2020年6月29日月曜日

行政とデザイン

私たちチームのもとには質問が次々と寄せられた。それらをひと言でまとめると次のようになる。「地域社会における生活の質(QOL)を向上するため、住民のイニシアチブ(自主性)を促すには、どうすればよいでしょうか?」毎回、私たちは同じ仮説に立って回答した ー それは、「イニシアチブはすでにそこにある」というものだ。

(引用)行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方、著者:アンドレ・シャミネー、翻訳:白川部君江、翻訳協力:株式会社トランネット、発行所:株式会社ビー・エヌ・エヌ新社、2019年、158

最近、デザイン関係の本をよく見かける。私は、これほど、デザインが従来の意義を超えて、重要な意味を持ち始めているという事実を、行政機関も看過するわけにはいかないと思う。

2018年5月、国は、「デザイン経営宣言」を発表し、デザインを企業経営に取り入れていくことを提言した。ここでいうデザインとは、製品の色や形といった意匠面だけを指すのではない。以前にも書いたが、広義のデザインは、(公財)日本デザイン振興会による定義がいいと思う。同振興会によれば、広義のデザインは、常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。そして、この一連のプロセスがデザインであり、その結果、実現されたものを「ひとつのデザイン解」と考えるとしている。

著者のアンドレ・シャミネーは、オランダのコンサルティングファームにて組織コンサルタントとして従事している。そして、本書では、行政特有の「厄介な問題」が登場し、デザイン思考を駆使して課題解決に導いた多くの事例を紹介している。面白かったのは、オランダにおける「厄介な問題」と、我が国の行政機関が抱える「厄介な問題」と数多くの共通点が見られたことだ。そのため、我が国においてもデザイン思考を導入する際の参考書として、本書は十分役に立つものと感じた。

もう一つ、オランダも日本も同じだと思うことに、公的機関による公聴会のあり方がある。アンドレ・シャミネー氏によれば、公聴会は、「はじめから結論ありき」と手厳しい。この一文を読んで、私は、ある県で進めようとしているダムの建設と、それに伴う住民の反対運動のことが頭に浮かんだ。デザイン思考の基本姿勢は「共感」であり、テーマとの関係は「参加」である。また、デザイン思考による結果は「新しい意味づけ」となり、権力(ネゴシエーション)による問題解決とは一線を画す。法に則り、時には権力を用いて地方自治を遂行するのは行政機関の役目である。しかし、これからの時代は、住民との共感を得て、デザインフレームを構築していく必要があるのではと感じた。

エンドユーザーと常時接点を持ち、エンドユーザーと協力し、解決策を探る専門家のことを「パウンダリー・スパナー」という。つまり、パウンダリー・スパナーは、公的機関に代わって行政システムの世界とエンドユーザーのいる現実世界を越境しながら活動する専門家のことをいう。

普段、行政の仕事をしていると、職員同士の会話の中で、「だったらこうすればいいじゃないですか」との議論になり、行政本位で政策が決定されていく。しかし、行政の仕事は、全てエンドユーザーにつながっていることを忘れてはいけない。行政というシステムに則って、一方的に政策決定をする時代は終焉を迎えつつある。やはり、社会のために正しいことをするエンドユーザーとの共感を得て、デザインフレームを構築していくプロセスが必要だと感じた。

冒頭にも記したが、エンドユーザーは、行政の抱える厄介な問題に対して、潜在的なイニシアチブによって解決しようと試みる。それは、社会にとって正しいことだ。

「デザインフレームは、政治的にも社会的にも実現可能なとき、初めて役に立つ。(同書174)」とアンドレ・シャミネー氏は言う。
言い換えれば、行政機関とエンドユーザーのどちらも満足が得られるよう、デザインフレームは、社会政策的フレームとの整合性を図りながら、示されなければならない。

すでにこのデザイン経営は、先駆的な、意識の高い行政機関にも取り入れ始められている。事実、本書においても、巻末にて、非常勤のクリエイティブディレクター職が設置されている神戸市の事例などが紹介されている。

私は、デザイン思考を学ぶことは、公務員にとっても必須のスキルになりつつあると感じた。本書は、すべての公務員、そしてデザインに携わるかたにおすすめしたい。




2020年6月28日日曜日

God will never give more than you can bear.

「20日間、休みなしで高校に通っている。」
ふと、昨日、高3になる息子が漏らした言葉に耳を疑った。

新型コロナウイルスの影響によって、受験生の心が揺れ動いている。
安倍首相は、令和2年3月上旬からの小・中・高の臨時休業を要請した。
それから、3ヶ月程度、子どもたちは、学校に通うこともできず、家にいることを強いられた。

目に見えぬ感染症との闘い。
殊に、受験生にとっては、自分との闘いでもある。
学校も閉じていて、友達と語らうことも許されない。
いま、友達は、どこまで勉強が進んでいるのだろうか。
いま、普通に学校があれば、どこまで授業で学んでいるのだろうか。
外出もままならない、閉鎖された空間で、孤独な時間が進んでいったことだろう。

6月から、本格的に学校が再開した。
一時、国では、9月入学の構想を打ち出したが、頓挫した。
そのため、大学入試センターは、来年も1月に実施されることが決まった。

いま、私達ができることは、新型コロナウイルスによる第二波の影響を最小限に抑えることだ。
いや、もうすでに第二波の兆候はみられる。
5月上旬には、いち早く「緊急事態宣言」出して封じ込めに成功した北海道で、第二波が襲った。
また、政府は、6月19日に県境をまたぐ移動を全国解除した。
しかし、その後、東京において、連日のように、新規感染者が50人を超えてきている。
人々の感染リスクに対する意識が薄れる中、第二波の襲来は、近い将来に起こりうるのではないかと誰もが懸念する。

全国に第二波が襲来し、また、学校が臨時休業になったらと思うと、ゾッとする。
とりわけ、受験生にとっては、また振り回されることになるかもしれないからだ。
専門家会議が提言した「新しい生活様式」を一人ひとりが実践し、なんとしてでもウイルスの脅威を排除しなければならない。

私の好きなYOSHIKIは、あるテレビ番組(※)で、コロナ禍における私達に次のメッセージを届けてくれた。

God will never give you more than you can bear.
神は耐えられない試練を人に与えない。

受験生の皆さんへ
皆さんなら、きっと、この困難を乗り越えられるはずだ。
努力は決して裏切らない。
また、「夜明け前が一番暗い」とも言われている。

来年春、希望に満ちた桜が咲き誇る中、皆さんが笑って、新しい道を歩み始めることができますように。

私は、皆さんの頑張りを応援しています。

※R2年4月24日放映 「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS系)







2020年6月15日月曜日

突き抜けるデザインマネジメント

人間というものは、よほど必要性の自覚がない限り、自らモノや情報を探しにはいかないものだ。これだけモノが行き届いた時代となると、なおさらである。しかし潜在的にほしいと思っているモノや情報はあって、それに気づいていないだけなのである。
(引用) 突き抜けるデザインマネジメント、著者:田子學、田子裕子、発行:日経BP、2019年、35

 田子氏による本を読み、私は、「デザイン経営」という言葉を知った。以前、私がデザインの重要性を認識したのは、「とうほくあきんどでざいん塾」、現在のSo-So-LABと関わったときだ。旧とうほくあきんどでざいん塾は、仙台市と協同組合仙台卸商センターとの協働事業で、中小企業とクリエーターを対象としたクリエイティブ・サポート事業だ。デザインを主軸において、企業経営のサポートをする。当時としては、画期的なものだと感じた。

 (公財)日本デザイン振興会によると、デザインという言葉の語源はラテン語にあるといわれ、「計画を記号に表す」という意味だったようだ。そのため、デザインという言葉は、「設計」という意味で定着しつつあるが、時代の流れとともに、少しずつ意味が変化してきているようだ。
 常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。同振興会では、この一連のプロセスがデザインであり、その結果、実現化されたものを「ひとつのデザイン解」と考えるとしている。田子氏によって著された本書においても、デザインマネジメントは、ビジョンが明確になり、戦略を展開し、イノベーションを加速するなど、様々な効果が得られるとしている。

 本書では、大きく2つのデザインマネジメントの事例を掲げている。三井化学と半導体加工メーカーである塩山製作所(山梨県甲州市)だ。甲州市勝沼といえば、言わずとしれた日本ワイン発祥の地である。特に私は、塩山製作所がデザイン経営を取り入れ、ワイン事業に乗り出す事例に感銘を受けた。
 「緑の風薫るワイナリー」をブランドコンセプトとして、塩山製作所は、「甲州」という品種のぶどうのみを使用し、赤ワインとロゼには「マスカット・ベリーA」という品種のみの使用を目指していくとしている。
 何が面白かったといえば、塩山製作所が半導体加工メーカーという畑違いの分野から参戦したにもかかわらず、インダストリーなワイナリーを目指したことだ。ワイナリーの名称は、「MGVs(マグヴィス)」と名付けられ、塩山製作所は、日本ワイナリーの強豪がひしめくなか、一つのブランドを確立することに成功した。この塩山製作所のところを読み進めていくうち、私は、日本酒の「獺祭(だっさい)」を頭に浮かべた。今や世界的に有名な「獺祭」は、酒造りの過程において杜氏がいないことで知られる。獺祭を支えるのは、酒造りの全工程で詳細なデータを取得し、最高の日本酒を作り出すための最適解を導き出してきたIT技術だ。イノベーションの父、ヨーゼフ・シュンペーターは、経済的「創造的破壊」という言葉を使い、持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であると説いた。まさしく、MGVsと獺祭は、昔ながらの伝統製法から創造的破壊を繰り返し、インダストリーな点に新たな価値を見つけた好例と言えるのではないだろうか。

 田子氏によれば、デザインを成立させるためには、ロジカルなシナリオ、感覚の統合による共感、人々を感動させる魂のこもった物語、が必要(同書、364)とのことだ。そしてこれらが交われば交わるほど、デザインの精度があがっていくという。特に人々を感動させる魂のこもった物語、つまり、ラブ(LOVE)には共感できた。感動がなければ、モノがありふれた現代において、人々に受け入れられることはない。
 
 田子氏によれば、ステークホルダーが最も期待することは、「Wow!」と言っている。「Wow!」と聞いて、私は、敬愛するトム・ピーターズを思い出す。

「私がいまこだわっているのは ー それも日本とアメリカをはじめとする成熟した先進工業諸国をはっきりと念頭においてのことなのだが ー この『際立った特質』を追求することである。それがつまり、『ワーオ!』の追求なのだ」
(引用)トム・ピーターズの経営創造、著者:トム・ピーターズ、訳者:平野勇夫、発行:TBSブリタニカ、1995年、3-4

 25年も前にトム・ピーターズが指摘していたこと。つまり、他社より「際立った特質」を追求するために、突き抜けるデザインマネジメントは一つの有力な手法であると感じた。
   いま、私達はVUCA(不安定性、不確実性、複雑性、不透明性)と呼ばれる時代に突入している。先の見えない未来に向かい、私たちの社会活動をより豊かにしてくためには、デザイン思考を取り入れ、より大きな「ワーオ!」を追い求めていくことが必要だと感じた。
 


2020年6月8日月曜日

経営参謀

参謀とは意思決定者を正しく動かす役割を負い、それを実現するために最適な仕事をデザインする人物
(引用)プロフェッショナル経営参謀、著者:杉田浩章、発売:日経BPマーケティング、2020年、25-26

この本は、BCG(ボストン コンサルティング グループ)日本代表の杉田氏によって書かれた。本を読み進めていくうちに、私は、杉田氏による「経営参謀」をテーマにしたセミナーを受講しているような錯覚を覚えた。それは、杉田氏による参謀力のノウハウが、私自身の仕事を振り返る機会にもなったからだ。杉田氏と私の仕事の分野は全く異なるが、杉田氏による経営参謀力のベースは、どの分野の仕事でも通ずるものがある。

これから私は、「仕事の面白みは?」と誰かから聞かれたとき、「経営参謀力」と答えようと思う。
参謀とは、何も管理職に限ったものでもない。意思決定者である上司に対して、いかに伝え、いかに上司を正しく動かし、最適な仕事をデザインしていくか。杉田氏も巻末で書かれているとおり、「経営参謀とは、未来のトップリーダーの予備軍である(同書、308)」ことから、全てのワーカーにとって、経営参謀力は、これからのキャリアアップに欠かせない武器となる。上司の与えられた問いに答えを出すのではなく、上司に正しい問いを突きつけ、経営層に意思決定を迫る。組織全体の方向性を決定づける力こそが、参謀力の醍醐味であると感じた。

本を読み進めていくと、経営参謀の「典型的なコケる10のパターンからの学び」がある。このコケるパターンは、たとえば「トップの指示を鵜呑みにしてそのまま受け入れる(同書、77)」など、日々の仕事で、誰もが経験しているであろう事例に遭遇する。

また、本書の後半に纏められている経営参謀としての「32の能力」にも学びがあり、日々の仕事に意識して取り組んでいきたいと思う事項ばかりが羅列されている。その中で、特に共感できたのが、その道の専門家や有識者と対面し、会話することによって生きた知識を得ることである。私も、職場を異動するたびに、その道の専門家をさがし、対話を重ね、そこから知識を得て、仕事に生かしてきた。その副産物として、それぞれの道の一線で活躍しているかたたちと懇意にさせていただき、自分の人脈にも幅を広げることができたと思う。

さらに、参謀としての能力の一つに「変化を面白いと捉える感受性を持つ(同書、248)」というものがある。新型コロナウイルスの感染による新たな生活様式が求められる現在、私達の暮らしも大きな変化が求められる。その変化をチャンスと捉えるか否か。これは、まさに私たちの参謀力にかかっていることだろう。

惜しみなく経営参謀力のノウハウを教えてくれた杉田氏の本を、多くの人におすすめしたい。