2022年9月7日水曜日

「生き方」 ~稲盛和夫氏を偲んで

 ですから、「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は迷いもてらいもなく、生まれたときより少しでもましな人間になる、すなわちわずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいくためだと答えます。
(引用)生き方、著者:稲盛和夫、発行所:株式会社サンマーク出版、2004年、15-16

2022年(令和4年)8月24日、また一人、偉大な経営者が天国へと旅立たれた。「経営の神様」と呼ばれ、京セラ・第二電電(現・KDDI)を創業された稲盛和夫氏である。

30年ほど前、私は大学でマーケティングや経営学を学んだ。当時、経営者(創始者)といえば現パナソニックホールディングスの松下幸之助や本田技研工業の本田宗一郎であった。

私が稲盛氏を知るようになったのは就職してからのことであり、2004年当時、書店の店頭で「生き方(株式会社サンマーク出版)を見つけたからだと思う。すぐに私は、ベストセラーになっていた「生き方」を購入し、貪るように何度も読みふけった記憶がある。

なぜ、私は、稲盛氏の世界に惹き込まれていったのか。
それは、今までの経営書とは、明らかに一線を画すものであったからだ。

では、何が違ったのか。
稲盛流の経営とは、利益を追求することを主眼に置くのではなく、「人間として一番大切なこと」を説いてあったからだ。

つねに前向きで建設的であること。感謝の心を持つこと。善意に満ち、思いやりがあること。努力を惜しまないこと。
学校の道徳の授業を受けているかのような稲盛流の経営学は、「これが上手くいく経営の本質であったか」といったものであった。

その偉大な「経営の神様」の訃報に接し、私は、稲盛和夫氏の「生き方」を改めて拝読させていただくことにした。当時、私は何度も拝読させていただいたので、内容はほとんど頭に入っている。しかし、改めて読ませていただくと、新たな発見が多いことに気付かされた。

稲盛氏と同じく、私は日本の実業家・思想家の中村天風氏の書籍も多く拝読している。その稲盛氏も中村天風氏を尊敬しており、例えば稲盛氏は「有意注意」の大切さを説く。「有意注意」とは、目的を持って真剣に意識や神経を対象に集中させることである。稲盛氏といえば、「一日、一日を『ど真剣』に生きなくてはならない」という言葉があまりにも有名だが、恐らく、その言葉は、中村天風氏の影響を受けていたのではないだろうか。

その中村天風氏も、「有意注意の人生でなければ意味がない」と言われている(本書、75)。このことは、後に稲盛氏が著した「京セラフィロソフィ(サンマーク出版、2014年、218)」にも触れられている。このことから、稲盛氏が「有意注意」について、いかにリーダーとして大切にしてきたかを窺い知ることができる。

それとあわせて、稲盛氏は、自分に起こるすべてのことは、自分の心が作り出しているという根本の原理を大切にされてきた。利他の心、愛の心を持ち、一日一日をど真剣に生きていければ、宇宙の流れに乗って、すばらしい人生を送ることができるとも言われている。そのために、稲盛氏は、「よい思い」をすさまじく思うことの大切さを説く。「生き方」の中では、「ひたむきに、強く一筋に思うこと。(本書43)」というフレーズが登場する。このフレーズからも、稲盛氏が中村天風氏の影響を受けていることが理解できる。

「新しい計画の成就はただ不屈不撓(ふとう)の一心にあり。さらばひたむきにただ想え、気高く、強く、一筋に(中村天風)」

中村天風、そしてその遺志を引き継いだかのように稲盛氏は、生涯を通じて、利他の精神を持って、事業家としての生涯を貫き通した。そして、この二人の生き様は、経営の本質、そして人間にとっての哲学を証明してみせた。

その証明の一つとして、日本航空(JAL)の再建がある。2010年1月、日本航空は、2兆3,000億円という事業会社としては戦後最大の負債を抱えた。日本航空を再生させるべく、稲盛氏は日本航空の会長職に就任する。高齢であった稲盛氏がこの大役を引き受けたのは、日本航空が破綻すると日本経済への影響が大きいこと、残された社員が路頭に迷うのを防ぐためだと言われている。そして、ここでも稲盛氏の哲学を日本航空の社員に叩き込み、見事、2012年9月、日本航空は再上場を果たし、復活を遂げた。

なぜ、日本航空は短期間で再上場を果たすことができたのか。それは、京セラ、そして日本航空の経営理念から読み解くことができる。

(京セラの経営理念)
全従業員の物心両面の幸福を追求すると同時に、人類社会の進歩発展に貢献する

(日本航空の経営理念)
JALグループは、全社員の物心両面の幸福を追求し、
一、お客さまに最高のサービスを提供します。
一、企業価値を高め、社会の進歩発展に貢献します。

これらは、どの事業所にも共通する経営理念ではないだろうか。まず、その企業で働く従業員の幸福を追求する。そして、社会の進歩発展に寄与する。そこに、企業として一番大切な「利益を追求する」という言葉はない。人間として、正しい行動をしていれば、利益は後からついてくる。まさに、稲盛氏の経営に対する考え方、そして人間としての生き方が、さらには哲学が、この短い経営理念に集約されている。

稲盛氏は、本書の中で、人間としての生き方が死生観についても触れられている。稲盛氏は65歳を迎え、真の信仰を得るべく、得度をして仏門にも入られている。稲盛氏は、死について、「現世での死とはあくまでも、魂の新しい始まり(本書228)」と言われている。
本ブログの冒頭でも『死』についての言葉を引用したが、稲盛氏は、自分の魂を来世につなぐべく、利他の心を持ちながら、「いま」を真剣に生きてこられた。

2004年に刊行された「生き方」は、稲盛氏の遺書であり、今を生きる私たちへのメッセージでもある。今後の人生において、今度は私たちが稲盛氏の哲学を実践し、よりよい社会を築いていなかければならないと感じた。

私の尊敬する稲盛和夫氏のご冥福を、心よりお祈りいたします。