脱成長は、「強欲なのは自然なこと」「多いほうがよいこと」という常識を受け継がない。「多くを分かち合い、不足を少なくする」「ほどほどで満足する」といった認識を、共通の分別(コモンセンス)として育てていきたいのだ。
(引用)なぜ、脱成長なのか 分断・格差・気候変動を乗り越える、著者:ヨルゴス・カリス、スーザン・ポールソン、ジャコモ・ダリサ、フェデリコ・デマリア、訳者:上原裕美子、保科京子、解説:斎藤幸平、発行所:NHK出版、2021年、38
私は、本書を読み進め、「幸福の逆説」という言葉を思い出した。米国の学者リチャード・イースタリン氏が「幸福の逆説」を唱えたのは1974年である。「幸福の逆説」とは、1人あたりの国内総生産(GDP)が増えても、国民の幸福感が高まるとは限らないという意味であった。新自由主義的改革では、トリクルダウンが期待された。トリクルダウンとは、長く経済学の世界で語られてきた言葉だ。経済成長することにより、水が上から下へと滴り落ちるが如く、経済成長の恩恵が富裕層である上層から下層へ、広く受けられることを意味する。
しかし、実際は、どうであっただろうか。
例えば、我が国では、子どもの貧困が進む。2019年国民基礎調査によれば、「子どもの貧困」は、2018年調査では13.5%にのぼる。つまり、7人に1人が貧困家庭という結果だ。そのため、我が国では、子どもの貧困対策の推進に関する法律まで存在する。また、最近、ヤングケアラーという言葉が新聞などに頻繁に登場する。厚生労働省によると、ヤングケアラーとは、法令上の定義はないが、一般に、本来大人が担うと想定されている家事や家族の世話などを日常的に行っている子どもとされている。2021年、国の調査によると、ヤングケアラーは、中学校2年生の17人に1人、つまり中学生の約5%が家族の世話をしていることになる。
筆者らに言わせれば、1980年代から、英米をはじめとする様々な経済圏において、富裕層のために成長を活性化させることを意図した新自由主義的改革では、労働および資源の搾取・収奪量・市場における消費量、そしてGDPの成長維持を支えるようになった。利潤はもっぱら富裕層のなかで再分配され、国内及び国家間の不平等を広げた(本書、53)と指摘する。まさに、社会学者ロバート・マートンが言われた「マタイ効果」が起きているのではないだろうか。つまり、「もてるものはさらに与えられ、もたざる者はさらに奪われる」と記されている新約聖書マタイ福音書に倣い、政策や制度が格差を縮小できず、逆に広げてしまう現象が生じていると言えよう。
いま、「脱成長」社会が到来している。新たな環境に適応すること、変化に対応できるものだけが、今後の世界を生き残ることができる。コロナ禍によって、一層、脱成長は加速すると思われる。新たな時代で、人々が幸福に暮らしていくためには、何が必要か。本書は、脱成長時代に、真の持続可能な社会を築き、人々にウェルビーイングをもたらす重要なヒントが記載されている。いま、私たちは、脱成長時代における新たな政策について、真剣に議論を始めるときがきているのだと思う。