)が加速度的に起きている。そして、今後10年以内に、かつてないほどの勢いで空想が現実化する世界が到来する。

著者のディアマンディス氏らが示す2030年の世界は、空想だけで終わらない。本書ではそれぞれ広告やエンターテイメント、教育、食料などの”近未来”について述べている。この”近未来”については、私の想像していたものより遥かに先を行くものだった。ディアマンディス氏らは、”最先端のテクノロジー”をもとに”近未来”を予測している。そのため、本書は単なる絵空事ではなく、10年後の世界の到来を正確に示してくれる。

例えば、ウーバーの目標として、「2023年にはダラスとロサンゼルスで空のライドシェアを完全に事業化すること(本書25)」としている。空であれば、交通事故も減少し、渋滞に悩まされることもない。既に中国では、ドローンを駆使して、喫茶デリバリーや医療現場(郊外の診療所)で検体を採取して都心の検査機関に運んでいる。現在、日本では、ドローンについて200グラム未満の小型機なら航空法の申請が不要である。しかし、ドローンを飛行させる場合、航空法に基づき、人口集中地区は規制対象になる。また同様に、高さ150メートル以上についても規制対象となり、特別な許可が必要となる。さらに私有地であれば、その上空にも所有権が発生する。そのため、他人の敷地にドローンを飛ばすときは、その土地所有者の許可が必要となる。我が国では、物流など”空の道”を作る際、個々に土地所有者から空中権の許可を取得し、”空の道”としてつないでいかなければならない。一方、先ほどの中国においては、人口密集地域においてもドローンの操縦が可能である。また、中国において不動産は所有者に権利があるが、空中の権利は国が管理している。そのため、ドローンを飛ばす際、国に許可を申請するだけで良いとされている2)。以上により、テクノロジーの融合によって、”空の道”が実現に向かいつつあるが、我が国では、その整備に伴う規制緩和が必要であると感じた。

特に私が興味をもった”近未来”は、「食の未来」である。本書では、近未来の各家庭のキッチンの姿を紹介されている。それは、食材をアマゾンのドローンが運んできて、ロボシェフが調理をするといったものだ。ディアマンディスらは、「2020年の時点で、ここに登場する技術要素はすべて実現している(本書299)」としている。総務省による「平成28年社会生活基本調査」では、6歳未満の子供を持つ夫・妻の家事関連時間として、夫は1時間23分、妻は7時間34分(いずれも週全体)としており、女性の家事関連時間は20年前とほぼ変わっていない(20年前の平成8年は7時間38分)。ちなみに家事関連とは、家事、介護・看護、育児、買い物から構成されている。また、内閣府による「平成30年版男女共同参画白書」によれば、平成9年以降は、共働き世帯数が男女雇用者と無業の妻からなる世帯数を上回っているとしている。家事関連時間を減少させることは、女性の社会進出につながり、労働生産人口を確保するための有効な手段になる。その意味で、食の未来、そして家事負担軽減は、未来の私達の暮らしに希望が持てるものだと感じた。

本書のタイトルとなっている2030年といえば、2015年9月の国連サミットで採択された持続可能な開発目標(SDGs)の達成期限である。本書においても地球温暖化などのテーマにも踏み込んでいる。そのSDGsの達成期限である2030年まで、あと10年を切った。また、今後10年は、テクノロジーの融合によって、さらに世界の進化が加速していく。ディアマンディスは、少々荒っぽいドライブであったが、本書を通じて10年後の新たな世界へと誘ってくれた。そして、たどり着いた新たな世界は、ドラえもんとのび太との関係のとおり、私たち人間の暮らしを豊かにしてくれるのと同時に、持続可能な世界を築いていくものであった。

1)オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る、著者:オードリー・タン、発行所:株式会社プレジデント社、2020年、58
2)テレビ東京系 2021年1月26日放映 「ガイアの夜明け」