何をどうするかに気を取られて、何をすべきかを決めるのは誰の責任かというもっと重要な質問をなおざりにする人がよくいる。それは逆だ。何をできる人が必要か、担当させる人がどういう人か知っていれば、仕事がどう進むかはしっかり描ける。
(引用)PRINCIPLES 人生と仕事の原則、著者:レイ・ダリオ、訳者:斎藤聖美、日本経済新聞社、2019年、429
新型コロナウイルスの感染拡大で、当代最高の投資家であり、フェジファンドのブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオ氏の発言が世界的に注目を集めている。
その発言とは、レイ・ダリオ氏がインターネット番組で「新型コロナウイルスの感染拡大による打撃から世界経済が立ち直るには3年から5年の期間が必要」との見解を示したことだ。
私は、レイ・ダリオの言葉には、信憑性が高いことを知っている。なぜなら、以前、私は、レイ・ダリオ氏の「PRINCIPLES」を読み、彼の人生と仕事の原則を学んだからだ。レイ・ダリオ氏は、結論を導く際、過去の実績を見て体系的に信頼性を評価するなど、エビデンスの積み上がりを重視するなどし、なぜ、その意見に達したのかを理解するという。改めて、私は、レイ・ダリオ氏の本を読み返してみることとした。
レイ・ダリオ氏の示す原理原則は、人生の原則が5つの柱、仕事の原則が16の柱から成り立っている。これらの原則は、なにも特異なものではない。人間としてどうあるべきか、また、さらに仕事で組織が発展していくにはどのようにしていくかということを、自らの経験から原則(Principle)として纏めたものだ。
例えばたくさん努力して、上手に失敗することの大切さを説く。大胆な目標、失敗、原則を学ぶ、改善する、そしてさらに大胆な目標へ向かうといった、上向きのループを築き上げていくことこそが、まさに成功の秘訣だとレイ・ダリオ氏は言う。
このレイ・ダリオ氏の失敗するということに触れ、私は、松下幸之助氏の次の名言を思い出した。
「失敗することを恐れることよりも、真剣でないことを恐れたい。」
失敗することから学ぶことは多い。失敗することを恐れるということは、チャレンジを恐れることである。それよりも、チャレンジし、失敗し、反省し、次の目標に進むというプロセスが大切であるということは、私も同感だ。
レイ・ダリオ氏は、経営という部分では冷徹さも見せる。企業を利益を生むマシンとらえ、働く人達もマシンの一部として動くマシンと捉える。例えば、みんなから好かれているが能力のない人に辞めてもらうか、みんなから好かれているが能力のない人を会社に残し目標を達成しないかという選択は、どの世界にも存在することだろ。その解に、レイ・ダリオ氏は、「この課題に選択の余地はなく、卓越性の追求を選ばざるを得ない」とズバッと言っているところが気持ちいい。
良い組織には、良い人材と良いカルチャーがある。良い人材がいれば、冒頭に記したとおり、仕事の進め方が描ける。このことは、どの組織にも通用することだろう。最終的に良い組織をつくるためには、Principlsが必要だ。
本の中央には、人生の原則、仕事の原則の要約と見出しが箇条書きになって纏まっている。私は、このページを小さくコピーして、ホッチキスで1冊の本のようにして、手帳に挟み込んでみた。これは、レイ・ダリオ氏の経験がつまった貴重な教えだ。
この教えを胸に、これからの人生、そして仕事のすすめ方について、Principlsを大切にしながら生きようと、改めて思った。
2020年4月29日水曜日
2020年4月26日日曜日
LEADER SHIP
テロのあと、危機に直面した際にどうすれば冷静でいられるのかと、何度も尋ねられた。すでに述べてきたように、結局、大切なのは準備だ。市長時代、わたくしたちは絶えず、さまざまな種類の不測の事態に備えて、市の対応を机の上で予行演習してきた。
(引用)リーダーシップ、著者:ルドルフ・ジュリアーニ、訳者:楡井浩一、発行者:株式会社講談社、2003年、86
私の尊敬する一人に、元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏がいる。ジュリアーニ氏は、2001年9月11日に起きた同時多発テロの処理で自ら陣頭指揮にあたり、その水際だったリーダーシップが世界中から賞賛を集めた。
いま、私たちは、未だ収束がみえない新型コロナウイルスの脅威に立ち向かうべく、危機管理のあり方、そして政府や自治体だけではない、一人ひとりのリーダーシップのあり方が問われている。
そのヒントを求め、私は、ジュリアーニ氏の本を読み返した。
新型コロナウイルス感染拡大は、いま、私たちの経済を、そして暮らしを完全に止めてしまっている。長引く学校休校、飲食店などの活動自粛、そして、「STAY HOME」ということで外出自粛要請がなされ、今や公園で散歩することもままならぬ状況だ。
リーダーの一つの役目は、情報を正確に伝えることだ。実際、ジュリアーニ氏も「リーダーはマスコミを味方につけたいと思うが、何かと否定的な捉え方をされる」と言われる。
ジュリアーニ氏の本を読み、私は、リーダーが感染拡大についてどのような措置を講ずるのか、それはどのエビデンスに基づいているのか。また、公権力を用い、マーケットを止めたわけだから、どのような生活保障をしていくのか、その手法と根拠(本当に保障制度が根ざしたものになっているのか)はどうなっているか、といった説明責任が求められてくると思った。
また、リーダーは、危機に直面したときにこそ、平常心が求められる。ジュリアーニ氏は、ボクシングをしていた父から「平常心を保つ」ことの大切さを教わったという。そのためには、冒頭に記したとおり、日頃からの準備が欠かせない。
世界中に広がる新型コロナウイルスは、想定外だと言うなら、それは違うと思う。およそ100年前には、人類史上最悪といわれた新型インフルエンザ、いわゆる「スペイン風邪」が流行し、世界人口の3分の1から半数近くが感染したことを経験している。
また近年では、2009年春頃から2010年3月ごろにかけ、世界的に感染拡大した新型インフルエンザもあった。感染症の脅威は、十分想定されるものである。
しかし、過去の感染症の流行や災害は、寺田寅彦の言葉とされるとおり、「忘れた頃に来る」のも事実だ。だが、例えば、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、東北沿岸部で多くの犠牲者が出てしまったなかで、学校管理下の児童・生徒全員が自主避難して津波の脅威から助かったという、いわゆる「釜石の奇跡」がある。感染症においても、自然災害においても、過去からの繰り返しであり、常日頃からの準備は可能である。
危機にある状況下でリーダーとしての役目は、絶望の中でも人々に希望をもたせることも必要だ。それは、なにも美辞麗句を並べることではない。厳しい直面であれば、聞き手に過度な期待を持たせないように、今の状態を率直に言う。そして、ジュリアーニ氏は、チャーチルの言葉を引用していたが、苦境にあっても「決してあきらめない」という強力なメッセージが必要であろう。
危機に直面したとき、どのようなリーダーシップを発揮すべきか。アメリカ同時多発テロ、いわゆる9.11を乗り越えたジュリアーニ氏の言葉は、いまもなお、色褪せることはない。
2020年4月22日水曜日
Compassion
逆境のなかで希望を抱くことは、ただの愚かな空想ではない。希望は、人類の歴史が、単に残酷なばかりではなく、コンパッション、献身、勇気、思いやりの歴史であるという事実に基づいているからだ。
(引用)Compassion(コンパッション) 状況にのみこまれずに、本当に必要な変容を導く、「共にいる」力、著者:ジョアン・ハリファックス老師(博士)、監訳者:一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート、訳者:海野桂、英知出版株式会社、2020年、176
Compassion(コンパッション)。私が大学受験のとき、英語の科目で頭に詰め込んだCompassionの和訳は、「思いやり」だ。Compassionと聞いて、それ以上の言葉の意味があるとは、お恥ずかしい話、私は知らなかった。
ジョアン・ハリファックス老師は、コンパッションを次のように定義する。すなわち、人が生まれつき持つ「自分や相手を深く理解し、役に立ちたい」という純粋な思い。自分自身や相手と「共にいる」力のこと。そして、コンパッションを育むことで、意思決定の質、対人調整力、モチベーションが向上するという。
ストレスフルな社会である。特に、現在、我が国では、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、緊急事態宣言が発出されている。このたびの新型コロナウイルスの感染拡大によって、私達の生活は、外出自粛要請、学校の臨時休業など、一変してしまった。連日、暗いニュースが流れ続け、これを執筆している段階では、新型コロナウイルスの終息の光が見えてこない。
そのような状況のなか、ジョアン・ハリファックス老師の書かれたコンパッションの本は、私たちに勇気と希望を与えてくれる。
冒頭に紹介した言葉は、本書に登場する公民権運動のリーダー、ファニー・ルー・ヘイマー氏のことを記したものだ。恐ろしい暴行を受けても立ち上がり、自身の苦しみを人類の利益に活かしたファニ・ルーから学べることは、国難ともいえる現在の状況下において、自分自身が社会の一員であることを再認識し、関係者と良好な関係を築き、一丸となって難敵に挑むことだ。いま、まさに一人ひとりが置かれた立場で、私はコンパッションの実践が求められると感じた。そうしなければ、希望の光が永遠に見えてこないことだろう。
ジョアン・ハリファックス老師は、ハーバードの名誉教授であり、禅僧であり、社会活動家だ。禅僧ということから、日本に対する造詣が深い。本書にも10世紀の日本の歌人、和泉式部の短歌や陶磁器の金継ぎなどが紹介され、そこから日本人が本来持つ、コンパッションが浮かび上がることも興味深い。
本書を読み進めていく上で、私の尊敬する京セラの創業者である稲盛和夫氏と共通する部分も多いことに気づかされた。これは、稲盛氏自身も京都の円福寺で得度していて、禅の大切さをビジネスに取り入れているからであろう。
人間本来の心の大切さを再認識すること。そして、自分を犠牲することなく、人の役に立つ実践的な方法を学ぶこと。これは、次代を担うリーダーに一番必要なスキルだと思う。
いま、私は、改めて一人ひとりがCompassionの実践が求められると強く思う。先ほど紹介したファニー・ルーが驚くべき勝利をしたように、私たちも新型コロナウイルスの脅威に立ち向かうために。
Compassion。私にとって、最高のリーダーシップの教科書となった。
(引用)Compassion(コンパッション) 状況にのみこまれずに、本当に必要な変容を導く、「共にいる」力、著者:ジョアン・ハリファックス老師(博士)、監訳者:一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート、訳者:海野桂、英知出版株式会社、2020年、176
Compassion(コンパッション)。私が大学受験のとき、英語の科目で頭に詰め込んだCompassionの和訳は、「思いやり」だ。Compassionと聞いて、それ以上の言葉の意味があるとは、お恥ずかしい話、私は知らなかった。
ジョアン・ハリファックス老師は、コンパッションを次のように定義する。すなわち、人が生まれつき持つ「自分や相手を深く理解し、役に立ちたい」という純粋な思い。自分自身や相手と「共にいる」力のこと。そして、コンパッションを育むことで、意思決定の質、対人調整力、モチベーションが向上するという。
ストレスフルな社会である。特に、現在、我が国では、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、緊急事態宣言が発出されている。このたびの新型コロナウイルスの感染拡大によって、私達の生活は、外出自粛要請、学校の臨時休業など、一変してしまった。連日、暗いニュースが流れ続け、これを執筆している段階では、新型コロナウイルスの終息の光が見えてこない。
そのような状況のなか、ジョアン・ハリファックス老師の書かれたコンパッションの本は、私たちに勇気と希望を与えてくれる。
冒頭に紹介した言葉は、本書に登場する公民権運動のリーダー、ファニー・ルー・ヘイマー氏のことを記したものだ。恐ろしい暴行を受けても立ち上がり、自身の苦しみを人類の利益に活かしたファニ・ルーから学べることは、国難ともいえる現在の状況下において、自分自身が社会の一員であることを再認識し、関係者と良好な関係を築き、一丸となって難敵に挑むことだ。いま、まさに一人ひとりが置かれた立場で、私はコンパッションの実践が求められると感じた。そうしなければ、希望の光が永遠に見えてこないことだろう。
ジョアン・ハリファックス老師は、ハーバードの名誉教授であり、禅僧であり、社会活動家だ。禅僧ということから、日本に対する造詣が深い。本書にも10世紀の日本の歌人、和泉式部の短歌や陶磁器の金継ぎなどが紹介され、そこから日本人が本来持つ、コンパッションが浮かび上がることも興味深い。
本書を読み進めていく上で、私の尊敬する京セラの創業者である稲盛和夫氏と共通する部分も多いことに気づかされた。これは、稲盛氏自身も京都の円福寺で得度していて、禅の大切さをビジネスに取り入れているからであろう。
人間本来の心の大切さを再認識すること。そして、自分を犠牲することなく、人の役に立つ実践的な方法を学ぶこと。これは、次代を担うリーダーに一番必要なスキルだと思う。
いま、私は、改めて一人ひとりがCompassionの実践が求められると強く思う。先ほど紹介したファニー・ルーが驚くべき勝利をしたように、私たちも新型コロナウイルスの脅威に立ち向かうために。
Compassion。私にとって、最高のリーダーシップの教科書となった。
2020年4月12日日曜日
新型コロナウイルスの真実
とにかく一番大事なものは、手です。手指消毒を徹底することで、自分が感染するリスクを確実に減らすことができます。
いや、私たち一人ひとりが意識し、行動し、新型コロナウイルスを終息させていくことしか、道はない。
かつての、日常を取り戻すために。
(引用)新型コロナウイルスの真実、著者:岩田健太郎、発行:株式会社ベストセラーズ、2020年、72
新型コロナ対策として、ある大学のホームページに、学生に対して次のことが書かれてあった。
「学生の皆様に守っていただきたいこと」
・不要不急の外出や会食等を控えること
・発熱等の風邪症状がある場合等は自宅で休養
・栄養、睡眠、健全で規則正しい生活
・手洗いと咳エチケットの徹底
・密閉空間、密集、近距離での会話を避けること
私は、岩田氏の本を読んだ後、この大学の行動指針に触れ、とても良く纏まっていると感じた。
国による緊急事態宣言が発令され、外出自粛の機運が高まっている。
いま、私たち、国民にできることは、アタリマエのことだが、新型コロナウイルスに感染しないこと。そして、知らず識らずのうちに感染を拡大させてしまわないことだ。
新型コロナウイルスが終息しなければ、いつまで経っても我が国の経済が停滞したままであるし、学校が休校したままであるし、人間らしい文化的な生活が送れないままだ。
ただ、やみくもに、新型コロナウイルスを恐れる必要はないとも思う。私たち日本国民は、岩田氏の本を読むなどして、新型コロナウイルスの正しい知識を得て、一人ひとりが認識し、対策をしてく必要がある。
そのためには、私達ができることもたくさんある。まず、外出したら手を洗う、うがいをする。その徹底だけで、感染リスクをかなり抑えることができると岩田氏は言う。
新型コロナウイルスの終息に向け、いまは、ただ、祈るしかないのか。
いや、私たち一人ひとりが意識し、行動し、新型コロナウイルスを終息させていくことしか、道はない。
かつての、日常を取り戻すために。
2020年4月5日日曜日
都市5.0の時代へ
将来に向けて私たちに求められることは、こうした高度情報技術を、ニーズ志向で、人間中心設計型へと常に改めていく姿勢である。
(引用)都市5.0 アーバン・デジタルトランスフォーメーションが日本を再興する、東京都市大学 総合研究所 未来都市研究機構、株式会社翔泳社、2020年、207
MaaS,CaaS,5G,IoT,AI,Society5.0、SDGsなど、近年、私たちの周りには、英数字で表現されたキーワードが並ぶ。これからの社会は、地球規模の視点で、持続可能な世界を構築していかなければならないが、その概念は、欧米諸国によってリーディングされている。我が国を始めとした先進諸国は、少子高齢化の波が押し寄せてきており、これからの都市づくりには、テクノロジー+コミュニティ+サービスを融合させるデザイン機能が求められくる。それらの機能を積み込んだアーバン・デジタルトランスフォーメーション(UDX)のあるべき都市の姿は、黒川紀章氏の言われる「神の都市」、「王の都市」、「商人の都市」、「法人の都市」を経て、いよいよ「個人の都市」へのフェーズに入ったといわれる。そのため、本書では、都市の持続可能性を担保するうえで、まず都市を「人間拡張の最大形態として捉える必要がある」と主張する。つまり、どんなにテクノロジーが進化しようとも、そこにある主役は、「人間」であるということだろう。
本書を読みすすめていく上で、私は、佐久間象山の「東洋道徳、西洋芸」という言葉が頭に浮かんだ。「芸」とは、今で言う「技術」のことだ。つまり、西洋からの技術を積極的に取り入れるが、あくまでも技術を扱う人間は、東洋の儒教が説く道徳を持って使うべきということであろう。先ほど、近年のトレンドは、欧米諸国によるものと記したが、そのトレンドの核となる高度なテクノロジーを人間中心設計型へと常に改めていく姿勢が求められる。そのことは、少し話が逸れるが、アップルの製品が多くの市場に受け入れられたことにも通ずると思う。アップル創始者のスティーブ・ジョブズは、禅の心を重んじた。禅は、シンプルであり、人に対する思いやりや慈しみの心が宿る。アップル製品は、その東洋人の精神をベースとし、高度なテクノロジーが上塗りされる。その結果、顧客の創造につながり、アップル製品は、IphoneやIpadなど、ヒットを連発してきた。ヒット要因としては、まず、ユーザー(人間)第一主義とし、「便利で、人に優しい」製品の追求であったことにほかならないと思う。それは、都市づくりでも言えることだと思った。
都市5.0は、「個人の都市」と位置づけられるが、なにも特別なものではない。少子高齢化時代を迎えても、今までより、スーパーや病院が近いなどの生活利便性に縛られない住まい方ができること、また通勤にも縛られない新しい働き方ができること、さらに地域の人々が交わり、精神的に豊かに暮らすことができることなどを目指す。そのためには、社会的課題を解決し、これからも持続可能な社会を構築してくため、高度なテクノロジーが必要不可欠だと説く。
本書では、AIやIoTを駆使し、自動運転などの最新事例が紹介されている。都市5.0の時代到来に向け、参考になるのは、Sidewalk Labsによるトロントでの取り組みだ。この取組で感心したのは、再開発地であるトロント市に利益が出ない限り、Sidewalk Labsは利益を得られないという金融スキームを構築していることだ。そのため、雇用創出・経済発展や環境保護、住宅供給などの成果指標を設定し、利益を追求する。市の補助金をあてにしないまちづくりというのは、オガール紫波やアーツ千代田3111など、我が国でも主流になりつつある。政府や自治体の補助金に頼らない、民間のノウハウを生かし、民間主導による新たな都市づくりは、今後、プラットフォームの主流になっていくのではと感じた。もちろん、そのプラットフォームには、産学官の連携が欠かせない。様々な業種、横断的な組織、多様化する社会課題を解決するためには、都市づくりに参加するプレイヤーも複数存在することになる。
都市5.0の時代は、新たな世界的課題を高度な情報技術を駆使して解決し、人間回帰を目指す。本書を読み、私は、もう、既に都市5.0へと着実に進む、未来の都市像を知ることができた。
(引用)都市5.0 アーバン・デジタルトランスフォーメーションが日本を再興する、東京都市大学 総合研究所 未来都市研究機構、株式会社翔泳社、2020年、207
MaaS,CaaS,5G,IoT,AI,Society5.0、SDGsなど、近年、私たちの周りには、英数字で表現されたキーワードが並ぶ。これからの社会は、地球規模の視点で、持続可能な世界を構築していかなければならないが、その概念は、欧米諸国によってリーディングされている。我が国を始めとした先進諸国は、少子高齢化の波が押し寄せてきており、これからの都市づくりには、テクノロジー+コミュニティ+サービスを融合させるデザイン機能が求められくる。それらの機能を積み込んだアーバン・デジタルトランスフォーメーション(UDX)のあるべき都市の姿は、黒川紀章氏の言われる「神の都市」、「王の都市」、「商人の都市」、「法人の都市」を経て、いよいよ「個人の都市」へのフェーズに入ったといわれる。そのため、本書では、都市の持続可能性を担保するうえで、まず都市を「人間拡張の最大形態として捉える必要がある」と主張する。つまり、どんなにテクノロジーが進化しようとも、そこにある主役は、「人間」であるということだろう。
本書を読みすすめていく上で、私は、佐久間象山の「東洋道徳、西洋芸」という言葉が頭に浮かんだ。「芸」とは、今で言う「技術」のことだ。つまり、西洋からの技術を積極的に取り入れるが、あくまでも技術を扱う人間は、東洋の儒教が説く道徳を持って使うべきということであろう。先ほど、近年のトレンドは、欧米諸国によるものと記したが、そのトレンドの核となる高度なテクノロジーを人間中心設計型へと常に改めていく姿勢が求められる。そのことは、少し話が逸れるが、アップルの製品が多くの市場に受け入れられたことにも通ずると思う。アップル創始者のスティーブ・ジョブズは、禅の心を重んじた。禅は、シンプルであり、人に対する思いやりや慈しみの心が宿る。アップル製品は、その東洋人の精神をベースとし、高度なテクノロジーが上塗りされる。その結果、顧客の創造につながり、アップル製品は、IphoneやIpadなど、ヒットを連発してきた。ヒット要因としては、まず、ユーザー(人間)第一主義とし、「便利で、人に優しい」製品の追求であったことにほかならないと思う。それは、都市づくりでも言えることだと思った。
都市5.0は、「個人の都市」と位置づけられるが、なにも特別なものではない。少子高齢化時代を迎えても、今までより、スーパーや病院が近いなどの生活利便性に縛られない住まい方ができること、また通勤にも縛られない新しい働き方ができること、さらに地域の人々が交わり、精神的に豊かに暮らすことができることなどを目指す。そのためには、社会的課題を解決し、これからも持続可能な社会を構築してくため、高度なテクノロジーが必要不可欠だと説く。
本書では、AIやIoTを駆使し、自動運転などの最新事例が紹介されている。都市5.0の時代到来に向け、参考になるのは、Sidewalk Labsによるトロントでの取り組みだ。この取組で感心したのは、再開発地であるトロント市に利益が出ない限り、Sidewalk Labsは利益を得られないという金融スキームを構築していることだ。そのため、雇用創出・経済発展や環境保護、住宅供給などの成果指標を設定し、利益を追求する。市の補助金をあてにしないまちづくりというのは、オガール紫波やアーツ千代田3111など、我が国でも主流になりつつある。政府や自治体の補助金に頼らない、民間のノウハウを生かし、民間主導による新たな都市づくりは、今後、プラットフォームの主流になっていくのではと感じた。もちろん、そのプラットフォームには、産学官の連携が欠かせない。様々な業種、横断的な組織、多様化する社会課題を解決するためには、都市づくりに参加するプレイヤーも複数存在することになる。
都市5.0の時代は、新たな世界的課題を高度な情報技術を駆使して解決し、人間回帰を目指す。本書を読み、私は、もう、既に都市5.0へと着実に進む、未来の都市像を知ることができた。
2020年4月1日水曜日
志村けんさんの死と危機管理
日本のコメディアン・志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で3月29日に亡くなった。
70歳。長寿国日本では、早すぎる死であった。
私は、いわゆる「ドリフ世代」だ。子供のころ、土曜午後8時には決まってテレビの前に座り、ザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」を見るのを楽しみにしていた。特に、ザ・ドリフターズのメンバーである加藤茶さんと志村けんさんのコンビによるステージは特別で、私も友達とヒゲダンスを真似したものだ。
亡くなった志村けんさんと私は、ちょうど20歳違う。実は、私と誕生日が同じなのだ。そのため、昔から、志村けんさんとは、何らかの親近感を勝手に抱いていた。
その志村けんさんが突然、亡くなる。
改めて、私は、新型コロナウイルスの恐怖を知った。
世界で拡大する新型コロナウイルス。この恐怖に立ち向かうために、どうしたら良いか。私は、ニューヨーク市長だったルドルフ・ジュリアーニさんの本を読み返した。ジュリアーニさんは、2001年9月11日に起きた同時多発テロの処理で陣頭指揮に当たり、その水際だったリーダーシップが世界中の賞賛を集めたかただ。
9.11のとき、ジュリアーニさんは、次のように語っている。
「わたくしは自分がやるべきことを三つにまとめた。まず、市民とのパイプを確保し、市民が落ち着いて、安全に避難できるように最善を尽くすこと。次に、負傷者を受け入れる態勢を整えること。(中略)そして、もう一つ頭にあったのは・・・『次に何が起こるのか?』」
(引用)リーダーシップ、ルドルフ・ジュリアーニ、株式会社講談社、2003年、39
9.11のテロと新型コロナウイルスは種類が違えど、ジュリアーニさんが9.11で実践したリーダーシップのとり方は、新たな感染症の難敵にも十分通用するものだと思った。
本日、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が開催された。
委員からは、「これからの日本の取組みについて、世界の注目が集まっている。(中略)
市民の皆さんは、法律で義務化されていなくても、3つの蜜が重なるところを徹底して避けるなど、社会を構成する一員として自分、そして社会を守るため、それぞれが役割を果たしていきましょう。」と締めくくった。
「3つの蜜」とは、換気の悪い密閉空間、人が密集する場所、そして密接した近距離のことだ。この「3つの蜜」が重なるところは、感染リスクが非常に高まる。
ジュリアーニさんが現役時代、机の上にリーダーシップ哲学を要約した言葉が掲げられていたという。
その言葉は、「責任を取る」。
これ以上、我が国で新型コロナウイルスの感染を拡大させないため、一人ひとりが責任ある行動をとらなければならない。
誰もが、リーダーシップを発揮するときがきている。
志村けんさんの死を目の当たりにし、そんなことを思った。
最後に、私が子どものころ、私のあこがれでもあり、兄貴のようであった志村けんさんの御冥福を心よりお祈りいたします。
令和2年4月1日 宮本佳久
70歳。長寿国日本では、早すぎる死であった。
私は、いわゆる「ドリフ世代」だ。子供のころ、土曜午後8時には決まってテレビの前に座り、ザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」を見るのを楽しみにしていた。特に、ザ・ドリフターズのメンバーである加藤茶さんと志村けんさんのコンビによるステージは特別で、私も友達とヒゲダンスを真似したものだ。
亡くなった志村けんさんと私は、ちょうど20歳違う。実は、私と誕生日が同じなのだ。そのため、昔から、志村けんさんとは、何らかの親近感を勝手に抱いていた。
その志村けんさんが突然、亡くなる。
改めて、私は、新型コロナウイルスの恐怖を知った。
世界で拡大する新型コロナウイルス。この恐怖に立ち向かうために、どうしたら良いか。私は、ニューヨーク市長だったルドルフ・ジュリアーニさんの本を読み返した。ジュリアーニさんは、2001年9月11日に起きた同時多発テロの処理で陣頭指揮に当たり、その水際だったリーダーシップが世界中の賞賛を集めたかただ。
9.11のとき、ジュリアーニさんは、次のように語っている。
「わたくしは自分がやるべきことを三つにまとめた。まず、市民とのパイプを確保し、市民が落ち着いて、安全に避難できるように最善を尽くすこと。次に、負傷者を受け入れる態勢を整えること。(中略)そして、もう一つ頭にあったのは・・・『次に何が起こるのか?』」
(引用)リーダーシップ、ルドルフ・ジュリアーニ、株式会社講談社、2003年、39
9.11のテロと新型コロナウイルスは種類が違えど、ジュリアーニさんが9.11で実践したリーダーシップのとり方は、新たな感染症の難敵にも十分通用するものだと思った。
本日、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が開催された。
委員からは、「これからの日本の取組みについて、世界の注目が集まっている。(中略)
市民の皆さんは、法律で義務化されていなくても、3つの蜜が重なるところを徹底して避けるなど、社会を構成する一員として自分、そして社会を守るため、それぞれが役割を果たしていきましょう。」と締めくくった。
「3つの蜜」とは、換気の悪い密閉空間、人が密集する場所、そして密接した近距離のことだ。この「3つの蜜」が重なるところは、感染リスクが非常に高まる。
ジュリアーニさんが現役時代、机の上にリーダーシップ哲学を要約した言葉が掲げられていたという。
その言葉は、「責任を取る」。
これ以上、我が国で新型コロナウイルスの感染を拡大させないため、一人ひとりが責任ある行動をとらなければならない。
誰もが、リーダーシップを発揮するときがきている。
志村けんさんの死を目の当たりにし、そんなことを思った。
最後に、私が子どものころ、私のあこがれでもあり、兄貴のようであった志村けんさんの御冥福を心よりお祈りいたします。
令和2年4月1日 宮本佳久
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