2021年6月12日土曜日

貧困・介護・育児の政治

 これからの社会民主主義がどのような普遍主義を実現するのか、人々に何を保障していくことを目指すのかと考えたとき、「ベーシックアセット」は有力な回答の一つとなる。
(引用)貧困・介護・育児の政治 ベーシックアセットの福祉国家へ、著者:宮本太郎、発行所:朝日新聞出版、2021年、299

 我が国においては、多様な福祉課題が存在する。その中においても、「貧困」「介護」「育児」といった3つの課題は、我が国において喫緊であり、最重要の課題として位置付けられるものであろう。

 先日、「アンダークラス化する若者たち(明石出版、2021年)」を拝読した。本書では、主として貧困家庭に育ち、まともな学校教育が受けられず、正規雇用に就くこともできない多くの若者の存在を知った。そこには、満足な収入が得られない中で、「新たな生活困難層」として位置付けられ、従来の家庭・会社・行政という三重構造で成り立っていた社会保障の狭間でもがき苦しむ若者たちの姿があった。「アンダークラス化する若者たち」を編著された宮本太郎氏は、同書の中で、「ベーシックアセット」の必要性を提言していた。ちなみに、アセットとは、ひとかたまりの有益な資源という意味である。その点では給付も公共サービスもアセットである(本書、22)。

 これからの福祉政策は、なぜ、いま、AIの進展により、再び注目されつつあるベーシックインカムでもベーシックサービスでもなくベーシックアセットであるのか。また、ベーシックアセットという考えをどのように福祉政策に取り入れていくのか。その解を得るべく、福祉政治論の第一人者である宮本太郎氏による「貧困・介護・育児の政治(朝日新聞出版社)」を拝読させていただくこととした。

 まず感じたことは、福祉政策は政治的影響を受けやすいということだ。本書では、我が国における、貧困政治、介護政治、育児政治を通して、「社会民主主義」、「経済的自由主義(新自由主義)」、「保守主義」の3つの政治潮流の対抗を明らかにする。

中曽根政権による「増税なき財政再建」や小泉政権による「聖域なき構造改革」において、筆者は、財政的制約を第一条件とする「磁力として」の新自由主義という表現を用いる。この「磁力としての経済的自由主義」は、政治が安定すると復調してくる。この「磁力としての経済的自由主義」では、例えば、介護保険については、低所得層が制度から排除される傾向が強まるなどが発生する。また、小泉政権を引き継いだ麻生政権が自民党政治の揺ぐ中、「例外的状況」として社会民主主義的な提起が制度として実現することとなった。本書では、準市場や社会的投資をとおして、人々を社会参加可能とする最低限のアセットとつなぐ。そして、ポスト「第三の道」として、社会民主主義の再生を試みているところに興味を惹かれた。

 政治潮流を背景とし、筆者は、ベーシックインカム、ベーシックサービスの対比を試みながら、ベーシックアセットへの道を提言する。このベーシックアセットという言葉を聞いて、次の言葉を思い出した。

Collective Impact

直訳すれば、「集まることによる力」となる。社会が抱える課題を、行政、企業、NPOなど役割の違う組織が、それぞれの特徴を生かして解決を探る考え方である。朝日新聞記事では、東京都文京区における児童扶養手当、就学援助を受ける世帯に「こども宅食」を届ける例が紹介されている。1)
ベーシックアセットの意義として、宮本氏は、一人ひとりに最適なサービスや所得保障のとの組み合わせについて、当事者が専門家とも相談し、協議しながら選択できて、場合によっては試行錯誤できる仕組みが必要であると説く。(本書306

 私は、「アンダークラス化する若者たち」と「貧困・介護・育児の政治」という一連の福祉政策の書籍からは、何よりも省庁や行政の縦割りの打破と関係機関との連携、そしてその考えを含めたベーシックアセットという考え方が必要であろうと思うに至った。それは、多様な支援機関の資源を活用するとともに、個々のニーズに即した、きめ細やかな施策が可能となることを期待するからだ。

現在、国では、こども庁の創設が進む。
新しく創設されるこども庁が情報を横断的に集約・分析し、強い総合調整機能を持ちながら、アンダークラス化する若者たちに対しての政策を展開してほしいと真に思う。そして、NPOや企業、各自治体とも連携しながら、国民に根差したものにしてほしいと思う。このことは、各自治体においても、同様のことが言えよう。

 コロナ禍において、さらなる分断な社会が進む。「貧困」は、さらなる複雑化・多様化する様相をみせる。政治潮流にも左右されやすい福祉政策であるが、「新たな生活困難層」が置き去りにされないことだけは、強く求められると感じた。例えば、「待機児童の解消」だけでは、少子化対策につながらない。ベーシックアセットという考えを常に意識し、福祉政策を進めるまちには、幸福感が増し、人々が集う。具体的なベーシックアセットの政策例については、本書においてはあまり触れられていないが、筆者によって、3つの重要性を示している。それらの重要性を考慮しながら、政策を立案していく必要があるのだろうと感じた。そして、少子高齢化や貧困化が顕在する現代において、新たなまちづくりは、まず、福祉政策の徹底にあるのではないだろうか。そうすることで、私たちのまちは輝きを取り戻し、少子高齢化や貧困といった社会課題の解決の糸口を探すことが可能となる。

いま、日本の、そして地域の”福祉力”が何より問われていると強く感じた。

1)朝日新聞、波聞風問「子どもの貧困対策 企業ノウハウ未来への投資」、編集委員:多賀谷克彦、2017年9月19日朝刊