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渋沢栄一が求めた経済士道「先義後利の経営」を読む
企業経営において利益の追求は欠かせません。
大学時代、私も経営学を学びましたが、20世紀初頭にフレデリック・ウィンズロー・テイラー(Frederick Winslow Taylor)によって提唱された管理手法、つまり科学的管理法(Scientific Management)では、労働者を「歯車」のように扱い、作業を科学的に分析し、生産性を向上させることを目的としています。このテイラーの科学的管理法に代表されるように、いかにムダを省き、効率よく生産するか。また、マーケティングや広告論では、いかに人々のニーズをリサーチし、ドラッカーの言う顧客創造を行い、消費者の心に訴求し、ヒット商品を生み出すかに注力されました。
しかし、大学卒業後、一冊の本を読んで、学生時代に学んだ経営学を根本から見つめ直さなければならないと衝撃を受けました。それは、京セラを創業した稲盛和夫氏の「生き方(サンマーク出版)」です。
まず、他人を思いやる利他の精神を持って企業経営をすること。また、経営者の本にしては道徳について書かれており、人間として何が正しいかを基に行動することが強調されていることに驚かされました。
それ以来、パナソニックを創業した松下幸之助氏も同様のことを言っており、私は常に「利益が先か、それとも他者への奉仕が大切か」という問いが頭にありました。その中で、渋沢栄一の「論語と算盤」にも影響を受けました。なぜ道徳が一流の経営者の指針となりうるのか。やはり、稲盛氏や松下氏が言っていたことも同様だったのか、と。
渋沢栄一が唱える「道徳経済合一説」、つまり道徳と経済の両立は果たして可能なのか。そのテーマは私の中で永遠のテーマでした。この度、有斐閣から「先義後利の経営―渋沢栄一が求めた経済士道(2024年)」が出版され、まさにこのテーマを扱っています。迷わず本書を手に取り、読み進めました。
まず、本書の著者、田中一弘氏の知見の広さに驚かされます。孔子、孟子、荀子といった中国古典をはじめ、松下幸之助、稲盛和夫、自動車王ヘンリー・フォード、ピーター・ドラッカーなど様々な偉人の言葉が登場します。これらの言葉は、すべて私が尊敬すべき人たちばかりです。
本書では、終始一貫して「公益第一、私利第二」、つまり「先義後利」がテーマです。この「先義後利」の典拠は、田中氏によれば「荀子」にあるといいます。つまり、道義を先に考え、利益を後にする者には栄誉があり、その栄誉ある者は順調にいく。また、反対の順序でいく者は恥辱があり、恥辱を受ける者は困窮するとあります(本書107頁)。そして本書においても、渋沢栄一にとって事業活動と利益・富の実現に不可欠なことは「公益の追求」と位置付けています。
本書の面白いところは、中国の古典をそのまま引用するだけでなく、時として孔子と稲盛や渋沢が少し異なった解釈をしていたのではないかという箇所もあることです。例えば、論語にある孔子の言葉「君子は争うところなし、必ずや射か(君子は人と争わないものだ。しいて争う場面をあげれば弓の競技ということになろうか)」という下りです。一方、渋沢や稲盛は道徳を第一としながらも争うことも重視していました。この部分は大変興味深く読みましたが、孔子の言葉が本当に弓の競技程度の争いという意味で言ったのか、さらには深層的な解釈があるのかを知りたくなりました。また、本書では孟子の言葉に対しても渋沢流の解釈が述べられていて面白いです。このように偉人たちの言葉に触れ、その言葉を解釈し、血肉として自分の行動に落とし込んでいった渋沢氏や稲盛氏は、私たちも見習うべき点が多いと感じました。
本書の最後には、聖書の「まず神の国と神の義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな添えて与えられる」というイエスの言葉を紹介しています。そしてこの聖句をビジネスのあり方に結びつけたヘンリー・フォードの実業哲学が紹介されています。
このように、西洋問わず「先義後利」の考え方は、まず公共の利益を最優先し、その結果として莫大な利益を得るというものです。東洋で言えば「天」、西洋で言えば「神」というべきでしょうか。道徳心を持って人々に奉仕すること。本書は、この追求こそが最終的には自身の成功につながることを多角的に、そして多層的に分析し、位置付けています。
道徳を忘れた競争心のみで自分だけ這い上がろうとする人がなんと多いことか。また、自分だけ儲かればいいとする経営者もなんと多いことか。しかし、社会で成功するために言えることは一つ、「先義後利」を実践すること。本書を読み終えて、自分の思いが確信に変わりました。そう、理不尽なことも多々ありますが、最後には義のある人間が勝つのです。
それを信じて。また、明日も。
2024年9月4日水曜日
2024年8月31日土曜日
2024年8月18日日曜日
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2024年7月31日水曜日
2024年7月27日土曜日
論語と算盤
「論語と算盤」を読んで、もう何十年が経つのでしょうか。当時、私は人間の生き方や倫理、道徳を説く「論語」と商業を意味する「算盤(そろばん)」がなぜ結びつくのか理解できませんでした。
しかし、新一万円札の顔となった渋沢栄一氏が、道徳を重んじながら商売を行ったこと。また、WBCで侍ジャパンの監督を務めた栗山英樹氏が「論語と算盤」から得た知見が大いに役立ったと言われることを知りました。私も近年では「論語」も嗜むようになりました。なぜ、一流と言われる経営者や監督が中国古典の教えを大切にするのか。そして、なぜ道徳とも言うべき「論語」があらゆる分野の、しかも一流の人たちの指針となりうるのか。この度、守屋淳氏の訳・注解による渋沢栄一氏の「詳解全訳 論語と算盤(筑摩書房、2024年)」が刊行されました。私は、守屋氏による註解も期待しながら拝読させていただくことにしました。
まず、道徳とも言うべき「論語」の教えがなぜあらゆる分野で必要かということです。渋沢栄一も「孔子でさえ富は必要だと言った。必要であるなら、当然追い求めても良いものだ。ただし、その追い求め方には、正しい/正しくないがある(本書178頁)」と述べています。「論語」に対する渋沢栄一の解釈もありますが、企業活動をすることについては、社会に貢献することになります。この社会貢献は、世の中を治め人々を救うという「経済」の語源である「経世済民(けいせいさいみん)」に繋がります(江戸時代、経世済民は「政治」「統治」「行政」という広い意味で使われていました)。そのため、正しい富の追い求め方は、世の中の進展に役立つ商品やサービスを提供することになり、雇用が生まれ、人々の豊かさと幸せに繋がります。結果的に富むことになり、さらにお金を生かした使い方をして、より良い社会を築き上げていくことが必要であると感じました。
次に、道徳とも言うべき「論語」があらゆる分野の、しかも一流の人たちの指針となりうるのかということについてです。渋沢栄一も本書において、「もしそれが自分のためにはならないが、道理にもかなう、国家や社会の利益にもなるということなら、わたくしはきっぱり自分を捨て、道理のあるところに従うつもりである(69頁)」と述べています。つまり、偉大な経営者や監督たちは、天を意識し、天命を意識していました。さらに、まずは道理によって物事を進めれば、天が自分に徳を授けてくれると信じていたのではないでしょうか。松下幸之助氏は、それを「運の強い人」と表現しました。京セラを創業した稲盛和夫氏も自己の利益よりも他人の利益を優先させる「利他(りた)」の精神を大切にされました。つまり、自分を磨き、人格を磨くことで、他人に対して貢献することが可能となります。さらに、天の道理にかなったとき、私たちが世の中の進展に寄与し、運に恵まれると考えられます。
では、具体的にどのように自分を磨けば良いのでしょうか。中国の古典には、「自分の行いを正しくし、よき家庭をつくり、次に国家を治め、天下を平和にする」とあります。そして、渋沢栄一によれば、我が国の中国古典の教育を受けた者たちは、まず親や目上の人を大事にし、論語にある「仁(愛を広げる)」「義(みんなのためを考える)」「礼(礼儀を身につける)」「智(物事の内実を見通す)」「信(信頼される)」という5つの道徳を押し広げることで自分を磨き、常に天下国家を心配するようになったというのです。そのような人たちが増えれば、国家も進展し、栄えるということがわかっていたのでしょう。
「論語と算盤」には、最後に天命について触れられています。天からは、人間が意識しなくとも四季が自然に巡り、すべての物事に降り注ぎます。そして、この運命に対して「恭(礼儀正しくする)」「敬(うやまう)」「信(信頼する)」という3つの態度で臨むべきだと。これができて初めて、「人事を尽くして天命を待つ」という本来の意義が理解できると渋沢は言います。
渋沢によれば、成功は一時的なものに過ぎません。しかし、人の価値はどれだけ財産を積み上げたかではなく、どう生きたかで測られます。本書の冒頭には、渋沢栄一による「5つの格言」が掲載されています。これと合わせて、本書に紹介されている徳川家康公の遺訓も、論語の要素で成り立っています。
喧騒で時間に追われる現代。つい、私たちの直面する仕事の本質を見失ってしまうことがあります。しかし、論語に書かれた道理に従い、人格を高め、天命を知ることにより、すべてが私たちの仕事の拠り所になることを知りました。大谷翔平も「論語と算盤」を愛読書にしているということです。中国の古典や偉大な経営者から学ぶことは、今の私たちにとって非常に重要です。
「論語と算盤」は、ただのビジネス書ではありません。それは、私たちがどのように生き、どのように他者と関わり、どのように社会に貢献するかを教えてくれる人生の指南書です。渋沢栄一の言葉は、時代を超えて私たちの心に響き、私たちの行動を導いてくれます。この本を通じて、私たちは自分自身を見つめ直し、より良い未来を築くための力を得ることができるのです。
2024年7月21日日曜日
2024年5月25日土曜日
憬れをやめる。
「栗山ノート2」は、ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)で侍JAPANを率いて見事に世界一を成し遂げた名監督、栗山英樹氏による著書である。この本は、栗山氏の深い洞察と感動的なエピソードが詰まった一冊だ。 私は以前、「栗山ノート」を読んだことがあり、その中で栗山氏が古典の言葉をいかに日々の指導に活かしているかを知ることができた。その思索と行動の源泉を探ることは非常に興味深かった。そして、今回の「栗山ノート2」では、彼がWBCという大舞台でどのようにチームを導いたのか、その具体的な過程がさらに深く描かれている。
まず、栗山氏の見識の広さには改めて驚かされる。孔子の論語や易経といった中国古典、渋沢栄一の「論語と算盤」、森信三先生の教え、さらには吉田松陰まで、広範囲にわたる古典の知恵が本書に散りばめられている。特に「呻吟語(しんぎんご)」の「深沈厚重(しんちんこうじゅう)なるは、是れ第一等の資質なり。」という言葉は、WBCの記者会見に臨む際に栗山氏が胸に刻んでいたものだ。これは「物事を深く考えて、重厚な振る舞いをすること」を意味し、現代においてもその価値は色褪せない。栗山氏は、頭の回転や弁舌の才よりも、深沈厚重の姿勢を重視することが、リーダーとしての本質だと考えている。
また、厳しい決断を迫られる監督業の中で、栗山氏は常に選手の将来を見据えた判断を下している。その一例として、鈴木誠也が左脇腹の違和感からWBC出場を辞退する場面が挙げられる。選手の悔しさと栗山監督の心の葛藤が描かれており、監督が下した決断は、安岡正篤氏の高弟といわれた伊藤肇(はじめ)氏の教え「この瞬間を乗り越えてきた人だけが本当の男である」に基づいている。
さらに、韓国戦で右手の小指を骨折した源田壮亮選手に対する栗山監督の対応も心に残るエピソードだ。森信三先生の「野心と志を区別せよ」という言葉に導かれ、源田選手の「志」に基づいた行動が描かれている。ここでは、「野心」が自己顕示欲に根ざしたものである一方で、「志」は他者や社会に貢献する信念を指すと解釈されている。この違いを理解し、選手と監督が共有することで、チームは一丸となって新たな可能性を見出していった。
WBC決勝の舞台で、大谷翔平がロッカールームで発した「憧れるのをやめましょう。憧れてしまっては越えられないので、僕らは今日超えるために、トップになるために来たので。」という言葉は、対戦相手に対する畏敬の念を捨て、勝利に向けて全力を尽くす決意を示していた。そして、栗山監督は稲盛和夫氏の「現実になる姿がカラーで見えているか」という言葉を実践し、チームは見事に世界一になった。
この本を通して、栗山氏の哲学とその実践が深く理解できた。彼が古典の知恵を現代に活かし、侍JAPANを世界一へと導いた姿に、深い感動と学びを得ることができた。「栗山ノート2」は、単なるスポーツ書にとどまらず、人間としての在り方を教えてくれる一冊である。
2024年3月23日土曜日
お金は君を見ている
新宿の大きな書店でふと目に留まった「お金は君を見ている(サンマーク出版、2024年)」。そのタイトルに心惹かれ、手に取る。帯には「驚異の4年連続ベストセラー」と謳われていた。初めは、お金に人格が宿るというアイデアに、スピリチュアルな何かを感じたが、読み進めるうちに、私はこれが真剣に向き合うべきお金の教科書であると理解した。
著者のキム・スンホ氏は、韓国人として初のアメリカでのグローバル外食企業成功者であり、最近5年で3000人もの実業家を育て上げた人物。私はかつて、お金が感情を持つとは思ってもみなかった。しかし、この本を通じて、読み手は、お金との向き合い方、そしてそれを品よく使う術を学ぶことができる。キム氏が語るお金の人格には、彼の豊かな実績や経験からくる深い説得力があった。
本書は、お金の人格を軸に、定期収入の力、お金のさまざまな特性、お金の重力、他人のお金に対する接し方という5つの属性を解き明かし、経済的豊かさを求める者に必要な4つの能力を教えてくれる。まるで隣にキム氏がいて、読み手である私たちに優しく語りかけてくれるような錯覚に陥るほど、本書は読むほどに心が動かされ、実践に移す勇気が湧いてくる。
富を築くためには「投資期間」が最も重要だとキム氏は強調する。そのため、キム氏は、早期投資の大切さ、具体的な投資法、財務諸表の学び方まで、初心者でも理解できるように丁寧に説明している。私の息子たちもこれから社会に出るが、キム氏の教えを実践して、彼らの未来を豊かにしてほしいと思った。
本書では、お金を守る術も紹介されている。私はポイント制度に惑わされて、カードを作成してしまった経験がある。しかし、キム氏によると、「ポイントは消費を促すためのもの」とのこと。この知識があれば、無駄なカード作成を避けられたかもしれない。
チャプター40では、良いお金を引き寄せる7つの秘訣が、チャプター41では、普通の会社員から億万長者への道が紹介されている。これらの章は、サラリーマンでも億万長者になるのを諦めないことを教えてくれる。たとえ、今自分がどのような環境に置かれていようとも、キム氏による本書は、人としての成長と富の獲得を結びつける、心に響くメッセージで満ちていた。
キム氏からの言葉で心に残るのは、「歴史とは、弱者が勝者になった後、その過程を記録したもの」というもの。いま、自分が弱者であっても構わない。最後に笑って勝てば、自分の人生は、歴史となる。
キム氏の書籍では、お金はただの道具ではなく、人生を豊かにするためのパートナーとなるということを教えられた。それを忘れずに、一歩一歩、確実に前進していこう。そう、思わせる一冊であった。
2024年2月25日日曜日
徳望を磨くリーダーの実践訓
數土文夫氏といえば、東洋古典に造詣が深いことで知られるが、『致知』の読者であれば既にご存知のことだろう。このたび、致知出版社から発刊された「徳望を磨くリーダーの実践訓(2023年)」は、JFEホールディングス名誉顧問であり、財界きっての読書家としても知られる數土氏が、東洋古典三大名著と呼ぶ『管子』『論語』『孫子』から、現代のリーダーに必要な徳望を磨く方法を説く一冊である。内容としては、數土氏自身が経営者対象の連続講義で話した内容をもとに、古典の教えを現代の事例や自身の経験と結びつけて解説している。
本書では、なぜ數土氏が『管子』を東洋古典の筆頭に挙げるのか、その理由と魅力を説明している。それは、『論語』も『孫子』も『管子』から多大な影響を受けていたからである。『管子』の作者である管仲は、貴族や士族ではなく、庶民の幸せと富を国の富と考え、民に与えることで国を豊かにしたという。この考え方は、松下幸之助や稲盛和夫などの偉大な実業家の思想とも通じるものがあると感じた。また、管仲が君主に教えた持続可能な社会を築くための五つの国家観(経済力、人材力、民の活力、統率力、道徳心)は、現代の都市計画や環境問題にも参考になると思った。また、少子高齢化が進展する我が国においては、どう持続的な社会を築いていくのか。その解は、「管子」に書かれている五つの国家観の教えを実践することであると感じた。
『論語』では、孔子が説いた道徳心や義の重要性について解説している。孔子は、利に動かされる小人ではなく、義に従う君子を目指すことを教えた。この教えは、私が尊敬する稲盛和夫氏が創業した京セラの経営理念にも通じるものがあると感じた。また、孔子は、利は義の総和であるという考え方も示した。これは、私利私欲を捨てて義を実践することが、最終的には自分にも利益をもたらすということである。この考え方は、多くの偉大なリーダーたちが実践してきたことと一致すると思った。
『孫子』の中で孫子が説いた戦略や戦術について解説している。孫武が書いたとされる『孫子』では、戦争の勝敗を決めるのは、彼(敵)と己を知ることや、天と地の利を活用することであると教えた。この教えは、ビジネスや人生においても、自分の強みや弱み、競合の状況や動向、環境や条件などを把握することが重要であることを示している。これは、本書の中においても、數土氏のオリジナルとして、「四象限のマトリックス」が紹介されている。このマトリックスを用いることにより、私たち読者は、彼と己の強みや弱みを「見える化」することが可能となる。
また、本書では、孫子の兵法に登場する有名なエピソードを、現代の経営者や企業の事例と比較して解説している。例えば、孫武が呉王に軍事教練を行ったときに、王の妃たちを武将に任命し、命令に従わなかった者を処刑したという話は、リーダーシップの重要性や決断力の必要性を教えてくれる。
さらに本書では、孫子の兵法の教えを自分のビジネスや人生にも活かす方法が示されている。例えば、孫子の兵法の中で重要なポイントとされる「五事七計」を表にまとめたものが本書に掲載されており、數土氏は、これを自分の机に貼って日々の反省に活用していると言われる。五事は、道・天・地・将・法という組織づくりの要諦であり、七計は、有道・有能・天地・法令・強・練・賞罰という五事をさらに細分化し、具体的に計っていくものである。この「五事七計」は、孫子の兵法の肝中の肝であり、組織づくりや戦略立案といった現代のリーダーにも役立つ知恵であると感じた。
私は、本書を読んで、東洋古典の教えの奥深さに感動した。『管子』『論語』『孫子』のそれぞれの教えは、単なる古典の知識ではなく、現代のリーダーシップや経営にも通じる智慧の書であると思った。その理由は、本書で紹介されている教えが、現代の事例や自身の経験と結びつけて解説されており、説得力があり、読みやすいからである。
本書は、數土氏の豊富な知識と経験に裏打ちされた解説で、古典の教えを現代にも活かす方法を示してくれる貴重な一冊である。
2024年1月7日日曜日
経営 稲盛和夫、原点を語る
大義名分があり、それが汚れのない純粋なものであれば、必ずと言っていいくらい宇宙の力が借りられる。純粋でひたむきに一生懸命努力している人の行為に対しては、宇宙が支援してくれるはずである。
(引用) 経営 ―稲盛和夫 原点を語る、編集:稲盛ライブラリー+ダイヤモンド社「稲盛和夫経営講演選集」共同チーム、ダイヤモンド社、2023年、678
ドイツの鉄血宰相ビスマルクは、「愚者は経験に学び, 賢者は歴史に学ぶ」 と語ったとされている。
一代で京セラとKDDIを創業し、経営破綻したJALを再建させた、私の尊敬する一人の稲盛和夫氏が天国へと旅立たれ、早一年が過ぎ去った。経営学を学ぶ者たちにとって、稲盛氏の名前を知らない人はいない。
稀代の名経営者は、何を考え、どう行動したのか?
短い一生の中で、これほどの成果が私たちの住む地球上で遺せたことは、よほど考えが卓越したものに違いない。その稲盛経営の集大成となる書籍がダイヤモンド社から刊行された。その書籍のタイトルは、シンプルに「経営」。700ページ近い本書は、生前の稲盛氏の講演録から成る。
「賢者は、歴史から学ぶ」。この稲盛氏の人生なり、経営観を学ぶことは、今を生きる私たちにとって、貴重な歴史資料となるに違いない。そんなことを思い、私は、気がついたら書店のレジに並んでいた。
稲盛氏は経営について、「まさにその人が持っている心、つまり哲学で決まるもの(本書、107)」と言われる。そして、稲盛氏は、経営の判断基準を「人間として何が正しいのか」ということに置き、その原理原則をひたすらに貫き通してきた。
学生時代に経営学やマーケティングを学んできた私は、20世紀初頭にテイラーが提唱した科学的管理法などに触れた。この手法は、標準作業時間の測定や出来高による賃金の差別支払制度などにより、労働者を管理・分析し、生産性を向上させた。しかし、この手法は、作業する労働者を機械のように捉えていたことから、人権侵害や労使関係の悪化を生んだ。
その後、私は大学を卒業してから改めて経営について考えさせられる本に出会った。それは、稲盛氏によって著された「生き方(2004年、サンマーク出版)」である。まるで、道徳の授業を受けているかのような「生き方」は、私が学んできた経営の本質である利益追求と明らかに一線を画すものであったからだ。私は、稲盛氏の書籍に出会ってから、経営に対する考え方や人生観を180度変えさせられた。まさに、経営とは、「人間本位」のものでなければならない。それは、顧客のためだけではなく、家族のために働く従業員も幸福でなければならないということを意味する。そして、経営を行うものは、まず、利他の心を持たなければならない。その理由について、稲盛氏は、本書を通じて教えてくれている。
本書「経営」は、経営者のみのものでない。企業等の管理職のかたには、稲盛氏のリーダーシップの考え方も参考になる。本書では、講演の中で稲盛氏が引用している中国の古典から安岡正篤、西郷隆盛に至るまで、歴史上の人物による故事成語がとても役に立つ。
とりわけ、私は、稲盛氏が第二電電のPHS事業会社社長候補9人に与えた社長心得8カ条に心が震えた。この社長として心得るべき8つの事柄は、1ページに纏まったものであるが、稲盛氏によるフィロソフィが詰まっている。この8カ条は、職種を問わず、どのリーダーにも自分に置き換えて活用できるものである。まさに、この8カ条は、稲盛氏が愛した西郷南洲の言葉、「敬天愛人」。つまり、天を敬い、人を愛するという慈愛に満ちたものであった。
稲盛氏といえば、「人生・仕事の結果=考え方✕熱意✕能力」という方程式があまりにも有名である。これは、稲盛氏の仕事観を一つの方程式に表したものである。昔から、私もこの方程式を知っていたが、正直申し上げれば、私はこの方程式を自分の生活に取り入れてこなかった。これは、私が方程式の意味が正しく理解できていかなったかもしれない。しかし、本書「経営」では、稲盛氏が優しい語り口調で方程式の意味を教えてくれる。さらに本書では、1999年にアメリカの大学教授夫人が当時の稲盛氏の講演を聴き、感銘を受けたことから、この夫人が即興で作られた詩が紹介されている。方程式「FORMULA」との題で始まるこの詩は、稲盛氏の方程式にさらなる意味を与え、愛が注がれ、力強いものになっていた。
冒頭、稲盛氏の言葉を引用した。
本書にも登場する中村天風は、「わが生命は、大宇宙の生命と通じている」とした。そして、稲盛氏が本書で語られている人間の魂は、「真・善・美」でできていると説く。この「真・善・美」は、稲盛氏が中村天風の影響を多大に受けていることを理解できる。
私は、この悟りともいえる境地が経営哲学として、必要なのだろうと感じた。人の魂から生み出されたものは、宇宙の応援を受けながら、人類や社会の発展に寄与する。このことが経営の哲学ではないかと思うに至った。
それは、稲盛氏が新規事業を始める際、「動機善なりや、私心なかりしか」と自問を繰り返したものであるからこそ、稲盛氏が創業した京セラ、KDDI、そしてJALの再建は、全て成功した。そして、稲盛氏にかかったこれらの事業は、今を生きる私たちの暮らしに欠かせないものになっている。
本書は、私達が迷ったとき、稲盛氏がときに厳しく、ときに優しく目の前で語りかけてくれる。
そう、稲盛氏が生涯をかけて築き上げた経営哲学は、新たな歴史となり、これからも多くの経営者やリーダーたちが学び続け、よりよい社会を築き上げていくことになるだろう。
長い時を経て積み重なってきた経営学のページに、稲盛和夫という新たな歴史が加わった。
そう、思わせる一冊であった。