人間というものは、よほど必要性の自覚がない限り、自らモノや情報を探しにはいかないものだ。これだけモノが行き届いた時代となると、なおさらである。しかし潜在的にほしいと思っているモノや情報はあって、それに気づいていないだけなのである。
(引用) 突き抜けるデザインマネジメント、著者:田子學、田子裕子、発行:日経BP、2019年、35
田子氏による本を読み、私は、「デザイン経営」という言葉を知った。以前、私がデザインの重要性を認識したのは、「とうほくあきんどでざいん塾」、現在のSo-So-LABと関わったときだ。旧とうほくあきんどでざいん塾は、仙台市と協同組合仙台卸商センターとの協働事業で、中小企業とクリエーターを対象としたクリエイティブ・サポート事業だ。デザインを主軸において、企業経営のサポートをする。当時としては、画期的なものだと感じた。
(公財)日本デザイン振興会によると、デザインという言葉の語源はラテン語にあるといわれ、「計画を記号に表す」という意味だったようだ。そのため、デザインという言葉は、「設計」という意味で定着しつつあるが、時代の流れとともに、少しずつ意味が変化してきているようだ。
常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。同振興会では、この一連のプロセスがデザインであり、その結果、実現化されたものを「ひとつのデザイン解」と考えるとしている。田子氏によって著された本書においても、デザインマネジメントは、ビジョンが明確になり、戦略を展開し、イノベーションを加速するなど、様々な効果が得られるとしている。
本書では、大きく2つのデザインマネジメントの事例を掲げている。三井化学と半導体加工メーカーである塩山製作所(山梨県甲州市)だ。甲州市勝沼といえば、言わずとしれた日本ワイン発祥の地である。特に私は、塩山製作所がデザイン経営を取り入れ、ワイン事業に乗り出す事例に感銘を受けた。
「緑の風薫るワイナリー」をブランドコンセプトとして、塩山製作所は、「甲州」という品種のぶどうのみを使用し、赤ワインとロゼには「マスカット・ベリーA」という品種のみの使用を目指していくとしている。
何が面白かったといえば、塩山製作所が半導体加工メーカーという畑違いの分野から参戦したにもかかわらず、インダストリーなワイナリーを目指したことだ。ワイナリーの名称は、「MGVs(マグヴィス)」と名付けられ、塩山製作所は、日本ワイナリーの強豪がひしめくなか、一つのブランドを確立することに成功した。この塩山製作所のところを読み進めていくうち、私は、日本酒の「獺祭(だっさい)」を頭に浮かべた。今や世界的に有名な「獺祭」は、酒造りの過程において杜氏がいないことで知られる。獺祭を支えるのは、酒造りの全工程で詳細なデータを取得し、最高の日本酒を作り出すための最適解を導き出してきたIT技術だ。イノベーションの父、ヨーゼフ・シュンペーターは、経済的「創造的破壊」という言葉を使い、持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であると説いた。まさしく、MGVsと獺祭は、昔ながらの伝統製法から創造的破壊を繰り返し、インダストリーな点に新たな価値を見つけた好例と言えるのではないだろうか。
田子氏によれば、デザインを成立させるためには、ロジカルなシナリオ、感覚の統合による共感、人々を感動させる魂のこもった物語、が必要(同書、364)とのことだ。そしてこれらが交われば交わるほど、デザインの精度があがっていくという。特に人々を感動させる魂のこもった物語、つまり、ラブ(LOVE)には共感できた。感動がなければ、モノがありふれた現代において、人々に受け入れられることはない。
田子氏によれば、ステークホルダーが最も期待することは、「Wow!」と言っている。「Wow!」と聞いて、私は、敬愛するトム・ピーターズを思い出す。
「私がいまこだわっているのは ー それも日本とアメリカをはじめとする成熟した先進工業諸国をはっきりと念頭においてのことなのだが ー この『際立った特質』を追求することである。それがつまり、『ワーオ!』の追求なのだ」
(引用)トム・ピーターズの経営創造、著者:トム・ピーターズ、訳者:平野勇夫、発行:TBSブリタニカ、1995年、3-4
25年も前にトム・ピーターズが指摘していたこと。つまり、他社より「際立った特質」を追求するために、突き抜けるデザインマネジメントは一つの有力な手法であると感じた。
いま、私達はVUCA(不安定性、不確実性、複雑性、不透明性)と呼ばれる時代に突入している。先の見えない未来に向かい、私たちの社会活動をより豊かにしてくためには、デザイン思考を取り入れ、より大きな「ワーオ!」を追い求めていくことが必要だと感じた。