いくら周りを動かそうと頑張っても、人の心を打たなければ動いてはもらえません。幸い、私たちの試みは、彼らに何かを伝えることができたのだろうと思います。
(引用)離島発 生き残るための10の戦略、著者:山内道雄、発行所:NHK出版、2007年、167
最近、私は、遠く離れた島々に思いを馳せている。
その島々とは、隠岐諸島。本土からの所要時間は、高速船で約2時間、カーフェリーだと3時間弱から5時間弱かかるという。
隠岐諸島は、島根半島の沖合60キロほどの日本海に浮かぶ島々である。その一つに中ノ島があり、海士(あま)町がある。
海士町は、地方創生のフロントランナーとして、全国に名が通る。
失礼ながら、交通アクセスが良いとは言えない海士町において、なぜ、「地方創生のトップランナー」とまで言われるようになったのか。
また、先日拝読させていただいた枝廣淳子氏による「好循環のまちづくり(岩波新書,2021年)」においても、海士町は地方創生のモデルとして紹介されている。
なぜ、人口減少が進む離島において、これほどまでに新たな産業を創出することに成功し、関係人口が増加し、好循環のまちづくりができたのか。
その秘密に迫るべく、電電公社からNTTに変革したときの経験を活かし、大胆な行政改革と産業創出の政策を実施した前町長の山内道雄氏の「離島発 生き残るための10の戦略(NHK出版,2007年)を拝読させていただくことにした。
本を読みすすめるうち、私は、すっかり、町の存亡の危機と戦った山内前町長の力強くも優しい言葉の数々に触れ、海士町の虜(とりこ)になってしまった。
私は、海士町の成功要因について、次の3点のことを思った。
1点目は、危機感を持って新たな環境に適応しようとしたことである。
まず私は、海士町の当時の現状に触れ、進化論を唱えたダーウィンの言葉とされる「生き残る種とは、最も強いものではない。最も知的なものでもない。それは、変化に最もよく適応したものである。」を思い出さすにはいられなかった。
人口減少が進み、さらに離島ならではの課題を抱えていた海士町は、最初に町民と危機感を共有した。それは、従来の公共事業の繰り返しによる雇用創出に見切りをつけ、新たな産業を創出することであった。
いま、「変わらなければ、海士町が消滅しかねない。」という住民の危機感が高まり、民間出身の山内道雄氏に白羽の矢が立った。
新たな時代の環境に適応しようとして、山内氏を町長に導いた町民の意識共有が原点であろうと感じた。
2点目は、限りある資源を有効活用し、強みを活かしたことである。
限られた予算や人員などの資源配分、そして島民が真に必要としている政策の展開。私は、海士町の政策には、見事にマネジメントとイノベーションが組み合わさっていると感じた。
役場は、従来の管理的な役割から変化し、新たに産業振興を担う”産業3課”による取り組み に予算や人員などを重点配分するようになった。
また、海士町には、海の恩恵により、豊富な海産物がある。この強みを活かし、海士町は、新たにCASフリージング・チルド・システムを導入し、イカやイワガキ、メバル、ヒラメなどを新鮮なまま本土に輸送できることを可能とした。そして、島内の恵まれた資源を強みに変え、”外貨”を稼ぐ。また、”島をまるごとブランド化”という政策は、新たな雇用創出などを展開していくこととなった。
一方、海士町は、人口減少を食い止める政策も展開する。「海士町すこやか子育て支援に関する条例」を制定し、結婚や出産祝金、離島ならではの妊娠・出産にかかる交通費助成などは、すっかり私も感心させられた。
3点目は、人づくりである。
商品開発研修生として全国の若者を募ったことである。給料は月額15万円。これでマクロ的な視点で新たな島の魅力を発掘することに成功した。
普段、島民が当たり前だと思っていることが、外の人が見ると魅力的に映る。そして、魅力が外に広がり、ひいては関係人口の創出にも繋がる。
本書の後半では、大学生や外国人との交流場面も登場する。
本書ではあまり触れられていないが、その後、山内町長らは、過疎で廃校寸前の高校を全国から志願者が集まる高校へと生まれ変わらせた。
そこに住む人が幸福であること。
それは、働くところがあり、人が集い、行政の政策がしっかりと住民とマッチし、外部との交流も盛んである。これが枝廣さんの言われた好循環なまちづくりなのだと感じた。
私は、海士町の山内道雄氏を富士フィルムの古森重隆氏と重ねた。
二人とも、危機感を抱き、自組織や地域の強みを活かしながら、強力なマネジメントとイノベーションを推し進めた。
そして、両者とも見事な復活劇を遂げたのは、言うまでもない。
山内道雄氏は、次の言葉を大切にする。
先憂後楽
行政というのは、「憂い」があれば住民より前に気づいて対処し、それがうまくいって「楽しみ」ができても、それを享受するのは住民より後でいい(本書、71)という意味だ。
行政に関わる人たちにとっては、貴重な言葉だ。いま、どの自治体も新型コロナウイルスのワクチン接種や感染拡大防止で忙殺されている。やりきれない行政マンも多い中、今一度、原点に立ち返って、「先憂後楽」という言葉を噛み締めたい。
まず、住民の幸せを第一に考える。
そんな、まちづくりをしている海士町の取り組みから、いろいろなことを教わる一冊であった。