私たちチームのもとには質問が次々と寄せられた。それらをひと言でまとめると次のようになる。「地域社会における生活の質(QOL)を向上するため、住民のイニシアチブ(自主性)を促すには、どうすればよいでしょうか?」毎回、私たちは同じ仮説に立って回答した ー それは、「イニシアチブはすでにそこにある」というものだ。
(引用)行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方、著者:アンドレ・シャミネー、翻訳:白川部君江、翻訳協力:株式会社トランネット、発行所:株式会社ビー・エヌ・エヌ新社、2019年、158
最近、デザイン関係の本をよく見かける。私は、これほど、デザインが従来の意義を超えて、重要な意味を持ち始めているという事実を、行政機関も看過するわけにはいかないと思う。
2018年5月、国は、「デザイン経営宣言」を発表し、デザインを企業経営に取り入れていくことを提言した。ここでいうデザインとは、製品の色や形といった意匠面だけを指すのではない。以前にも書いたが、広義のデザインは、(公財)日本デザイン振興会による定義がいいと思う。同振興会によれば、広義のデザインは、常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。そして、この一連のプロセスがデザインであり、その結果、実現されたものを「ひとつのデザイン解」と考えるとしている。
著者のアンドレ・シャミネーは、オランダのコンサルティングファームにて組織コンサルタントとして従事している。そして、本書では、行政特有の「厄介な問題」が登場し、デザイン思考を駆使して課題解決に導いた多くの事例を紹介している。面白かったのは、オランダにおける「厄介な問題」と、我が国の行政機関が抱える「厄介な問題」と数多くの共通点が見られたことだ。そのため、我が国においてもデザイン思考を導入する際の参考書として、本書は十分役に立つものと感じた。
もう一つ、オランダも日本も同じだと思うことに、公的機関による公聴会のあり方がある。アンドレ・シャミネー氏によれば、公聴会は、「はじめから結論ありき」と手厳しい。この一文を読んで、私は、ある県で進めようとしているダムの建設と、それに伴う住民の反対運動のことが頭に浮かんだ。デザイン思考の基本姿勢は「共感」であり、テーマとの関係は「参加」である。また、デザイン思考による結果は「新しい意味づけ」となり、権力(ネゴシエーション)による問題解決とは一線を画す。法に則り、時には権力を用いて地方自治を遂行するのは行政機関の役目である。しかし、これからの時代は、住民との共感を得て、デザインフレームを構築していく必要があるのではと感じた。
エンドユーザーと常時接点を持ち、エンドユーザーと協力し、解決策を探る専門家のことを「パウンダリー・スパナー」という。つまり、パウンダリー・スパナーは、公的機関に代わって行政システムの世界とエンドユーザーのいる現実世界を越境しながら活動する専門家のことをいう。
普段、行政の仕事をしていると、職員同士の会話の中で、「だったらこうすればいいじゃないですか」との議論になり、行政本位で政策が決定されていく。しかし、行政の仕事は、全てエンドユーザーにつながっていることを忘れてはいけない。行政というシステムに則って、一方的に政策決定をする時代は終焉を迎えつつある。やはり、社会のために正しいことをするエンドユーザーとの共感を得て、デザインフレームを構築していくプロセスが必要だと感じた。
冒頭にも記したが、エンドユーザーは、行政の抱える厄介な問題に対して、潜在的なイニシアチブによって解決しようと試みる。それは、社会にとって正しいことだ。
「デザインフレームは、政治的にも社会的にも実現可能なとき、初めて役に立つ。(同書174)」とアンドレ・シャミネー氏は言う。
言い換えれば、行政機関とエンドユーザーのどちらも満足が得られるよう、デザインフレームは、社会政策的フレームとの整合性を図りながら、示されなければならない。
すでにこのデザイン経営は、先駆的な、意識の高い行政機関にも取り入れ始められている。事実、本書においても、巻末にて、非常勤のクリエイティブディレクター職が設置されている神戸市の事例などが紹介されている。
私は、デザイン思考を学ぶことは、公務員にとっても必須のスキルになりつつあると感じた。本書は、すべての公務員、そしてデザインに携わるかたにおすすめしたい。