2021年7月3日土曜日

SXの時代

先入観にとらわれず、最前線の生の情報を知り、先々を見通すために、経営トップは社員とどんどん対話すべきだ。(中略)対話によって世界中の社員とサスティナビリティ経営に関する情報と危機意識を共有し、変化を先取りしていかないと変化の激しい時代に生き残ることはできない。サステナビリティこそ経営戦略そのものだ。
           新浪 剛史氏 (サントリーホールディングス 代表取締役社長)
(引用)SXの時代 究極の生き残り戦略としてのサステナビリティ経営、著者:坂野俊哉、磯貝友紀(PwC Japanグループ)、発行者:村上広樹、発行:日経BP、発売:日経BPマーケティング、2021年、328

私は、「SX」という言葉に初めて出会った。
SXとは、サステナビリティ・トランスフォーメーションのことだ。今、世界で急速に広がっているという。サステナビリティの先進企業は、次々とCO2(二酸化炭素)排出ゼロ(ゼロ・エミッション宣言)を目標に打ち出している。それは、取引先を含めたサプライチェーン全体で、事業ポートフォリオやビジネスモデルを根本から見直し、事業自体を再創造しようとしているという(本書、4)。
SDGsの動きなどもあり(「SXの時代」の筆者らは、SDGsが示唆する迫りくるリスクとその背後にある大きな機会を真剣に考えてみることが重要と説く)、サステナビリティ経営が注目されている。
では、なぜ事業者は、サステナビリティ経営を目指さなければならないのか。
また、サスティナビリティ経営を導入するだけのメリットが得られるのか、といった疑問が湧いてくる。
坂野氏と磯貝氏が所属するPwC Japanグループによる「SXの時代(日経BP,2021)」を読んでみることとした。

まず、そのとおりだなと感じたことは、本書の冒頭に紹介されている親亀、子亀、孫亀の話である。
親亀は、環境価値。
子亀は、社会価値。
孫亀は、経済価値を表す。
親亀の上に子亀が乗り、さらにその上に孫亀が乗る。必然的に、親亀(環境)がコケたら、みんながコケてしまう。特に孫亀だけを可愛がる企業は、親亀と子亀の過剰な負担を軽視しているため、長寿命化を図ることができないと感じた。

そのなかで、Appleを取り上げた事例は、非常に共感した。私も最近、iPhoneを買い替えたのだが、初めてiPhoneをネットで買うこととした。その際、Appleは、今まで使用していたiPhoneの下取りにも積極的であることに気づかされた(Apple社のサイトは、購入のみならず下取りの案内も親切であった)。事実、Appleは、「100%(完全循環型)リサイクルの実現」と「サプライチェーン全体でCO2排出量ゼロとすること」を宣言している。そのため、Appleは、将来的にすべての製品とパッケージを100%リサイクルされた素材と再生可能な素材を使ってつくる開発を進めている。それは、Appleが限りある資源を用いて製造している以上、サスティナビリティを無視して事業継続を行った場合、最後は自分で自分の首を絞めることを知っているからだ。少しなら環境に悪いことをしてもいいという考え方で事業を行った場合、最後は、ブーメランのように自分に返ってくる。サスティナビリティ経営をしていく上では、少しぐらいなら許されるだろうという気持ちを排除し、徹底的に地球に優しい経営をしていく心構えから始めなければならないと感じた。

また、サステナビリティ経営には、4つの型がある。その中で、本書で勧めているのが「ミッション・ドリブン型」と言われるものだ。これは、その企業が掲げるミッション・ビジョンそのものが「環境・社会に関わる課題の解決」であり、企業トップが「このような社会の課題を解決したい」という強い信念を持ち、トップのリーダーシップを原動力に、事業を推進している型のことだ(本書、148-149)。
しかし、目の前には、企業の”利益追求”という永遠の課題が突きつける。A(環境)を実現しようとするとB(利益)が犠牲になるという、いわゆる「トレードオフ」に囚われていては、前に進めない。本書では、トレードオンを阻む5つの壁も紹介されているが、例えばライトグリーン層を狙うなど、トレードオンに方向を変えていかなければならない。そのため、トレードオンに方向を変えるためには、事業者の発想の転換が求められる。目先の利益ばかり追求していれば、中・長期的な利益を損失することになると感じた。

そのために、本書では、事業者らが、自分自身の長期到達点である北極星を見つけることを提案する。もはや、環境や社会の問題は、地球に住む誰もが避けて通れない最重要課題に位置づけられる。事業者は、ビジネスの変革やイノベーション創出を成し遂げ、親亀と子亀と共存しながら利益を生み出す北極星へと向かう。それと同時に、消費者も、例えば、商品購入時に環境に優しい製品の選択をする。つまり、一人ひとりが「グリーンコンシューマー」であるという意識を持たなければならないのだと感じた。

本書では、各国の豊富な事例とともに、経営者らも登場する。冒頭に紹介したサントリーホールディングスの新浪代表取締役社長もその一人だ。新浪社長は、近年の世界各国による異常気象や自然災害の激甚化を危惧されている。そして、かつて在籍されていたローソンでは、気温の変化に連動して商品を販売することが難しくなったことから、「これは地球からのメッセージだと感じた(本書、322)」と言われる。これからの時期(2021年7月に本ブログを執筆)、梅雨も本格化し、出水期と言われる時期に突入した。毎年、各地で豪雨災害のニュースが流れる。すでに異常気象が当たり前という意識では、未来に地球を残せない。

そんな中、スズキをトップとして40年以上率いてきた鈴木修会長が2021年6月25日の定時株主総会後に相談役に退かれるというニュースが流れた。かつて、鈴木修会長も次のように言われていた。
「地球温暖化の問題は、差し迫った危機だ。スズキとしても脱炭素に向けて協力しなければならない。できるかどうか分からないが挑戦する。」1)
その後、鈴木会長は、限りある任期の中、脱炭素への対応を盛り込んだ中期経営計画づくりを急ピッチで推し進めた。
地球上で、なにか事業を行うには、地球に優しくしなければならない。また、地球からの恵みも無駄にしないことも必要だ。そうしなければ、サステナビリティな経営は不可能である。当たり前の答えだが、本書を読み終えて、そう、感じた。

最後に、かのレイチェル・カーソン女史の「沈黙の春」に登場するシュヴァイツァーの言葉を思い出す。

「未来を見る目を失い、現実に先んずるすべを忘れた人間。そのゆきつく先は、自然の破壊だ。」
このような警告を噛み締めながら、今を生きる私たちは、サステナビリティ経営を実践していく義務があるのだと思うに至った。

1)2021年6月25日付 日本経済新聞朝刊(取材は2021年2月)、中部経済 39面