2022年2月20日日曜日

人口戦略法案 人口減少を止める方策はあるのか

 最後に、私が国民の皆様にお伝えしたいのは、将来世代は、私たちが何を為すのかを見つめている、ということです。この将来世代とは、今はまだこの世に生を受けていない日本人も含めてです。
(引用)人口戦略法案 人口減少を止める方策はあるのか、著者:山崎史郎、発行:日経BP 日本経済新聞出版本部、2021年、505

本の帯には、次の言葉が書かれている。
「本書はフィクションである、だが語られるのは、すべて現実だ。」
このたび、小説スタイルの新しい解説書が誕生した。その本のタイトルは、「人口戦略法案 人口減少を止める方策はあるのか(日本経済新聞出版)」である。人口減少問題は、我が国における最大の課題である。

日本の人口は、このままいけば、2110年には約5300万人になると推計され、今から約100年前と同水準の人口になる。
なぜ、人口減少が問題なのか。ただ、約100年前に戻るだけではないのか。

本書によると、今から約100年前の1915年頃の日本は、高齢化率5%の若々しい国であった。これに対して予想されている将来の日本は、高齢化率が40%に近い年老いた国になるという。では、高齢化率が高まるとどのような課題があるのか。これは、一般論として、高齢化率が高まると、経済成長や社会保障制度に大きな問題が発生することが容易に想定される。本書では、急速に人口減少が進む我が国の未来について、日本商工会議所の三村明夫会頭が政府の委員会において行われた議論の一部を紹介している。三村氏の主張する人口減少に伴う経済への悪影響については、私も納得させられる部分が多かった。「人口減少は、100年前の日本に戻るだけ」という楽観論は、いとも簡単に私の頭から吹っ飛んでいった。

本書では、多角的に人口減少問題に迫る。かつて、これほど人口減少問題を纏めた書籍があっただろうか。この「人口戦略法案」さえ読破すれば、我が国における人口減少問題のすべてを把握できると言っても過言ではない。具体的には、出生率低下の構造・要因の分析から不妊治療、若者たちのライフプランや結婚支援の現状と問題提起、若者の東京一極集中による課題の多い「移民政策」に至るまで、我が国の少子高齢化の現状と要因分析が本書一冊ですべて理解できる。我が国でなぜ少子化が進展しているのか。出生率低下の構造・要因分析は、国際比較を含めた豊富なデータに裏付けされている。そして、本書に登場する人口戦略検討本部事務局の百瀬亮太次長を始め、野口淳一参事官など、国の役人とともに我が国の人口戦略を練り、どうしたら我が国の出生率を向上させていかといった議論に、私たち読者は惹き込まれていく。まさに、小説スタイルの新しい解説書により、政策立案のプロセスに対する理解が深まっていく。

そのような中、百瀬らは、恒久的財源のある分配政策、「子ども保険」構想に辿り着く。私が勉強になったのは、各国の産休・育休制度のスタンスの違いである。スウェーデンでは、1974年に「両親保険」を導入した。この保険は、すべての親を対象に出産·子育てを支援するという『家族政策』の視点、さらに、父親にも育休取得を認める『男女平等政策』の視点も加えて、新たな制度として再構築したものだ。ここで、重要なのは、スウェーデンが社会保険方式、日本は広義で言えば社会保険方式だが、狭義で言えば労働政策の視点から実施されている「労働保険」であることだ。我が国では、労働保険であるが故に対象者が限定されてしまう。一方、スウェーデンでは、 就業の有無や形態を問わず、すべての親を育休制度の対象としていることだ。我が国においても非正規雇用が増加する中で、スウェーデンをはじめフランス、ドイツのように、少子化を克服してきた国が証明するように、すべての親を育休制度の対象とすることの意義は大きいと感じた。

また、男女協働という観点から、父親の育児参加を推進させる仕組み、さらに保育制度との連携·分担をしていることは興味深い。保育制度との連携分担とは、子どもが1歳までは育休で対応し、保育は原則として1歳児以降を対象とする。我が国では、「0歳児保育」による課題も指摘されている。例えば保育所であれば、0歳児の場合、保育士が配置されるべき人数は概ね子ども3人につき保育士1人以上と定められている。そして1歳児と2歳児の場合は子ども概ね6人につき保育士1人以上、3歳児は概ね20人につき1人以上、4歳と5歳児は概ね30人につき1人以上を配置しなければならないとされている。待機児童の課題とともに、保育士不足を解消させるため、保育は原則として1歳児以降を対象とする意義は大きいと感じた。このような先進的な諸外国の事例を踏まえ、本書の中で、百瀬らは「子ども保険」構想の精度を高めていく。

本書では、小説スタイルの解説書というスタンスを取りながらも、真剣に「子ども保険」の是非について議論している。介護保険制度があるように、子ども保険制度は、現実的に我が国の人口減少問題の解決策に成りうるのではないかと感じた。本ブログの冒頭には、本書に登場する佐野内閣総理大臣の言葉を引用した。このまま、人口減少が続き、我が国の未来に希望が持てなくなった若者たちは、年上の世代への不満の矛先として高齢者に向かう。だからこそ、今、真剣に人口減少問題に取り組まなければならないとする佐野内閣総理大臣の言葉は、胸に響いた。

本書では、戦略立案に有効な「世代アプローチ」が紹介されており、指標としてコーホート合計特殊出生率を用いている。このアプローチでは、人口減少を解決する時間的猶予がないことを思い知らされる。国をはじめ、各自治体は、すでに千葉県流山市や福井県のような「仕事と子育ての両立支援」の成功事例も出始めている。特に、新型コロナウイルス感染症拡大の影響でテレワーク化が進む中、地方都市への関心が高まっている。人口減少問題は東京圏のみの課題ではなく、地方創生の流れとも相まって、地方都市は人減少問題に向けた施策を本格的に進めていく必要があると感じた。

我が国の人口減少を食い止めるために残された時間は少ない。これはフィクションではないが、著者の山崎史郎氏は、2022年(令和4年)4月1日付で内閣官房参与(社会保障・人口問題)に任命された。いよいよ、本書の内容がフィクションからノンフィクションに変わる時がきた。ここで、我が国の人口減少を食い止めることができるかどうか。今一度、人口減少問題を最重要課題として掲げ、我が国は、国や自治体、そして国民が一体となって取り組んでいかなければならない。そのことを痛感させられる一冊であった。

2022年2月5日土曜日

落合陽一34歳、「老い」と向き合う 超高齢社会における新しい成長

 「介護の世界で何がしたいのか?」
そう聞かれたとき、僕は必ず「介護を自動化するのではなく、介護を”補助“するためのテクノロジーを研究したいと思っている」と答えてきました。
(引用)落合陽一 34歳、「老い」と向き合う 超高齢社会における新しい成長、発行所:中央法規出版株式会社、2021年、186-187

まず、本のタイトルに惹かれた。自分が34歳の時、「老い」と向き合った時間があったのだろうか。まだ、自分の子どもが小さく、夫婦共働きで、子育てと仕事に奔走していた。そんな34歳の落合陽一氏が「老い」と向きあった書籍を刊行した。我が国は、少子化が進展し、超高齢社会を迎えている。このような社会環境では、「老い」が身近になりつつある。その若き天才が「老い」について、どのように向き合うのか。また、なぜいま「老い」なのか。そして「老い」に対して、テクノロジーはどのように関わってくるのか。そのことに興味を抱き、拝読させていただくことにした。

まず、冒頭の養老孟司氏との対談が面白い。
この対談の印象として、テニスで言えば、落合氏は若さゆえにアグレッシブに攻め、養老氏はベテラン選手のように落ち着いて、的確にロブを返しているような問答であった。
その中で、不可避的な「老い」が迫る中、どのように時間を過ごしていくのか。養老氏は、「やっていることや周囲に対し切実な関心がないと、時間が無駄に過ぎていってしまいますよね(本文、54)」と言われる。
「切実な関心」という言葉に、私はハッとさせられた。いま、私たちの周りに存在する出来事や人々について、切実な関心を持って生きることは、人生の豊かさにつながっていく。いま、自分はどれだけ切実な関心を持って暮らしているのだろうか。私は、養老氏の一言から、地球上にいられる有限的な時間を無駄に使わないようにしようと思った。この対談では、「老い」に留まらず、「死生観」にまで迫る。いかに「第二人称の死」を「第三人称の死」に置き換えるか。養老氏の発する一言に重みを感じ、私も納得させられる内容であった。

高齢化が進み、生産年齢人口が減少していくのに伴い、介護現場においてもテクノロジーとの共存が求められてくる。落合氏は、「デジタルネイチャー」という言葉を用いる。「デジタルネイチャー」とは、コンピューターとそうでないものが親和することで再構築される、新たな「自然環境」のことだ(本書、9)。
デジタルネイチャーを考えていくうえで、何が重要であろうか。本書では、落合氏が関わっている様々な介護のための補助道具などが紹介されている。本ブログの冒頭では、落合氏が介護現場においてテクノロジーを導入する際の考え方を紹介した。
つまり、落合氏が、「介護を自動化するのではなく、介護を”補助“するためのテクノロジーを研究したいと思っている」ということ。この一文から、落合氏が実際に介護現場で働かれるかたに寄り添った開発を心掛けてみえるのだと感じた。

本書では、「介護が成長分野である」ことを主張する落合氏の意見に、我が国の将来に希望が持てる。我が国は高齢化社会を迎え、介護に対するニーズもより一層高まる。しかし、3K(きつい、汚い、危険)のイメージがつきやすい介護については、これから就職を目指す若者にとって、魅力ある職業分野でなければならない。
折しも2022年2月1日、NHK番組「クローズアップ現代+ AI搭載ロボが介護?デジタル介護最前線!」が放映された。番組の中では、AI搭載の介護支援ロボが夜間の見回りで活用したり、施設内のアルコール消毒をしたりしていた。また、各入所者のベッドのマットレス下にはセンサーが設置してあり、介護ステーション内のパソコンモニターでは入所者の睡眠状態が一目でわかる仕組みになっていた。さらには、各入所者の天井には「見守りセンサー」が設置してあり、利用者が転倒や転落などを検知すると、前後1分だけ自動録画すると同時に、介護する人に介助が必要なことを知らせていた。

その番組の中で印象的であったのは、介護する人のインタビューの中に「テクノロジーによって、私たちの業務が効率化され、時間に余裕が生まれた。その分、入所者に寄り添う時間が割ける」といった旨の発言があった。NHKの番組では、介護者が夜勤中、見守りセンサーに反応した入所者のところに出向くシーンが放映された。そして、介護者は、真夜中であるというのに、一緒に車いすで寄り添いながら施設内を”散歩”するシーンが放映されていた。それが本来の”人間しかなし得ない“介護者の姿”だと感じた。このことからも、テクノロジーは介護職が本来の業務を遂行するための補助すべきものであり、介護職は本来の業務である”人間らしく”介助者に寄り添うことが重要なのだと理解した。

そのほか、本書では、英語で分身や化身を意味するアバターのロボット。つまり、パソコンなどを操作し、離れた場所で作業や会話ができるロボットであるOrihimeについて触れられている。私は、アバターロボットを上手く活用することにより、介助者が「行きたくても行けない場所」の空間を共有できるなど、テクノロジーの無限性を知ることとなった。

一般的に、2030年の日本の社会におけるキーワードは、多様性(ダイバーシティー)といわれる。 多様性社会とは、人種・性別・年齢などに一切関係なく、すべての人々が自分の能力を活かし、生き生きと働けることが実現していることを指す。落合氏は、「多様性がある」から「多様性を受け入れる」という包摂的(インクルージョン)な社会の構築を目指す。

高齢化社会を迎え、生産年齢人口が減少する中、人種や性別、年齢にとらわれない多様な人間が集い、誰もが自然に豊かに暮らせる理想の社会を構築していくこと。そのためには、私たちの暮らしにテクノロジーを溶け込ませ、快適に、いつまでも人間らしく、豊かに生きていくことが求められる。落合氏の提唱されるデジタルネイチャーという考え方は、介護の分野のみならず、Society5.0の時代の根幹となる部分ではないだろうかと感じた。
本書を拝読し、誰にも等しく訪れる「老い」と向き合うことは、「人間」と「テクノロジー」が上手に関係性を築くことの重要性を再認識させられた。
超高齢化社会を迎え、ネガティブに捉えられがちな我が国の将来に、本書は一筋の光をもたらすものであった。