2021年5月15日土曜日

取材・執筆・推敲 書く人の教科書

われわれは、書く人(ライター)である以前に、つくる人(クリエイター)なのだ。
(引用)取材・執筆・推敲ー書く人の教科書、著者:古賀史健、発行所:ダイヤモンド社、2021年、7

この本は、「書く人(ライター)」のための「教科書」である。
であれば、多くのビジネスマンは、「自分には関係ない」、と思ってしまうのではないだろうか。
しかし、この「教科書」は、普通に、書店のビジネスコーナで販売されている。しかも発行は、ダイヤモンド社だ。ライター専門の発行所でもない。
では、ライター以外のビジネスマンは、この「教科書」を必要とするのだろうか。
私の答えは、「イエス」である。

本書を読んで、「イエス」の理由を3つ、挙げることができる。
1点目は、多くのビジネスシーンで「書くこと」が求められるからだ。
書店では、”文章術”なる書籍がひっきりなしに出版されている。そして、私もその一人だが、実際に文章を書くことに悩むビジネスマンは多い。本書では、論文と小説との違い、論文的文章の基本構造、さらには文書技術(比喩の用い方)に至るまで、文章術の細かな部分まで紹介されている。本書を読みすすめると、時間が経つのを忘れ、中学校で古賀先生から国語の授業を受けているような感覚に陥る。古賀氏は、リズムの良い語り口で、生徒の私たちに分かりやすく文章術を教えてくれる。

また、古賀氏によれば、「ライターは、『空っぽの存在』で、取材を通じて『書くべきこと』を手に入れる。そして、取材を助け、取材に協力してくれたすべての人や物事に対する『返事』なのだ(本書、467)」と言われる。つまり、ライターは、「自分は、このように理解し、相手(取材を助け、協力してくれたかたたち)の思いをこのように伝えます」という役割を果たすということだ。
数多くのビジネスシーンでは、相手の立場に立って、「伝える」ことが多い。「伝える」ということは、プレゼンを真っ先に思い浮かべる。本書では、昔話「ももたろう」を用いて、構成力の鍛え方も紹介されている。場面ごとに用意された絵をピックアップし、どうつなげて話を読者に伝えていくかということは、ユニークな勉強法であると思うと同時に、プレゼン力を高めることにも繋がると感じた。

2点目は、読書の技術なども紹介されているからだ。
ライターには、「読む」技術も求められる。
古賀氏によれば、「取材者は、一冊の本を読むように『人』を読み、そのことばを読まなければならない(本書、50)」と言われる。
ライター的な視点で読書をすれば、一冊の本に書かれた著者の思いに迫ることができる。書いてあること、そして書かなかったことまでを「対話」しながら活字を読む。本書に紹介されている読書技法は、海で例えて言うなら、深海にまでたどり着けることを意味する。本当は、読み方次第で、著者の深層にまでたどり着くことができたはずなのに、少し海に潜った程度の理解で、息切れをして、読書を終えてしまっている。そんな、今までの自分の読書術を振り返り、猛省した。

3点目は、コミュニケーション術が学べることだ。
取材を通じて、古賀氏は、「聴く」こと、「訊く」ことについて触れている。
「話の脱線は大いに歓迎」と言われる古賀氏は、取材を通じて、コニュニケーション術をも教えてくれる。相手との会話のキャッチボールからはじまり、何気ない会話から、相手の本心が漏れた瞬間を聞き漏らさないことは、その人の考えを理解するのに役に立つ。まさに、「相手を知る」ためのコミュニケーション術、そのものだと感じた。

しかしながら、冒頭に紹介した、「書く人(ライター)は、つくる人(クリエイター)」という意味は、どう、理解すればよいのだろうか。

私は、写真を撮ることが趣味の一つだ。
本書を読み進めるうち、ライターとは、写真家にも似通っている部分があると感じた。
写真家は、撮影前に被写体を深く知ると同時に、いつ、どこから撮影すれば最高の瞬間が撮影できるのかを考える。つまり、ロケハンのことだ。これは、ライターによる取材の事前準備と似通っている。

また、撮影時には、フレーミングを考え、絞り、シャッタスピード、感度、レンズなどの組み合わせを考え、最高の瞬間にシャッターを切る。これは、ライターによる構成、書くときの技法(比喩を用いるなど)と似通っている。

さらに撮影後、作品を通して、本当に被写体の良さが伝わるものになっているかを見直す。これは、ライターによる推敲と似通っている。

言ってみれば、写真撮影もクリエイト的な仕事である。「自分は、こう被写体の魅力を最大限に引き出しました」と言って、被写体へ「返事」をする行為だ。

古賀氏によれば、
取材とは、一冊の本のように「世界を読む」ところからすべて始まる。
執筆とは、「書くこと」である以上に「考えること」。
推敲とは、原稿と二段も三段も高いところまでお仕上げていく行為であり、己の限界との勝負である。
と言われる。
まさに、ライターとは、写真撮影とも同じ、クリエイト的な仕事である。

もう一つ、本書がビジネスシーンに役立つことを加えるならば、古賀氏の仕事に対する「真摯な態度」だ。

このたびの古賀氏の書籍に対する、私の「返事」は、このようになる。
「書くことは、すべてのビジネススキルが凝縮されている。」

本書を読み終えたあと、自分の仕事のスキルが格段に向上したと感じた。これは、100冊の読書をして、1冊、出会えるかどうかの貴重な感覚だ。それは、本書が、とても実用的なものであることも意味する。

この本に「取材・執筆・推敲」の原理原則をすべて出し尽くしたという、古賀氏に感謝申し上げます。