2021年9月26日日曜日

ビジョナリー・カンパニーZERO 

 幸運は諦めない者に訪れる。
(引用)ビジョナリー・カンパニーZERO ゼロから事業を生み出し、偉大で永続的な企業になる、著者:ジム・コリンズ、ビル・ラジアー、訳者:土方奈美、発行:日経BP、発売:日経BPマーケティング、2021年、235

この「ビジョナリー・カンパニーZERO」は、読み手を選ばない。
「ビジョナリー・カンパニーZERO」は、主として中小企業経営者や起業されたかたを想定して書かれている。しかしながら、本書は、ビジョン、リーダーシップ、戦略と戦術、イノベーションに至るまで、「ビジネスの基本」を教えてくれる。このスキルは、個人事業主から会社員(従業員規模を問わない)、さらには公務員に至るまで、すべての勤め人までが参考になると感じた。

この本の著者であるジム・コリンズといえば、「ビジョナリー・カンパニー」シリーズでよく知られている。特に、「ビジョナリー・カンパニー2 飛躍の法則」は、第5水準のリーダーシップが紹介されており、私も感銘を受けた一人である。そのジム・コリンズと、今は亡きビル・ラジアーの共著「ビジョナリー・カンパニーZERO」は、1992年発刊の「ビヨンド・アントレプレナーシップ」をバージョンアップさせたものだ。「ビヨンド・アントレプレナーシップ」は、かのNETFLIX創業者のリード・ヘイスティングスが若手起業家に対して「『ビヨンド・アントレプレナーシップ』の最初の86ページを暗記せよ」とアドバイスをしたことで知られる。

まず、本書で役立つことは、リーダーシップである。例えば、本書には、「真のリーダーシップとは、従わない自由があるにもかかわらず、人々が付いてくることだ(本書、78)」といったことが書かれている。まさにヘイスティングスが「86ページまで暗記せよ」と言われた箇所は、リーダーシップとビジョンの章(本書の第3章・4章)である。これらの章は、読めば読むほど、社会人として誰もが知っておくべき「仕事を遂行するための基本的な知識」が次々登場する。実際、私も何度も何度も読み返して、自分の「知識」として身につけていこうと思った。それだけの価値が本書にはある。

ヘイスティングスは、第3章・4章を最重要と捉えていたようだが、私は本書の後半部分に登場する「戦略」と「戦術」にも興味を惹かれた。ビジネスのみならず、意外と思われるかもしれないが行政の世界にも「戦略」や「戦術」という言葉が頻出する。「戦略」と「戦術」は、イメージ的に理解していても、実際の組み立て方の解はまちまちだ。本書で紹介されている「戦略」と「戦術」は、オーソドックスでありながら、実効性の高いものである。ジム・コリンズらが提唱する「戦略」と「戦術」の手法は、私にとって有力な解となった。

本書の面白いところは、「諦めないこと」にも力を入れて解説している。松下幸之助氏は、「失敗の多くは、成功するまでにあきらめてしまうところに、原因があるように思われる。最後の最後まで、あきらめてはいけないのである。」と言われているし、トーマス・エジソンも「失敗すればするほど、私たちは成功に近づいている」と言われている。

本書では、過去の企業のケーススタディから、「諦めない」ことの重要性を解く。そして、冒頭に記した「幸運は諦めない者に訪れる。」という一文で結論づけている。仕事を進めていく上において、外的要因などにより、プロジェクトを諦めてしまいそうなときがある。実際に今、私もその環境に置かれている。しかし、この一文に勇気をいただき、今のプロジェクトを進めていこうと思った。

私は、「ビジョナリー・カンパニーZERO」を読み終えて、久しぶりに良書に出会えたと思った。まさに、この書籍に出会えたこと自体が、私にとって「幸運」であった。


2021年9月12日日曜日

行動科学と公共政策

 ナッジは、人々の選択の自由を完全に保ちつつ、その行動に影響を与えるための民間や公共機関による介入として定義されている
(引用)入門・行動科学と公共政策 ナッジからはじまる自由論と幸福論、著者:キャス・サンスティーン、訳者:吉良貴之、発行所:株式会社勁草書房、2021年、16

まず、本書のタイトルに惹かれた。そのタイトルは、「行動科学と公共政策」である。確かに、公共政策は、人々の行動を促すことで成り立つ。その意味では、今まで行動科学の分野と公共政策を組み合わせた研究が乏しかったのかもしれない。なぜなら、政府や行政は、法や条例に罰則規定を設けることで、人々の行動を強制的にコントロールすることも可能だからだ。つまり、国や自治体は、人々を「自発的に」行動させるのではなく、法律などの「脅し」によって行動させる。しかしながら、従来の法や条例などの強制力だけでは、公共政策が成り立たなくなってきたと感じられる。例えば、本書でも触れているが、新型コロナウイルスの感染拡大がそうだ。度重なる国による緊急事態宣言の発令とともに、人々の危機意識は薄れ、第5波ともよばれる新型コロナウイルスの新規感染者は、多くの自治体において過去最高の記録を更新した。そこに、法や条例の限界を感じる。危機管理をはじめ、様々な公共政策には、人々の行動と密接に関係していることに着目しなければならない。どのように行動科学を公共政策に活かすのか。行動経済学の第一人者で、ハーバード大学ロースクール教授によって著された「入門・行動科学と公共政策」を拝読させていただくことにした。

この本では、「ナッジ」という言葉が頻出する。「ナッジ」とは、「肘でそっと押す」という意味である。公共機関の政策によって、肘でそっと押された人々は、新たな厚生(自由と幸福の社会)を目指し、行動を起こすようになる。「ナッジ」は、無意識のバイアスを利用し、人の行動をより良い方向に導く手段なのである。このナッジは、至るところにある。例えば、ソーシャルディスタンスを取るために一定間隔に引かれた線、印刷の初期設定ルールを「片面」から「両面」に変えるだけで、紙の総量が減少するなど、初期設定を変えるだけで、人々は、肘でそっと押されたように、望ましい方向に導かれる。

ナッジは、人々の自由を損なうことなく、低コストで人々の行動を変えることが可能だ。しかしながら、著者のサンスティーンは、ナッジが強制であってはならないと主張する。つまり、従わなくてもいいし、ひとたび従ったとしても簡単に元に戻せることが重要であるとしている。サンスティーンによれば、行動科学について、「FEAST」という頭文字を用いて整理する。FEASTは、EASTが母体になっており、簡単(Easy)、魅力的(Attractive)、ソーシャル(Social)、タイムリー(Timely)の頭文字をとったものだ。そして、F、つまりFun(楽しみ)が必要だとサンスティーンは付け加える。このことを聞いて、私は、台湾で新型コロナウイルスを封じ込めたと注目されたデジタル担当政務委員のオードリー・タンの施策を思い出した。

オードリー・タンは、台湾における新型コロナウイする対策として、3つのFを用いた。早く(Fast)、公平に(Fair),そして楽しく(Fun)である。台湾においても、新型コロナウイルス感染症拡大により、トイレットペーパーの不足というフェイクニュースが人々を惑わせた。そのとき、台湾の行政院長が「誰でもお尻は一つしかない(だから安心してください)」とのメッセージを発信した。まさに、「Humor over Rumor(ユーモアは噂を超える)」の言葉どおり、ユーモアで噂を防いだ。1)これこそ、まさにナッジではなかろうか。

ナッジは、日常生活にあふれている。このナッジの初期設定をしっかり定め、人々の厚生を実現する。その際、人々の自由を束縛してはならない。コストを掛けず、人々が気づくことなく理想な社会へ導かれる。これからの公共政策は、行動科学も重要な要素の一つであると感じた。

1)オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る、著者:オードリー・タン、プレジデント社、2020年