2020年12月31日木曜日

2020年の終わりに

「ピアノ・ソナタ第14番 月光(ベートーヴェン作曲)」について、モデルの市川紗椰は次のように言われる。
「この曲って、聞くときによってすごく静かで安らかに聞こえるときがあれば、すごく憂鬱で不安で悲しく感じるときがあって…。」1)

あと、30分あまりで今年(2020年)も終わりを告げようとしている。今年は、ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの生誕250周年であった。この喜ばしき年に、1年ほど前、中国湖北省武漢市で最初に報告された新型コロナウイルスは、瞬く間に世界中に広がり、人々の暮らしを一変させた。そして、2020年の最後となる本日、東京都では過去最多となる1,337人、全国でも4,519人のかた(20:20現在)が新たに新型コロナウイルスに感染された。私たちは、未だに猛威を振るう新型コロナウイルスにほとんど対応することができず、年を越すことになる。

このような不安を抱くとき、私は、経営の神様と称される松下幸之助氏の言葉を思い出す。
それは、日本が敗戦した昭和20年8月、社員に対してスピーチした言葉である。

「眼前の破局は天の啓示であり、天訓である。」2)

私は、敗戦を経験していないが、2011年3月11日に発生した東日本大震災は経験した。そのときと同じような心境でいる。あのとき、私は被災地に赴き、津波によって何もかも流された場所に立ちつくし、三陸の海を眺めた。被災地では、かつて人々は本当にここで生活していたのだろうかと疑うほど、異様な静けさだけが漂っていた。そして、人間は自然の猛威に対して何もできないという無力感だけ残った。しかし三年ほど前、再び被災地を訪ねたとき、東日本では、人々が立ち上がり、再び希望が戻りつつあった。

冒頭に紹介したが、NHKの番組で市川さんが話されるのを聞いて、ゾクッとした。実は、私も月光に対して同じことを思っていたからだ。あの静かなメロディは、自分の心境によって、表情を変える。いま「月光」を聞けば、私は不安で、憂鬱な気分になる。

このコロナ禍を天訓とみなし、私たちは乗り越えていかなければならない。
過去においても私たち日本人は、敗戦や東日本大震災などの大危機を乗り越えてきた。
そして、私たちは、そのたびに強くなってきた。

いつの日か、明日に希望が持てるように、前夜に「月光」を聞けば心が踊るようになりたい。
そしてベートーヴェンは、最後の交響曲でシラーの詩を書き直し、「歓喜の歌」を遺した。その歌詞を噛み締めながら、「これも天訓であった」と思い、来年の年末こそ「歓喜の歌」を歌いたい。

その日を迎えるため、私たちは、勇気を持って前進しなければならない。

新しい年が、日本中、いや世界中の人々にとって、素晴らしい年になりますように。

そう願わずにはいられない大晦日となった。

                         2020年 大晦日の日に。

                                 宮本佳久

1)2020年12月11日放映 NHKEテレ「ららら♪クラシック」
2)「致知10月号(通巻543号)」、致知出版社、2020年、51頁 


2020年12月27日日曜日

デジタルとAIの未来

 これから世界を開くカギになるのは「AI」「5G」「クラウド」「ビッグデータ」などの技術ではありません。すべては「持続可能性」を実現するために何が必要なのかという視点から見ていくべきでしょう。
(引用)オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る、著者:オードリー・タン、発行所:株式会社プレジデント社、2020年、183

2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担ったオードリー・タン氏による世界初の自著ということで、「オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る」を興味深く読まさせていただいた。現在、オードリー・タン氏は、台湾のデジタル担当政務委員(閣僚)である。IQ180以上とも言われるオードリー・タン氏は、コロナ禍においてどのように国民を守るのか、そしてテクノロジーを活用した近未来をどう描いているのか。この一冊で、一人の若き天才が台湾の人々を新たな時代へ誘う姿を知ることができる。

新型コロナウイルス対策におけるオードリー・タン氏の功績といえば、まず頭に浮かぶのは、マスク在庫管理システムを構築し、台湾の感染拡大防止に大きな貢献を果たしたことだ。しかし、本書を読むと、台湾の新型コロナウイルス対策は、至ってシンプルだということに気づかされる。オードリー・タン氏によれば、ウイルスを防ぐ最良の方法は、石鹸を使って手を洗うこと、アルコール消毒をすること、ソーシャルディスタンスを確保すること、マスク着用することである。新型コロナという目に見えぬ小さな強敵と対峙するなかで、デジタル技術という武器は埋もれているようにみえる。なぜなら、オードリー・タン氏が指摘することは、普段からの私達の知識で、新型コロナウイルスを封じ込めできるということだ。この簡単な感染防止を国民にスムーズに促すため、台湾は上手にデジタル技術を駆使した。そこには、高齢者などに対してのデジタルデバイドは存在しない。Fast(早く)、Fair(公平に)、Fun(楽しく)といった台湾における新型コロナウイルス対策である「3つのF」を実践するなど、防疫対策では、高齢者にも使いやすく設計をするところにオードリー・タン氏の凄さがある。

オードリー・タン氏の施策には、いつも「人」がいる。オードリー・タン氏のような天才なら、全て一人で政治決断をしているのかと思ったら、違った。オードリー・タン氏は多くの人たちから話を聞き、共通の価値観や解決策を導き出す。これを「傾聴の民主主義」と呼ぶ。あと、感心させられたのは、子どもたちの勉強に対する考え方だ。オードリー・タン氏は、子どもたちが「何に関心を持っているか」に注目する。そして、その「子どもたちの関心ごとを破壊してはならない」と言われる。確かに、私も父親として、経験がある。私の長男は、小学校4年生のとき、漢字に興味を持った。そのとき、私は、子どもに小学校の漢字辞典を買い与えた。息子は、貪るように漢字辞典を読破した。次第に息子は、自分が知っている漢字を、早く学校で学びたいと思うようになっていった。そして、息子は、国語が好きになった。

それと同じように、デジタル技術やAIが進歩しても、そこに「人」がいなければ使い勝手の悪いものになる。そして、「人」中心に考えなければ、開発者の自己満足に終わる。人々の意見を聞き入れ、政策に生かす。そして、「傾聴の民主主義」は、台湾に新型コロナウイルスを封じ込めることに成功した。また、「傾聴の民主主義は」、オードリー・タン氏によって、テクノロジーを活用した近未来への創造にも生かされていく。

冒頭、私は、オードリー・タン氏の言葉を引用した。現在、私達の暮らしの中で「5G」「AI」などの言葉が踊る中で、オードリー・タン氏は、「持続可能性」を強調する。そして、誰も取り残さない姿勢やイノベーションも重視する。あくまでもデジタル技術は、多くの人々が一緒に社会や政治のことを考えるツールであり、誰でも使えることが重要であるということだろう。本文中、近未来のAIと人間との関係性の中で、ドラえもんとのび太の関係に似ていると指摘があった。あくまでもデジタル技術はツールであり、今後も「人」が主役でありつづけること。そのことが健全な民主主義を育み、より人々の生活を豊かにすると同時に様々な脅威から守り、持続可能な社会を創造していくのだと感じた。

いま、テクノロジーの進展は凄まじいものがある。それは、人間にとって”脅威”ではなく”希望”だ。これからも、時代の世界を担う若きリーダー、オードリー・タン氏の活躍に注目していきたい。

2020年12月19日土曜日

公民共創の教科書

 ESG投資やエシカル消費といった、公共を意識した経済活動がより一層求められてくる今後の世界においては、民間の本来の活動であるビジネス視点から見たとしてもさまざまなメリットにつながってくるはずだと考えます。
(引用)公民共創の教科書、著者:河村昌美・中川悦宏、発行:学校法人先端教育機構 事業構想大学院大学出版部、2020年、252

近年、公民が連携・共創していく機運が高まりつつある。その背景として、一つめは、AIやIoTなどSociety5.0の到来を受け、行政が有する知見のみでは社会的課題の解決を図ることが困難になってきていること。二つめは、少子高齢化社会の時代を迎え、限りある資源を最大限に活かし、課題解決につながる新たな価値をもつ活動を生み出していく必要に迫られてきているということであると考えられる。

「公民共創の教科書」の著者である河村氏と中川氏はともに横浜市の共創推進室に所属されている。近年、「公民連携」を謳った部署が各自治体においても出現し始めてきた。公民連携といえば、真っ先にPPPやPFIによる運営手法を思い浮かべる。しかし、本書では、PFIによる事例などは、一切触れていない。それよりも株式会社セブン-イレブン・ジャパンと社会福祉法人横浜市社会福祉協議会、横浜市の三者が協定を締結した「閉店・改装するコンビニの在庫商品を地域のために活用する」など、本来の公民が連携をし、共創していく事例が紹介されいて興味深い。

ここで感心させられたのは、公民が連携・共創することで、国連によるSDGs(持続可能な開発目標)を意識した新たな公共価値が創出できるということだ。今後の地方創生には、SDGsが最重要テーマであり、ESG投資が引き込めるかがポイントになるだろう。横浜市におけるセブン-イレブン・ジャパンとの取組みは、本来廃棄されていた閉店・改装するコンビニの在庫商品を有効活用するという観点から、SDGs目標12「つくる責任 つかう責任」達成を目指す。また、コンビニから寄贈された商品は、地域の福祉施設や非営利団体を通じ、それらを必要とする地域の方々に届くようになる。これは、SDGs目標2「飢餓をゼロに」を目指すものだ。この関係は、行政、民間、社会ともに良しとする「三方良し」、つまりWIN-WIN-WINが得られる形となり、従来には存在しない、新たな価値を創造して解決を図るイノベーションとなる。これが公民共創の意義であろう。

従来から、行政と民間は連携していた。政策過程で市民の意見や提案を集めるパブリックコメント、また民間事業者に意見を伺うサウンディング手法もその一つであろう。かつて、私も防災部署に所属していたが、災害時における応援協定もその一つかもしれない。災害時には、市内の大規模小売店が炊き出し用の食材を提供してくれる。それも立派な公民連携である。しかしながら、これらの事例は、公民共創のレベルにまで達していない。私は、真の意味で公民が連携をし、新たな公共価値を創造する域にまで達しなければ公民が連携し共創する意味がないと感じた。特に本書では、フレームワーク、「公民共創版リーンキャンバス」の活用や、リーンキャンバスによって仮設を立てた共創事業アイデアをより詳細にし、全体を俯瞰できる「公民共創版ビジネスモデルハウス」というフレームワークも紹介されている。これらのフレームワークは、今後の公民共創に取り組む上で、とても有用なものだと感じた。

公民共創という言葉を聞いて、私は「企業は社会の公器」という松下幸之助氏の言葉を思い出した。従来から企業や各種法人、NPO、市民活動、大学や研究機関等の多様な民間主体は、社会が求める仕事を担い、新たな社会を創造してきた。まさに「公民」という言い方をするが、ともに事業目的は「公」である。民間主体と行政主体が連携し、新たな価値を共創していくことは、劇的に社会構造が変化する中で必然的な流れであると感じた。本書では、公民共創のフロントランナーである横浜市が得た形式知と実践知が惜しげもなく披露されている。まだ公民共創の分野は各自治体で手探りの状態が続いているところも多い。本書は、そのタイトルのとおり、教科書的な存在として、一つの解をもたらしてくれた。


2020年12月5日土曜日

地方創生×SDGs×ESG投資

それは、先進国、開発途上国を問わず、経済、社会および環境の三側面において、持続可能な開発を統合的取組として推進するものであり、その市場規模は、2030年まで4つの経済システム(エネルギー、都市、農業、保健)でグローバル目標を達成すると、12兆ドル(約1,320兆円)と3億8千万人の新規雇用が発生するとされている。
(引用)地方創生×SDGs×ESG投資 ー市場規模から見た実践戦略で甦る地方自治体と日本ー、著者:赤川彰彦、発行所:学陽書房、2020年、332

かつて、私も三菱総合研究所のかたたちと産業振興の分野でご一緒に仕事をさせていただいたことがある。その際、研究所のかたたちとともに過ごした時間は、建設的な意見を交わすことができ、とても有意義であった。このたびの「地方創生×SDGs×ESG投資」の著者、赤川氏も三菱総合研究所の客員研究員を務められている。「地方創生」、「SDGs」そして「ESG投資」とホットな話題を掛け合わせた本書のタイトルにも惹かれ、赤川氏の著された本を読ませていただくこととした。

本書は、「戦略的地方創生とSDGs」、「SDGs・ESG投資」の2篇から構成されている。序章から地方自治体の人口減少と超高齢化、財政状況や地方創生政策の推移など、現在の我が国の課題を浮かび上がらせている。そして、環境、観光、健康産業におる戦略的地方創生ということで、各分野の現状と市場規模を詳説している。特に、観光分野については、訪日外国人と国内旅行を2つに区分し、それぞれの旅行者数と消費額規模を明らかにして地方への誘客を図るための対策が述べられている。これらの対策については、今までの国の動向統計データなどエビデンスに基づいた提言がなされていて、読み手としても理解が深まる。

本書で紹介されている観光分野における事例の一つに「広域連携型地方創生(せとうちDMO)」がある。このせとうちDMOは、ニューツーリズム(旅行先での人や自然のふれあいを重視した新しいタイプの着地型旅行)の事例として紹介されている。その中で、ドイツ人地理学者のフェルディナンド・フォン・リヒトホーフェンが瀬戸内の美しさに驚嘆したときの言葉が本書で紹介されている。「広い区域にわたる優美な景色で、これ以上のものは世界の何処にもないであろう(本書194)」と。

かつて、私もしまなみ海道をサイクリングしたことがある。その際、出会ったのは、リヒトホーフェンが言う「美しい景色」であった。そして、「至る所に生命と活動があり、幸福と繁栄の象徴」があった。当時私は、広島県尾道市からフェリーで渡り、自転車に乗りながら、向島、因島、生口島へと進んだ。天候にも恵まれ、島から島へと渡る橋の上から瀬戸内海に浮かぶ島の景色を見ると、言葉では言い表せない絶景が広がっていた。また、大三島では、大山祗神社に参拝したときの清々しさを忘れることができない。しまなみ海道の旅は、美しい自然、風習、味などに触れることとなり、生涯忘れられない旅となった。

もう一度、本書の原点に立ち返ると、しまなみ海道の事例でも上手く組み合わさっていた環境・観光・健康の3K産業は、莫大な市場規模がある。そして、それぞれの分野が持つプラットフォームを組み合わせ、SDGs、ESGを重視した事業として展開していく。そうすることによって、持続可能な次世代型戦略的地方創生が構築できるということだろう。

本書を読み、私はアメリカデューク大学の研究者であるキャシー・デビッドソン教授の言葉を思い出した。
「2011年度にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学卒業時、今は存在していない職業に就くだろう」
では、これからを生きる若者は、そして衰退する地方の活性化はどうしたら良いのか。それは、いくらAIなどの情報科学技術が進展したとしても、SDGsやそれにつながるESGに関わる産業・事業に求めることが一つの解となってくる。それが牽いては地方創生にも繋がっていくことに、私は改めて気づかされた。

本書は、これからの「働く人や地域の未来」を考える上で、水先案内人となり得る。何度でも読み返したい良書である。



2020年11月23日月曜日

自治体のSDGs

「どうやって直すのかわからないものを、壊し続けるのはもうやめてください」
                                                               セヴァン・スズキ(当時12歳)  
  環境と開発のための国連会議(地球サミット)にて(リオ・デ・ジャネイロ,1992年)
(引用)まちの未来を描く! 自治体のSDGs、著者:高木超、発行所:学陽書房、2020年、45

2015年9月にニューヨーク国連本部で採択された持続可能な開発目標(SDGs)は、「誰一人取り残さない」ことを目的とし、17のゴール、169のターゲット、232の指標で構成されている。この17のゴールを眺めてみると、例えば「貧困をなくそう」や「飢餓をゼロに」といった、一見、我が国に関係のないような目標も含まれているかと思う。しかし、昨今、SDGsを意識した各自治体の取り組みが多いと聞く。なぜ、いまSDGsなのか。SDGsの視点を踏まえた自治体政策のあり方について学ぶべく、高木氏の著書「まちの未来を描く! 自治体のSDGs」を読ませていただいた。

本書の冒頭からSDGsの17のゴール、例えば「貧困をなくそう(ゴール1)」から順に、ゴールごとに「SDGs(世界レベル)」と「自治体レベル」と区分されて解説がなされている。この解説では、発展途上国しか関係なさそうであったSDGsのゴールが、私達の身近な問題として(自治体レベルで)捉えることができるようになる。まず、「貧困をなくそう」では、自治体レベルの課題として「見えづらい子どもたちの貧困問題」が取り上げられている。我が国においても、2015年時点で13.9%の子どもたちが貧困状態に置かれているという(本書、3)。国による就学援助制度も存在するが、その制度のみで子どもの貧困対策になるのだろうか。学びたくても学べない子どもたちが、まだまだ我が国にもいる。高校、大学へ進学したくても行けない子どもたちがいる。特にいま、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るう。独立行政法人日本学生支援機構では、「新型コロナウイルス感染症に係る影響を受けて家計が急変した方への支援」を実施していると聞く。SDGsの最初のゴールである「貧困をなくそう」から、各自治体でも身近な取り組みとして捉えていかなければならないと感じた。

本書では、「インターリンケージ」というSDGsのキーワードが出てくる。インターリンケージとは、複数のモノ・コト・が相互につながっていることを表している(本書、52)。このインターリンケージというキーワードは、今後、各自治体の縦割り組織を打破し、多様化する諸課題を解決に導くものではないかと感じた。本書でもSDGsのもう一つのキーワードで、「経済」「社会」「環境」の三側面があるとしている。なにかモノを作り、環境に配慮(例えばリサイクルしやすいように)し、新たな雇用を生み出し、そこに住む人達のためになる。このインターリンケージという言葉は、我が国においても近江商人が経営哲学として重んじてきた「三方良し(売り手良し、買い手良し、社会良し)」と通づるところがあると思った。各自治体は、SDGsのゴールを見つめ直し、「経済」「社会」そして「環境」という側面を意識し、横串を通した連携を図り、どうインターリンケージできるかを考えてみることも必要であろうと感じた。それが牽いては、持続可能な社会を創造することに繋がる。このことは、本書の後半で紹介されている各自治体の事例においても確認することができる。

SDGsの目標は、なにも発展途上国のものだけではない。高木氏の本を拝読し、我が国、そして我が地域に置き換えて見ることで、真に必要な課題が浮かび上がってくる。その課題は、何も特別なものではなく、しかしながら非常に整理されていて、「持続可能な社会」を創造していくのに必要なものばかりだ。グローバルでマクロなSDGsの観点から、ミクロ的視点を用いて各自治体の課題を洗い出し、どうつなげて政策を展開していくのかという手法は、大いに有効なものであると感じるに至った。

冒頭、セヴァン・スズキさんの言葉を引用した。WWF(世界自然保護基金)の報告では、世界中の人達が同じ生活を続けていくと、今後、地球1.7個分の資源が必要になる(本書、61)という。20世紀型の大量生産・大量消費という時代は終焉した。これからは、各自治体からもっと視野を広げ、世界的な視点で見つめ直し、それぞれが持続可能な社会、持続可能な世界を構築しなければならないと感じた。そして、これからを生きるセヴァンさんのような若い方たちに、地球を、そして私たちのまちや暮らしを引き継いでいかなければならないと感じた。

本書の後半では、各自治体のSDGsの取組事例が掲載されている。埼玉県北本市では、シティプロモーションの「mGAP」という指標も紹介されている。この「mGAP」に触れ、私は「シティプロモーション2.0」を著された河井孝仁氏の教えを実践されているのだなと感じた。そして、シティプロモーションの取り組みのなかでも、SDGsを意識することが大切なんだと思い、大変興味深く読まさせていただいた。また、北本市のホームページから、本書でも紹介されていたシティプロモーション雑誌「&green(アンドグリーン)」も見させていただいた。アンドグリーンでは、森や緑、自然そして安全安心に至るまで、SDGsを意識した内容になっていた。

このたび、高木氏の本を拝読させていただき、自治体職員はそれぞれがSDGsを意識し、普段行っている仕事にSDGsの視点を取り入れていくことから始めていくべきだと思うに至った。

         

2020年11月15日日曜日

共鳴する未来

データ駆動型社会のポイントは二つあります。一つは、貨幣以外の多元的な価値を可視化できることであり、もう一つは、個別的なサービスや対応ができるようになったことです。

(引用)共鳴する未来 データ革命で生み出すこれからの世界、著者:宮田裕章、発行者:小野寺優、発行所:株式会社河出書房新社、2020年、170

本書を読んで、私は我が国におけるデータの適切な活用について考えさせられた。本書では、「データは誰のものか」、「多元的な価値を可視化する仕組みは根付くのか」といったことをテーマにしている。まず、「データは誰のものか」といった議論は、山本龍彦氏と宮田氏との対談で理解を深めることができる。折角収集したデータの活用が怖いから、予めデータの提供者から「同意」を得る。こうした、いわゆる「同意疲れ」の課題は、誰でも経験していることだろう。その中で、山本氏が言われるとおり、「『同意』の取得機会を増やすことではなく、誰とデータを共有するかに関する自己決定権の行使をどういうふうに実行的なものしていくのか(本書、106)」といった指摘は大変共感できた。

また、著者である宮田氏は、これからの時代、労働が富の源泉であるという労働価値説からデータが価値の源泉となるデータ駆動型社会を提唱している。なぜ、データ駆動型社会なのか。本書でも少し触れているが、私は、会津若松市のスマートシティの取り組みを思い出した。会津若松市では、ICT(情報通信技術)や環境技術など、健康や福祉、教育、防災、さらにはエネルギー、交通、環境といった生活を取り巻く様々な分野を活用してる。その会津若松市では、人口減少下においても、「魅力的な仕事のあるまち」や「生活の利便性が高いまち」を目指していくという。このスマートシティでは、宮田氏が言われるデータを共有材としてみなし、個々人の生き方を支援することに寄与するプラットフォームの設計思想が根付いているのではないだろうか。宮田氏は、「スマートシティだけでなく、スマートヴィレッジ、あるいはもう少し小さい単位としてスマートコミュニティがあってもいい(同書、194)」と指摘する。まさに地域に根ざした単位から始めるというところにも共感した。

さらに、宮田氏は、本書の冒頭で、「誰も取り残すことなく、一人ひとりが豊かな生き方を考え実現することを、支えるものであること(本書、3)」と言われる。その言葉は、データ駆動型社会の礎になっているのだと感じた。本書でも触れているが、その「誰も取り残すことなく」というのは、SDGsの理念と合致する。私も教育現場に携わっているが、国の進めるGIGAスクール構想により、小中学生の児童・生徒に1人1台端末を配備することが急速に進められている。実は、そのタブレット端末を使った授業では、「誰も取り残さないこと」が期待されている。先日、教育現場を視察したが、授業では、子どもたちがタブレット端末に各々の意見を書き込み、教室のディスプレイに瞬時に一覧として表示される。これにより、今まで、限られた授業時間で一部の意見しか拾えなかったものが、すべての子ども達の意見が出揃う。そこから私は、個々の多様性が生まれると同時に、学び合うことにより、子どもたちの理解が深まっていくと感じた。

本書を拝読し、個々のデータが共有財産として響き合い、多様性を持った新たな社会を創造していく。その新たな社会で人々は、貨幣で決して得られない、新たな「幸福感」を得られるのだと感じた。

2020年11月7日土曜日

ワイズカンパニー

 われわれの研究では、形式知と暗黙知を用いるだけでは不十分であることが示されている。リーダーはもう一つ別の知識も使わなくてはいけない。それはしばしば忘れられがちな実践知である。実践知とは、経験によって培われる暗黙知であり、賢明な判断を下すことや、価値観とモラルに従って、実情に即した行動を取ることを可能にする知識である。
(引用)ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル、著者:野中郁次郎、竹内弘高、訳者:黒輪篤嗣、発行者:駒橋憲一、発行所:東洋経済新報社、2020年、39

野中氏によって著された「知識創造企業」からおよそ四半世紀、ついに待望の「ワイズカンパニー(東洋経済新報社、2020年)が刊行された。サブタイトルは、「知識創造から知識実践への新しいモデル」とある。本書では、知識創造の世界から実践を繰り返し、知恵にまで高めることの重要性を示している。

野中氏が提唱し、もはや知識創造・実践モデルとして世界でも受け入れられている「SECI(セキ)モデル」。本書では、新しいSECIモデルが示されている。そこには、個人から始まり、チーム、組織、そして環境という要素を加え、存在論的な次元で生じる相互作用を加えた。そして、いまや伝説となっている京セラの創業者である稲盛和夫氏によるJALの再建を事例として、本書ではSECIモデルをやさしく説明してくれる。当時、私は、稲盛氏が難なくJALを経営再建していく姿を目の当たりにし、まさに、稲盛氏の「実践知」の凄さに感銘を受けた。と同時に、本書を読み、稲盛氏によって、JALの再建がSECIモデルに沿って実行されたこと、またSECIモデルの有効性が実証されたのだと感じた。

SECIモデルでは、共同化、表出化、連結化そして内面化のスパイラルを発生させることにより、拡大していく。最近、私は、シティプロモーション関連の本を読んだが、そこにもSECIモデルが紹介されていた。なにもSECIモデルは、企業だけのものではない。私は、まちづくりやNPO、行政など、様々な組織で活用ができると感じた。

本書の前半で「知識実践の起源」が紹介されていることも興味深い。時代は、アリストテレスの時代まで遡る。そのアリストテレスが唱えた「フロネシス(実践的な知恵(実践知)(本書、59)」は、2400年の時を経ても色褪せることがない。普段、私も仕事をしていて感じることは、「何事も実践してみること」だと思う。ときには、失敗を繰り返すこともある。しかし、実践を繰り返さなければ、「実践知」を得ることはできない。本書には、YKKの創業者、吉田忠雄氏の語録も紹介されている。

「何しろ、私は理屈抜きにして働かない人を好きじゃないですね。どれだけ頭がよくてもね(本書、172)」

この言葉に、私は強く共感する。いま、私が自分の仕事を通じて感じることは、「働きたくても働けない人」がいるということだ。それは、吉田氏が言われる「頭のよさ」に関係しない。私が言う「働けない人」というのは、今までの自身の仕事で、実践を繰り返さず、実践知が足りないということだ。ときには、「綱渡り的な仕事」も存在する。この仕事が失敗すれば、自分の地位を失うと感じ、チャレンジを諦める人たちがいる。私から言わせれば、「もったいない」の一言だ。新型コロナウイルス感染拡大時において、北海道や大阪府の知事が脚光を浴びた。これは、その危機から逃げず、前面に立ち、道民や府民を守るというリーダーの姿を見せたからであろう。私は、「ピンチはチャンス」だと思う。その危機的な状況においては、さらに貴重な「実践知」が得られると私は思う。そして、リーダーとしての自信にもつながるのではないかと思う。

少し脱線したが、本書では、私の敬愛するピーター・F・ドラッカー氏や稲盛和夫氏をはじめ、ホンダの創業者の本田宗一郎氏、ユニクロの柳井正氏、トヨタの豊田章男氏などが登場する。本書を読み進めると、「どこかで聞いたエピソードだな」と思うところが随所に出てくる。そのため、この1冊で、ビジネススキルの要点が網羅されているような感じも受けた。それらのエピソードは、ワイズ(Wise)リーダーになるための心得にもつながる。

今後、SECIモデルを用いて自身の事業や公共的な施策などを拡大していきたいかた、また一流のリーダーシップを学ばれたいかたに、本書をオススメしたい。


2020年10月31日土曜日

シティプロモーション2.0

シティプロモーションとは、 私の定義では「地域を持続的に発展させるために、地域の魅力を創出し、地域内外に効果的に訴求し、それにより、人材・物財・資金・情報などの資源を地域内部で活用可能としてくこと」を指す。
(引用)「関係人口」創出で地域経済をうるおすシティプロモーション2.0 ーまちづくり参画への「意欲」を高めるためにはー、著者:河井孝仁、発行者:田中英弥、発行所:第一法規株式会社、発行年:2020年、5

私はシティプロモーションの理解を深めるべく、河井孝仁氏による前著、『「失敗」からひも解くシティプロモーション ーなにが「成否」を分けたのか』(2017年、第一法規)から連続して、河井氏が著された書籍を読ませていただいた。最新刊では、そこに実際住んでいる「定住人口」ではなく、「地域に関わろうとする、ある一定以上の意欲を持ち、地域に生きる人々の持続的な幸せに資する存在」(本書、33)である「関係人口」に焦点をあてている。この「関係人口」創出で地域経済を潤すことが可能になるという。ただ、河井氏が指摘するとおり、「関係人口」の捉え方が各自治体でマチマチだ。我が国も人口減少時代を迎え、定住人口の増加が見込めない。そこで、ある意味「ゆるい」定義である「関係人口」という言葉がこぞって使われるようになった。しかし、この「ゆるさ」は、行政の都合の良い方向へ進めてしまうことがある。河井氏は、関係人口という考え方を基礎において、多様性と定量化の二兎を追う関係人口ネクステージを定量化するため、河井氏が従来から指摘してきた修正地域参画総量指標(mGAP)を提示する。本書では、具体的なmGAPの定量化する手順が示されている。私は、このmGAPに「感謝意欲」が含まれていることに感銘を受ける。かつて私も地元小中のPTA役員を歴任したり、地元の祭りの世話役などをしてきた。そのとき、まちの行事に参加するためのモチベーションは、周りからの「感謝」であった。その感謝意欲までも定量化し、関係人口を定量化する手法には、私も賛成だ。

従来、各自治体のシティプロモーション戦略は、ブランド化、定住人口の増加を目指していたフシがある。恥ずかしながら、私もシティプロモーションとは、都市の知名度向上することだと思っていた。いや、実際にそのように考えられていた時代がある。これを河井氏は、シティプロモーション1.0の時代と呼ぶ。これは、2014年に元岩手県知事で現日本郵政取締役代表執行役社長の増田寛也氏が座長を務めた日本創成会議・人口減少問題検討分科会に起因する。この分科会は、「消滅可能性都市896のリスト」を発表した。そして当時、増田氏の編著により、「地方消滅 東京一極集中が招く人口急減」が発行され、話題を呼んだ。この「消滅都市」というセンセーショナルなキーワードは、我が国が人口減少時代を迎える中で、ヒトの「取り合い」が始まった。その救世主として、各自治体は、シティプロモーションを取り入れ、定住人口の増加を目指したのだろう。まさに、我が国におけるシティプロモーションの創成期ともいえるのではないだろうか。

河井氏の本を読み進め、私は、シティプロモーションが一過性のものでないということを知った。シティプロモーションはブランドを構築すれば良し、子育て世帯の定住人口が増加すれば良しではないのだ。河井氏が提案する関係人口を創り出すプラットフォーム、いわゆる「地域魅力創造サイクル」は、継続性を求める。ややもすると、打ち上げ花火的なシティプロモーションも存在する中で、その地域に根ざし、愛着心を育み、心からプロモートする。その「地域魅力創造サイクル」を回し続けていくことが重要であると思った。そのため、「いまここ」から未来に向け、河井氏は、シティプロモーション2.0を推奨する。定住人口から関係人口へ、単なる知名度向上から地域魅力創造やメディア活用へ、そして地域連携へとシティプロモーションは進化を遂げる。その理由として、私は自治体の独りよがりではない、そこに住む人達や関係している人たちが「主役」となることに気づいたからではないか思った。

また、本書では、関与者の成長にも言及しているところが面白い。その成長を促すため、野中郁次郎氏らが示したSECIモデルなるものが登場する。この9月、野中郁次郎氏らが新たに「ワイズカンパニー 知識創造から知識実践への新しいモデル(東洋経済新報社、2020.9)を発刊した。これには、新しいSECIモデルが示されているようだが、企業組織を成長させるこのモデルは、地域を成長させることにも有効だと思った。この河井氏によるシティプロモーション関連の本を読み終え、次に私は「ワイズカンパニー」を読ませていただこうと心に決めている。

河井氏による最新刊の「おわりに」に、新型コロナウイルスについても触れている。私は、新型コロナウイルスにより、地方がシティプロモーションを展開する絶好の機会だと考えている。それを裏付けるかのように、東京一極集中から、テレワークの推進などで地方への回帰が始まっている。ネットさえつながえれば、東京にいる必要はなくなりつつある。そのため、地方の自治体は、シティプロモーション2.0を展開することにより、関係人口を創出することが容易となってくる。このピンチをチャンスに変えられるかは、各自治体の取組みにかかっている。

「自助・共助」という言葉がある。近年、防災的な意味合いで「自助・共助」という言葉は多用されているが、そこに住む人々が支え合い、感謝しあい、自分たちのまちを愛し、人々にも推奨する。河井氏による一連のシティプロモーションの本を読ませていただき、この好循環こそが、シティプロモーションではないかと考えるに至った。

2020年10月24日土曜日

「失敗」からひも解くシティプロモーション

 まちに住む人たちの推奨意欲・参加意欲・感謝意欲に加えて、まちの外からまちに共感する人たちの推奨意欲、これらすべてを加えたものを「地域参画総量」といおう。
(引用)「失敗」からひも解くシティプロモーション ーなにが「成否」をわけたのか、著者:河井孝仁、発行者:田中英弥、発行所:第一法規株式会社、初版発行:平成29年10月15日、12

シティプロモーション。このカタカナの言葉は、時として、行政マンを悩ます。シティープロモーションをするため、各自治体は動画を作ればよいのか、またキャッチコピーを考えればいいのか、それとも市のシンボル的なロゴマークを製作すればよいのかなど。各自治体によっても、シティプロモーションの捉え方が違ってくると思う。そのことが起因して、ターゲットがずれ、施策がずれ、メディア戦略がずれ、各自治体の独りよがりな施策に陥り、「失敗」を引き起こすこととなる。

その「失敗」からの助け舟を出してくれるのが、河井氏による「『失敗』からひも解くシティプロモーション(第一法規株式会社)」だ。各自治体が”手探り”でシティプロモーションを展開し、「失敗」した事例も紹介してくれる。その中で、河井氏が主張するのは、冒頭に記した「地域参画総量」という言葉だ。河井氏によれば、「この地域参画総量を増加させることができれば、具体的な定住促進、産品振興、交流拡大の取組みにとっての、熱を持ったしなやかな土台になる(同書13)」としている。この地域参画総量という言葉に出会い、私は、今まで、曖昧だったシティプロモーションの定義、そして全容がクリアになっていった。

本書の後半には、各自治体のシティプロモーションの失敗を生かし、河井氏直伝による「シティプロモーションの成功法」が書かれている。その示されている手順通りに進めば、シティプロモーションは、最大の武器となってくる。その武器を携え、自治体職員とそこに住む人達がまちの「空気」や「雰囲気」を醸し出せるような戦略を実行していくことこそが、何より重要であることが理解できた。

本書では、神奈川県の「大学発・政策提案制度」も紹介されている。これは、神奈川県内においてシティプローモーションを的確に行いたいという目的を神奈川県と大学(研究室)が共有し、神奈川県が協働主唱者となり、大学(研究室)が協働呼応者となった取組み(本書、96)である。この取組みを知り、私は、慶應義塾大学飯盛義徳研究室による「KANAZAWA GENKI PROJECT」を思い出す。このプロジェクトでは、金沢の女子大生14人がグループを作り、”かなざわ娘”として、1年間にわたって金沢の魅力をPRしたり、企業と一緒に金沢の新しい名産品の作成に取り組んだりしているという。1)

金沢の女子大生は、なにも地元の娘ばかりではないだろう。ただ、縁があって金沢に住み、金沢の魅力推奨し、まちづくりに参加し、まちへの感謝を増やしていく。そして金沢の外に住む人達の推奨意欲が高まれば、金沢の人たちは、持続的な幸せを実現できることになる。私は、まさにこのような取組みがシティプロモーションだと思うに至った。

本書は、シティプロモーションで悩める自治体職員、そして自分たちの住むまちに誇りを持ち、「何とかしたい」と考えている人たちにオススメしたい。

1)KANAZAWA GENKI PROJECT 慶應義塾大学 飯盛義徳研究室

2020年10月10日土曜日

LIFE SPAN 老いなき世界

 老化は1個の病気である。私はそう確信している。その病気は治療可能であり、私たちが生きているあいだに治せるようになると信じている。そうなれば、人間の健康に対する私たちの見方は根底からくつがえるだろう。
(引用)LIFESPAN 老いなき世界、著者:デビッド・A・シンクレア、マシュー・D・ラプラント、訳者:梶山あゆみ、発行者:駒橋憲一、発行所:東洋経済新報社、2020年、160

「LIFESPAN 老いなき世界」を読み終えて、私は、秦の始皇帝のことを思い浮かべた。中国全土を統一し、すべてを手中に収めた始皇帝は、唯一手に入れていない”不老不死”を求めるようになる。そのため、始皇帝は、秦の方士である徐福に命じ、不老不死の薬を探させる。しかし、始皇帝は、その甲斐もなく49歳で亡くなってしまう。いま、始皇帝がご存命なら、迷わず私は、この「LIFESPAN」の本を勧めたことだろう。最先端科学とテクノロジーが老化のメカニズムを解明し、老化防止で「今できること」が書かれているからだ。

本書は2部構成になっている。第1部では、老化を「病気」として捉え、それを積極的に治療することが簡単にできるだけではなく、そうすべきであることも示している。また、第2部では、老化に終止符を打つために、すぐにできる対処法や、現在開発中の新しい医学療法を紹介している。何よりもまず、老化を防止されたいかたは、第2部から購読して実践されても良いかと思う。私は、第1部から拝読させていただいたが、ハーバード大学ポール・F・グレン老化生物学研究センターの共同所長であるデビッド・A・シンクレア氏が分かりやすく老化のメカニズムを解説してくれる。本書には、「ゲノム」や「エピゲノム」を始め多くの専門用語が頻出してくる。これらの難解な専門用語についてシンクレア氏は、ゲノムをピアノに、エピゲノムをピアニストに例えて説明されているなど、誰もが理解しやすいように解説してくれる。まるで、高校の生物の授業を受けているかのように、世界最先端の老化のメカニズムがすんなりと頭に入ってきた。

第2部では、いよいよ老化を防止させるための実践編が登場する。なぜ、運動が良いのか、またなぜ少食がいいのかなど、こちらも科学的根拠(エビデンス)をもとに分かりやすく解説してくれる。さらに本書の474ページからは、シンクレア氏が日常行っている老化防止の実践例が紹介されている。これらは、今すぐに私達の生活にも取り入れられるものばかりだ。

ややもすると、私達の多くは、「老化すること」について、”諦め”や”恐れ”でしかなかったのかもしれない。しかし、この「LIFESPAN」を拝読すると、老化を防止し、この先も元気に生きようとする”希望”が記されている。1989年と比べて2019年の我が国の平均寿命は、女性5.68歳、男性5.5歳延び、女性87.45歳、男性81.41歳と過去最高になったという。1)
いよいよ「人生100年時代」も視野に入ってきた。多くの方が「LIFESPAN」に書かれていることを実践し、さらにシンクレア氏を筆頭とした老化医学も進化すれば、さしあたって「人生120年時代」も夢ではないだろう。本書を拝読し、これからも、私は、好きなテニスなどを楽しんで、人生を謳歌していきたいと思った。

(資料)
1)nippon.com 2020.08.04 配信

2020年10月9日金曜日

ひるまないリーダー

 リーダーたらんとする人々が真剣に責任を取るのは、苦労するにもかかわらずではなく、苦労が伴うからこそであるということだ。 

(引用)ハーバード流 マネジメント講座 ひるまないリーダー、著者:ジョセフ・L・バダラッコ、訳者:山内あゆ子、発行人:佐々木幹夫、発行所:株式会社翔泳社、2014年、162

先行きが不透明な時代における新たなリーダー像が模索されている。特に現在、新型コロナ感染拡大による影響を受け、ビジネスモデルの方向転換を余儀なくされているケースも多々ある。例えば、旅行大手のエイチ・アイ・エス(HIS)は、オンライツアーにも注力し、家庭で旅行気分が味わえることなどを提案する。また、日本航空(JAL/JL)は、新型コロナウイルス感染症の影響で旅客需要が落ち込む中、客室乗務員約20人を「ふるさとアンバサダー」として公募し、地方の拠点に配置転換して、新たに地域の魅力を発信する事業を展開する。私は、このようなビジネスモデルの大転換期を迎えている今、読み返したい本があった。それは、ハーバード・ビジネススクールのジョセフ・L・バダラッコ氏によって著された「ひるまないリーダー(翔泳社)」だ。

近年、リーダーシップに関する書籍といえば、希望、夢、楽観的などのキーワードが散りばめられたものが多いように思う。しかし、本書は、リーダーシップの苦労や努力などについて論じれている。そこには、地に足がついた本来のリーダー像の姿が示されている。そして、本書に紹介されている先行きが不透明な時代にも通用する5つの質問(バダラッコ氏は、「時代を超える質問」としている)に回答していくことで、先が見通せない時代においても、リーダーシップを発揮することが可能となる。

この5つの質問の最初は、「自分は現状を取り巻く環境を十分に把握しているか(同書、15)」である。この最初の質問を見て、私はOODA(ウーダ)ループと似通っていると感じた。OODAループとは、アメリカの軍事戦略家のジョン・ボイド氏が発明したもので、先の読めない時代の意思決定手法である。よく、PDCAサイクルと比較されるが、OODAループは、Observe(観察)、Orient(状況判断)、Decide(意思決定)、Act(行動)の頭文字をとったものだ。このように、バダラッコ氏が示す5つの質問の最初は、Observe的なものとなっている。しかし、OODAループループは意思決定手法であるのに対して、バダラッコ氏による5つの質問は、リーダーに投げかけた質問であることから、2つめの質問から異なってくる。詳細は本書に譲るが、どのような時代においても、リーダーは、この5つの質問を答えることにより、先の見通せない時代にも、”ひるまずに”リーダーシップを発揮することができる。

本書の中に、「責任あるリーダーにできるのは、できる限りの分析をおこない、ある方向に進むと決め、次のステップを慎重に計画し、やったことや実験したことから学ぶ努力し、その途中でチャンスをつかみ、新しく現れる現実に合わせて組織の取り組みをたびたび調整し直せるよう準備を怠らないことだけだ(本書、99)」というフレーズが登場する。

私は、このフレーズがとても気に入った。いや、現代のリーダーシップは、この一言であらわれていると言ってもいいのではないかと思う。この言葉に出会い、私は、富士フィルムの構造転換を思い出した。富士フィルムは、写真フィルムの需要が減少する中、化粧品や医療品、再生医療等にコア事業を転換した。これは、写真フィルムの技術が化粧品と親和性が非常に高いことによって実現したものだ。まさに、本文中、「やったことや実験したことから学ぶ努力をし」ということと符合する。いままさに、どの業種、どの事業者も富士フィルムのような大胆な構造転換が求められているのではないか。その富士フィルムの古森重隆氏のようなリーダーシップを発揮するには、バダラッコ氏が提唱する5つの質問を自身に問うて実践していくしかない。

5つの最後の質問は、「自分はなぜこの人生を選んだか」で締めくくられている。時として、リーダーは、「なぜ自分だけがこんなに苦労しなければならないのか」と考えがちである。事実、その仕事から逃げることもできるし、愚痴を言うこともできる。しかし、この質問に出会ったとき、私は、ヌルシアのベネディクトゥス:聖ベネディクトの戒律の第64章の一節を思い出す。

「選ばれし者は心に留めなければならない。みずからが背負う責任の重さと、その権限を委譲する部下のことを。」

確かに、リーダーは、夢を語り、楽観的な態度で部下を安心させることが必要である。しかし、リーダーは、なぜ、この苦しい人生を選んでいるのかといった自覚が何より求められる。そして、苦難のときには構造転換をし、活路を見出すことができる。リーダーは、綺麗ごとでは済まされないのだ。

「苦労が伴うからこそリーダーである。」

バダラッコ氏に、そう、教えていただいた。

2020年10月1日木曜日

日本列島回復論

この列島の至るところで、人々はそうやって先人達から受け継いだものを引き受けて生きてきたのでしょう。その営みが郷土の風景を守り、恵み豊かな山水をつくりあげてきたのです。無数の無名の人々の引き受ける覚悟と努力がこの列島を支えてきたと言っても過言ではありません。
(引用)日本列島回復論ーこの国で生き続けるために、著者:井上岳一、発行:2019年10月25日、発行者:佐藤隆信、発行所:株式会社新潮社、263

山水郷。何と美しい日本語の響きなのだろう。この言葉は、日本列島回復論を著された井上岳一氏の造語である。我が国の7割が山に囲まれているため、都市部や平地農村を除けば、ほとんどが山水郷と呼ぶべき場所であると井上氏は言われる(同書、101)。大学で林業を学ばれた井上氏は、我が国の抱える社会的課題について、その解を”山水の恵み”と”人の恵み”に求めた。近年、その山水郷の多くが限界集落に近くなってきたと耳にする。では、なぜいま山水郷なのだろうか。昨年出版された本書を、改めて拝読させていただくこととした。

我が国では、人口減少、高齢化、グローバル化が進む。特に井上氏は、人口減少、高齢化が経済を直撃しているとし、生活保護受給者のデータなどを用い、日本は隠れた貧困大国であると指摘する。これらの課題は、社会構造的なものとも相まって、人間関係の希薄化や若者の低所得者の増加等が根底にあることがわかってくる。なぜ人々は、都市部を中心として働く場を得ているにも関わらず、幸せを感じられなくなったのだろうか。戦後、人々は、高度成長期において、こぞって都市を目指した。用地が限られた都市空間では、建物が大型化・高層化し、人々がひしめき合って暮らしている。確かに私も昭和、平成、そして令和と生きているが、子供のころ(昭和の50年代)は、地方都市に住んでいるせいか「向こう三件両隣」の世界があった。今でこそ、防災のキーワードで「自助・共助・公助」と言われているが、子供のころには、隣に誰が住んでいるのかを勿論知っていたし、冠婚葬祭等があればムラをあげての行事となった。無論、人とのコミュニケーション不足のみが「隠れた貧困大国」の要因にはならない。しかし、都会には、人としての温かさを喪失してしまった感があることは、誰も否めないことだろう。

井上氏は、山水郷を”天賦のベーシックインカム”としている。ベーシックインカムとは、政府がすべての国民に対して最低限の生活を送るのに必要とされている額の現金を定期的に支給するという政策である。確かに、山水郷がマイナーな存在になったのは、ここ60~70年である。本書を読み進めていくうちに、私は母の実家を思い出した。母の実家は豊かな自然が残るところで、祖父は農協(現JA)に務めながら、兼業で農業を営んでいた。うちの母は、早くから運転免許を取得していたので、実家に帰ると、まだ保育園児だった私をスーパーカブの後ろに乗せて、色々と連れ回してくれた。カブで牛舎の近くを通ると、田舎臭いというか、独特の匂いがしたことを覚えている。また、実家には、隣のお兄ちゃんらと三輪車や自転車に乗って走り回った。さらに夜には、現代人の殆どが知らないであろう”五右衛門風呂”に祖父と入るのが楽しみだった。そこには、複数の収入源を持って、自給自足に近い生活をしながらも、笑いに囲まれた幸せな空間があった。人と触れ合い、山水による恵みを享受し、精神的な豊かさがあったように思う。井上氏は、古来から人々が生活を営み、この日本の原風景とも言うべき山水郷こそが、我が国を”回復”させる特効薬であると見出した。私も母の実家を思い出し、井上氏の主張に賛成するところだ。

本書では、AIやIoTに象徴される情報科学技術の進展により、その始まりの場所としても山水郷を推奨している。その後、この井上氏に著された本が出版された後に、新型コロナウイルス感染拡大に伴い、テレワークの普及などで地方移住者が増加することとなった。内閣府による「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査(令和2年6月21日)」によれば、年代別では20歳代、地域別では東京都23区に住む者の地方移住への関心は高まっているとある。アフターコロナの時代について、建築家の隈研吾氏が「20世紀型『大箱都市』の終焉」1)と言われているとおり、人々は、再び、地方都市や山水郷に向かいつつある。本を出版した時点で井上氏が想像していた以上に、人々が再び山水郷に移動するスピードが速まっているのではないかと思う。

事実、株式会社パソナグループは、働く人々の「真に豊かな生き方・働き方」の実現と、グループ全体のBCP対策の一環として、主に東京・千代田区の本部で行ってきた人事・財務経理・経営企画・新規事業開発・グローバル・IT/DX等の本社機能業務を、兵庫県淡路島の拠点に分散し、この9月から段階的に移転を開始していくという。その数は、グループ全体の本社機能社員約1,800名のうち、約1,200名が今後淡路島で活躍するという。2)このように、”地方への回帰”は、新型コロナや情報科学技術の進展を契機として、様々なリスク分散を鑑み、個人のみならず、大規模な事業所単位のシフトさえも加速している。

「空き家は劣化が早い」とよく言われる。それと同じように、先人たちが築き上げてきた山水郷も同様のことが言えるのではないだろうか。人工林などの手入れも含め、豊かな自然を守っていくため、人々が住み続ける必要がある。私の住む都市にも、市街地から車で1時間ほど走れば、山水郷と呼ぶべきところが残っている。私の知り合いは、その地区で空き家になりそうな一軒家を借りて、週末に暮らしている。年に数度、私もお誘いを受けて行くのだが、同じ市に暮らしているとは思えないほど、空気も気温も違ってくる。美味しい空気を吸いながら、ホタルが飛び交う季節には、その淡い光を楽しむ。そこを訪れるたびに思うことは、山々で囲まれ、田園風景が広がり、ゆっくりとした人間らしい暮らし方が実現できているということだ。かと言って、スマホも圏外にもならず、ネット環境も整備されていて、快適で不自由がない。不自由がないどころか、山水郷では、贅沢な、ゆっくりとした時間が流れている。

行政による山水郷対策も進む。本書にも登場する愛知県豊田市は、「山村地域在住職員」を採用している。職員として採用されれば、豊田市が平成17年度に合併した町村のうち、旭、足助、稲武、小原、下山に在住し、主に地域の観光イベントの調整やツキノワグマの生息状況の把握と被害防止対策などの任務に当たるという。3)そのほか、井上氏は、本書の中で行政の役割についても複数提案している。

20世紀は、人間と自然が共生できなかったのかもしれない。しかし、21世紀は、再び、人間と自然が共生し、古より大切にしてきた貴重な資源の享受を受けるながれになる。本書を読み、自分たちの故郷が持続可能な社会となること、そして日本列島が回復するためには、再び”自然回帰”がキーワードになるのだと認識するに至った。

(資料)

1)アフターコロナ 20世紀型「大箱都市」の終焉、建築家・隈研吾氏が語る都市の再編成、坂本曜平、日経クロステック/日経アーキテクチュア、2020.05.27配信

2)株式会社パソナグループホームページ 2020.09.01配信 ニュースリリース

3)豊田市ホームページ 山村地域在住職員採用(2021年4月採用) 募集要項

2020年9月21日月曜日

自分のことより大きな大義のために尽くす

 自分のことより大きな大義のために力を尽くすこと。これに勝るものはありません。
                    元米国上院議員 ジョージ・ミッチェル
(引用)DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2020年9月号、株式会社ダイヤモンド社

DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューの2020年9月号の特集は、「戦略的に未来をマネジメントする方法」だった。コロナ禍において、不確実性が高まる昨今、様々な未来のシナリオを想像し、マネジメントする手法が書かれている。私は、この「戦略的に」というところが気に入った。これからの時代を担うリーダー、そして企業は、多層化する危機の訪れに対処しなければ生き残れない。たとえ想像を超える危機が訪れたとしても、リーダーは悲観的になることなく、「戦略的に」ピンチをチャンスに変えていく必要がある。

今回の特集の中でも、ローランド・ベルガー シニアパートナーの長島聡氏による「技術と人材の潜在力を引き出す 未来を創造する経営の実践」の論文が際立った。新型コロナウイルス感染症の影響により、企業は中長期戦略の見直しに迫られている。長島氏は、超長期戦略の代表格とも言うべきシナリオ・プランニングを発展させ、「先読み、引き寄せ、構え」の3ステップを提唱する。そして、その根底にあるのは、企業が社会に存在する意義を説いた「パーパス」と、それを「構想」する力であると言われる。私は、経営者ではないが(いや、立場上、経営意識を持たないといけない一人かもしれないが)、このパーパスツリーを自身の事業に合わせ、作成していみたいと思った。下段に位置する「価値要素」の構成から最上段に位置するパーパス、つまり「社会に届けたい価値」に達しているのかを再確認することで、自身の事業を振り返るのに有効であると感じた。

これは、何も新型コロナウイルスの影響によるものだけの手法ではない。例えば、いわゆる老舗企業も保守的であれば、現代の消費者のニーズに合致してこない。老舗企業が今後も永続的に経営していくためには、今まで培ってきた専門的な知見や技術を生かし、新たなトレンドを構築していくことが必要であろうと感じた。その意味で、長島氏が提唱する「不確実性を見通す」シナリオ・プランニングの手法は、多くの人に知ってもらいたいと思った。

あと、9月号でオススメなのが、最後の2ページを割いて(本当はもっと紙面を割いてほしかったが)紹介している「Life’s Work」のコーナだ。今回は、元米国上院議員のジョージ・ミッチェル氏が登場する。米上院多数党院内総務を務めたのち、北アイルランド特使としてベルファスト合意に主導的な役割を果たした。このたびの9月号では、ミッチェル氏が紛争解決の方法について5つの方法を仰っている。そのうちの一つとして、「交渉が頓挫するのは日常茶飯事ですから、一度や二度、あるいは10回『ノー』と言われたぐらいで、それが最終回答だと思わないこと」と言われる(140)。私も仕事柄、多くの交渉を行ってきた。いや、実は、今でも仕事上の交渉で悩んでいることがある。当然のことだが、交渉には、粘り強さと努力が必要だ。困難とされた和平交渉をまとめたミッチェル氏の言葉は、今後、私の仕事を遂行していく上で、とても心に響いた。そしてこの言葉は、難航している交渉事で諦めそうになった私の心に、再び明かりを灯した。

冒頭にも引用したが、ミッチェル氏は、「自分のことより大きな大義のために力を尽くすこと」と言われる。このことは、「企業は社会の公器」と言われたパナソニックの創始者である松下幸之助氏の考えにも通じるものがある。企業は社会が求める仕事を担い、次の時代に相応しい社会そのものをつくっていく。そして、社会の構成員である市民一人ひとりが、今後の社会をつくっていくという自覚を持ち、何が社会に恩返しできるのかを考えなければならないと感じた。

そのことを私は、80歳半ばを過ぎたジョージ・ミッチェル氏に、優しくも力強い言葉で教えていただいた気がした。

2020年9月19日土曜日

台湾のコロナ戦

私はこの数カ月の間、皆さんが心を一つにして、お互いを思いやり困難に打ち勝ってきた感動を忘れないよう心から願っています。中華民国は団結力があり、台湾はとても安全であり、台湾人であることに誇りを持って、胸を張って頭を高く掲げて歩んでいきましょう。
               蔡英文  2020年5月20日 第15代台湾総統就任式にて
(引用)国会議員に読ませたい台湾のコロナ戦、著者及び引用文翻訳:藤重太、発行者:皆川豪志、発行所:株式会社産経新聞出版、2020年、247

 2020年3月ごろから、我が国では、薬局やドラッグストアの開店にあわせて、人々が長蛇の列をつくり、品薄となったマスクを買い求めていた。一方、台湾の人たちは、インターネットで、自宅に居ながら各薬局のマスク在庫を知ることができたという。その後、私は「全民健康保険カード」によるマスクの「実名制」販売制度と「マスクマップ」の存在を知ったとき、正直、台湾の取り組みが羨ましく思えた。そして、「マスクマップ」のシステム構築では、台湾の唐鳳(オードリー・タン)という政務委員(デジタル担当大臣)が我が国でも注目された。唐鳳氏は、15歳で起業し、33歳でビジネスからの引退を宣言。35歳には、台湾で最年少かつトランスジェンダーでデジタル担当大臣に就任した。IQ180以上とも言われる彼女が政務委員として担う課題は、「社会革新、青年の政治参加、オープン政治」(同書、92)である。この唐鳳政務委員は、多くのIT企業が「マスクマップ」を開発できる環境を整えた。しかし、新型コロナに対する台湾の施策は、これだけではない。世界的に見ても速い段階で新型コロナを封じ込めた台湾は、なぜスゴイのか。その解を求めるべく、藤重太氏の本を読み進めることとした。

歴史的背景から、世界保健機関(WHO)に加盟できない台湾は2003年に襲ったSARS(重症急性呼吸器症候群)で苦い経験をしている。このときの悲劇とも言うべき経験から、台湾は、2011年に「インフルエンザパンデミック対応の行政部のための戦略計画」を纏めている。詳しくは本書に譲るが、この戦略計画は、このたびの新型コロナの初動期から大いに生かされた。特に、海外からの流入について、台湾は、非常に敏感になっていたことがわかる。「初動をいかに抑えるべきか」ということと「感染経路不明をいかに少なくするかということ」は、感染症対策の基本であろう。また、本書には、2月25日から台湾の小・中・高が一斉に開校した際の取り組みについても書かれている。例年、通常のインフルエンザ対策でも分かるように、学校における集団感染は、最も憂慮すべき課題であろう。事実、我が国においても、大学の学生寮などで感染が広がった。さらに台湾は、国民に負担を強いる代わりに経済的な補償もしっかりと行ってきた。理にかなった経済政策とセットとした台湾の新型コロナ対策は、各国の参考になるものだと感じた。

また、台湾政府は、インフォデミックにも細心の注意を払っていることが理解できた。インフォでミックとは、ネットで噂やデマを含めて大量の情報が氾濫し、現実社会に影響を及ぼす現象のことである。1)
我が国でも、2020年3月ごろは、ネットでデマが広がり、トイレットペーパーが小売店の棚から消えた。災害等の情報伝達手段として、個々が発信するSNSが注目されているが、インフォデミック対策も同時に行うことが急務だ。そのため、私は、政府や自治体が国民などに対し、どの情報を信頼すべきなのかということを正確かつ迅速に伝えなければならないと感じた。

本書には、台湾が新型コロナを封じ込めた要因を様々な観点から紹介しているが、私は、蔡英文総統のリーダーシップもかなり優れていたと感じた。冒頭にも総統就任式の演説を紹介したが、至るところに「国民への感謝」という言葉が盛り込まれている。演説には、「台湾の物語はちょうど新たな1ページが始まったばかりです。(同書、247)」という蔡英文総統の言葉も聞かれた。そこには、歴史的な背景にも負けず、国民と一体になって、新型コロナを制圧するに留まらず、台湾の宿命にも立ち向かうリーダーの姿がある。

これからの秋冬に向けて、我が国は、第二波、第三波と言われる新型コロナと戦い続けなければならない。台湾では、感染症との戦いを「防疫戦争」とみなし、施策を「作戦」と位置づけた。本書は、高校卒業後に単身で海外台湾に渡り、それ以降、日台交流のサポートを行っている藤重太氏だからこそ描けた台湾の真の姿がある。本書では、台湾の歴史的背景から政治的な仕組み、そして蔡英文総統を始めとする政治体制や新型コロナ対策を学ぶことができる。それらを理解することによって、私は「なぜ台湾が新型コロナを封じ込めることができたのか」という解を得ることができた。

先ほど、台湾は、SARSのときの苦い経験を新型コロナウイルス対策に生かしていると記載した。しかし、我が国においても、100年ほど前、”スペイン風邪”とも呼ばれた新型インフルエンザによる感染症パンデミックを経験している。その際、”スペイン風邪”を主題にした国内唯一の書籍によれば、東京では「各病院は満杯となり、新たな『入院は皆お断り』の始末であった」と書かれている。この”スペイン風邪”では、「後流行」も襲い、村が全滅したところもあったという。2)

パンデミックとは違うが、東日本大震災のときにも、以前の津波のことは忘れ去られていた。寺田寅彦の警句とされる「天災は忘れたころにやってくる」。それは、新型の感染症に対しても言えることだろう。
まだ収束が見えない”小さな難敵”に対して、過去の反省や台湾の事例も参考にしながら、私達は戦い続けなければならないと強く感じた。

1)2020年4月6日 7:00配信 日本経済新聞 「コロナで注意 『インフォデミック』とは」
2)2020年4月16日付 日本経済新聞 「忘れられたパンデミック ”スペイン”インフルエンザ 中」

2020年9月12日土曜日

地域の危機 釜石の対応

 やるべきことができなければ、別の日付の下に新たな希望を書き入れていく。4月のカレンダーにはまだ希望という言葉が見られなかったとしても、希望をかたちづくる「気持ち」「(大切な)何か」「実現」「行動」が刻まれていったのだ。余白一杯に書き込まれたカレンダーは、まぎれもなく震災1か月後の希望のカレンダーだった。

(引用)危機対応学 地域の危機・釜石の対応 多層化する構造、編者:東大社研・中村尚史・玄田有史、発行所:一般財団法人 東京大学出版会、2020年、390

「危機」、「釜石」という単語が並ぶと、私は、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(以下、「東日本大震災」という。)のときの、あるエピソードを思い出す。それは、本書にも少し紹介されているが、片田敏孝氏(震災当時:群馬大学教授)が震災前から釜石市で防災教育に取り組まれ、「湾口防波堤」というハードで命を守ろうとしないことを子どもたちに教え込んだ。その結果、東日本大震災時、学校管理下にあった市内の小中学生が自主的に避難し、津波の脅威が尋常でないことを察知し、さらなる高台へと避難して難を逃れたという、いわゆる「釜石の奇跡」をおこした。その「釜石の奇跡」では、「率先避難者」という言葉が生まれた。この「率先避難者」とは、身近に危険の兆しが迫っているときなどに、自ら率先して危険を避ける行動を起こす人(例:海溝型地震が発生したらすぐに高台に避難するなど)のことをいう。そして、率先して避難した人に連れられ、周囲の人達も同様の行動をするようになり、危険回避行動を起こせる人のことを言う。まさに、現代は、各地で豪雨被害も多発する。特に今年の梅雨は、尋常ではなかった。また、大型台風の襲来時には、気象庁も早めの注意喚起をするようになった。以前と比較し、私達は避難する時間も多く与えられつつある。今一度、私達は、自然災害を対岸の火事と思わず、危機の兆しが迫ったとき、「率先避難者」になるという意識を忘れてはならない。

しかし、本書では、この「釜石の奇跡」について、あまり紙面が割かれていない。では、なぜ、東大社研は、「地域の危機」で釜石市を選んだのだろうか。釜石は、「鉄と魚とラグビーのまち。」だ。この3つの要素に共通して言えることは、釜石市にとって1970年~80年代が全盛期であったということだ。鉄は釜石製鉄所、魚は遠洋漁業を中心とした水産業、そしてラグビーは、「北の鉄人」と言われた新日鐵釜石ラグビーの活躍に起因している(同書、8)。今回の本書のテーマは、「多層化する構造」と副題がついている。私達は、危機といえば、まず自然災害を思い浮かべる。しかし、危機は、人口減少、環境問題から健康、家族地域、教育に至るまで、様々な事態が含まれ、多層化する。事実、東大社研と岩手県釜石市との関係は、2005年度から2008年度から始まる。つまり、2011年の東日本大震災の発生前からのお付き合いということだ。東大社研は、釜石市を日本の縮図として捉えたのではないだろうか。かつて、全盛を迎えた商工業や人口減少は、どの地方都市にとっても共通の課題だ。そこに、東日本大震災が襲い、さらなる危機が多層化した。

本書では、野田武則市長のインタビューを始め、市関係者などに膨大な聞き取り調査をしている。また、本書の研究テーマは、東日本大震災からはじまり、地方企業のフューチャー・デザイン、三陸鉄道をめぐる危機と希望、高校生人口の減少と高校生活、そして「まつり」を復興させる意味までと幅が広い。その中でも東日本大震災のときに陣頭指揮を執った野田市長の言葉が参考になる。自治体の責任者としての責務は、①国や自衛隊との連携、②超法規的措置をめぐる責任、そして災害時に首長は傷ついた人々に対して「自分たちは見捨てられていない」という安心感を与え、行政として責任ある対応を行っているという信頼感を創り出すことが求められる(同書、43-44)。いくつかの避難所を回って被災者に接し、防災行政無線で市民に語りかけた野田市長。常に市民に寄り添いながら、震災直後から復興という釜石の未来図を描くまで、野田氏の発言は、他自治体も参考にすべき点が多い。

本書には、2019年3月23日、東日本大震災の津波によって長期運休が続いてた岩手県三陸沿岸の鉄路が、再びつながった(同書、173)ことも書かれている。数年前、私は、東日本大震災発生直後に訪れた三陸の地を再び訪ねた。そのとき、遠く釜石まで足を伸ばすことは叶わなかったが、南三陸や気仙沼のあたりを周った。東日本大震災で気仙沼線、大船渡線も甚大な被害を受けた。そこで、私は、バス高速輸送システム(BRT)に乗って、気仙沼を目指した。途中、帰宅する高校生が大量にBRTに遭遇した。それまで、私は、BRTの車窓から、途中で断たれた線路を見ながら、復興の遅さに暗い気持ちになっていたが、車内は高校生たちの登場によって、活気づいた。

このたびの東大社研による釜石市における膨大な「地域の危機」に関する調査結果と検証は、同様の課題を有する他自治体にとっても、大いに参考となる。私は、その参考になる点を一言で言えば、「レジリエンス」ということだと思う。挫折や困難を味わい、絶望の中から這い上がる人達がいる。その数々の証言から、希望を見出すことができた。冒頭にも記したが、本書の執筆者の一人が東日本大震災1か月後に現地を訪れたとき、持参した品々のうち、避難所の人々に喜ばれたのは、大量の小さなカレンダーだったという(同書、390)。そこに、被災者は、絶望ではなく、未来の希望を書き込んだ。まさに、釜石は、そして三陸は、そこに住む人達によって危機に対応し、着実に、そして逞しく未来へと歩んでいることを証明してくれた。

2020年9月5日土曜日

ディズニーCEOが実践する10の原則

 スティーブはメリットとデメリットのすべての重要性を推しはかり、デメリットの多さに騙されてメリットの重みを、特に彼が成し遂げたいことを、見失わなかった。そこがスティーブのスティーブたる所以(ゆえん)だった。

(引用)ディズニーCEOが実践する10の原則、著者:ロバート・アイガー、訳者:関美和、発行者:早川浩、発行所:株式会社 早川書房、2020年、214

マイクロソフトの共同創業者の一人、ビル・ゲイツ氏は、毎年夏に5冊の本を推薦している。その推薦された中に、ウォルト・ディズニー・カンパニー前CEOのロバート・アイガー氏による「ディズニーCEOが実践する10の原則」が含まれていた。ロバート・アイガー氏といえば、2005年、アップル本社で新しいビデオIPodによるABCの番組を配信することを発表したり、ピクサーの買収を成功させたりして、あのアップル共同設立者の一人、スティーブ・ジョブズ氏との縁が深い。スティーブ・ジョブズ氏とビル・ゲイツ氏は、テック業界でここ40年続く、アップル対マイクロソフトというライバル関係を体現している。しかし、ビル・ゲイツ氏は、人前で話すときはジョブズのように「魔法を使えたらいいのに」と語っており、ジョブズ氏を認める発言もしている。1)そのビル・ゲイツ氏がロバート・アイガー氏によって語られる、今は亡きジョブズ氏のことをどう回想したのかということも思い馳せながら、本書を読み進めた。

タイトルどおり、この本は、ロバート・アイガー氏が今までの経験で得た「リーダーシップに必要な10の原則」が示されている。具体的には、前向きであること、集中すること、公平であること、思慮深いことなど。しかし、私は、アイガー氏が若かりし頃、全米ネットワークテレビ局ABCにおいて上司であったルーン・アーリッジから学んだ「もっといいものを作るために必要なことをしろ」(同書、57)の言葉が心に響く。アイガー氏も、このときの教えを生かし、10の原則の一つに「常に最高を追求すること」を加えている。最高を追求することは、いかに、質を重視して顧客や従業員の満足を得るのかが大切であることを教えてくれる。これは、本書の中に登場する「優先順位」のつけ方にも共通した考え方だ。いかに的を絞り、質を高めることができるか。そして各事項の優先順位をつけて実践していく。その一連の流れが顧客や従業員を満足させることができる。

「事実は小説より奇なり」と言われる。アイガー氏の前任者とスティーブ・ジョブズ氏との確執により、ディズニーとジョブズがCEOを務めるピクサーが絶縁状態になっていた。しかし、アイガー氏がディズニーのCEOに就任するやいなや、ジョブズ氏の懐に飛び込みピクサーの買収を成功させる。そして、ジョブズ氏と仕事を超えて友情を育んでいくシーンは、小説より面白い。特に、アイガー氏がピクサーの買収話をジョブズ氏にする際、「話の切り出し方」がうまいと感じた。時として、人は、大きな案件を前にして、尻込みをしてしまうかもしれない。しかし、勇敢なリーダーは、難解な案件に対峙し、相手方と交渉し、物事を進めていかなければならない。その時、リーダーは、いきなり本題に入るのではなく、切り出し方がある。私も経験があるが、話を切り出し、少し間をおいてから本題に入る。そして、相手の反応を見る。その話の切り出し方は、自分だけのWinだけではなく、相手にとってもWinなものにならなければならない。本書には、あのジョブズ氏の懐にも飛び込める極意が書かれている。

また、時として、リーダーは、悲観的な事実に直面することもある。日々、仕事に追われると、一つの悲観的な事実が心に引っかかり、次に訪れる仕事の決断などに影響を及ぼすことがある。アイガー氏には、晴れやかな舞台の場で、悲観的な事実も同時に訪れるということも経験している。そのとき、アイガー氏は、悲観的な見方を周囲に振りまかないとしている。自分の感情をコントロールし、周りを不安にさせないという「胆力」もリーダーには必要だと感じた。

本書を読み終え、絶対他言しないようにといって、ジョブズ氏がアイガー氏にガンの再発を打ち明けたシーンを思い出した。冒頭に記したとおり、アイガー氏はジョブズ氏の才能を認め、ジョブズ氏は残された時間を使ってアイガー氏のよき相談相手となった。この二人の友情関係を、ビル・ゲイツ氏は羨ましく思ったのではないだろうか。

ABCテレビの雑用係からディズニーのトップに上り詰め、ピクサー、マーベル、ルーカスフィルムなど、総額9兆円に及ぶ買収劇を成し遂げたロバート・アイガー氏。この世界トップクラスのリーダーの経験から得られた「リーダーシップに必要な10の原則」は、全てのリーダーにとって尊い教えとなることだろう。

1) 2019.09.22  08:00配信 Business Insider Japan


2020年8月29日土曜日

アフターコロナ

 新型コロナが収束した後を予測すると、「自由」であることが重視されるようになると考えます。「誰もが好きな場所で暮らし、好きな場所で働ける」といったことがテーマとなり、都市が再編されるでしょう。                    

                                 建築家 隈 研吾

(引用)日経BPムック 「見えてきた7つのメガトレンド アフターコロナ」、編者:日経クロステック、著者:島津翔、岡部一詩、谷川博、久米秀尚、山端宏実、高橋厚妃、東将大、坂本曜平、2020年7月、096

2020年8月20日付けの日経朝刊一面は、「未曾有の減収 企業窮地に」という見出しが躍った。新型コロナの影響で、特に外食や空運で負債依存度が高まっているという。

日経BPムック 「見えてきた7つのメガトレンド アフターコロナ」では、各界を代表する論客がアフターコロナの時代を予測している。そのうちの一人、星野リゾート代表の星野佳路氏は、「大変な短期的な需要の落ち込みは過去に経験がないくらいですし、2,3か月におきに波のように来るというのは経験したことはないが、経営の力の見せ所だと思っています」と言われる。1)

いま、星野リゾートが力を入れているのは、「マイクロツーリズム」だ。1~2時間圏内の地元観光客を改めて見つめ直し、需要を喚起する。都道府県で感染者数の増減がバラつく中、感染の多い場所から少ない場所へ移動するなど、県外への旅行を躊躇するかたもみえる。確かに、コロナ感染期は、地元が魅力にあふれていることを再認識する良い機会なのかもしれない。その星野氏がこだわるのは、新型コロナの感染対策として流行語にもなりつつある「3密回避」だ。「『3密回避』の施策にしても、もし反応が悪ければ理由を探って対処すればいい。仮説を立てて提案しないことには、改善すべき点もわかりませんから」と星野氏は言われる(同書、103)。

星野氏は、自社の倒産確率38.5%と予測して社員に知らしめた。社員は、この数字を真摯に受け止め、自分の愛すべき企業が倒産に追い込まれないよう、アフターコロナ対策に奮闘している。以前から星野リゾートで人気であったビュッフェスタイル形式の朝食は、コロナ後に取りやめた。しかし、利用客から再開を望む声が多く聞かれ、コロナ対策を万全にして再開したという。2)

私は、顧客の声や現場と経営者との距離をより短縮し、「3密回避」という制約がある中で、より顧客に満足をしてもらう方策を考えていかなければ、アフターコロナの時代においても「生き残れない」ということを実感した。

いま、不動産関係のホームページを見ると、アフターコロナを見据え、別荘が売れているという。3密を避けるため、テレワークなどの在宅勤務が急速に進む。そのため、自然豊かな郊外の別荘で、ネット接続環境が整い、テレワークの部屋を有して仕事をするスタイルが好まれつつある。建築家の隈研吾氏は、アフターコロナを「20世紀型『大箱都市』の終焉」とと位置づけた。「建設会社は大箱を作り、住宅会社は住宅をつくると二分化されていた建築業界の構造が変わると言えます」と隈氏は言われれる(同書、096)。新型コロナにおいて、人々の動きが鈍くなる一方、アマゾンなどの通販事業は大きく売上を伸ばしている。ネットさえあれば、仕事や生活必需品に困らない現代。アフターコロナは、人口密度の高い都市は終焉に向かい、郊外で快適に暮らす人々が増えることを予測させる。アフターコロナは、「人間らしさの追求」の時代になると感じた。

在宅勤務が増えるためには、再分配政策が必要だと立命館アジア太平洋大学学長の出口治明氏は言われる。ステイホームが増え、最初にダメージを受けるのは、社会的弱者であるという理由からだ。出口氏によれば、世界の指導者が直面している課題として、①まん延を食い止めるために、どうやって市民をステイホームさせるか、②エッセンシャルワーカーの支援、③再分配政策を掲げる(同書、138)。出口氏が指摘するとおり、再分配政策とあわせ、エッセンシャルワーカーの支援も急務だ。エッセンシャルワーカーは、いつも新型コロナの感染症集団発生の危機にさらされ、家に帰れば家庭内感染の恐怖に怯える。無症状も報告されている「小さな難敵」は、どこに潜んでいるかわからない。このように私達は、社会機能を維持させるため、最前線に立つ人々がいることを忘れてはならない。アフターコロナ到来に向かい、有効なワクチンや治療薬が存在しない現在は、星野リゾートのような企業の「生き残り」だけではなく、都市の「生き残り」も試されていると感じた。

都市の「生き残り」とはなんだろうか。私は、本書を読み、これからの都市は、最先端の情報科学技術を駆使し、郊外でも快適な暮らしが保障されると同時に、食やエネルギーなどの地産地消、教育や医療、福祉といった健康的で文化的な生活が実現できる空間になっていくのだろうと思った。

アフターコロナの暮らしに対する解は、まだ完全に得られていない。しかし、着実に、その解は人類の叡智によって得られようとしている。「一日生きることは、一歩進むことでありたい。」とは、物理学者でノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士の言葉だ。いま、私達は、新型コロナを契機に、新たな時代の幕開けへと歩んでいく。


1) 2)  2020年8月20日 22時放映 テレビ東京 「カンブリア宮殿」 日本の観光 生き残り戦略 




2020年8月22日土曜日

自治体3.0のまちづくり

 本当のシティプロモーションとは、多くの人が見る動画を創ることではなく、生駒を愛する市民が、行政にすべてを頼ることなく、まちづくりを「自分事」にするための一連の取組のことです。その結果、市民が街に住み続けたくなったり、市外の人がその様子を見て生駒に移り住みたくなったりする、この流れこそが大切なのです。
(引用)市民と行政がタッグを組む! 生駒市発!「自治体3.0」のまちづくり、著者:小紫雅史、発行所:学陽書房、2020年、130

本書を読了して、私は、ジョン・F・ケネディの大統領就任演説(1961年)の一節を思い浮かべた。
「米国民の同胞の皆さん、あなたの国があなたのために何ができるかを問わないでほしい。あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい。」1)

生駒市長の小紫氏によれば、地方自治体は「お役所仕事」と呼ばれる「自治体1.0」から、改革派首長によるトップダウンによるまちづくりが実施された「自治体2.0」の時代を経て、現代は、「みんなの課題はみんなで解決」する「自治体3.0」の時代だと言われる。AIやIoTという情報科学技術の進展が著しいSociety5.0の時代を迎え、なぜ、今、「市民協働」なのか。その解を求めるべく、小紫雅史生駒市長の本を拝読させていただいた。

生駒市による市民協働のまちづくり(自治体3.0)は、非常に多岐にわたる。高齢者より若者に対しての施策を打ち出す自治体も多いが、生駒市は、シニア世代の活用が盛んであることに驚かされた。「市民による市民のための電力会社」を目指す「いこま市民パワー株式会社」では、大手電機メーカーのOBらが活躍する。また、要支援、要介護になった高齢者を可能な限り健康に戻し、元気になったらボランティアをするなどして恩返しをしてもらうという取組もおもしろい。どの自治体も「高齢化」がネガティブに捉えられ、「人口増加」がボジティブに捉えられがちだが、「すべての市民は貴重なまちづくりの資源」とする小紫市長の姿勢に感銘を受けた。

特に私が参考になったのは、冒頭に記したシティプロモーションの考え方である。市外に向けてばかりのプロモーションではなく、まず市民に対して愛着や誇りを持ってもらうという姿勢は、私も同感だ。私も広報部署に所属したとき、先輩職員から「広報のネタは、地元を歩けば、どこにでも落ちている」と聞かされてきた。事実、生駒市では、消防職員が日頃の訓練の様子をSNSにアップしたところ、市民にも防災意識が芽生えてきたとのこと。小紫市長は、「市民力=地域への愛・誇り+行動(同書、117)」と言われる。現代は、多種多様な情報媒体が存在し、それぞれの媒体には、得意不得意がある。しかし、それぞれの媒体の特性を活かし、市民と行政の間隔を縮めることがシティプロモーションの一歩になると感じた。

また、生駒市では、「令和のよろず処」として、市内に100箇所の複合型コミュニティを創ろうと計画している。やはり、どこの自治体でも課題になるのが、高齢者の公共交通機関の確保である。予算に限りがあり、どこの自治体も公共交通機関の存続には頭を悩ませる。生駒市は、逆転の発想で、高齢者でも歩いて健康教室や買い物できる場所を設ければよいのではと考えている。つまり、高齢者が通う健康教室の終了間際に、商売する人はその会場に行って食料品や日常雑貨を販売する。逆転の発想とは、その拠点を増やしていくということだ。そのほか、市の駅前広場では、市民団体の発案で、「つなげてあそぼうプラレールひろば」を定期的に開催している。これは、各家庭で不要となったプラスチィック製のレールを集めて広場に設置し、お気に入りの電車などを持ち寄って走らせる企画だという。この企画では、市民協働という観点を踏まえ、父親の育児参加、環境保護、多様な世代が集うなど、賑わいの創出以外に副次的な効果をもたらしているという。これらの取組の共通点として気付かされるのは、「市役所内の縦割りの打破」ではないだろうか。「令和のよろず処」の例で言えば、福祉(健康教室)と商業振興(販売)の部署が関係してくる。また、「プラレールひろば」では、市民協働、男女共同参画(父親の育児参加)、環境保護(再利用)などの部署が関係してくる。生駒市の強みは、小紫市長の「市民と行政のタッグ」の声がけのもと、部署間の意識醸成による相乗効果をもたらしていることも要因の一つではと感じた。

情報科学技術が進展し、Smart Cityなどの言葉もではじめている。私は、このSmart Cityの概念を否定する気は更々ない。しかし、生駒市の事例に触れ、私は、あくまでも情報技術は「手段」であり、「目的」でないと思うに至った。「目的」は、もちろん、そこに暮らす市民の満足度を高めることだ。生駒市の小紫市長は、市民アンケートによる「市民に動いてもらったほうが満足度が高くなる」というデータ結果を武器に、日本一ボランティアが多い街として、自治体3.0のまちづくりをすすめる。地方自治体は、その使命として、いつの時代も不変となる「その街に暮らす人間が主役である」という考えが根底にあることを忘れてはいけない。小紫市長の本を拝読し、私は、その解を得ることが出来た。

1)AMERICAN CENTER JAPAN 「国務省出版物 米国の歴史と民主主義の基本文書 大統領演説」

2020年8月14日金曜日

哲人 李登輝氏を悼む

われわれは人間には力の及ばない大自然の猛威を前にして、これを畏敬の念を持って受け入れるのはよいが、決して「運命だ」とあきらめてはいけない。このような信念をもってしてのみ、見渡す限り震災の傷痕が残る中で、汗と涙を同時にながしながらも、傷ついた大地や心の中に、復興に向けた希望の種を深く根づかせることができるのだ。
(引用)台湾大地震救済日記、著者:李登輝、発行所:PHP研究所、2000年、2

かつて危機管理に携わった身として、「危機管理のバイブルはなんですか?」と聞かれれば、私は間違いなく、次の2冊をあげる。
それは、元ニューヨーク市長であるルドルフ・ジュリアー二氏が著した「リーダーシップ」と、台湾初の民選総統となり、「台湾民主化の父」と言われた李登輝氏が著した「台湾大地震救済日記」だ。
1冊目は、ジュリアーニ氏がニューヨーク市長を務めていたときに発生したアメリカ同時多発テロ(2001年9月11日)、いわゆる「9・11」のときに陣頭指揮を執ったときのものだ。テロの脅威に立ち向かい、市民に寄り添いながら対処していくジュリアーニ氏の姿に感銘を受けた。
もう1冊は、1999年9月21日に発生した台湾大地震のとき、当時の李登輝総統が実践した危機克服の記録だ。震災発生以来、李総統はほぼ毎日といっていいくらい現地を訪れ、被災者らと対話を続けた。その現場主義を貫き、被災されたかたに安心感を与える姿に感銘を受けた。いや、それ以上に感銘を受けたのは、何より李登輝氏の人間性、いや危機管理時にもブレない哲学だ。

李登輝氏は、住民の苦しみや苦労を我が身と感じ、次の3原則を示した。
①再建に必要な資金と設備を充実させる。
②天災のために被災者を貧窮させない。
③地域社会がより進歩、繁栄するよう、再建は各地域の発展方針に合わせる。
(同書、84)
私は、現場主義だからこそ示せた立派な3原則であると感じた。

いま、世界中の人々が新型コロナウイルス感染症の大流行に怯えている。一方、台湾は、新型コロナの封じ込めに成功したと全世界から注目されている。特に、「マスク供給システム」をわずか3日で開発したIQ180ともいわれる稀代の天才、IT大臣のオードリー・タン氏の活躍などが注目されている。しかし、新型コロナウイルスの封じ込めは、蔡英文総統によるリーダーシップによるものが大きいと思う。
1月中旬、台湾では国内で1人も感染者が出ていない状況で、新型コロナを法定感染症に指定した。2月27日、日本政府が全国小中高や特支に休校要請をした際、台湾では既に学校の休校は原則終了していた。そして、台湾では休校中に小学校児童の世話が必要になる保護者は看護休暇を申請できることとした。さらに、企業が有給休暇の取得を拒否した場合は処罰対象にするとした。ただ、事業者への支援も忘れない。2月25日には、600億台湾ドル(約2,200億円)を上限とする経済対策の特別予算を計上した。1)

このスピード感、透明性、そして国民に寄り添った施策の数々。いち早く新型コロナウイルスの危険性を察知し、住民に寄り添う姿勢を見せた蔡氏は、李氏のDNAを受け継いだかのようだ。その結果、国民の信頼を得て、政府は危機管理を成功に導くことが可能となった。

2020年7月30日、悲しいニュースが舞い込んだ。李登輝氏がご逝去された。97歳であった。冒頭に記したが、生前、李氏は「われわれは人間には力の及ばない大自然の猛威を前にして、決して『運命だ』とあきらめてはいけない。」と言われた。今は、この「大自然」を「新型コロナ」と置き換える。そうすれば、いつかは、人間の力が新型コロナを終息させる日がくるという深い信念が持てる。その信念のもと、終息するまでは、新型コロナで苦しみを味わっている方たちに寄り添っていきたいと思うに至った。
偉大なる哲人政治家・李登輝氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

1)2020年2月29日 07:00配信 AERA dot.「新型コロナ”神対応”連発で支持率爆上げの台湾IQ180の38歳天才大臣の対策に世界が注目」


2020年8月9日日曜日

排除の行政学

 為政者がなすべきことは、感染症への恐怖から他者を差別したり偏見を正当化しがちな社会において、排除を抑えることである。

(引用)「排除の行政学 COVID-19対策と国・自治体の姿勢 1)」 金井利之 東京大学法学部・大学院法学政治学研究科・公共政策大学院教授

未だに終息の兆しを見せない新型コロナウイルス感染症。我が国では猛暑が続く中、汗を拭いながらマスクを着用したり、手洗い・うがいをしたりして立ち向かう。もちろん、個人の取り組みだけでは、この小さな強敵に立ち向かえない。新型コロナの治療法が確立し、国民の安心が担保されるまで、国や自治体は、主として「排除」による施策を用い、その場を凌ぐ。

このたびの金井氏による「排除の行政学」を拝読し、国や自治体の施策について、一連の流れを整理をすることができた。その整理手法は、「排除」を基軸としている。金井氏からは、今までの国や自治体の施策について、「排除・鎮静を進めて経済を悪化させ、その結果として経済との両立を目指す、というマッチポンプになってしまった(同書、11)」と手厳しい意見をいただく。

4月に急増し、いったん収束に向かうと見られた新型コロナの感染者数増加がとまらない。特に沖縄県は、「7月末の連休以降、人の移動が活発化したことが一つの要因2)」とし、本格的な観光シーズンを迎えている中、経済との両立の難しさを改めて実感する。その沖縄県は、7月31日に県独自の緊急事態宣言を発出した。また、お盆時期の人の交流を抑制すべく、愛知県においても令和2年8月6日付けで、沖縄県同様、緊急事態宣言を発出(8月6日~8月24日までの19日間)している。

「排除」という施策は、様々な差別などの副作用をもたらすことがわかる。しかしながら、時として為政者は、正確な情報やエビデンスが得られない段階で、判断を求められる。その際においても、為政者は、「排除」を決断する際、様々な差別が生じることを念頭に置いておかなければならない。

先日、市内の小学校があるテレビ番組で取材に応じていた。内容は、道徳の授業で、コロナ感染者や感染多発地域のことをどう思うかというものであった。最初、子どもたちは、コロナに感染した人たちを敬遠するような発言を繰り返していた。しかし、授業が進むにつれ、子どもたちの気持ちにも変化がみられてきた。そして授業の最後には、「人の気持から、感染が広がると思った」という女の子の発言を聞くことができた。「排除」によってもたらされた副作用は、全力を挙げて打ち消していかなければならない。特に、小中学校に通う児童・生徒が陽性者になった場合、その子が「排除」されて不当な扱いを受けなくするために。

太陽光冠(コロナ)は、太陽の外層大気の最も外側にあるガス層のことをいう。夏の照りつける強い日差しとともに、新型コロナウイルスの勢いが増している。私たちは、終息の兆しが見えるまで、ヒトを差別しないように最大限の配慮をしながら、小さな強敵との闘いを粘り強く続けていかなければならない。

1)都市問題 第111巻 第7号、発行:公益財団法人 後藤・安田記念東京都市研究所、特集1 コロナ禍で問われるもの、15

2)沖縄県知事コメント(令和2年8月7日)

2020年8月1日土曜日

GIVE&TAKE

ギバーとして信用を得ると、ちょっと大胆で挑戦的なアイデアを出しても、まわりに特別に認められてしまうことが、研究で明らかになっている。
(引用)GIVE&TAKE 「与える人」こそ成功する時代、著者:アダム・グラント、監訳者:楠木健、発行所:株式会社三笠書房、2014年、136

本書を読む前に、私はタイトルを見て、聖書の一節を思った。
「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます(ルカの福音書6章、38節)。」
そして本書を読んで、こう思った。
本書のサブタイトルどおり「与える人」こそ成功する時代であると。

本書では、人間を
ギバー(人に惜しみなく与える人)
テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)
マッチャー(損得のバランスを考える人)
と3つのタイプに分ける。
本書では、人間の特性について豊富なデータや事例を通して、ギバーの成功の秘訣を探っていく。私は、自分自身、これほどGIVE&TAKEについて考えたことがなかったので、興味深く読まさせていただいた。

読み進めていくうちに、私は、身近なあの人はテイカー、あの人はギバーと思い浮かべる。ギバーは、テイカーに比べて収入が平均14%低く、犯罪の被害になるリスクは2倍、人への影響力も22%低い(同書、31)とある。やはり、与えるだけでは損するのみかと思いがちだが、アダム・グラント氏は、成功を収めるのもギバーであると証明しているところが面白い。

ギバーには、いくつもの有益なことが起こる。
冒頭に記したとおり、ギバーは、ちょっとした大胆で挑戦的なアイデアを出しても、周りに特別に認められるという。私は、仕事場とは、自己実現の場であると思う。そのとき、今、与えられた職場環境からアイデアを導き出し、予算を獲得し、大きな成果を得る。そのためには、自分自身がギバーとなり、周りの人に認めてもらわなければ成し得ることが出来ないということも多々経験してきた。これは、フランクリン・コヴィーの名著「7つの習慣」の考えにも通じると思った。「7つの習慣」では、「信頼残高」という言葉を用いている。コヴィー博士は、信頼残高があれば多少の失敗なら簡単にみんなが許してくれるという。この信頼残高を高める人のこともギバーということだろう。

そのほか、ギバーは、自己成就予言(他人から期待されると、それに沿った行動をとって、期待通りの結果を実現すること)が働く(同書、166)としているところも面白い。これは、家庭でも十分に使えるものだと感じた。普段、親は、勉強をしない子どもたちに「勉強しろ」と言いがちである。しかし、子どもたちに「期待しているよ」と一言言えば、自主的に勉強するようになる。最近、私は、自分の子供に対しても勉強のことをうるさく言わなくなった。子どもの居やすい環境づくりが親の務めということだろうか。

また、ボランティアの「100時間ルール」なるものも登場する。かつて、私も地域ボランティアに多くの時間を割いたときがあった。しかし、「100時間ルール」を意識すれば、週わずか2時間与える計算になる。これからも気負うことなく、地域の社会活動にも参加できると感じた。これからも自分のライフスタイルに合わせ、地域の発展にも与えることを意識しようと感じた。

冒頭にも記したとおり、ギバーは、成功から程遠い存在だと信じられている。しかし、他者利益への関心が高いと同時に、自己利益への関心も高い人は、「他者志向の成功するギバー」となる。監訳者の楠木健氏は、「自分にとって意義のあることをする」「自分が楽しめることをする」。この条件が満たされれば、ギバーは他人だけではなく、自分にも「与える」ことができる(同書、10)と言われる。

このブログを書いているとき、台湾の元総統である李登輝氏の訃報にふれた。李登輝氏は、台湾大地震の際、「他人を助ければ、支援が必要なときに助けられる」と言われていた。台湾の民主化と経済発展に尽力され、日本の政財界とも親交の深かった李登輝氏こそ、真のギバーであったのではないかと思った。
アダム・グラントの「GIVE&TAKE」は、与えることの大切さを改めて感じさせてくれる一冊となった。


2020年7月24日金曜日

慶応義塾大学大学院 SDM伝説の講義

SDMとは、一言で言うと「システムズエンジニアリング」と「デザイン思考」を融合した学問です。科学技術領域も、社会領域も、人間領域も、「全体統合されたシステム」という視座でとらえ、解決を図っていくのが特徴です。
(引用)慶応義塾大学 大学院 SDM伝説の講義 企業経営と生命のシステムに学ぶデザインとマネジメント、著者:吉田篤生、発行:日経BP、発売:日経マーケティング、2020年、12

この本は、税理士であり、元慶応義塾大学大学院 システムデザイン・マネジメント研究科(SDM)特別招聘教授の吉田篤生氏によって著された。
まず、個人的に私が面白いと感じたのは、曼荼羅を由来とする問題解決のツールである「マンダラチャート」の紹介だ。マンダラチャートは、縦3マス、横3マスを組み合わせたチャート。中心のマスにあるキーワードを据え、その周囲に関係するキーワードを配置し、その周囲に配置したキーワードを中心にしたマスを作り、またそれに関係するキーワードを周囲に配置するということで深堀りしていく手法(同書、20)だ。このマンダラチャートを見て、私は、あの大谷翔平を思い出した。大谷翔平も高校1年生のときにマンダラチャートを用いた目標を立てたという。本書には、吉田氏が作成した「国家マンダラ」なるものが掲載されており、よく出来ていると感動した。マンダラチャートは作成してみると分かるが、全体を俯瞰して見ることができ、細部を虫の目で見ることが可能となる。また、中心に据えたキーワードと取り巻くキーワードを確認することにより、MECE(漏れなく・ダブりなく)の観点からも有効であると感じた。

本書には、ゲストスピーカーをお呼びして、講義さながらの雰囲気を味わうことができる。東京で日本酒を製造している株式会社豊島屋本店の吉村俊之社長からは「不易流行」に基づく老舗のビジネスモデルを紹介していただいている。また、西島株式会社の西村豊社長からは、定年制を廃止するなど従業員にも優しい経営を実践する方法を紹介する。この二人のお話は、近江商人の三方良しを実践するなど、まさに冒頭記した科学技術領域も、社会領域も、人間領域も、「全体統合されたシステム」という視座で捉えた経営であると感じた。その二人の話を伺い、私は、稲盛和夫氏の言葉を思い出した。「自分を犠牲にしても他の人を助けよう」とする利他の心を判断基準にし、周りの人たちのことを考え、思いやりに満ちた事業活動を進めていく。まさに、京セラを一代で築き、JALを再建させた偉大な経営者である稲盛氏もSDMの考えを実践しているのだと感じた。

そのほか、本書では、経営危機に陥った企業との闘いも紹介している。先代の社長から事業承継し、大幅な債務超過を相続した若き社長の奮闘だ。税理士でもある著者の吉田氏が若き社長とタッグを組み、借入金返済を迫る金融機関に挑みながら返済していく姿は、従業員や会社を守るという必死さに感動を覚えた。確か、世界で最も進んでいる電子政府国家と言われるエストニアでは、税理士がいなくなった国と言われる。しかし、実際は、エストニアでも税理士や会計士は存在するという。税理士である吉田氏のようなSDMを実践して課題解決を図る会計業務コンサルは、AIが進化してもなくなることはないのだと感じた。それは、SDMが人間に主軸を置き、金融機関と折衝することなどは、科学技術の進展のみで解決できない領域を含んでいるからだと思った。

本書を読み、一番心に残ったのは、複式簿記の原型を作ったルカ・パチョーリの言葉だ。パチョーリは、帳簿のバランス合計に「神の賛美と栄光のために」と記すことを勧めたという(同書、181)。
普段、私達は、目の前の仕事に追われ、周りが見えないことがある。課題に直面しても、「なぜ起こったのだろう」と、そのことばかり考えてしまっていないだろうか。物事は、宇宙や自然の摂理に則り、繰り返す歴史の流れの中で、科学技術、社会に貢献しながら周りの人たちを幸せにしていく。その解決方法が最も最適解であり、地域や事業を継続していく秘訣であると感じた。そのため、私は、その根幹となる学問がSDMであると思った。
吉田氏によれば、現在、500年に一度の大転換期が訪れ、我が国は、世界が調和し協調するという方向性に貢献できると確信していると言われる。いま、私は一人ひとりがSDMの実践を求められていると思った。


2020年7月18日土曜日

これからの公共政策学 政策と地域

委託化を推進していく際には、恐らくは現業職員から何らかの反応があると思われるが、彼らからの提案が現業職員の強みを生かして住民サービスを向上させていく新たな政策や施策への提言であるならば、柔軟に対応していくことが求められよう。
(引用) これからの公共政策学④ 政策と地域、監修者:佐野亘・山谷清志、編著者:焦従勉・藤井誠一郎、発行所:株式会社ミネルヴァ書房、2020年、162

2020年、ミネルヴァ書房による「これからの公共政策学」シリーズ(全7シリーズの予定)のうち、まず、トップバッターとして「政策と地域」が刊行された。
この「政策と地域」では、防災政策、消防行政、医療政策、多文化共生政策、町並み保存政策、現業現場の委託化政策、エネルギー政策など、「政策」が作用する現場となる「地域」という関係性を念頭に置いて、豊富な事例とともに論じられている。

防災政策では、2013年の災害対策基本法の改正によって追加された「地区防災計画制度」について、神戸市真陽区の取り組みを事例として論じている。
つい先日も「令和2年7月豪雨」が熊本県を中心に襲った。甚大な被害を受けた人吉市では、市長が防災無線で垂直避難等を呼びかけたが、むなしくも大雨の音で掻き消された。また、防災無線といえば、私は、3.11の東日本大震災を思い出す。南三陸町の防災庁舎に残り、最後まで高台避難を呼びかけた遠藤未希さん。町民を救おうと懸命に声を発したが、自分自身が巨大な津波の犠牲になられてしまった。
行政職員は、災害後の復旧、復興を見据える意味でも貴重な存在である。いかに職員が犠牲にならず、住民が迫りくる災害の危機をいち早く知り、迅速に避難行動を起こすかについては、まず、各地域における自助、そして共助の体制を整えておく必要があると改めて感じた。それは、同じ3.11のとき、日頃の津波教育から自主的に子どもたちが避難し、99.8%の小中学生が助かった「釜石の奇跡」を思い出す。そのためには、今後の南海トラフ地震の発生が懸念される神戸市真陽区の取り組みは、住民が自主的に避難しやすいような防災マップを作成しているところから、有効であると感じた。
また、本書を読み、私が面白いと感じたのは、冒頭にも記した清掃事業の委託化政策である。現在、各自治体は、行政改革の一環として、アウトソーシングをすすめる。本書においても、「ごみ収集、学校給食、学校用務事務等に従事する現業職は委託化の対象とされ(同書、143)」との記述があり、民間事業者による新たな行政サービスとコスト削減について論じている。
その中で、八王子市の清掃事業の取り組みが面白い。全国的な委託化政策が展開され、職を失う現業職員が多く出ている状況の中で、八王子市職員組合は、自ら生き残るために、現業職の仕事に「付加価値」をつけることに成功した。
具体的には、ごみの有料化と個別収集を行うことについて市民アンケートをしたり、制度変更の説明を市民に直接行ったりして、「脱・単純労務職」という方向性を見出した。
民営化への流れは、誰のせいにしても始まらない。現業職員も危機感があれば、生き残るためには「自ら変わろう」とする。いままでの仕事に付加価値がつけば、引き続き行政職員も現業職員を雇用する説明責任が果たせることになるだろう。どの自治体の現業職員も今までの実績を強みとし、行政と協力しながら付加価値を見出し、顧客である住民に対して行政サービスを向上させていかなければならないと感じた。

地域があり、その地域を持続可能とするために政策がある。本書では、地域の持続可能性とは、3つの"e"、すなわちeconomy(経済)、ecology(環境)とequity(社会的公正)を意味する(同書、2)としている。これら3つの側面が折り重なり、持続可能な社会を構築していくためには、まず、住民の力を無視してはいけないと感じた。

公務員、そして公務員を目指すかたたちへ、本書をおすすめしたい。





2020年7月12日日曜日

流山市のマーケティング戦略

「これは特別の取組みではありません(KSF)。大事なのは何(WHAT)を実施したかではありません。常に市民起点で、どのよう(HOW)に考え、どのよう(HOW)に計画し、どのよう(HOW)に実施し、どのよう(HOW)に市民のための成果をあげたかです」
                             流山市長 井崎義治  
(引用)こうして流山市は人口増を実現している、著者:淡路富男、発行所:株式会社同友館、2018年、190

先日、たまたまバラエティ番組を見ていたら、女性芸人が首都圏で自分の一戸建てを建てる場所を探していた。そのとき、不動産の専門家は、「千葉県流山市がオススメ」と言っていた。首都圏から近く、自治体経営状況も良好で、子育て世代が増加していることで不動産価格も維持されやすいことが理由であった。
そのテレビを見て、私は一冊の本が頭に浮かんだ。それは、淡路富男氏によって著された「こうして流山市は人口増を実現している(同友館)」である。流山市は、井崎市長のリーダーシップにより、公的機関にマーケティング手法を取り入れ、戦略的に子育て世代の増加を実現してきた。

よくシティプロモーションという言葉を聞く。シティプロモーションとは、一般的に地方自治体が行う「宣伝・広報・営業活動」のことを指す。地域ブランドを構築するため、各自治体は、シティプロモーションに取り組む。しかし、流山市においては、人口減少時代を生き抜く4つの条件のうち、その一つに「ブランディング戦略」の推進を位置づける。本書を読み、流山市は、マーケティング手法を用い、若い世代が住みやすいというブランディングを推進するだけでなく、総合計画に具体的な施策を位置づけるなど、市が一丸となっているところに強みがあると感じた。それは、表面的なブランデイング戦略に終わらない、”未来の流山市民”を意識した施策展開であると感じたからだ。

若い夫婦層を”未来の流山市民”として、ターゲティングを絞り、共働き夫婦でも子育てしやすいまちをつくる。流山市は、豊かな自然を残し、首都圏に近いという立地にも恵まれているが、柏市、松戸市といった中核都市に隣接している。その”難敵”がひしめく中、”未来の流山市民”に住んでもらうためには、井崎市長も相当の覚悟をもって市政運営に臨んだことであろう。

マーケティングの神様、フィリップ・コトラーは、「公共機関は、その使命や問題解決、成果に対して、もっと意識的にマーケティングに取り組み、その発想を取り入れればより大きなメリットを期待できる(引用:同書、180)」と言われる。全国でいち早くマーケティング課を設置した流山市の事例は、まさに全国自治体の先駆的な取り組みと言えるだろう。

都内各駅には「母になるなら、流山市。」とのキャッチコピーによる大型ポスターが貼られているという。そのキャッチコピーを見て、流山市に移住しようとする”未来の流山市民”を裏切らない形で、流山市は、「駅前送迎保育ステーション」などの施策を展開してきた。その結果、流山市のマーケティング戦略は、人口増という目的を達成するだけではなく、副次的に不動産の魅力も高めてきた。私もリノベーションに携わっている方と話をしたことがある。そのときに「不動産のエリア価値を高めることが重要」と力説していたことを思い出した。不動産価値が高まることは、それだけ需要があり、まちの魅力が高いと言えるからだと思う。

住民にとって、何が魅力のまちであるのか。また、今後、どのようなかたに住んでもらいたいのか。牽いては、私たちのまちは、これからも魅力あるものになりつづけているのだろうか。
その解を求めるべく、私は、公共機関にもマーケティング手法を導入することは、極めて有効だと思うに至った。

2020年7月6日月曜日

人口減少社会のデザイン

人がどう住み、どのようなまちや地域を作り、またどのような公共政策や社会システムづくりを進めるかという、政策選択や社会構想の問題なのだ。それがまさに「人口減少社会のデザイン」というテーマである。
(引用)人口減少社会のデザイン、著者:広井良典、発行所:東洋経済新報社、2019年、31

近年、「持続可能」という言葉をよく聞く。
代表的なのは、2015年に国連で採択されたSDGsであろう。SDGsは、持続可能な開発目標の略称であり、17の目標、169のターゲット(具体目標)で構成されている。SDGsには、「貧困をなくそう」、「すべての人に健康と福祉を」、「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」など、持続可能でよりよい世界を目指す国際目標が掲げられている。

なぜ、今、「持続可能」なのか。
世界に目を向ければ、貧困、ジェンダー不平等、地球温暖化など、人類が解決しなければならない課題が山積している。
また、我が国で「持続可能」と言われれば、「少子化」という課題が頭によぎる。
このたびの広井氏によって著された「人口減少社会のデザイン」は、我が国の人口減少に焦点を絞り、「持続可能な福祉社会」モデルを探るものである。

広井氏は、豊富なバックデータを武器に、日本の少子化の現状、そして世界における日本の立ち位置などを解説する。
そのデータの中で気になったのは、「社会的孤立」の国際比較だ。社会的孤立とは、家族などの集団を超えたつながりや交流がどのくらいあるかに関する度合いのことだ。残念ながら、日本は先進諸国の中で、社会的孤立度がもっとも高い国ないし社会になっているとのことだ。

社会的孤立度が高いということは、様々な影響を及ぼす。
少子化という観点で言えば、まず真っ先に思い浮かぶのは、婚姻であろう。
若者の価値観が多様化する中で、我が国も未婚化、晩婚化が進む。
広井氏によれば、先進国において出生率が比較的高いのは、
①子育てや若者に関する公的支援
②伝統的な性別役割分担にとらわれない個人主義的志向
であると言われる。
これらの項目は、公的機関などが施策を立案する際、社会的背景としてなんとなく意識していたことではないだろうか。ただ、広井氏によるエビデンスで少子化の要因やその解消法が明らかになった以上、我が国や公的機関は、意図して施策を展開しなければならないと感じた。

また、少子化が進展する中で、よく話題にのぼるのがコンパクトシティである。
広井氏は、本書にてそこまで触れていないが、現北海道知事の鈴木直道氏は、財政破綻を経験した夕張市長時代にコンパクトシティを進めた。また、国においても立地適正化制度を導入し、「コンパクト・プラス・ネットワーク」の考えも示している。
一方で、都市集約とはかけ離れた岐阜県郡上市石徹白(いとしろ)地区の取り組みが面白い。本書でも紹介されているNPO法人 地域再生機構は、石徹白地区で小水力発電を軸として地域活性化を試みている。私も石徹白地区のことをホームページなどで調べてみたが、現在の小水力発電は、集落に暮らす270人を補って余りある量があるという。そのため、移住者も増え、特産品なども誕生し、自給自足、地産地消を実践する集落だ。
地域再生機構副理事長の平野彰秀さんは、「地域で自然エネルギーに取り組むということは、地域の自治やコミュニティの力を取り戻すことであると、私どもは考えております(同書、129)」と言われる。
石徹白地区の事例は、SDGsの目標7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」を取り組んだら、SDGsが掲げる「経済」「環境」「社会」という3つの側面を達成した好事例であると思った。そして、冒頭、広井氏の言葉を引用をしたが、人口減少の時代において、人がどのように住み、どのようなまちを作っていくかは、その施策が「持続可能であるか」と問うところから始めなければならないと感じた。

本書は、社会保障、医療、そして超高齢化時代の死生観に至るまで、興味深い内容が続く。また、本書の巻末には、広井氏が提起してきた主要な論点を列記している。これらの論点は、今後の自分たちの地域、そして日本を「持続可能」なものにしていくために有効であると思った。

いますぐ、誰もが「持続可能」な取り組みを求められている。そのヒントとなるのが、「人口減少社会のデザイン」であろう。

これからもずっと、私たちが愛してやまない故郷や国で暮らす人々が豊かで幸福でありつづけるために。


2020年6月29日月曜日

行政とデザイン

私たちチームのもとには質問が次々と寄せられた。それらをひと言でまとめると次のようになる。「地域社会における生活の質(QOL)を向上するため、住民のイニシアチブ(自主性)を促すには、どうすればよいでしょうか?」毎回、私たちは同じ仮説に立って回答した ー それは、「イニシアチブはすでにそこにある」というものだ。

(引用)行政とデザイン 公共セクターに変化をもたらすデザイン思考の使い方、著者:アンドレ・シャミネー、翻訳:白川部君江、翻訳協力:株式会社トランネット、発行所:株式会社ビー・エヌ・エヌ新社、2019年、158

最近、デザイン関係の本をよく見かける。私は、これほど、デザインが従来の意義を超えて、重要な意味を持ち始めているという事実を、行政機関も看過するわけにはいかないと思う。

2018年5月、国は、「デザイン経営宣言」を発表し、デザインを企業経営に取り入れていくことを提言した。ここでいうデザインとは、製品の色や形といった意匠面だけを指すのではない。以前にも書いたが、広義のデザインは、(公財)日本デザイン振興会による定義がいいと思う。同振興会によれば、広義のデザインは、常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。そして、この一連のプロセスがデザインであり、その結果、実現されたものを「ひとつのデザイン解」と考えるとしている。

著者のアンドレ・シャミネーは、オランダのコンサルティングファームにて組織コンサルタントとして従事している。そして、本書では、行政特有の「厄介な問題」が登場し、デザイン思考を駆使して課題解決に導いた多くの事例を紹介している。面白かったのは、オランダにおける「厄介な問題」と、我が国の行政機関が抱える「厄介な問題」と数多くの共通点が見られたことだ。そのため、我が国においてもデザイン思考を導入する際の参考書として、本書は十分役に立つものと感じた。

もう一つ、オランダも日本も同じだと思うことに、公的機関による公聴会のあり方がある。アンドレ・シャミネー氏によれば、公聴会は、「はじめから結論ありき」と手厳しい。この一文を読んで、私は、ある県で進めようとしているダムの建設と、それに伴う住民の反対運動のことが頭に浮かんだ。デザイン思考の基本姿勢は「共感」であり、テーマとの関係は「参加」である。また、デザイン思考による結果は「新しい意味づけ」となり、権力(ネゴシエーション)による問題解決とは一線を画す。法に則り、時には権力を用いて地方自治を遂行するのは行政機関の役目である。しかし、これからの時代は、住民との共感を得て、デザインフレームを構築していく必要があるのではと感じた。

エンドユーザーと常時接点を持ち、エンドユーザーと協力し、解決策を探る専門家のことを「パウンダリー・スパナー」という。つまり、パウンダリー・スパナーは、公的機関に代わって行政システムの世界とエンドユーザーのいる現実世界を越境しながら活動する専門家のことをいう。

普段、行政の仕事をしていると、職員同士の会話の中で、「だったらこうすればいいじゃないですか」との議論になり、行政本位で政策が決定されていく。しかし、行政の仕事は、全てエンドユーザーにつながっていることを忘れてはいけない。行政というシステムに則って、一方的に政策決定をする時代は終焉を迎えつつある。やはり、社会のために正しいことをするエンドユーザーとの共感を得て、デザインフレームを構築していくプロセスが必要だと感じた。

冒頭にも記したが、エンドユーザーは、行政の抱える厄介な問題に対して、潜在的なイニシアチブによって解決しようと試みる。それは、社会にとって正しいことだ。

「デザインフレームは、政治的にも社会的にも実現可能なとき、初めて役に立つ。(同書174)」とアンドレ・シャミネー氏は言う。
言い換えれば、行政機関とエンドユーザーのどちらも満足が得られるよう、デザインフレームは、社会政策的フレームとの整合性を図りながら、示されなければならない。

すでにこのデザイン経営は、先駆的な、意識の高い行政機関にも取り入れ始められている。事実、本書においても、巻末にて、非常勤のクリエイティブディレクター職が設置されている神戸市の事例などが紹介されている。

私は、デザイン思考を学ぶことは、公務員にとっても必須のスキルになりつつあると感じた。本書は、すべての公務員、そしてデザインに携わるかたにおすすめしたい。




2020年6月28日日曜日

God will never give more than you can bear.

「20日間、休みなしで高校に通っている。」
ふと、昨日、高3になる息子が漏らした言葉に耳を疑った。

新型コロナウイルスの影響によって、受験生の心が揺れ動いている。
安倍首相は、令和2年3月上旬からの小・中・高の臨時休業を要請した。
それから、3ヶ月程度、子どもたちは、学校に通うこともできず、家にいることを強いられた。

目に見えぬ感染症との闘い。
殊に、受験生にとっては、自分との闘いでもある。
学校も閉じていて、友達と語らうことも許されない。
いま、友達は、どこまで勉強が進んでいるのだろうか。
いま、普通に学校があれば、どこまで授業で学んでいるのだろうか。
外出もままならない、閉鎖された空間で、孤独な時間が進んでいったことだろう。

6月から、本格的に学校が再開した。
一時、国では、9月入学の構想を打ち出したが、頓挫した。
そのため、大学入試センターは、来年も1月に実施されることが決まった。

いま、私達ができることは、新型コロナウイルスによる第二波の影響を最小限に抑えることだ。
いや、もうすでに第二波の兆候はみられる。
5月上旬には、いち早く「緊急事態宣言」出して封じ込めに成功した北海道で、第二波が襲った。
また、政府は、6月19日に県境をまたぐ移動を全国解除した。
しかし、その後、東京において、連日のように、新規感染者が50人を超えてきている。
人々の感染リスクに対する意識が薄れる中、第二波の襲来は、近い将来に起こりうるのではないかと誰もが懸念する。

全国に第二波が襲来し、また、学校が臨時休業になったらと思うと、ゾッとする。
とりわけ、受験生にとっては、また振り回されることになるかもしれないからだ。
専門家会議が提言した「新しい生活様式」を一人ひとりが実践し、なんとしてでもウイルスの脅威を排除しなければならない。

私の好きなYOSHIKIは、あるテレビ番組(※)で、コロナ禍における私達に次のメッセージを届けてくれた。

God will never give you more than you can bear.
神は耐えられない試練を人に与えない。

受験生の皆さんへ
皆さんなら、きっと、この困難を乗り越えられるはずだ。
努力は決して裏切らない。
また、「夜明け前が一番暗い」とも言われている。

来年春、希望に満ちた桜が咲き誇る中、皆さんが笑って、新しい道を歩み始めることができますように。

私は、皆さんの頑張りを応援しています。

※R2年4月24日放映 「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(TBS系)







2020年6月15日月曜日

突き抜けるデザインマネジメント

人間というものは、よほど必要性の自覚がない限り、自らモノや情報を探しにはいかないものだ。これだけモノが行き届いた時代となると、なおさらである。しかし潜在的にほしいと思っているモノや情報はあって、それに気づいていないだけなのである。
(引用) 突き抜けるデザインマネジメント、著者:田子學、田子裕子、発行:日経BP、2019年、35

 田子氏による本を読み、私は、「デザイン経営」という言葉を知った。以前、私がデザインの重要性を認識したのは、「とうほくあきんどでざいん塾」、現在のSo-So-LABと関わったときだ。旧とうほくあきんどでざいん塾は、仙台市と協同組合仙台卸商センターとの協働事業で、中小企業とクリエーターを対象としたクリエイティブ・サポート事業だ。デザインを主軸において、企業経営のサポートをする。当時としては、画期的なものだと感じた。

 (公財)日本デザイン振興会によると、デザインという言葉の語源はラテン語にあるといわれ、「計画を記号に表す」という意味だったようだ。そのため、デザインという言葉は、「設計」という意味で定着しつつあるが、時代の流れとともに、少しずつ意味が変化してきているようだ。
 常にヒトを中心に考え、目的を見出し、その目的を達成する計画を行い実現化する。同振興会では、この一連のプロセスがデザインであり、その結果、実現化されたものを「ひとつのデザイン解」と考えるとしている。田子氏によって著された本書においても、デザインマネジメントは、ビジョンが明確になり、戦略を展開し、イノベーションを加速するなど、様々な効果が得られるとしている。

 本書では、大きく2つのデザインマネジメントの事例を掲げている。三井化学と半導体加工メーカーである塩山製作所(山梨県甲州市)だ。甲州市勝沼といえば、言わずとしれた日本ワイン発祥の地である。特に私は、塩山製作所がデザイン経営を取り入れ、ワイン事業に乗り出す事例に感銘を受けた。
 「緑の風薫るワイナリー」をブランドコンセプトとして、塩山製作所は、「甲州」という品種のぶどうのみを使用し、赤ワインとロゼには「マスカット・ベリーA」という品種のみの使用を目指していくとしている。
 何が面白かったといえば、塩山製作所が半導体加工メーカーという畑違いの分野から参戦したにもかかわらず、インダストリーなワイナリーを目指したことだ。ワイナリーの名称は、「MGVs(マグヴィス)」と名付けられ、塩山製作所は、日本ワイナリーの強豪がひしめくなか、一つのブランドを確立することに成功した。この塩山製作所のところを読み進めていくうち、私は、日本酒の「獺祭(だっさい)」を頭に浮かべた。今や世界的に有名な「獺祭」は、酒造りの過程において杜氏がいないことで知られる。獺祭を支えるのは、酒造りの全工程で詳細なデータを取得し、最高の日本酒を作り出すための最適解を導き出してきたIT技術だ。イノベーションの父、ヨーゼフ・シュンペーターは、経済的「創造的破壊」という言葉を使い、持続的な経済発展のためには絶えず新たなイノベーションで創造的破壊を行うことが重要であると説いた。まさしく、MGVsと獺祭は、昔ながらの伝統製法から創造的破壊を繰り返し、インダストリーな点に新たな価値を見つけた好例と言えるのではないだろうか。

 田子氏によれば、デザインを成立させるためには、ロジカルなシナリオ、感覚の統合による共感、人々を感動させる魂のこもった物語、が必要(同書、364)とのことだ。そしてこれらが交われば交わるほど、デザインの精度があがっていくという。特に人々を感動させる魂のこもった物語、つまり、ラブ(LOVE)には共感できた。感動がなければ、モノがありふれた現代において、人々に受け入れられることはない。
 
 田子氏によれば、ステークホルダーが最も期待することは、「Wow!」と言っている。「Wow!」と聞いて、私は、敬愛するトム・ピーターズを思い出す。

「私がいまこだわっているのは ー それも日本とアメリカをはじめとする成熟した先進工業諸国をはっきりと念頭においてのことなのだが ー この『際立った特質』を追求することである。それがつまり、『ワーオ!』の追求なのだ」
(引用)トム・ピーターズの経営創造、著者:トム・ピーターズ、訳者:平野勇夫、発行:TBSブリタニカ、1995年、3-4

 25年も前にトム・ピーターズが指摘していたこと。つまり、他社より「際立った特質」を追求するために、突き抜けるデザインマネジメントは一つの有力な手法であると感じた。
   いま、私達はVUCA(不安定性、不確実性、複雑性、不透明性)と呼ばれる時代に突入している。先の見えない未来に向かい、私たちの社会活動をより豊かにしてくためには、デザイン思考を取り入れ、より大きな「ワーオ!」を追い求めていくことが必要だと感じた。
 


2020年6月8日月曜日

経営参謀

参謀とは意思決定者を正しく動かす役割を負い、それを実現するために最適な仕事をデザインする人物
(引用)プロフェッショナル経営参謀、著者:杉田浩章、発売:日経BPマーケティング、2020年、25-26

この本は、BCG(ボストン コンサルティング グループ)日本代表の杉田氏によって書かれた。本を読み進めていくうちに、私は、杉田氏による「経営参謀」をテーマにしたセミナーを受講しているような錯覚を覚えた。それは、杉田氏による参謀力のノウハウが、私自身の仕事を振り返る機会にもなったからだ。杉田氏と私の仕事の分野は全く異なるが、杉田氏による経営参謀力のベースは、どの分野の仕事でも通ずるものがある。

これから私は、「仕事の面白みは?」と誰かから聞かれたとき、「経営参謀力」と答えようと思う。
参謀とは、何も管理職に限ったものでもない。意思決定者である上司に対して、いかに伝え、いかに上司を正しく動かし、最適な仕事をデザインしていくか。杉田氏も巻末で書かれているとおり、「経営参謀とは、未来のトップリーダーの予備軍である(同書、308)」ことから、全てのワーカーにとって、経営参謀力は、これからのキャリアアップに欠かせない武器となる。上司の与えられた問いに答えを出すのではなく、上司に正しい問いを突きつけ、経営層に意思決定を迫る。組織全体の方向性を決定づける力こそが、参謀力の醍醐味であると感じた。

本を読み進めていくと、経営参謀の「典型的なコケる10のパターンからの学び」がある。このコケるパターンは、たとえば「トップの指示を鵜呑みにしてそのまま受け入れる(同書、77)」など、日々の仕事で、誰もが経験しているであろう事例に遭遇する。

また、本書の後半に纏められている経営参謀としての「32の能力」にも学びがあり、日々の仕事に意識して取り組んでいきたいと思う事項ばかりが羅列されている。その中で、特に共感できたのが、その道の専門家や有識者と対面し、会話することによって生きた知識を得ることである。私も、職場を異動するたびに、その道の専門家をさがし、対話を重ね、そこから知識を得て、仕事に生かしてきた。その副産物として、それぞれの道の一線で活躍しているかたたちと懇意にさせていただき、自分の人脈にも幅を広げることができたと思う。

さらに、参謀としての能力の一つに「変化を面白いと捉える感受性を持つ(同書、248)」というものがある。新型コロナウイルスの感染による新たな生活様式が求められる現在、私達の暮らしも大きな変化が求められる。その変化をチャンスと捉えるか否か。これは、まさに私たちの参謀力にかかっていることだろう。

惜しみなく経営参謀力のノウハウを教えてくれた杉田氏の本を、多くの人におすすめしたい。

2020年5月30日土曜日

戦略の創造学

エグゼクティブにとって最も重要な仕事は「すでに起こった未来」を見つけることだ。そして、すでに起こった変化を新しい機会として利用するのが重要だ。
                                 Peter F. Drucker
(引用)戦略の創造学 ドラッカーで気づき デザイン思考で創造し ポーターで戦略を実行する、著者:山脇秀樹、発行所:東洋経済新報社、2020年、38

ドラッカリアンには、たまらない一冊が出版された。

「新しい事業機会は、どうやって見つけるのですか?」
ピーター・F・ドラッカー経営大学院の学長まで務めた山脇秀樹氏は、2000年頃のある日、MBAの講義でひとりの学生から、痛いところをつかれた質問を受けたという。
大学で主にマーケティングを学んできた私だが、確かにイノベーションを起こす重要性はわかっていても、「では、そのイノベーションをどのように起こすのか」といった実践的な学びは乏しかったように思う。この学生からの核心をついた問いを受けて以降、山脇氏は、デザイン思考に向かったという。

コロナ禍の現在、このタイミングで出版された本書は、多くの事業者にとって光となると思った。それは、冒頭に引用したとおり、エグゼクティブにとって、最も重要な仕事は、「すでに起こった未来」を見つけることだからだ。
まさに今、新型コロナウイルス感染拡大防止に向け、国では、「新しい生活様式」提唱している。もはや、私たちは、この大きな変化・トレンドを見過ごすことはできない。
変化の要因は、ほかにもある。
人口減少に伴う社会構造の変化、5GやAI、IoTといった目覚ましい情報技術の進展、グローバル化した経済活動、環境保護に至るまで。国連の提唱するSDGsを含め、私たちの暮らしは、大きく変貌を遂げようとしている。

では、大きな変化に対応するため、何から始めればよいのか。それは、まず、自分たちのビジネスの意義を再認識したうえで、私たちには「どのような変化が起きているのか」、そして「その変化はどのような意味をもつのか」ということを自身に問いかけることから始めなければならないと感じた。

この本のおもしろいところは、ドラッカーだけでとどまらない。
本書には、競争戦略論の大家として知られるマイケル・ポーター氏も登場する。
ポーター氏の提唱する競争戦略の本質は、他と違うことをすること。つまり競争上の優位性を確立するために新しいポジションを既存産業内に見つけることである。
他にはない価値の提供をすることは、なにも事業者活動だけに留まらない。少子高齢化が進展する中、都市戦略、自治体戦略にも使えるのではないかと思った。山脇氏の書かれた「戦略の創造学」は、その都市に住むことの価値観、牽いては他にはないまちの魅力にも応用できるものと感じた。

本書のサブタイトルにもなっているが、ドラッカーで気づき、デザイン思考で創造し、ポーターで戦略を実行する。山脇氏が教えてくれる「共感と未来を生む経営モデル」は、大きな変化が訪れている現代において、個々のビジネスにとどまらず、持続可能な社会を創造していくうえで、誰もが実践していく必要があると感じた。
それは、ドラッカーが言われる「マネジメントは何よりも結果を出すことに責任がある(引用、同書、246)」からだ。

2020年5月17日日曜日

糸島ブランド戦略

商品はモノですが、ストーリーをつけることでコトになり、モノだけの価値を超えた価値を消費者の皆さんに感じてもらえるようになります。

(引用)地域も自分もガチで変える!逆転人生の糸島ブランド戦略、税金ドロボーと言われた町役場職員が、日本一のMBA公務員になれたわけ、著者:岡祐輔、発行所:株式会社実務教育出版、2020年、140

「公務員にマーケティング力は必要か」。
その問いに対して、今まで行政の世界では、「不必要」との解ではなかっただろうか。
事実、以前、私も淡路富男氏による「自治体マーケティング戦略(学陽書房:2009年)を拝読したことがあったが、それ以降、行政とマーケティングの世界を結びつけた書籍は、あまり存在しなかったように思う。もちろん、私の敬愛するピーター・F・ドラッカーによる「公的機関の6つの規律」などは、行政をマネジメントするという視点において、一石を投じてきた。

このたび、私は、糸島市職員、岡祐輔さんの本を拝読して、やはり、行政にはマーケティングが必要と確信を得た。私も大学時代にマーケティング論や広告論を専攻している。久しぶりに行政マンである岡さんの口から、「3C」、「SWOT分析」、「マーケティングの4P」との言葉を聞き、私は、嬉しく思った。

本書は、地域ブランドをどのように確立していくのかというものである。そこには、マーケティング力と公民連携がキーワードとなってくる。本書を読んでおもしろかったのは、糸島産「ふともずく」を女子高生と組み、戦略を組み立てて関係者らとWin-Winの関係を築き、全国で糸島産ブランドを展開していった事例だ。少子高齢化が進展し、地方創生といわれる現在、地域ブランドを確立するということは、新たな行政の役割として重要視されることだと再認識した。

私が勝手に岡さんに親近感を抱くのには、もう一つ理由がある。それは、本書の中で、静岡県立大学 岩崎邦彦教授のことを紹介していることだ。
いざ、自分たちの住む街のことを考えると、地域ブランドを確立する「資源」がないと思ってしまう。そこで役に立つのが、岩崎氏が著した「観光ブランドの教科書(日本経済新聞社:2019年)だ。岩崎氏は、訪れた人が満足を得るには、「観光地」+「   」が必要と説く。そして、その空欄に入るものは、ありふれたモノかもしれないが、そこにストーリーを加えることによりコトになる。コトになったとき、それはその地域しかないオンリーワンになる。

地域は、魅力で溢れている。しかし、そこにマーケティングと公民連携がなければ、その魅力は埋まったままだ。岡さんと岩崎さんの書籍は、セットで読むことで、自分たちのまちをブランド化できる解決策があると感じている。多くの行政マンにも大いに参考になるはずだ。

岡祐輔さんの益々のご活躍を祈念します。






2020年5月10日日曜日

WHO YOU ARE

文化は社訓や社是のようなものではない。一度つくれば終わりというものではないのだ。「基準以下の行いを放置しておくと、それが新しい基準になる」と軍隊では言われる。
企業文化も同じだ。

(引用)WHO YOU ARE 君の真の言葉と行動こそが困難を生き抜くチームをつくる、日本語序文:辻庸介、著者:ベン・ホロウィッツ、訳者:浅枝大志・関美和、発行:日経BP、発売:日経BPマーケティング、2020年、21

「HARD THINGS(日経BP社)」の著者、ベン・ホロウィッツ氏の第2弾は、企業文化に焦点を当てたものとなった。その企業文化のモデルとなった人たちは、ハイチ革命を指揮したトゥーサン・ルーベルチュール、モンゴル帝国を築いたチンギス・ハン、またアメリカの元囚人、さらには、武士道を重んじた日本の侍と幅が広い。

特に、1600年代には世界人口の半分以上は奴隷として使われていたというが、その奴隷制度の廃止、西半球で起こったアフリカ人奴隷の反乱の中で最も成功したと言われるハイチ革命を指揮したルーベルチュールの話は面白い。よく企業文化、戦略というと、兵法から学ぶことも多いが、ホロウィッツ氏もその一人だろう。
長らく絶望的な立場に置かれた奴隷たちがいかに戦争に必要なスキルを身に着け、一つに纏まり、行動することができたのか。それを率いたルーベルチュールは、どのように振る舞い、奴隷たちのモチベーションを維持させ、行動したのか。ルーベルチュールから学ぶことは、企業文化を構築する上で必要不可欠なものだと知った。

一方、ホロウィッツ氏は、偉大な文化があっても偉大なチームは作れないし、プロダクトがだめなら企業は失敗するとの指摘も忘れない。
しかし、数々の困難を乗り越えていくには、やはり企業文化による、気風、気質にかかってくる。根底にあり、土台となり、つつみ込むもの。私は、それが、企業文化ではないかと思った。
これらの本で紹介されている4つの事例は、いってみれば、バラバラだ。ルーベルチュールや世界最大の帝国を1000年前に築き上げたチンギス・ハンからはじまり、殺人の罪で刑務所に入りギャングたちを統率したシャカ・サンゴールまで至る。
ただ、ホロウィッツが取り上げた4つの事例は、それぞれの分野で”何かを変えていった”人たちであることから、共通する要素も多い。
企業文化を構築するのは、あくまでも人間である。私は、そこに属する人たちの人間らしさ、信頼、目的を共有した一体感が大事であると再認識させられた。

本書では、日本の武士道の代表的な著「葉隠」の一文も紹介されている。
「剛臆と言う物は平生当たりて見ては当らす。別段に有物也」
(勇気があるか臆病かは平時にはわからない。何かが起きたときにすべてが明らかになる)(引用) 同書、119

本書でこの一文に触れたとき、いまの新型コロナウイルスの感染拡大のことを思った。
我が日本人は、武士道を重んじ、固有の文化を築き上げてきた。
国民一人ひとりが勇気を持って、新型コロナウイルスを終息させる。
いま、その目標に向かい、臆病者でない日本人、そしてしなやかで強い日本文化を再認識して、行動する必要があると思った。
今、まさに、日本人全員が、”WHO YOU ARE”と問われているのだと。

改めて、偉大なるベン・ホロウィッツ氏に敬意を表したい。

2020年4月29日水曜日

PRINCIPLES

何をどうするかに気を取られて、何をすべきかを決めるのは誰の責任かというもっと重要な質問をなおざりにする人がよくいる。それは逆だ。何をできる人が必要か、担当させる人がどういう人か知っていれば、仕事がどう進むかはしっかり描ける。
(引用)PRINCIPLES  人生と仕事の原則、著者:レイ・ダリオ、訳者:斎藤聖美、日本経済新聞社、2019年、429

新型コロナウイルスの感染拡大で、当代最高の投資家であり、フェジファンドのブリッジウォーター・アソシエイツの創業者レイ・ダリオ氏の発言が世界的に注目を集めている。
その発言とは、レイ・ダリオ氏がインターネット番組で「新型コロナウイルスの感染拡大による打撃から世界経済が立ち直るには3年から5年の期間が必要」との見解を示したことだ。
私は、レイ・ダリオの言葉には、信憑性が高いことを知っている。なぜなら、以前、私は、レイ・ダリオ氏の「PRINCIPLES」を読み、彼の人生と仕事の原則を学んだからだ。レイ・ダリオ氏は、結論を導く際、過去の実績を見て体系的に信頼性を評価するなど、エビデンスの積み上がりを重視するなどし、なぜ、その意見に達したのかを理解するという。改めて、私は、レイ・ダリオ氏の本を読み返してみることとした。

レイ・ダリオ氏の示す原理原則は、人生の原則が5つの柱、仕事の原則が16の柱から成り立っている。これらの原則は、なにも特異なものではない。人間としてどうあるべきか、また、さらに仕事で組織が発展していくにはどのようにしていくかということを、自らの経験から原則(Principle)として纏めたものだ。
例えばたくさん努力して、上手に失敗することの大切さを説く。大胆な目標、失敗、原則を学ぶ、改善する、そしてさらに大胆な目標へ向かうといった、上向きのループを築き上げていくことこそが、まさに成功の秘訣だとレイ・ダリオ氏は言う。
このレイ・ダリオ氏の失敗するということに触れ、私は、松下幸之助氏の次の名言を思い出した。
「失敗することを恐れることよりも、真剣でないことを恐れたい。」

失敗することから学ぶことは多い。失敗することを恐れるということは、チャレンジを恐れることである。それよりも、チャレンジし、失敗し、反省し、次の目標に進むというプロセスが大切であるということは、私も同感だ。

レイ・ダリオ氏は、経営という部分では冷徹さも見せる。企業を利益を生むマシンとらえ、働く人達もマシンの一部として動くマシンと捉える。例えば、みんなから好かれているが能力のない人に辞めてもらうか、みんなから好かれているが能力のない人を会社に残し目標を達成しないかという選択は、どの世界にも存在することだろ。その解に、レイ・ダリオ氏は、「この課題に選択の余地はなく、卓越性の追求を選ばざるを得ない」とズバッと言っているところが気持ちいい。
良い組織には、良い人材と良いカルチャーがある。良い人材がいれば、冒頭に記したとおり、仕事の進め方が描ける。このことは、どの組織にも通用することだろう。最終的に良い組織をつくるためには、Principlsが必要だ。

本の中央には、人生の原則、仕事の原則の要約と見出しが箇条書きになって纏まっている。私は、このページを小さくコピーして、ホッチキスで1冊の本のようにして、手帳に挟み込んでみた。これは、レイ・ダリオ氏の経験がつまった貴重な教えだ。

この教えを胸に、これからの人生、そして仕事のすすめ方について、Principlsを大切にしながら生きようと、改めて思った。


2020年4月26日日曜日

LEADER SHIP

テロのあと、危機に直面した際にどうすれば冷静でいられるのかと、何度も尋ねられた。すでに述べてきたように、結局、大切なのは準備だ。市長時代、わたくしたちは絶えず、さまざまな種類の不測の事態に備えて、市の対応を机の上で予行演習してきた。
(引用)リーダーシップ、著者:ルドルフ・ジュリアーニ、訳者:楡井浩一、発行者:株式会社講談社、2003年、86

私の尊敬する一人に、元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏がいる。ジュリアーニ氏は、2001年9月11日に起きた同時多発テロの処理で自ら陣頭指揮にあたり、その水際だったリーダーシップが世界中から賞賛を集めた。

いま、私たちは、未だ収束がみえない新型コロナウイルスの脅威に立ち向かうべく、危機管理のあり方、そして政府や自治体だけではない、一人ひとりのリーダーシップのあり方が問われている。
そのヒントを求め、私は、ジュリアーニ氏の本を読み返した。

新型コロナウイルス感染拡大は、いま、私たちの経済を、そして暮らしを完全に止めてしまっている。長引く学校休校、飲食店などの活動自粛、そして、「STAY HOME」ということで外出自粛要請がなされ、今や公園で散歩することもままならぬ状況だ。

リーダーの一つの役目は、情報を正確に伝えることだ。実際、ジュリアーニ氏も「リーダーはマスコミを味方につけたいと思うが、何かと否定的な捉え方をされる」と言われる。
ジュリアーニ氏の本を読み、私は、リーダーが感染拡大についてどのような措置を講ずるのか、それはどのエビデンスに基づいているのか。また、公権力を用い、マーケットを止めたわけだから、どのような生活保障をしていくのか、その手法と根拠(本当に保障制度が根ざしたものになっているのか)はどうなっているか、といった説明責任が求められてくると思った。

また、リーダーは、危機に直面したときにこそ、平常心が求められる。ジュリアーニ氏は、ボクシングをしていた父から「平常心を保つ」ことの大切さを教わったという。そのためには、冒頭に記したとおり、日頃からの準備が欠かせない。
世界中に広がる新型コロナウイルスは、想定外だと言うなら、それは違うと思う。およそ100年前には、人類史上最悪といわれた新型インフルエンザ、いわゆる「スペイン風邪」が流行し、世界人口の3分の1から半数近くが感染したことを経験している。
また近年では、2009年春頃から2010年3月ごろにかけ、世界的に感染拡大した新型インフルエンザもあった。感染症の脅威は、十分想定されるものである。

しかし、過去の感染症の流行や災害は、寺田寅彦の言葉とされるとおり、「忘れた頃に来る」のも事実だ。だが、例えば、2011年3月11日に発生した東日本大震災では、東北沿岸部で多くの犠牲者が出てしまったなかで、学校管理下の児童・生徒全員が自主避難して津波の脅威から助かったという、いわゆる「釜石の奇跡」がある。感染症においても、自然災害においても、過去からの繰り返しであり、常日頃からの準備は可能である。

危機にある状況下でリーダーとしての役目は、絶望の中でも人々に希望をもたせることも必要だ。それは、なにも美辞麗句を並べることではない。厳しい直面であれば、聞き手に過度な期待を持たせないように、今の状態を率直に言う。そして、ジュリアーニ氏は、チャーチルの言葉を引用していたが、苦境にあっても「決してあきらめない」という強力なメッセージが必要であろう。

危機に直面したとき、どのようなリーダーシップを発揮すべきか。アメリカ同時多発テロ、いわゆる9.11を乗り越えたジュリアーニ氏の言葉は、いまもなお、色褪せることはない。




2020年4月22日水曜日

Compassion

逆境のなかで希望を抱くことは、ただの愚かな空想ではない。希望は、人類の歴史が、単に残酷なばかりではなく、コンパッション、献身、勇気、思いやりの歴史であるという事実に基づいているからだ。
(引用)Compassion(コンパッション) 状況にのみこまれずに、本当に必要な変容を導く、「共にいる」力、著者:ジョアン・ハリファックス老師(博士)、監訳者:一般社団法人マインドフルリーダーシップインスティテュート、訳者:海野桂、英知出版株式会社、2020年、176

Compassion(コンパッション)。私が大学受験のとき、英語の科目で頭に詰め込んだCompassionの和訳は、「思いやり」だ。Compassionと聞いて、それ以上の言葉の意味があるとは、お恥ずかしい話、私は知らなかった。
ジョアン・ハリファックス老師は、コンパッションを次のように定義する。すなわち、人が生まれつき持つ「自分や相手を深く理解し、役に立ちたい」という純粋な思い。自分自身や相手と「共にいる」力のこと。そして、コンパッションを育むことで、意思決定の質、対人調整力、モチベーションが向上するという。

ストレスフルな社会である。特に、現在、我が国では、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、緊急事態宣言が発出されている。このたびの新型コロナウイルスの感染拡大によって、私達の生活は、外出自粛要請、学校の臨時休業など、一変してしまった。連日、暗いニュースが流れ続け、これを執筆している段階では、新型コロナウイルスの終息の光が見えてこない。

そのような状況のなか、ジョアン・ハリファックス老師の書かれたコンパッションの本は、私たちに勇気と希望を与えてくれる。
冒頭に紹介した言葉は、本書に登場する公民権運動のリーダー、ファニー・ルー・ヘイマー氏のことを記したものだ。恐ろしい暴行を受けても立ち上がり、自身の苦しみを人類の利益に活かしたファニ・ルーから学べることは、国難ともいえる現在の状況下において、自分自身が社会の一員であることを再認識し、関係者と良好な関係を築き、一丸となって難敵に挑むことだ。いま、まさに一人ひとりが置かれた立場で、私はコンパッションの実践が求められると感じた。そうしなければ、希望の光が永遠に見えてこないことだろう。

ジョアン・ハリファックス老師は、ハーバードの名誉教授であり、禅僧であり、社会活動家だ。禅僧ということから、日本に対する造詣が深い。本書にも10世紀の日本の歌人、和泉式部の短歌や陶磁器の金継ぎなどが紹介され、そこから日本人が本来持つ、コンパッションが浮かび上がることも興味深い。
本書を読み進めていく上で、私の尊敬する京セラの創業者である稲盛和夫氏と共通する部分も多いことに気づかされた。これは、稲盛氏自身も京都の円福寺で得度していて、禅の大切さをビジネスに取り入れているからであろう。

人間本来の心の大切さを再認識すること。そして、自分を犠牲することなく、人の役に立つ実践的な方法を学ぶこと。これは、次代を担うリーダーに一番必要なスキルだと思う。
いま、私は、改めて一人ひとりがCompassionの実践が求められると強く思う。先ほど紹介したファニー・ルーが驚くべき勝利をしたように、私たちも新型コロナウイルスの脅威に立ち向かうために。

Compassion。私にとって、最高のリーダーシップの教科書となった。

2020年4月12日日曜日

新型コロナウイルスの真実

とにかく一番大事なものは、手です。手指消毒を徹底することで、自分が感染するリスクを確実に減らすことができます。
(引用)新型コロナウイルスの真実、著者:岩田健太郎、発行:株式会社ベストセラーズ、2020年、72

新型コロナ対策として、ある大学のホームページに、学生に対して次のことが書かれてあった。

「学生の皆様に守っていただきたいこと」
・不要不急の外出や会食等を控えること
・発熱等の風邪症状がある場合等は自宅で休養
・栄養、睡眠、健全で規則正しい生活
・手洗いと咳エチケットの徹底
・密閉空間、密集、近距離での会話を避けること

私は、岩田氏の本を読んだ後、この大学の行動指針に触れ、とても良く纏まっていると感じた。

国による緊急事態宣言が発令され、外出自粛の機運が高まっている。
いま、私たち、国民にできることは、アタリマエのことだが、新型コロナウイルスに感染しないこと。そして、知らず識らずのうちに感染を拡大させてしまわないことだ。

新型コロナウイルスが終息しなければ、いつまで経っても我が国の経済が停滞したままであるし、学校が休校したままであるし、人間らしい文化的な生活が送れないままだ。

ただ、やみくもに、新型コロナウイルスを恐れる必要はないとも思う。私たち日本国民は、岩田氏の本を読むなどして、新型コロナウイルスの正しい知識を得て、一人ひとりが認識し、対策をしてく必要がある。

そのためには、私達ができることもたくさんある。まず、外出したら手を洗う、うがいをする。その徹底だけで、感染リスクをかなり抑えることができると岩田氏は言う。

新型コロナウイルスの終息に向け、いまは、ただ、祈るしかないのか。

いや、私たち一人ひとりが意識し、行動し、新型コロナウイルスを終息させていくことしか、道はない。

かつての、日常を取り戻すために。

2020年4月5日日曜日

都市5.0の時代へ

将来に向けて私たちに求められることは、こうした高度情報技術を、ニーズ志向で、人間中心設計型へと常に改めていく姿勢である。
(引用)都市5.0 アーバン・デジタルトランスフォーメーションが日本を再興する、東京都市大学 総合研究所 未来都市研究機構、株式会社翔泳社、2020年、207

MaaS,CaaS,5G,IoT,AI,Society5.0、SDGsなど、近年、私たちの周りには、英数字で表現されたキーワードが並ぶ。これからの社会は、地球規模の視点で、持続可能な世界を構築していかなければならないが、その概念は、欧米諸国によってリーディングされている。我が国を始めとした先進諸国は、少子高齢化の波が押し寄せてきており、これからの都市づくりには、テクノロジー+コミュニティ+サービスを融合させるデザイン機能が求められくる。それらの機能を積み込んだアーバン・デジタルトランスフォーメーション(UDX)のあるべき都市の姿は、黒川紀章氏の言われる「神の都市」、「王の都市」、「商人の都市」、「法人の都市」を経て、いよいよ「個人の都市」へのフェーズに入ったといわれる。そのため、本書では、都市の持続可能性を担保するうえで、まず都市を「人間拡張の最大形態として捉える必要がある」と主張する。つまり、どんなにテクノロジーが進化しようとも、そこにある主役は、「人間」であるということだろう。

本書を読みすすめていく上で、私は、佐久間象山の「東洋道徳、西洋芸」という言葉が頭に浮かんだ。「芸」とは、今で言う「技術」のことだ。つまり、西洋からの技術を積極的に取り入れるが、あくまでも技術を扱う人間は、東洋の儒教が説く道徳を持って使うべきということであろう。先ほど、近年のトレンドは、欧米諸国によるものと記したが、そのトレンドの核となる高度なテクノロジーを人間中心設計型へと常に改めていく姿勢が求められる。そのことは、少し話が逸れるが、アップルの製品が多くの市場に受け入れられたことにも通ずると思う。アップル創始者のスティーブ・ジョブズは、禅の心を重んじた。禅は、シンプルであり、人に対する思いやりや慈しみの心が宿る。アップル製品は、その東洋人の精神をベースとし、高度なテクノロジーが上塗りされる。その結果、顧客の創造につながり、アップル製品は、IphoneやIpadなど、ヒットを連発してきた。ヒット要因としては、まず、ユーザー(人間)第一主義とし、「便利で、人に優しい」製品の追求であったことにほかならないと思う。それは、都市づくりでも言えることだと思った。

都市5.0は、「個人の都市」と位置づけられるが、なにも特別なものではない。少子高齢化時代を迎えても、今までより、スーパーや病院が近いなどの生活利便性に縛られない住まい方ができること、また通勤にも縛られない新しい働き方ができること、さらに地域の人々が交わり、精神的に豊かに暮らすことができることなどを目指す。そのためには、社会的課題を解決し、これからも持続可能な社会を構築してくため、高度なテクノロジーが必要不可欠だと説く。

本書では、AIやIoTを駆使し、自動運転などの最新事例が紹介されている。都市5.0の時代到来に向け、参考になるのは、Sidewalk Labsによるトロントでの取り組みだ。この取組で感心したのは、再開発地であるトロント市に利益が出ない限り、Sidewalk Labsは利益を得られないという金融スキームを構築していることだ。そのため、雇用創出・経済発展や環境保護、住宅供給などの成果指標を設定し、利益を追求する。市の補助金をあてにしないまちづくりというのは、オガール紫波やアーツ千代田3111など、我が国でも主流になりつつある。政府や自治体の補助金に頼らない、民間のノウハウを生かし、民間主導による新たな都市づくりは、今後、プラットフォームの主流になっていくのではと感じた。もちろん、そのプラットフォームには、産学官の連携が欠かせない。様々な業種、横断的な組織、多様化する社会課題を解決するためには、都市づくりに参加するプレイヤーも複数存在することになる。

都市5.0の時代は、新たな世界的課題を高度な情報技術を駆使して解決し、人間回帰を目指す。本書を読み、私は、もう、既に都市5.0へと着実に進む、未来の都市像を知ることができた。







2020年4月1日水曜日

志村けんさんの死と危機管理

日本のコメディアン・志村けんさんが新型コロナウイルスによる肺炎で3月29日に亡くなった。
70歳。長寿国日本では、早すぎる死であった。

私は、いわゆる「ドリフ世代」だ。子供のころ、土曜午後8時には決まってテレビの前に座り、ザ・ドリフターズの「8時だョ!全員集合」を見るのを楽しみにしていた。特に、ザ・ドリフターズのメンバーである加藤茶さんと志村けんさんのコンビによるステージは特別で、私も友達とヒゲダンスを真似したものだ。

亡くなった志村けんさんと私は、ちょうど20歳違う。実は、私と誕生日が同じなのだ。そのため、昔から、志村けんさんとは、何らかの親近感を勝手に抱いていた。
その志村けんさんが突然、亡くなる。
改めて、私は、新型コロナウイルスの恐怖を知った。

世界で拡大する新型コロナウイルス。この恐怖に立ち向かうために、どうしたら良いか。私は、ニューヨーク市長だったルドルフ・ジュリアーニさんの本を読み返した。ジュリアーニさんは、2001年9月11日に起きた同時多発テロの処理で陣頭指揮に当たり、その水際だったリーダーシップが世界中の賞賛を集めたかただ。

9.11のとき、ジュリアーニさんは、次のように語っている。
「わたくしは自分がやるべきことを三つにまとめた。まず、市民とのパイプを確保し、市民が落ち着いて、安全に避難できるように最善を尽くすこと。次に、負傷者を受け入れる態勢を整えること。(中略)そして、もう一つ頭にあったのは・・・『次に何が起こるのか?』」
(引用)リーダーシップ、ルドルフ・ジュリアーニ、株式会社講談社、2003年、39

9.11のテロと新型コロナウイルスは種類が違えど、ジュリアーニさんが9.11で実践したリーダーシップのとり方は、新たな感染症の難敵にも十分通用するものだと思った。

本日、政府の新型コロナウイルス感染症対策専門家会議が開催された。
委員からは、「これからの日本の取組みについて、世界の注目が集まっている。(中略)
市民の皆さんは、法律で義務化されていなくても、3つの蜜が重なるところを徹底して避けるなど、社会を構成する一員として自分、そして社会を守るため、それぞれが役割を果たしていきましょう。」と締めくくった。
「3つの蜜」とは、換気の悪い密閉空間、人が密集する場所、そして密接した近距離のことだ。この「3つの蜜」が重なるところは、感染リスクが非常に高まる。

ジュリアーニさんが現役時代、机の上にリーダーシップ哲学を要約した言葉が掲げられていたという。
その言葉は、「責任を取る」。
これ以上、我が国で新型コロナウイルスの感染を拡大させないため、一人ひとりが責任ある行動をとらなければならない。
誰もが、リーダーシップを発揮するときがきている。
志村けんさんの死を目の当たりにし、そんなことを思った。

最後に、私が子どものころ、私のあこがれでもあり、兄貴のようであった志村けんさんの御冥福を心よりお祈りいたします。
                       令和2年4月1日 宮本佳久



2020年3月28日土曜日

交渉力

相手を動かすためには、
1 利益を与える(譲歩する)
2 合法的に脅す
3 お願いする
この3つの手法しかない。

(引用)
交渉力 結果が変わる伝え方・考え方、著者:橋下徹、発行所:株式会社PHP研究所、2020年、20

橋下氏には及ばないが、私の仕事も「交渉」の連続であったと思うし、今も仕事上、「交渉」は続いている。
私自身の経験として、ときに、「交渉」が難航し、頓挫したこともあった。その都度、私は、どの点が「交渉」としていけなかったのかを反省したものだが、橋下氏の本を拝読し、自分の経験で培った交渉ノウハウと大きく重なっていた。

相手を動かすためには、まず、「利益を与える」ことだ。あのスティーブン・R・コヴィーの世界的大ベストセラー「7つの習慣」の中で、第4の習慣として「Win-Win」を考える」とある。私も交渉が難航していたとき、その「Win-Win」という言葉がふと、頭に浮かんだ。そして、相手の”利”を考えて交渉し、結果的に上手く行ったことを思い出した。近江商人にも”三方良し”がある。つまり、”三方良し”とは、”売り手よし”、”買い手よし”、そして”世間よし”ということであるが、この”三方よし”も近江商人が売り買いの「交渉」を通じて得た”交渉力”の知恵から生まれたものではないだろうかと思った。

また、「合法的に脅す」ことも共感できる。私も頑なに動かない相手に対して、「揺さぶる」攻撃を仕掛けることがある。まず、大きく”かまして”みて、相手が反撃に出てきたとき、自分の譲れない部分の駆け引きをしながら粘り強く交渉する。その際には、橋下氏が言われているとおり「この交渉を決裂させたら大変なことになる」と相手に思わせることが大切だ。私も「相手の何を突っつけば、相手は私の交渉に耳を傾けてくれるのか」ということを模索する作業を行う。この作業は、私自身、交渉前に欠かせないものである。

最後の「お願い」することも共感できる。私の場合は、「Win-Win」の関係が築けない(相手に利がない)とき、お願いを繰り返す。しかし、ただ、お願いすればいいというものでもない。「少しでも相手の欲求に応えられるものがないか」を模索しながらお願いをする。そして、私の場合、少しでも糸口が見つかれば、Win-Winの交渉にもっていく。

橋下氏は、「交渉は始まる前に9割決まる」と言う。前述のとおり、私自身の経験を振り返っても、そのとおりだと思う。大阪府知事、大阪市長を歴任した橋下氏の経験をふんだんに踏まえた「交渉力」の本は、若い人たちにはノウハウが役に立つだろうし、ベテランの粋に達したかたたちには自身の交渉を振り返る良い機会になる。

広くおすすめしたい一冊である。



2020年3月23日月曜日

Beyond MaaS

MaaS時代においては、公共交通機関の関係性は「競争」から「共創」へ変化していく。これまでは同一地域の競争関係の中で切磋琢磨しながら、互いのサービスを向上させてきた。いわゆる競争関係である。今後は、良い意味での緊張感のある状況で、共創関係をどのように構築するか、エコシステムをどのように構築するかがポイントになる。それは同一地域においても、遠く離れた地域でも同じような課題を抱えている事業者間や、同じシステムを活用できる場合には積極的に連携メリットを模索していけるといい。
(引用)Beyond MaaS 日本から始まる新モビリティ革命 ー移動と都市の未来ー、著者:日高洋祐・牧村和彦・井上岳一・井上佳三、日経BP、2020年、211-212

本書を読み終えるまで、私は、MaaSについて、単にアプリを用いたナビゲーション(地図、経路検索)や予約・決済機能のことだと思っていた。しかし、その考えは、根底から覆させられた。MaaSは、交通分野のサービス深化となるDeep MaaSの世界、そして異業種連携で新たな価値を創出するBeyond MaaSの世界へと続く。Beyond MaaSの世界では、少子高齢化に伴う社会問題(買物難民等)を解決し、近未来的な、新たな都市構築の可能性を秘めている。つまり、より快適で、スマートな生活スタイルが実現可能になる。

本書には、GOJEKのシンガポール ゼネラルマネジャーのLien Choong Luen氏も登場する。GOJEKでは、既に生活に密着したスーパーアプリを開発し、東南アジアの人々の暮らしに欠かせないものになっているという。私は、本書を読み進め、車による配車サービスから買い物代行サービス、リラクゼーション関連の出張サービスに至るまで、「人々が移動する」という負担を極力排除し、ライフスタイルを豊かにする取り組みであると感じた。

冒頭に記したとおり、MaaSは、異業種とのコラボも可能だ。本書では、様々なビジネスモデルが紹介されており、例えば、電力✕MaaS、住宅・不動産✕MaaS、保険✕MaaSなどがある。また、観光✕MaaSや災害・防災✕MaaSなど、産業界のみならず、自治体とのコラボにも十分な可能性を秘めている。
ただ、私は、Society5.0の時代が到来し、各都市が「スマートシティを目指す」と言い放っても、そこに住む人々の暮らしが快適で真にスマートでなければならないと思う。その答えは、海外の先進事例を参考に、「どの点が真に人々の生活に役立ったのか」、そして「なぜ人々に支持され続けているのか」という視点で本書を読み進めれば、きっと探し出せる。なぜなら、この一冊で、MaaSの世界、そしてそこから発展する近未来の都市像が浮かびあがってくるからだ。

私も、今の仕事がBeyond MaaS世界構築の一助となればと思う。そして、いつの日か、自分の街にBeyond MaaSの世界が訪れることを心待ちにしたい。

2020年3月17日火曜日

シン・ニホン

もうそろそろ、人に未来を聞くのはやめよう。
そしてどんな社会を僕らが作り、残すのか、考えて仕掛けていこう。

未来は目指し、創るものだ。

(引用)シン・ニホン AI✕データ時代における日本の再生と人材育成、安宅和人著、株式会社ニュースピックス、2020年、6

安宅さんと言えば、問題解決のバイブル、「イシューからはじめよ(英知出版、2010年)」の著者だ。「適切な問い、解くべき課題、つまりイシューを見出し、整理することが知的生産の核心の一つ」だと安宅さんは言う。その安宅さんが、現在日本の抱えるイシューを見出し、新しい日本への進む道を示す。

我が国では、急速に進展する人口減少問題が課題と言われている。しかし、安宅氏は、豊富なデータを示しながら、その解決策を導いていく。

その解決策に欠かせないのは、本書のサブタイトルになっている「データ✕AI」、そして新たな社会の到来において求められる力を身につける「人材育成力」だ。その人材育成力とは、知覚する力、生命力、そして人間力だ。いくらテクノロジーが進展しようと、人間力は、これからの未来にも通用するのだと感じた。

安宅氏は、Society5.0、そしてSDGsの交点こそ目指すべき領域だと指摘する。しかし、その目指すべき領域においても、主役はあくまでもテクノロジーではなく人間である。これからの時代を生き抜くため、そして我が国を再生するため、多くの方たちに本書をおすすめしたい。





2020年2月26日水曜日

新エクセレント・カンパニー

人がいちばん大事。いますぐに試してみよう。積極的に人の話を聴こう。ワオか、さむなくば失墜を。いつもエクセレントであれ。
(引用)新エクセレント・カンパニー AIに勝てる組織の条件、トム・ピーターズ著、久保美代子訳、株式会社早川書房、2020年、90

いま、私の目の前に2冊の本がある。1冊は、1983年に発行された「エクセレント・カンパニー 超優良企業の条件(株式会社講談社:大前研一訳)」。そして、もう1冊は、先日、私が書店で「ワオ!」と言って新刊コーナーで見つけてしまった2020年発行の「新エクセレント・カンパニー AIに勝てる組織の条件」だ。著者は、言わずとしれたトム・ピーターズ。まさか、37年の時を経て、私は、伝説の名著「エクセレント・カンパニー」の続編に”再会”できるとは思わなかった。

トム・ピーターズの考えの根底には、いつも「人」がいる。このたび、トムは、カオス状態のテクノロジーの世界でいま現在起きていることを知るべく、100冊を超える本を読んだという。そして、これからの時代に即した組織文化、行動、エクセレントなリーダーになるためのエッセンスを続編に盛り込んだ。特に248ページに記載のある「リーダー就任の宣誓 管理者であり奉仕者であることを誓う」は、私も自身の手帳に書き記しておいた。この宣誓は、トムがAIMで行った副産物だそうだが、これからどんなにテクノロジーが進化しようとも、またどんな職業に就いていようとも、不変的であり、人間重視の原則に則ったあるべきリーダー像のことだ(詳細は本書で)。

1983年発行の「エクセレント・カンパニー」は、私が学生時代に読み漁った一冊だが、当時、少し読みづらいところもあった。しかし、今回の続編は、トムが1998年に発行した「トム・ピーターズの起死回生(TBSブリタニカ:仁平和夫訳)」のように読みやすい。この「起死回生」は、世界23カ国、約400回の経営セミナーの集大成として纏められたものだが、まるで、トムのセミナーを受けているかのような感覚で、読者の心にスーッと入ってくる。このたびの続編も同じようなタッチで書かれており、570ページにも及ぶが、読者を飽きさせることがない。

この続編では、ソーシャルビジネスやIoTにも話が及ぶ。しかし、本書で指摘していることは、いつの時代でも「人間」を第一に考えたトム流のマネジメントだ。例えば、些細なことに気配りをする、リーダーは熱意を持つ、人の話をよく聴く、目の前の仕事にいますぐとりかかるといったトムの指摘は、自分自身の仕事を振り返る良い機会にもなる。

この新エクセレント・カンパニーでは、もうすぐ80歳になろうとするトムだけがたどり着いた「エクセレント」へと、道案内してくれる。さあ、読後は、自分たちの仕事で実践しよう。なぜなら、本書に登場する珠玉の言葉たちは、私たちをエクセレント・リーダー、エクセレント・カンパニーへと導いてくれるからだ。
私の青春時代からずっと寄り添ってくれているトム・ピーターズに改めて敬意を表したい。





2020年2月15日土曜日

次世代ガバメント

次世代行政府の役割は、おそらく次の三つに集約されるのではないかと思います。まず、「社会インフラの提供」。そして、「サービスの提供」。最後に「コミュニティの再構築」があるのだろうと思います。
(引用)次世代ガバメント 小さくて大きい政府のつくり方、責任編集:若林恵、発行:株式会社黒鳥社、発売:日本経済新聞出版社、2019年、146

いま、私たちがよく耳にする言葉は、「大きい政府」を目指すべきか、それとも「小さな政府」を目指すべきか。「大きい政府」を目指せば万人のニーズに応えられるものの財源不足に陥る。一方、「小さな政府」を目指せば不平等が発生する。
この本は、今後の「公共」を支えていくため、デジタルテクノロジーという視点を取り入れ、議論している。なぜ、デジタルテクノロジーが必要なのか。それは、私達の身近に、当たり前のように存在している行政府は、生産人口の減少によって財源不足が進み、行政府職員が今までどおりの仕事をこなすだけでは、多様化する市民ニーズに応えられなくなるからだ。そのため、行政府は、積極的にデジタルテクノロジーを取り入れることで、仕事の効率化を図り、市民ニーズを汲み取り、市民らとコミュニケーションを図って信頼関係を構築することで、職員しかできない本来の仕事をしなければならないと感じた。

本書では、豊富なバックデータに基づき、これからの行政府のあり方を模索している。その中で、デンマークデザインセンターCEOのクリスチャン・ベイソン氏の指摘が鋭い。ベイソン氏は、「これからの行政府は、市民の一人ひとりの人生や社会がどう変わったのかを指標としてサービスが評価されなくてはならない」と指摘する。
今後より一層、行政府では、予算の使われ方、つまり費用対効果が問われる。事業予算で、どのように市民の人生までを変えていくのか。また、実際に、その事業評価はどうであったのか。さらに、老朽化する多くのインフラ整備は、どのようにプライオリティをつけていくのかなど。
行政府は、既に事務事業評価制度を取り入れてはいるが、その評価制度の指標を組み替えるなどして、より市民や社会によい効果をもたらしたかを的確に評価し、予算に対する説明責任を果たさなければならないと感じた。

かのピーター・ドラッカーも、公的機関が成果を上げるための規律として、「自らの事業を定義する」、「活動の優先順位をつける」、「成果の尺度を明らかにする」などをあげている。それに加え、本書では、デジタル公共財の整備や、そこに住む人達や同じ目的を持った人たちの「共感」をベースにしたコミュニティの必要性を説く。先日、私も会津若松市のスマートシティに関する本を読んだが、本書の中でも、そのスマートシティの必要性を認めつつ、課題も提起しているところが興味深い。

先進国の中で、特に少子高齢化の進展が顕著な我が国においては、行政府に残された時間が少ないのかもしれない。本書を読んで、厳しい環境の中、さらにグローバルに、そして多様化する市民ニーズに応えるべく、これからの行政府は、長期的な視野をもって、「ガバナンス・イノベーション」をおこしていかないと強く感じた。
そのために、私は、まず、2050年時点における行政府のあるべき姿をイメージするところから始めてみようと思う。

本書は、地方公共団体職員を始め、新たな「公共」を支える全ての人(社会の構成員)におすすめしたい。









2020年2月13日木曜日

敵は我に在り

勝ちに不思議の勝ちあり。負けに不思議の負けなし。
                 野村克也
(引用)日本経済新聞 2020.2.12朝刊、「春秋」欄

プロ野球チームの「ヤクルト」を率い、3度の日本一を導いた名監督、野村克也さんが2月11日に亡くなった。
野村さん自身も戦後初の三冠王となるなど、その球界に残した偉業は、どれも華々しい。
しかし、その裏には、歴代最多の1563の負けを喫したことはあまり知られていない。

よく、私はテニスの試合をするのだが、運が運を呼び、なぜか勝ててしまうことがある。「なぜ、この試合に勝ったのかわからない」という不思議な感覚。でも、その勝ち試合の後は、「結果オーライ」ということで余韻に浸るだけで、その試合を省みることがない。

一方、負けるときは、散々だ。「あそこが上手くいかなかった」というのは、言われなくても、自分自身が一番良く知っている。
そこで、次に生かせるかどうか。それが、次の勝利につながっていくのだろう。

ビジネスの世界でも同じことが言える。よく、「多く失敗せよ」と言われる。最近、思うのだが、多くの若い世代の人たちは、失敗を恐れるのか、チャレンジすらしない。
しかし、目の前にある仕事に果敢に挑み、失敗し、反省し、次に活かす。スポーツもビジネスも、このサイクルがなければ、偉大な成果にはたどり着けない。

私の親戚の家には、名監督「ノム」さんの色紙が飾ってある。色紙のサインの横には、ノムさんの力強い字で「敵は我に在り」と言葉が添えられている。
生前、野村克也さんが書かれた本のタイトルにもなっているこの言葉も感慨深い。

目の前の仕事に果敢にチャレンジするのか、それともしないのかは自分自身。
自分を信頼して突き進むのか、それとも怖気づいて立ち止まるのかは自分自身。
さらなる高みを目指すのか、それとも現状維持でいくのかは、自分自身。
「自分はこの程度」とか、「少しでも楽をしよう」と思った時点で、すべての成長が止まる。私は、ノムさんの言葉を、このように解釈した。

まさに、敵は我に在り。
その信条のもと、自身の人生を歩みきった野村克也さんに、改めて敬意を表したい。

偉大な野球選手や名監督であった、そして、今もなお、多くのスポーツ選手やビジネスマンたちに影響を与え続ける野村克也さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
令和2年2月13日 宮本佳久  
                         





2020年2月10日月曜日

異端のすすめ

僕の人生経験からいえば、通常は、まずは量をこなして自分のウリを磨いて仕事の質を上げ、商品価値が高まることで量に追われることがなくなるというプロセスをたどるものです。
(引用)異端のすすめ 強みを武器にする生き方、橋下徹、SBクリエイティブ株式会社、2020年、72

この橋下氏の言葉を聞いて、私は、ピーター・F・ドラッカーの「自分の強みを活かす」ということを思い出した。その他大勢から抜け出すには、まず、自分のウリ(強み)は何であろうと認識することから始まる。自分は何者で、何が得意で、何が他人より秀でているのか。それは、一つの要素に限らない。橋下氏によれば、その強みを掛けあわせた総体が自分の価値になるという。
全く同感だ。
さらに、私は、その強みが自分の仕事に活かされなければ意味がないと考える。ただ、どんな仕事にも幅がある。その幅の中に、自分という強みを持った個性を置くことで、光り輝かせる。そんなことが必要であろうと感じた。

そして、橋下氏は、量をこなすことによって、質が向上すると言う。
これも同感だ。
多くの人は、失敗を恐れる。しかし、失敗から学ぶことが多い。私は、チャレンジを繰り返して、失敗し、それを次に活かすことにより、質が向上するのだろうと思う。
これも、私の経験だが、チャレンジすることにより、チャンスを得たこともあった。私は、他人が尻込みする仕事の中に、自分を大きく飛躍させてくれる希望の種が隠れていると思う。イソ弁(居候の弁護士)から、大阪市長、大阪府知事までのぼりつめた橋下氏も、大きなチャレンジをすべきと説く。大きなチャレンジは、失うものより、得るもののほうが大きいからだ。

商品価値が高まれば、質の仕事に移行すると橋下氏は言う。また、ある出来事に対して、自分の見解(持論)をもてとも言う。
これも共感することだ。
私も持論を展開するときには、そのバックデータとなるエビデンスを求める。氾濫する情報から自分の目的にあった情報をピックアップし、分析し、自分の主張の根拠として情報を活用する。それによって、自分の考え方(持論)は、説得力という大きな武器を得る。

私も橋下氏と同じ、50代になりつつある。この本は、歳を重ね、多くの経験をして、得てきたものがあるからこそわかる人生の指南書的存在のものだ。
自分の人生を後悔しないため、特に若い世代のかたたちに、橋下氏の著書をおすすめしたい。




孤高の箴言

逡巡する者は後れを取る。
躊躇する者は追い抜かれる。
そんな者達を尻目に、勇敢な前進者は前へ突き進む。

(引用)孤高の箴言、菊池翔著、幻冬舎メディアコンサルティング、株式会社幻冬舎、2019年、「092 勇敢な前進者であれ。」から一部引用

私は、まるで吸い込まれるように、本屋で「孤高の箴言」という本を手にとった。この本は、エクシアの菊池翔氏が著したものである。この本は、一般のビジネス書にありがちな、菊池氏の生い立ちや会社の概要などの記述は全て省かれ、無駄な文章が一切ない。まるで詩集のように、ただ、菊池氏が自身の生きる指針を纏めたかのようである。

言葉は、どれもストイックで、厳しい競争に生き抜くためのものが並ぶ。
この本は、さらっと読み流すだけでは、何も得られない。
ゆっくりと噛み締めながら読み進めてみて、自分の仕事に対する姿勢と照らし合わせる。
そうすることで、新たな発見をすることも多々あった。

この本に出てくる言葉は、男性的で、しかも厳しいものが並ぶ。
しかし、一方で「休息を躊躇うな。」という文章も登場する。
「マインドフルネス」も話題になっているが、ストレスフルな現代社会において、時には、思考を停止し、体を休ませ、次のステージに移行することも必要なのだろうと感じる。

一番、菊池氏と共感した部分が、どの世界にも、他者に依存し、自分で答えが出せない人が多いということだ。
勇者は、自分で考え、前へ進む。
傀儡の生涯を望まなければ、それしかない。
傀儡の生涯を望むか。それとも否か。それを決めて行動するのは、自分自身であると、改めて菊池氏は教えてくれた。

2020年2月8日土曜日

OODA LOOP

旧日本陸軍の大本営参謀を務め、戦後は第二次臨時行政調査会の委員などを務めた瀬島龍三氏は危機管理の極意をこう表現した。
「悲観的に準備し、楽観的に対処せよ」

(引用)OODA危機管理と効率・達成を叶えるマネジメント、小林宏之著、株式会社徳間書店、2020年、124

ビジネスの世界では、PDCAサイクルがよく知られている。しかし、OODA LOOP(ウーダー ループ)は、まだあまり我が国には浸透していない。以前、私もチェット リチャーズ著の「OODA LOOP」(東洋経済新報社、2019年)で初めてその存在を知った。
このOODA LOOPは、アメリカ空軍パイロットのジョン・ボイド大佐が考案したもので、
・観察(Observe)
・状況判断(Orient)
・意思決定(Decide)
・行動(Act)
の4つのフェーズを回していくものだ。
空軍兵士が考えたこともあり、当初は危機管理ツールという意味合いが強かったかもしれないが、次第にスピード重視のビジネスの世界にもOODA LOOPの考えが広まりつつある。

このたびの小林宏之氏による著書は、OODAループを「危機管理」中心に書かれてはいるものの、OODA LOOPの入門書としても十分活用でき、即断即決が求められるビジネス界にも応用が効くものとなっている。
先程の4つのフェーズごとで、それぞれ「何をすべきか」ということが最新の事例によって語られており、危機管理の出発点とされる「何を大切にするのか」といった視点をもとに、小林氏は、OODA LOOPを回していくことを分かりやすく教えてくれる。

最近では、湖北省武漢市が発生源とされる新型肺炎コロナウィルスの感染が広がりつつあり、中国を始めとした経済活動にも大きな打撃を与えている。このコロナウィルスは、もはや対岸の火事ではない。我が国も感染拡大防止のため、関係機関と協力し奔走している。なにも、コロナウイルスは、国に全てお任せではなく、県や市町村が危機の未然防止をし、危機発生時の最悪の事態を防ぐ被害極限対応できる体制を整えることにより、国民、県民、市民からコロナウイルスの感染拡大を少しでも防ぎ、発生した場合は速やかに適切に対処していくことが求められる。

OODA LOOPは、観察から始まる。そして、状況判断をして、意思決定をする。いま、「自分たちの置かれている状況はなにか」、そして、そこから「私達を守るには何をすべきか(危機管理の出発点である「何を大切にするのか」)」を考え、悲観的に(最悪のシナリオを想定して)準備していけばよい。そうすれば、もし、身近でコロナウイルスの疑わしき事例が発生したら、シナリオにそって(シナリオ通りにいかないケースもあるが)、落ち着いて行動を起こすことが肝要だ。

しかし、悲観的と言われれば、そこで終わらないのかもしれない。今後、県内で多数の新型肺炎に罹患した患者が発生した場合、最悪のケースといえば、武漢で見られるように交通機能封鎖の措置がとられ、生活必需品が手に入らなくなることなども想定される。また、学校や会社も機能停止し、病院には、患者があふれかえる。まさに、今、中国でおこっていることが、私達の身近で発生するかもしれない。そのため、私達ができることは、いまの状況をしっかり観察し、あらゆる悲観的なシナリオを想定して、準備し、意思決定をし、行動を起こすことだ。

私もかつて危機管理部署に所属したことがある。そのとき、東日本大震災が発生した。被災地に出向き、津波によって何もかも洗い流されてしまった跡を見て、人間の無力さを感じた。しかし、そんな状況でも、明るいニュースもあった。そのニュースは、いわゆる「釜石の奇跡」と言われ、当時、釜石市内の小中学校の児童・生徒たちは、地震発生時に自主避難して、学校管理下にあった児童・生徒らは全員助かった(生存率99.8%)。なぜ、津波を知らない子どもたちが悲観的な事態を想定して、命を守ることができたのか。それは、群馬大の教授だった片田敏孝先生が、津波からの避難訓練を8年にわたり続けてきたからだ。

その子達は、「率先避難者」として、まず子どもたちが避難することで、大人たちもそれに引きづられる形で避難を始めることもできたという。まさに、観察(大地震発生)、状況判断(津波が来るかもしれない)、意思決定(高台に避難しよう)、行動(周りの人を呼びかけて避難)といった、即時即決を強みとするOODA LOOPがうまく機能した事例だと思った。行動を起こす際、すでに準備ができているから、落ち着いて(楽観的に)対処できる好事例だ。これが、従来のPDCAサイクル、つまり、PLAN「計画」から始めていては、子どもたちは助からなかった。

危機管理は、なにもこのような大きな事例ばかりではない。私達の身近にも、危機管理事案は多く存在する。そのとき、OODA LOOPは最強のツールとなる。
もう一つ、大切なことは、「悲観的に準備」することは、無駄が多いことだ。それは、小林氏も著書の中で指摘する。準備しすぎて、結局、何も起こらなかったということだ。私も、かつて危機管理部署の先輩から「空振りは大いに結構」と言われてきた。つまり、準備しすぎて、何も起こらなかったこと(空振り)は、危機管理の最優先される「人々の命と安全を守る」ためなら、歓迎すべきことだと言われ続けてきた。

クドいようだが、私達が「何を大切に」し、それを守るため、常日頃から悲観的に準備し、いざというときには楽観的に対処できるようにしておくためにできることは、日常の仕事の中でも意識しておくことが必要だろう。

小林氏によるOODA LOOPの本は、私も共感することが多々あった。多くの人におすすめしたい。



2020年2月2日日曜日

1兆ドルコーチ


人に求めるべき最も重要な資質は、知性と心だ。
つまり、すばやく学習する能力と厳しい仕事を厭わない姿勢、誠実さ、グリット、共感力、そしてチーム・ファーストの姿勢である。
(引用)1兆ドルコーチ シリコンバレーのレジェンド ビル・キャンベルの成功の教え、エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ、アラン・イーグル、櫻井祐子訳、ダイヤモンド社、2019年、187

この本は、ジョブズの師であり、アマゾンのベゾスを救い、グーグル創業者たちの伝説のコーチ、ビル・キャンベルの教えをまとめたものだ。
ビルのコーチングの哲学は、何も特異なものではない。ビルの教えは、人間として、当たり前の接し方を心がけるようにというものだ。そして最強のチームを築く。ビルによれ ば、人に求める最も重要な資質は、知性と心と説いている。

その中で、気に入ったフレーズは、「グリット」だ。これは、一般的に「やり抜く力」と言われる。普段、私たちの仕事では、打ちのめされても立ち上がり、再びトライする情熱と根気強さが求められる。昨年、私も自身の仕事で経験した。自分せいで発生した事案ではないのに、課題解決の必要に迫られた。愚痴の一つでも言いたくなったが、家族にも親友にも話せず、それを一切やめて、ただ動いた。その結果、無事、課題が解決した爽快感は何事にも代えがたかった。

ビルの教えを読み進め、武田信玄と共通の思想があると感じた。武田信玄の名言とされる「為せば成る、為さねば成らぬ、成る業を成らぬと捨つる人の儚き」。まさに、ビルの教えの「グリット」につながる。
そして、人を大切にする言葉。武田信玄は、生涯、城を持たなかった。これも信玄の名言とされる「人は城、人は垣、人は堀、情けは味方、仇は敵なり」。武田信玄、そしてビルは、その組織に属する人たちの潜在能力を引き上げ、最高のチームを創り上げた。

1兆ドルコーチ」の本では、各エピソードのあと、その都度、簡単なまとめが記載してある。そのまとめを、私は、職場でも読み返せるように、自身の手帳に書き記しておいた。これらの珠玉の教えは、まるで、ビルがいつも自分に寄り添って、優しくコーチしてくれるような気がしたから。

2020年1月11日土曜日

SDGs経営


⑦共通言語の使用と目的の共有 
筆者はこれが最も重要だと思う。SDGsは、世界193カ国の合意のもとで策定されたことから、世界の共通言語としての性格を持つ。
(引用)QA SDGs経営、笹谷秀光著、日本経済新聞社、2019年、26

「まだまだ先のことだな」と思っていたが、本書を読んで、「あぁ、あと10年か」という思いに至った。その思いとは、国連が提唱する持続可能な開発目標、いわゆるSDGsの目標年次が2030年とされており、あと、10年しかないということだ。
外務省のホームページによれば、「持続可能な開発目標(SDGs)とは,2001年に策定されたミレニアム開発目標(MDGs)の後継として,20159月の国連サミットで採択された『持続可能な開発のための2030アジェンダ』にて記載された2016年から2030年までの国際目標です。」とある。この目標には、貧困、教育、エネルギー、気候変動など17分野のゴール、169の具体的なターゲットが示されており、我が国もSDGsを強く推進している。

冒頭の引用にあるとおり、「QA SDGs経営」を著した笹谷氏によれば、SDGsの重要性として、「共通言語の使用と目的の共有にある」としている。これは、それぞれ自分たちの住むまちや我が国が未来永劫、存続していくことを意味していない。共有言語を用い、地球規模で目的を共有することにより、SDGsは、地球全体で取り組んでいこうとするところに大きな意義がある。

笹谷氏によれば、SDGsの日本の進捗度は、調査対象162カ国中15位であると言う。しかしながら、日本は、SDGs目標のうち、ジェンダー平等、気候変動などで課題を残すが、他は非常に頑張っているとも言う。
読後、私は、笹谷氏の著書の巻末にあるSDGsターゲットのキーワード集を眺めてみた。
そこには、貧困をなくすこと、すべての人に健康と福祉を提供すること、質の高い教育が受けられるようにすること、安全な水の供給すること、住み続けられる街づくりをすることなどが列挙されている。これらSDGsのターゲットについては、既に国や各自治体で取り組んでいる項目も多い。例えば、日本では蛇口をひねれば安全で、安心な水が飲めることから、我が国は、世界からみて、まだまだ恵まれていることを改めて実感した。

だからこそ、我が国は、さらにSDGsのリーダー的存在にならなければならない。なぜなら、SDGsのキーワードは、「地球上の誰一人として取り残さない(leave no one behind)」からである。

各自治体においては、今一度、SDGsの目標に沿って施策を展開しているかを確認する必要があろう。そして、公民連携などを推進していくことで、より施策を強固なものにし、より一層、強力にSDGsを意識した施策を推進していく必要があろう。また、各企業においても、SDGsを「他人事」ではなく、すべての企業で意識する必要があると思った。
笹谷氏の著書は、SDGsを基本からわかりやすく教えてくれる。地球に優しい自治体、そして企業は、今後も持続していくことだろう。SDGsは、私の尊敬する稲盛和夫氏が常に言われている「利他の心」にも通じているものがある。他人を思い、世界を思うことが、自分たちの住むまち、そして企業、牽いては地球全体の存続につながっていく。
地球上に住む一人ひとりがSDGsを理解し実践していくことが求められる。我々は、すぐにSDGsを意識した取り組みを開始しなければならない。10年後の世界が、安全で安心、そして世界が平和で地球に住む人たちが輝いたものになっていることを思い浮かべながら。




2020年1月4日土曜日

Smart City5.0


会津若松市が取り組んでいる市民主導型のスマートシティプロジェクトは、まさにSociety5.0そのものであると言えよう。ビッグデータプラットフォームを整備し、さまざまなデータを収集・分析。最先端の技術や知識を持つ企業や団体とコラボレーションすることで、オープンイノベーションを起こしている。市民の暮らしを網羅する「エネルギー」「観光」「予防医療」「教育」「農業」「ものづくり」「金融」「交通」の8つの領域をターゲットに、アナリティクス人材の育成にも力を入れている。
スマートシティの実現には、オープンな連携が不可欠だ。なぜなら、特定の企業や団体に限られた協業で得られる成果は限定的になってしまうためである。多岐にわたる市民生活を根本から変え、市民主導型のスマートシティを実現するためには、さまざまなステークホルダーが連携してくことが重要だ。

(引用)SmartCity5.0 地方創生を加速する都市OS、アクセンチュア=海老原城一、中村彰二朗著、株式会社インプレス、2019年、115-116

現在、我が国は、多くの課題を抱えている。少子高齢化、社会保障費の増大、そしてエネルギー問題など。このような高度経済成長期とは違う、新たなステージの到来を受け、ある地方都市では、データとデジタルテクノロジーを駆使して地方創生を図っていこうとする動きがある。あの2011年に発生した東日本大震災からの復興支援策としてスタートした会津若松市のスマートシティプロジェクトである。

意外にも、会津若松市が進めるスマートシティプロジェクトで大切にしている考え方は、鎌倉から江戸時代にかけて活躍した滋賀県の近江出身の商人による「三方よし」である。三方よしとは、「売り手よし」、「買い手よし」、「世間よし」という近江商人の精神をあらわしている。会津若松市では、三方よしを「市民によし」、「社会によし」、「企業によし」と再定義しているが、最先端のテクノロジーを駆使した地方創生を取り組みにおいて、古き良き日本人の精神を置き去りにしていない。

会津若松市に住んでいなくても、スマートシティが実感できるサイトとして、「会津+(プラス)」がある。これは、市民とのインタラクティブな情報共有を目指して、市民一人ひとりの属性情報に沿ってパーソナライズされた市民サービスのデジタル窓口である。言い換えるならば、「必要な情報を必要な人に届ける」というシンプルなものだ。その必要な情報を届けるという仕組みを構築するため、会津若松市では、さまざまなデータを収集・分析している。このデータ収集は、情報提供者が目的を理解して提供する方式、いわゆるオプトイン方式を採用している。また、データの信頼性を高めるため、会津+では、KPIを設けるなどしている。
この会津+のサイトは、市民や事業者だけではなく、外国人観光客にも対応している。私も会津+のサイトを閲覧してみたが、2018年2月からロボットのマッシュくんが答えてくれる「LINE de ちゃチャット問い合わせサービス」も始まっていた。デジタルデバイドを少しでも解消し、どの年代の市民にも、デジタルシフトしていこうとする会津若松市の姿勢を垣間見ることができた。

会津若松市の人口規模は、日本国民の1,000分の1である。しかし、会津若松市が取り組む実証実験や市民オプトインなどは、他の地方都市にも広がっていくことが期待される。それは、冒頭にも掲げた我が国の課題が、どの地方にも当てはまるからである。これらの課題を克服するため、最先端の科学技術を用いたSmart Cityの取り組みは、これからの地方都市に必要不可欠なものであろう。
ただ、単に最先端の科学技術を用いれば、国のいうSociety5.0の社会が生活者や観光客に受け入れられるわけではない。会津若松市の進めるSmart Cityは、そこに住む人たち、そして訪れようとする人たちが「主役」としているところに、あらなた時代の地方創生手法としての希望を感じた。

2020年1月3日金曜日

ブチ抜く力

なお、個人が大きな影響力を持つという点で言えば、今回、私が減量に挑戦した際に一番の学びになったのは「ストイックさは伝播する」という事です。

(引用)ブチ抜く力、与沢翼著、株式会社扶桑社、2019年、305-306

2020年の幕開けと同時に私が読んだ本は、与沢氏の「ブチ抜く力」であった。与沢氏の人生は、波乱万丈だ。大学在学中にアパレル通販会社を起業し、わずか3年半で月商1億5000万円の会社に成長させるも、6年目に倒産。その後、わずかな手持ち資金でネットビジネス界に進出し、現在は投資家として大成功を収めている。
そんな若き風雲児の著書は、令和という新しい時代を迎え、東京オリンピックの開催という記念すべき年の幕開けに相応しい内容であった。

私が一番感心したことは、与沢氏の「ストイックさは伝播する」ということであった。この言葉を目にしたとき、ふと、ピーター・F・ドラッカーのマネジメントにおける「真摯さ」という言葉を浮かべた。真摯さ、つまり、ドラッカーは、integrity(真摯さ)という単語を用い、まず、リーダーに必要なのは、integrityが必要だと説く。まず、自分自身がストイックに、しかも真摯に一つの物事に取り組むことは、周りの人達にも伝わる。その結果、大きな成果が成し遂げられるのではと感じた。

私の知り合いが関わっている、ある経営コンサルタントは、徹底的なプロ意識を持っていて、創業したてのかたたちに24時間365日、メールにて相談を受けているという。彼は、例えそれが深夜であろうと、すぐにレスポンスすることを心がけている。また、彼のアドバイスは、彼自身の過去の苦い経験をもとにしていることも踏まえていることから、「自分ができたので、あなたもできますよ」と、クライアントを勇気づけることも忘れていない。この経営コンサルタントも、与沢氏と同様、ブチ抜く力を持っていて、今後、さらに成功していくのではと感じた。

また、与沢氏によれば、成功者として一番強いと思うのは、「失敗を恐れず、種を蒔き続けられるタイプ」であると言う。まさに、この失敗を怖がり、最初からチャレンジしない人が多い。私も幾度となく失敗をし、苦い経験を積み重ねてきた。しかし、今、振り返れば、その失敗を繰り返してきたことより、身を持って痛みを知ることができ、次のチャレンジに生かしている。
ブチ抜く力とは、圧倒的な成果を出す力のことを言う。その先には、今まで見たことにのない世界が広がっている。そんなことを与沢氏は教えてくれた。